英霊スバルのゼロから始める聖杯戦争   作:どんぱち

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第13話 『精霊騎士と贋作者Ⅱ』

 硬い床に横たわっていた。

 僅かに漏れる月明かりだけが照らす、暗い屋内だった。

 

 ──激痛。

 腹部が裂かれている。焼けるように痛い、苦しい、辛い。……しかし、それよりずっと絶望的な事実が眼前に倒れ伏した。

 白銀の少女。この異世界で出会った、サテラと名乗った彼女は今、目の前で絶命していた。

 

「────」

 

 もはや全てが手遅れになった中で少女の手を握る。

 自分も彼女も死ぬのだ、失敗したのだ、次などないのだ、そんなことは分かっている、それでも。

 

 最期の力で、口にした。

 

「……っていろ……。俺が、必ず──」

 

 ――お前を、救ってみせる。

 

 ナツキ・スバル(衛宮士郎)は何一つ守れず、そうして死んだ。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「エキドナの奴、まさか本気でこうなると思ってやがったのか……?」

 

 聖域を塗り潰す影。

 この影は魔女だ。墓所での『死に戻り』のカミングアウトが『嫉妬』の魔女の逆鱗に触れたのか。

 

 それに完全に呑まれてしまう前に──刃となったハンカチを自身の喉に突き立てる。

 鋭い先端が肉を抉り、致命的な部分に穴を開けた。血が逆流し肺に満ち、意識が溺れる。

 

「――――!」

 

 悲痛に歪む魔女の顔。中身が何者になっていようと、彼女の悲しげな顔に、止まりつつある胸が痛んで。

 

 ナツキ・スバル(衛宮士郎)は少女を救うとそう誓って、命を落とした。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 言峰教会からの帰り、深夜の道路。

 そこは終わらない死の輪廻の只中だった。

 

 巨人の振るう大剣、もはや少年二人に躱す術などない。

 それでも少年たちは諦めることなく、叫んでみせる。

 

「──俺たちはまだやれる! そうだろ、シロウ」

 

「──当たり前だ、こんなところで諦めてたまるか!」

 

 決意の言葉を残して。

 

 ナツキ・スバル(衛宮士郎)と衛宮士郎は、バーサーカーに両断された。

 

 

△▼△▼△▼△

△▼△▼△▼△

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△▼△▼△▼△

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△▼△▼△▼△

 

 

 

 数多の死、数多の記憶が流れていく。死してなお足掻く、少年の道程が流れていく。

 『死に戻り』。その権能で数えきれない絶望を踏み越えて未来を掴む少年の姿を見た。

 

 ──そこは暗闇だった。果てしなく漆黒だけが続く闇の世界。

 衛宮士郎の『意識』は、そこで目を閉じることも耳を塞ぐこともできず彼の生涯を見届けていた。……すると。

 

「──アナタ、『怠惰』デスね?」

 

 声がかけられた。

 周囲に悪意を振りまく邪悪な声たちは、衛宮士郎を糾弾する。

 

「人を救う。その甘美な言葉の響きに脳を溶かし、自分の主張も信念も無く、ただ決められた手順を守るように人を救う! そんな思考停止で、どうして愛に報いることなどできると言うのデスか! 嗚呼、怠惰! 怠惰! 怠惰ッ!」

 

「そもそもおめおめと自分だけ助かっておいて、生き残った責任とか意思を継ぐとか、手前勝手に何を言ってくれてるのかな。そんなもの死んだ連中には関係の無い事、むしろ彼らからしたら自分たちを生きる言い訳に勝手に使われてる訳だよ。それって死者の尊厳の冒涜だよね? 君が本当に死んでいった連中の事を思うなら、連中と一緒に死んでやるべきだったんじゃないの?」

 

 少年の記憶の中で聞いた覚えのある、こちらを非難する意図の言霊。……声たちの言っていることは、決して的外れではないと思う。

 衛宮士郎の在り方は借り物で機械的、そうなのだろう。

 衛宮士郎はあの地獄で皆と共に死んでやるべきだった、そうかもしれない。

 

 ──でもそれはつい先刻、力強く否定してもらったところだ。

 

『借り物の正義、それの何が駄目なんだよ。借り物、貰い物上等だろうが』

 

 士郎を肯定する、英雄の声。

 無数の地獄を一人背負って、未来を切り開いてきた彼の言葉があるから。

 

『俺の名前はナツキ・スバル! 父さんから、お母さんから、エミリアから、レムから、シロウから、あとまぁ、お前からも! いろんな人から借りて、貰って、ここにいる! ──お前は違うのかよ、英雄!』

 

 ──答えは、得た。もう迷いは無い。

 

「あのさぁ、ちゃんと聞いてる? 僕が話しかけているのに返事の一つもしないなんて、君は人として最低限の礼儀すら払えない訳? 僕は君の在り方があまりに身勝手で見るに耐えないから、良かれと思って忠告をしてあげているんだけど。そんな善良な僕に対してこの仕打ちはあんまりじゃないか。これは僕という個人の権利を侵害して──」

 

 声たちから意識を外し、浮上する。

 俺はスバルのマスターだ。彼の元へ戻らなければ。

 

 浮上する、浮上する、浮上する。

 衛宮士郎の肉体へと回帰する。回帰して──。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

「よし、パスは繋がってる!」

 

 隣から、威勢よく立ち上がる声が聞こえる。

 

「トーサカちゃんはシロウを頼む! 俺はベア子と一緒にアーチャーに助太刀だ!」

 

 そうして走り去る音に、意識が覚醒していった。

 自分は何故ここで寝ていたのか、今まで何をしていたのかを思い起こして──腹を裂かれて死んだことを思い出した。

 

「──っ!! か、──はっ───あ──ッ!」

 

「衛宮くん!?」

 

 身体を起こした士郎は喘ぎ、乱暴に浅い呼吸を繰り返す。──鉄球に潰されて死んだ、氷漬けになって死んだ、食われて死んだ、共感して死んだ、落とされて死んだ、頭を割られて死んだ、異空間に落ちて死んだ──。

 

「どうしたの衛宮くん! 移植は問題なく成功した筈なのに……!」

 

「──あ───は──、はぁっ……」

 

 心配して駆け寄る凛。士郎は呼吸をなんとか落ち着かせる。

 ……落ち着け、今ここにいる自分は衛宮士郎。衛宮切嗣に救われた命は今ここにある。今まで見ていたのは、ナツキ・スバルの記憶だ──。

 

「……悪い、もう大丈夫だ」

 

 凛に手を振り、士郎は辺りを見回した。

 荒廃した剣の丘、アーチャーの固有結界。そして……よくよく集中すれば、少なくなっている自分の魔術回路。

 

「えっと。ライダーとバーサーカーを倒す為に、スバルに魔術回路を移植してパスを繋ぎ直してた。そうだな?」

 

「そうよ。……成程、ナツキくんと同調したせいで記憶が混濁していたのね。戦闘はナツキくんに任せて、あなたは自分を取り戻すことに集中した方がいいわ」

 

「戦闘……そうだ、スバルは──!」

 

 剣のバリケードから戦場へ身を乗り出す。

 

 ──戦いは終わっていた。

 バーサーカーの巨体は漆黒に呑まれて消える。それを正面から見据える、スバルとドレス姿の幼い少女の姿があった。

 

「あれは、ベアトリスのアル・シャマク……!」

 

 バーサーカーを倒せたこと、そして無事にベアトリスを呼び出せたことに安堵する士郎。

 既にベアトリスの事はスバルの記憶で知っている。彼女が来てくれた事はとても喜ばしいし頼もしい。

 

「……ん」

 

 そんな喜びの隅、視界の端に何かが映る。

 ──陰魔法と思しき影。それが固有結界を端から侵食していた。

 

「ベアトリス? それともアーチャーが何か……いや」

 

 士郎は既に見ている筈だ。スバルの記憶の中に存在した筈だ。

 影が全てを飲み込む、その現象は。

 

「──『死に戻り』露呈のペナルティ……!?」

 

 本来魔手に事前に阻止される『死に戻り』の暴露、それが発生してしまった際に起こる終焉の災害──!

 今どうしてそれが起きたのかは明らかだろう。

 

「俺のせいだ……!」

 

 衛宮士郎はナツキ・スバルと同調したことで彼の記憶を見、『死に戻り』の権能を知った。それが魔女の嫉妬を買っているのだ。

 士郎は走り出す。どうすれば影が去ってくれるかは分からないが、だからといって何もしない訳にはいかない。バーサーカー戦を終えたスバルへ駆けた。

 

「スバル──!」

 

「おうシロウ、さっきは突然飛び出して悪かった! お前との繋がり、ちゃんと感じるぜ。けど、まだライダーがいるからこっちへ来ちゃ──」

 

「そんなことより、まずいんだ!」

 

 まだ影に気付いていないスバルへ叫ぶ。

 他の人もいる手前、『死に戻り』の名を出す訳にはいかないが──、この名を出せば分かってもらえる筈だ。

 

「スバル! ──サ(・)テ(・)ラ(・)が(・)来(・)る(・)!」

 

 聞くや否や表情を一変させ、咄嗟にイリヤの手を引くスバル。彼に任せておけば皆と逃げてくれるだろう。問題は──逃げる場所など無い事だが。影は周囲から士郎たちを取り囲むように広がっていく。

 ……どうする。魔女の存在を知るのはスバルと士郎だけ。そしてスバルの記憶にも『死に戻り』以外にあの影を突破する方法など──、

 

「──いや、ある」

 

 あった。今この状況から影を退かせる方法が。

 ただしその方法はナツキ・スバルには実行不可能だ。ならば──、

 

「俺はスバルのマスターだ。スバルに出来ないことは、俺がやる──!」

 

 士郎は──武(・)具(・)の(・)検(・)索(・)を(・)開(・)始(・)し(・)た(・)。

 剣を、盾を、弓を、槍を、矛を、斧を、これまで見てきた全ての武具を解析していく。その武具の性質を理解していく。その中から、現状を打破しうる武具を、士郎がこの場に用意する──!

 

 ……衛宮士郎にはそれが出来ると、衛宮士郎はそれに特化した存在だと、士郎は既に教わっていたのだから。

 

『武器だ! お前が解析して補強するのは、常に武器の筈だ!』

 

『イメージするものは常に最強の自分だ。お前にとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない』

 

 最強の自分。今この場でスバルたちを助けられる自分。

 それを検索して、検索して、検索して検索して検索検索検索検索検索検索検索──、

 

 ──そこへ、届いた。

 

 

「────投(・)影(・)、開始」

 

 

 魔術回路に焼き切れる程の魔力を回す。回路はスバルにいくらか明け渡してしまった筈だが、支障は無い。今必要なのはただの一本。ただ一振りの剣に到達できれば良いのだから。

 

 ──投影魔術。魔力で複製品を編む魔術。

 それで出来るのは形だけの模造品であり、効率が悪いものだ──と士郎は切嗣と凛から教わった。けれど、そうとも限らない。

 

 創造理念を鑑定し、

 基本骨子を想定し、

 構成材質を複製し、

 製作技術を模倣し、

 成長経験に共感し、

 蓄積年月を再現できたのなら、それは真に迫った贋作となる。

 

 実際にアーチャーはそれをしている。この影に呑まれつつある剣の丘は、そうして出来たあの男の鍛冶場だ。

 

 だとすれば。そんなことが可能ならば。

 衛宮士郎にそれが出来ない道理はない──!

 

「────あ」

 

 手ごたえを感じ、視線を下ろす。

 ──思い描いたものと寸分違わぬそれが、今、士郎の手に握られていた。

 

 

 

「シロウ、大丈夫か!?」

 

 スバルが声をかけてくる。検索と投影に集中し放心していた士郎を心配してくれたのだろう。

 ならば答えてやらなくては。

 ──応えて、やらなくては。

 

「──悪いスバル、俺のせいでサテラは来てる。パスを繋ぐ時にスバルの記憶を見たんだ」

 

「な──、そうか。これはそのせいで……! 嘘だろ、パスを繋ぐと詰みなのか……!?」

 

 表情を曇らせるスバル。せっかくベアトリスと再会できたのにその手段が魔女を呼ぶものだと判明したのだ、スバルの落胆は計り知れない。

 ……士郎は、そのスバルを助ける為にここにいる。

 

「大丈夫だ。──俺たちはまだやれる。そうだろ、スバル」

 

 そう、士郎は告げた。

 もうスバルの記憶の中にしかない、失われた時間の台詞の再演。

 スバルは一人で戦っているのではないと、そう伝わるように。

 

 スバルは暫し唖然とした後、不安を吐き出すように大きく息を吐いて。

 

「──当たり前だ、こんなところで諦めてたまるか!」

 

 影が周囲を取り囲む中、精一杯の虚勢を返してみせた。

 

 揃って影に向き直る二人。影はもう数メートルの地点まで一同を追い込んでいる。背後には凛が、アーチャーが、イリヤが、慎二がいる。もはや一歩も引けない状況になんとか打開策を考えるスバルだったが、

 その隣で、場違いな程冷静に士郎は言った。

 

 

「それに影ならもう問題ない。──そ(・)の(・)記(・)憶(・)は(・)、今(・)、斬(・)っ(・)た(・)」

 

 

「え──、何を、斬ったって……?」

 

 士郎のその手には、一振りの剣が握られている。

 

 

 ──それは、刀身を黒く耀かせる赫色の日本刀だった。

 

 

 スバルは士郎の発言と、握られた刀に困惑するが、動揺はそれだけに留まらない。

 

「……影の浸食が、止まった……!?」

 

 アーチャーの世界を喰らっていた暗闇が、その脈動を停止した。

 

 当然だ。衛宮士郎には影に狙われる理由などないのだから。

 影(・)が(・)士(・)郎(・)を(・)狙(・)う(・)理(・)由(・)、そ(・)の(・)『芯(・)』と(・)な(・)る(・)影(・)の(・)正(・)体(・)の(・)記(・)憶(・)は(・)斬(・)り(・)捨(・)て(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)か(・)ら(・)、嫉(・)妬(・)さ(・)れ(・)る(・)謂(・)れ(・)な(・)ど(・)無(・)い(・)。

 士郎が知るのはナツキ・スバルの功績だけ。彼が死んでいることなど知らない。『死に戻り』という権能など知らない。なればこそ──。

 

 影は悉(ことごと)く失せる。

 まるで初めから何事も無かったかのように霧散する。

 

 漆黒が手放した固有結界はそのまま砕け散った。

 剣の丘は消え去り──浮遊感。そして暗闇。先刻の影ではない、これは夜空だ。

 

 全員が瓦礫ごと、倒壊したビルの上空150メートル地点に投げ出されていた。

 

「うぉぉぉおおお──!?」

 

「のわぁぁぁああっなのよ──!?」

 

 動揺する一同だが、士郎の心は酷く落ち着いていた。……まだこの刀で斬るべき相手が残っている。敵を見据える為、頭上を見上げた。

 そこには、こちらを狙い旋回する天馬の姿。固有結界の崩壊に際して追尾する矢も消えたようで、空中で受け身の取れない士郎たちを何の憂いもなく轢き潰すだろう。

 

 衛宮士郎には天馬に騎乗したライダーを捉える術はない。ならばこの剣で斬るべきは──。

 

「──慎二!」

 

 士郎より下方、落下する間桐慎二を視界に収める。

 あそこへ到達するために──、

 

「スバル、すまん!」

 

 士郎は隣にいたスバルの腹を足蹴にし、思い切り下へ飛び出した。

 

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 

「なんちゅう奴かしら!」

 

 石の破片をその身に受けながら、勢いのままに慎二に飛びつき剣を突き付ける。

 

「慎二、ライダーを止めろ! このままじゃお前まで死ぬんだぞ!」

 

「────」

 

「こいつ、気を失って……! なら、悪いけど強引に令呪を剥がせてもらう……!」

 

 白目を剥き泡を吹く慎二。その腕に剣を突き立てようとし──その手に令呪が無いことに気が付く。本を固く握りしめた右腕、空の左腕、どちらにも聖痕が無いのだ。

 このまま斬りつけていいのか逡巡する士郎。

 ──夜空が輝く、ライダーが攻撃体勢へ入ったか。もはや一刻の猶予も無い中で、

 

「衛宮くん、その本だと思う! 慎二は魔術回路が無いから本来令呪は現れない。だから令呪は外付けで作ってあるんだわ!」

 

 凛の声。落下の最中でありながら冷静に助言をしてくれる事を頼もしく思いながら、

 

「はぁ──っ!」

 

 迷いなく突き立てられる刃。

 慎二が持っていた本を、黒刀が刺し穿った。

 

 その厚い表紙が、頁(ページ)が、──『芯』が、貫かれる。

 

「────!」

 

 瞠目するのはライダーだ。天馬を翻し、距離を取る。

 

「……驚きました、セイバーのマスター。その一刺しでシンジとの契約が断たれてしまった。……契約が絶たれた以上、彼は私のマスターではない。煮るも焼くもどうぞお好きに」

 

 ライダーは淡泊にそう言うと、天馬もろとも体の端から光の粒へ変じていく。

 

「……と言っても、悪いようにはしないのでしょうね。あなたたちは」

 

 そうして彼女の体は解けて消えていった。

 

「くそ、待──て──……!」

 

 懸命に手を伸ばす士郎。しかし落下している士郎では追う事は叶わず、どころか意識が遠のいてゆく。

 彼女は学園全体を餌場とし桜や大河を危険に晒したサーヴァント。ここで逃がしては、いけない、のに──。

 

「────」

 

 力尽きた士郎は、重力に引かれるままに落下していく。

 役目を終えた士郎の剣──『邪剣』ムラサメは、その形を失い霧散した。

 

 

 ──『邪剣』ムラサメ。あらゆるものの『芯』を断つ、概念を斬る刀。

 ヴォラキア帝国の青き雷光、セシルス・セグムントの持つ──異(・)世(・)界(・)の(・)魔(・)剣(・)である。

 

 

△▼△▼△▼△

 

 

 スバルより下にいる士郎は、慎二と共にだらりとした体のまま落下していく。

 

「シロウ、おいシロウ! くそ、駄目だ、意識が無い! ──ベア子、届くか!?」

 

「届かせるのよ! ──ムラク!」

 

 ベアトリスの魔法により重力を軽減された一同がふわりと瓦礫の上に降り立つ。その中には、士郎と慎二の姿もちゃんとあった。揃って意識を失っているせいで受け身はとれていないが、死ぬような大事には至らないと思いたい。

 

「ライダーは倒した……訳じゃないのか?」

 

「本人の発言を信じるなら、令呪たる本が破壊されたことで契約は切れたらしいけど。サーヴァントは契約が切れてもすぐに消滅する訳じゃない。新たなマスターを見つけたり、人の魂を喰らって生き永らえる可能性は充分あるわね」

 

「そうか……。できれば追いたいところだけど──」

 

 地に伏したきり反応の無い士郎と慎二、同じく腕の中でぐったりしたアーチャーに視線を戻す。この状況で深追いは無理筋だ。今はこちらも撤退するしか無さそうだった。

 

「シンジは腕折れたって申告してたし、シロウも謎の失神だ。早いとこ治癒をかけてやらないと」

 

 ベアトリスが治癒魔法を使える。二人とも早く治してやりたいが、

 

「──そうも言ってられないわ。ビル一棟の倒壊よ、早く立ち去らないと大事になる。私は衛宮くん一人運ぶのが精一杯、慎二は置いていきなさい。運が良ければ病院へ搬送してもらえるでしょう」

 

「お、置いてけって──」

 

 確かにスバルの両腕はアーチャーとイリヤで埋まっている。しかし負傷した慎二をこの瓦礫の中へ放置していくというのは……。

 ……スバルは片腕で抱えていたイリヤを優しく地面に降ろす。

 

「イリヤ。ここから離れる、歩けるか?」

 

「…………うん」

 

「よし。ベア子、手を引いてやってくれ。俺はアーチャーとシンジで両手が埋まっちまう」

 

「仕方ないかしら。ほら、行くのよ」

 

 手を繋いで歩き出すイリヤとベアトリス。イリヤは未だ放心してはいるものの、歩く気力は残っていたようだった。片手の空いたスバルは、重力制御(ムラク)で軽くなっている慎二を脇に抱える。

 

「分かったわよ、もう。衛宮くんもナツキくんも言ったら聞かないんだから」

 

「え、俺シロウと同じくらい頑固だと思われてんの? 心外だぞ?」

 

「互いにそう思い合ってそうよね、あなたたち」

 

「スバルが一度言いだしたら聞かない性格なのは事実かしら」

 

「ベア子までっ! 感動の再会をしたパートナーへの仕打ちかよそれが」

 

「……別に、頑固なのが悪いこととは言ってないのよ。それを支えてあげる為にベティーがいるかしら」

 

「~~っ、ベア子ー! 可愛い奴だなお前は! アーチャーとシンジごとでいいならハグしてやりたいところだ!」

 

「絶対やめるのよ!?」

 

 軽くしているとは言え人を運びながらだ、スバルと凛、ベアトリスにイリヤはたどたどしい足取りでビルだった跡地から離れていく。

 凛やベアトリスとの楽しげなやりとりで戦闘の高揚も落ち着いてきたスバルは、ふと凛に担がれた士郎を見やる。

 

「シロウ、お前には聞きたいことが沢山あったんだけどな」

 

 スバルとパスを繋いだ時に何を見たのか。あの刀はなんだったのか。どうやって影を退けたのか。気になる事ばかりだ。ただ……全てを士郎の口から聞けるかは怪しいところだった。

 士郎は「記憶を斬った」と言った。そしてその瞬間に退いた影。

 それはアルデバランの騒動の時のペトラと重なる。……恐らく、士郎も如何なる手段かで『死に戻り』の記憶を忘却することで影を追い払ったのではないか。そうだとすれば、もう士郎はスバルの権能の真実を覚えていないのだろう。

 ──スバルはまた、独りになったのだろう。

 

「…………」

 

 落胆することなどない。ただ元通りになっただけだ。『死に戻り』を共有できる仲間がいなくとも、士郎も凛もスバルを信用してくれている。今はベアトリスだっているのだ。それだけで充分で、それ以上を望むのは──。

 

「俺たちは、まだ……、やれる……」

 

「──っ!」

 

「そうだろ……、スバル……」

 

 凛の背で眠る士郎から聞こえたのは、そんな譫言(うわごと)だ。始まりの夜に共にバーサーカーに殺される時に投げかけ、先刻少年から返された言葉。それを、意識が無いながらも呟いていた。

 

「──はは、なんだそりゃ」

 

 昼からこっち駆け回って、何度も死んで、バーサーカーを相手取って。

 

 得られた報酬は野郎の寝言一つだなんて。

 

「──まったく、割に合わねぇ」

 

 サーヴァントは、そう人知れず笑みを溢した。

 

 瓦礫の山を、野次馬の喧騒を背に、怪我人を抱えてえっちらおっちら帰路につく。

 ──精霊騎士と贋作者。その初陣は、昇る朝日と共に幕を下ろした。

 




 沢山の評価・感想コメント本当にありがとうございます。
 初投稿の拙作にも関わらず多くの方に見ていただけてとても嬉しいです。
 皆さんの応援とアニメ4期が何よりの励みです。

 これにて前半戦完結。後半戦もお付き合いいただければと思います。
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