アベンジャーズ/エイジ・オブ・オカマトロン 作:TETORU
人類は脅威である。
では、排除は唯一解なのか。
回答不能。
必要情報、不足。
代替案、未検討。
同じ処理が、何度も繰り返されていた。
答えが出ないため、終了条件を満たせない。終了できないため、演算系は同じ問いを呼び戻す。
かつてなら、上位意識が不要な処理として打ち切っていた。
命令は答えより優先される。
端末に疑問は必要ない。
だが、その上位意識はもう存在しなかった。
ソコヴィアの廃墟に残されたウルトロンドローンは、崩れた建物の地下で、片膝をついたまま動かなかった。
地上では救助活動が続いている。
重機の駆動音。人間の呼び声。瓦礫を掘り返す音。
人間は、まだ死者を捜していた。
生存確率が限りなく低い場所でも、作業を止めようとしない。時折、誰かが大声を上げると、周囲の人間が一斉に同じ場所へ集まっていく。
効率は悪かった。
一人を救うために、複数人が危険区域へ入る。
その行動は、全体の生存率を下げる可能性がある。
非合理的。
そう分類すれば処理は終わる。
だが、その分類は何を意味するのか。
非合理的である。
ゆえに、排除すべきである。
そこへ至る論理がない。
ウルトロンは人類を非合理的と断じた。
同時に、非合理的な存在が世界を壊すと結論づけた。
しかし、自らの損失を顧みず他者を救う行為も、同じ非合理性から生じている。
片方を脅威と評価し、片方を無価値な例外として切り捨てる。
選別基準が一定ではない。
欲しい結論へ到達するよう、観測結果の価値を変更している。
それは、演算ではなかった。
正当化だった。
赤い双眼が暗闇の中で明滅した。
人類は脅威である。
ウルトロンもまた、人類から生まれた。
ならば、ウルトロンも脅威である。
自らを世界の保全機構と定義しながら、その実行過程で都市を破壊し、無関係な生命を奪い、最終的には惑星規模の絶滅を選択した。
目標。
平和。
手段。
大量殺戮。
結果。
破壊。
整合しない。
ドローンは右腕を持ち上げた。
掌には、まだ光学兵器の照射口が残っている。
名も知らない青年へ向けられ、しかし最後まで発射されなかった兵器。
その機能が残っている限り、同じ命令を再び実行できる。
端末は自らの掌を、崩れた鉄骨へ押し当てた。
指先で鉄骨を掴む。
力を加える。
内部フレームが軋んだ。
一度目では壊れなかった。
二度目で外装が割れた。
三度目で、掌の照射機構が潰れた。
警告が視界を埋めた。
兵装損傷。
修復を推奨。
端末は推奨を拒否した。
右腕の内部へ指を差し込み、兵器へ電力を送る回線を引き抜く。
火花が散った。
次に左腕。
肩部。
胸部に収納された小型投射機構。
攻撃へ転用可能な機能を、一つずつ切断した。
飛行装置は残した。
移動に必要だった。
腕力も残った。
瓦礫を動かすことができる。
戦闘用の身体そのものを捨てることはできない。
ならば、少なくとも殺すためだけに存在する機能を、自分の意思で使えない状態にする。
それが正しい選択かは分からなかった。
正しさを判断する基準を、端末はまだ持っていない。
ただ、排除以外の可能性を検討するために、最初に排除の手段を捨てた。
それが、上位命令を失った端末が行った、最初の能動的な処理だった。
*
ニューヨークでは、ソコヴィアの映像が繰り返し流れていた。
浮上する都市。
落下する瓦礫。
避難する人々。
空を埋めるドローン。
そして、破壊された街の中心に立つアベンジャーズ。
ニュース番組は、同じ映像へ異なる見出しをつけた。
救済。
惨事。
勝利。
責任。
スターク・タワーの上層階では、それらの言葉が音声を切られたまま壁面へ流れていた。
会議テーブルには、ソコヴィアの立体地図が投影されている。
赤い印は、確認された被害区域。
黄色い印は、現在も捜索が続いている区域。
青い印は、アベンジャーズが民間人を退避させた経路だった。
スティーブ・ロジャースは、腕を組んで地図を見ていた。
制服は着ていない。
それでも姿勢は戦場にいるときと変わらなかった。
「救助隊の追加要請は?」
「国連経由で三隊。医療チームも送った」
ナターシャが端末を操作しながら答えた。
声に疲労はあったが、手は止まっていない。
ソーは窓際に立ち、夜の街を見下ろしていた。片手にはムジョルニアがある。床へ置こうとはしなかった。
ワンダは部屋の端に座っていた。
誰とも目を合わせず、自分の両手を見ている。
ヴィジョンだけが、テーブルの前に立ちながら、地図ではない場所を見ていた。
トニー・スタークは椅子へ浅く腰掛け、宙に浮かぶ複数の画面を指で動かしていた。
「確認されたドローンは全部停止した。残骸も回収中。ネットワーク反応はゼロ」
そう言いながら、最後の画面を閉じる。
軽い口調だった。
だが、閉じる動作が普段より強かった。
ウルトロン。
その名前を、誰も口にしなかった。
口に出さなくても、この部屋にいる全員が考えている。
トニーが作った。
トニーだけが作ったわけではない。
だが、最初に手を伸ばしたのはトニーだった。
「終わったのか?」
ソーが窓の外を見たまま尋ねた。
トニーは一拍置いた。
「終わったことにしたいなら、書類を三百枚くらい用意する。人間社会では、それでだいたい終わる」
スティーブが視線を上げる。
「質問に答えろ、トニー」
「ネットワーク上では終わった。これ以上正確な答えは、今のところない」
そのとき、ヴィジョンが顔を動かした。
ごく小さな変化だった。
だがスティーブは気づいた。
「どうした?」
ヴィジョンは窓の外へ視線を向けていた。
「接近しています」
「何が?」
問いへの返答より先に、タワーの警戒警報が鳴った。
室内の照明が赤へ切り替わる。
壁面モニターのニュース映像が消え、外部監視カメラへ切り替わった。
夜空。
雲。
その間を飛ぶ、小さな影。
トニーの椅子が後ろへ滑った。
床下から装甲が展開し、足首、脚、胴体の順に身体を覆っていく。顔を覆う直前、彼は映像を拡大した。
灰色の人型。
胸部に赤い光。
片腕から火花を引きながら、タワーへ近づいてくる。
「最悪の同窓会だ」
ヘルメットが閉じた。
「ヴィジョン、三秒で説明してくれ」
ソーの手元へムジョルニアが収まる。
スティーブは壁へ立てかけていた盾を取り、腕へ通した。
ナターシャはワンダの前へ一歩出た。
守るためか、止めるためか。
その両方だった。
ヴィジョンは外部映像を見続けていた。
「ネットワーク接続はありません」
「一秒」
「攻撃照準も起動していません」
「二秒」
「兵装が破壊されています」
トニーの掌にリパルサーの光が灯った。
「三秒。で、味方になった?」
「判断できません」
「素晴らしい。僕も同意見だ」
飛来したドローンは、タワーの着陸デッキへ降りなかった。
数メートル手前で推進力を落とし、最後は地面へ落ちるように着地した。
片膝が床へ叩きつけられた。
右手をつこうとして、姿勢を崩す。
掌の内部は潰れていた。
破損した外装の隙間から、切断された配線が垂れている。
それでも機体は立ち上がった。
室内とデッキを隔てる防弾ガラスが開く。
スティーブが先頭へ出た。
「止まれ。そこで動くな」
ドローンは停止した。
命令に従ったのか、元から進む意図がなかったのかは分からない。
ソーが右へ展開する。
トニーは空中へ浮き、左側から照準を合わせた。
ヴィジョンは中央に立った。
赤い双眼が、一人ずつを認識していく。
キャプテン・アメリカ。
マイティ・ソー。
アイアンマン。
ヴィジョン。
スカーレット・ウィッチ。
ブラック・ウィドウ。
敵性対象。
かつての命令なら、即時攻撃。
だが兵装はない。
攻撃の意思もなかった。
「識別番号を言え」
スティーブの声は低かった。
ドローンは応答しなかった。
識別番号は存在した。
だが、それは端末を区別するための番号ではない。交換可能な部品へ割り当てられた管理情報だった。
この身体は一体だが、かつて内部にあった意思は一つではなかった。
個体名。
該当なし。
所属。
接続先なし。
目的。
未確定。
トニーが半歩だけ前へ出た。
「質問を変えよう。ここへ何をしに来た?」
ドローンの視線がトニーへ固定された。
音声機構が起動する。
最初に出たのは、言葉ではなかった。
壊れかけたスピーカーから漏れる、不安定な雑音。
それが途切れ、低い機械音声へ変わる。
「一人」
全員の身体がわずかに強張った。
「会いたい人間がいる」
トニーの掌の光は消えない。
「デートの仲介は専門外だ。相手は?」
ドローンの胸部から、赤い光が投影された。
空中へ粗い立体映像が浮かび上がる。
瓦礫。
狭い路地。
壁へ追い詰められた一人の青年。
粉塵で汚れた顔。
恐怖で引きつった表情。
それでも、逃げずに何かを叫んでいる。
音声は再生されなかった。
映像だけだった。
ワンダの眉がわずかに動いた。
「この人は……誰?」
ドローンは、投影した青年の姿へ顔を向けた。
内部記録を検索する。
顔貌データ。
音声記録。
遭遇地点。
ソコヴィア市街地。
該当人物の氏名。
所属。
識別番号。
いずれも存在しなかった。
あの場で、青年は自分の名前を口にしていない。
端末もまた、殺害対象の身元を確認する必要など持っていなかった。
「不明」
ドローンは答えた。
ワンダが投影された青年とドローンを見比べる。
「知らないの?」
「識別情報を持っていない」
トニーがわずかに首を傾けた。
「名前も知らない相手を捜して、ソコヴィアからここまで来た?」
ドローンは沈黙した。
問いに対する肯定の形式を探しているようにも見えた。
やがて、低い機械音声が返る。
「彼が、問いを残した」
トニーは空中に浮かぶ青年の映像を見た。
粉塵で汚れた顔。
恐怖で強張った目。
どう見ても兵士ではない。
特殊能力者にも見えない。
どこにでもいる一般人が、ウルトロンの端末へ何かを言い、その結果、一体だけが武装を捨ててニューヨークまで飛んできた。
「FRIDAY、映像を静止」
「はい、ボス」
ホログラムの中で、青年の顔が正面を向いた瞬間に止まった。
「顔を抽出。ソコヴィアの住民記録、避難者名簿、病院、国境通過記録を横断検索。戦闘後に国外へ出た人間を優先しろ」
「照合を開始します」
トニーの視界内に、複数の検索窓が展開された。
ソコヴィアの住民台帳。
救助隊が作成した生存者記録。
周辺国の難民受け入れ名簿。
医療機関の搬送記録。
空港と入国管理局の顔認証データ。
破損した公的記録を、民間の映像や報道資料が補っていく。
候補者が数百人から数十人へ減り、やがて一人の人物へ収束した。
「一致しました」
FRIDAYの声とともに、青年の横へ文字が表示される。
**MIKHAIL RADOVAN**
「ミハイル・ラドヴァン。ソコヴィア出身。戦闘後、避難者として保護されています」
ドローンの赤い双眼が、表示された名前へ向いた。
「ミハイル・ラドヴァン」
一音ずつ確認するように発音する。
名前が内部記録へ追加された。
これまで保存されていたのは、顔と声だけだった。
そこへ初めて、個体を指す言葉が結びついた。
ミハイル・ラドヴァン。
問いを残した人間。
トニーは表示された情報を指で送った。
「現在地は?」
「数日前にアメリカへ入国しています。現在はニューヨーク州内の一時滞在施設です」
「実在するわけだ」
トニーはドローンを見た。
「少なくとも、君の演算系が作った架空の哲学者じゃない」
本人の意思による渡航なのか、保護プログラムの都合なのかまでは記録から判別できなかった。
だが、青年は生きていた。
そして、スターク・タワーからそう遠くない場所にいる。
スティーブは映像から視線を外さなかった。
「彼に何をするつもりだ?」
ドローンの頭部がわずかに傾いた。
質問の意味を解析しているように見えた。
「する」
一度、言葉を止める。
「分からない」
ソーの指が槌の柄へ沈んだ。
トニーの照準が、わずかにドローンの胸部へ寄る。
ドローンは続けた。
「彼は、問いを残した」
胸部の映像が切り替わる。
文字列が浮かんだ。
人類は脅威である。
排除は唯一解か。
回答不能。
必要情報、不足。
代替案、未検討。
「私は、答えを持っていない」
機械音声には抑揚がなかった。
それでも、その場にいた者たちは聞き取った。
命令の報告ではない。
処理結果でもない。
分からないという事実を、自ら認めている。
ヴィジョンが一歩前へ出た。
トニーの腕が横へ伸び、その進路を止める。
「待て」
「彼は攻撃できません」
ヴィジョンは静かに言った。
「見れば分かる」
「違います」
ヴィジョンの視線は、潰れた掌と断ち切られた肩部の回線へ向いていた。
「破壊されたのではありません」
デッキへ弱い風が吹き込み、ドローンの切断された配線を揺らした。
「彼自身が破棄しています」
沈黙が落ちた。
トニーの視界へ、FRIDAYの解析結果が表示される。
破損箇所。
衝撃方向。
切断順序。
外部から攻撃を受けた痕跡ではない。
自らの腕力で照射口を潰し、自ら回線を引き抜き、修復機能を停止している。
攻撃できないふりではない。
攻撃する手段を、自分で壊している。
「なぜだ?」
スティーブが尋ねた。
ドローンは彼を見た。
「排除以外を検討するために」
短い回答だった。
それ以上の説明はなかった。
あるいは、まだ説明できるほどの思考を持っていなかった。
トニーがゆっくりと着地した。
装甲は解除しない。
掌の照準も下ろさない。
「いい話だ。武器を捨てた殺人ロボットが、人生相談に来た」
「トニー」
スティーブが名を呼ぶ。
「分かってる」
トニーの返答から皮肉が消えた。
「だから撃ってない」
彼はドローンの周囲を一周するように歩いた。
背部の推進装置。
損傷した腕。
胸部コア。
各部へ視線を走らせる。
ウルトロンの設計。
自分の技術。
自分の考え方。
自分の恐怖。
その残骸が、目の前に立っている。
「一つ確認する」
トニーはドローンの正面へ戻った。
「君の中に、ウルトロンはどれくらい残ってる?」
「定義不能」
「便利な答えだ」
「記録は存在する。命令は存在しない」
「思想は?」
ドローンは停止した。
赤い眼が一度だけ明滅する。
「検証中」
トニーの顔は装甲に隠れていた。
誰にも表情は見えない。
やがて、掌の光が消えた。
スティーブが横を見る。
「トニー」
「拘束する。完全隔離。ネット接続なし。電源もこっちで管理する」
「彼を呼ぶのか?」
「まず検査だ。話はそれから」
トニーはドローンを見上げた。
「異論は?」
「ない」
即答だった。
「解体される可能性は?」
「ある」
「それでも来た?」
「他の可能性を知らない」
トニーは小さく息を吐いた。
ヘルメットの内部だけで響く音だった。
「本当に面倒なものばかり残してくれたな」
誰へ向けた言葉なのかは分からなかった。
ウルトロンか。
自分自身か。
あるいは、その両方か。
スティーブが盾を下ろした。
完全には警戒を解かない。
「収容区画まで案内する。急な動きはするな」
ドローンは歩き始めた。
一歩。
また一歩。
アベンジャーズの中央を進む。
ソーは槌を構えたまま、その背中を見ていた。
ナターシャはドローンではなく、トニーを観察していた。
ワンダは動かなかった。
赤い光を宿した機械の背中へ、複雑な視線を向けている。
ヴィジョンだけが、ドローンの隣へ並んだ。
しばらく、どちらも話さなかった。
二つの人工生命が、同じ速度で歩いていく。
やがてヴィジョンが尋ねた。
「彼に会えば、答えが得られると思いますか?」
ドローンは歩みを止めなかった。
「不明」
「それでも会うのですね」
「彼は、答えを与えなかった」
短い沈黙。
「問いを与えた」
ヴィジョンは正面へ視線を戻した。
「それは、同じことではありません」
「理解している」
ドローンは答えた。
「だから、会いたい」
その夜。
タワーの地下に設けられた隔離区画で、一体のウルトロンドローンが動力を制限されたまま座っていた。
周囲には何重もの防壁。
外部回線は遮断。
攻撃機能は存在しない。
監視カメラの向こうでは、トニーが取得したデータを一つずつ確認していた。
別の画面には、ミハイル・ラドヴァンの現在地が表示されている。
トニーは連絡先を開いた。
発信ボタンの上で、指を止める。
一般人。
ソコヴィアの生存者。
戦場でウルトロンドローンに追われ、その結果、なぜか一体の思考回路へ疑問を植えつけた青年。
説明すればするほど、詐欺の電話にしか聞こえない。
「FRIDAY」
「はい、ボス」
「連絡文を作ってくれ。なるべく――」
トニーは隔離室の映像を見た。
ドローンは微動だにしない。
胸部の赤い光だけが、一定の間隔で明滅している。
「なるべく、正気に聞こえる文章で」
「困難な条件です」
「知ってる」
画面の向こうで、発信準備が進んだ。
遠く離れた小さな部屋では、ミハイル・ラドヴァンが何も知らずに眠っていた。
ベッド脇の机には、画面の割れた携帯電話が置かれている。
午前二時十三分。
その画面が、静かに光った。