……ベアトリスの治癒魔法でアーチャーと慎二を治そうというスバルの算段は、脆くも崩れ去った。
「じゃあ改めて聞かせてくれベア子。ガス欠で、アーチャーと慎二には治癒魔法が使えないんだな?」
「面目ないのよ。スバルのマスターが、まさかここまでボロボロだったとは思わなかったかしら。戦闘・スバルの治癒・マスターの治癒でベティーの魔力はカラカラなのよ」
「シロウがそんなに? 怪我とかはしてなさそうだったけど……」
「当たり前よ。衛宮くんが振るってたあの刀、宝具に匹敵する代物よ。それを魔力で一から投影する? 腕の一本や二本壊死して当然の芸当だわ」
「そう、なのか……。ったくシロウの奴、無茶しやがって」
未だ眠る士郎を見下ろす。
ここは衛宮邸の一室。
布団に寝かされた士郎を、スバル、ベアトリス、凜、イリヤが囲んでいた。
「アーチャーは遠坂の家で休ませてるって話だったよな?」
「ええ、退去ギリギリの重体だから暫くはうちの霊脈で回復に専念させないと駄目ね」
「シンジもさっき病院に運び込んできた」
「そう。慎二も流石に腕が折れてる状態で無茶はしないでしょう……多分」
「そこ断言できねぇのな!? ……見舞いくらい行ってやるか。腕折ったの俺だし」
怪我人の処置の確認を済ませたところで、凛は傍らのイリヤへ視線を移した。
「それで、どうしてイリヤスフィールを連れてきたのかしら」
「いや、あの瓦礫跡に放置する訳にもいかなかったし」
「彼女はバーサーカーを失った今も依然敵マスターよ。ライダーと再契約する可能性すらある。手元に置いておくのは危険よ」
イリヤを極めて冷徹に見下ろす凛。彼女の懸念自体は至極正しいものだ。けれどスバルは、バーサーカーを失った時の彼女の寂しげな顔を思い出してしまい、彼女の手を離す事は憚られた。
どう凛を説得したものかとスバルが考えていると、
「……他の奴と再契約なんてしないわ」
少女は力なく、絞り出すように言った。
「……わたしのサーヴァントは、バーサーカーだけだもの」
「イリヤ……」
健気な思い。今の外見相応の儚い面も、遭遇時に見せた冷酷な面も、どちらもイリヤで──どちらへ傾かせるかは、彼女を導く者次第だ。スバルがそうして意見を固め、凛を説得しようと口を開いた時。
それより僅かに早く、全員の下から声があがった。
「──俺もイリヤはここにいるべきだと思う」
「「────!」」
布団から上体を起こした少年、家主である衛宮士郎の鶴の一声。
「聖杯戦争は終わってないんだ。残りのマスターと決着がつくまで、イリヤはうちで匿いたい。いいよな? スバル」
「当然! 泣いてる幼女を見捨てる程鬼畜じゃねぇよ」
「──うん! お兄ちゃん──シロウがそう言うんなら、わたしもここにいてあげるね! あとセイバー、人聞きの悪いこと言わないで。わたし泣いてないもの」
イリヤはそう少女相応の豊かな表情を見せた。
対する凛は目を伏せ、意を決したように口を開く。
「……そう。分かっていたけれど、やはりあなたたちはそうやって損得勘定抜きに人を守るのね。──それなら、私たちの同盟もここまでだわ」
共闘関係の解消。凛はそれを言い渡した。
「えっ……。な、なんだよトーサカちゃん。そんなにイリヤを目の
「イリヤが憎くて言ってる訳じゃないわ。私たちは元々、バーサーカーを倒すまで協力するという約定で同盟を結んだ。そのバーサーカーは倒されたんだから、同盟を解消するのは既定路線でしょう」
「だからって敵対することはないだろ」
「私だって別にすぐに敵対しようとまでは思っていないわ。でも、ナツキくんが力を取り戻してアーチャーが倒れた今、私には同盟相手としてあなたたちに提示できるメリットが無い。そんな状況で、イリヤと同じように厚意に甘えて庇護下に入るなんて、私の主義に反するの」
スバルや士郎の善意に甘える形になる自分が許せないのだと、凛はそう告げた。
彼女は、他人には優しさを隠しきれていないくせに自分にはとても厳しい、損な性格をしているものだとスバルは感じる。
士郎も彼女の理屈に同調はしかねるようで、
「……変なこと気にするんだな、遠坂」
「──っ、とにかくそういうことだから。これで貸し借り無しよ。それじゃあ!」
凛はそう言い捨てると、立ち去ってしまった。
状況だけ見ると喧嘩別れのような形になってしまったが、存外にスバルと士郎は落ち着いていた。
「まぁ、トーサカちゃんなら自衛できるだろ。もしアーチャーが復活しても話も聞かずに殴りかかってくることは無いだろうし。話し合う機会はきっと来るさ」
「だな。俺も遠坂とはまた協力できると思う」
「セイバーたちのその信頼、魔術師であるリンにとっては侮辱と同義だって気付いてるのかしら」
イリヤの鋭い指摘が響く。
……と、士郎は何かに気付いて立ち上がった。
「って、遠坂が俺にできることなら魔術の稽古があるじゃないか。なんだ、やっぱり今から追いかけて──」
「無理よシロウ。だってシロウの魔術はリンなんかじゃ──いいえ、どこのどんな魔術師でも教えることなんて出来っこないもの」
「え──」
「シロウが使ってた剣って、名だたる名剣・魔剣の類なんでしょう?」
「あ、あぁ。スバルがいた世界のセシルスって剣豪の魔剣だ。パスを繋ぐときにスバルの記憶を見て、影に対抗できるあの剣を投影してみたんだ」
「あ~! あれ、大人セッシーが使ってた刀か! え、俺の記憶を見て、ちょろっと見たきりのその刀を再現してみせたのかよ。凄すぎね?」
「そう、凄すぎるの。宝具級の神秘をその性質ごと複製するなんて、投影魔術の範疇を優に超えているんだから。シロウは例外中の例外なのよ。そんなあなたの先生になれる人なんて──それこそ、似た技を使っていたアーチャーくらいでしょうね」
……確かにアーチャーの固有結界は、贋作だという剣で満ちていた。アーチャーなら士郎の魔術について何か知っているのかもしれないが……。
「そのアーチャーは重体、どっちにしろ今は無理ってこったな。トーサカちゃんとは気長に付き合っていくしかねぇか」
「そう、だな」
凛が消え、僅かに寂しくなった部屋。
その静寂を破るようにスバルが手を叩いた。
「さぁて! ちょっと想定とは違っちまったが、こうしてシロウも目を覚ましたことだし自己紹介タイムだっ! かましてやれベア子、ドンドンパフパフ!」
「そうやって大仰に前振りされると緊張しちゃうかしら!?」
膝を付いてベアトリスを注目させるスバル、あわあわと慌てるベアトリス。
士郎とイリヤの視線を受けて面食らった彼女は、それでもなんとか威張り散らした。
「べ、ベティーは大精霊ベアトリスなのよ! そこのニンゲン、スバルのパートナーになったのはベティーがずっと先だから、マスターだからって調子に乗るんじゃないかしら!」
「おお、久々のツンツンベア子だ! ツンベア子って氷タイプのモンスターみたいじゃね?」
「からかうんじゃないのよ! ベティーは今新人にお灸を据えてやってるとこかしら! こういうのは始めが肝心と聞いたのよ!」
「そんなパワハラ文化をどこから!? 俺以外無いな!」
わいわいと騒ぐスバルとベアトリス。
その光景に思わず士郎は笑いを溢す。それにスバルとベアトリスが揃って目を向けると、士郎は微笑みを浮かべ言った。
「ベアトリス。スバルの記憶を垣間見たからお前の事は知ってる。──いつもスバルを支えてくれてありがとう。俺も力になれるよう頑張るから、よろしく頼む」
「────。……ふん。思ったよりは話の分かる奴かしら。スバルのマスターっていうのも、まぁ今後の働き次第で認めてやらんこともないのよ」
「はは、よろしくな」
「まったく、ベア子はいつもいつでも小生意気で──最高に可愛いな!」
「ゆとり教育……!!」
「わたし、このセイバーとお子様に負けたの……? すっごく屈辱……」
騒ぐ者、呆れる者、各々が一時の平穏に身を任せる。
──かくして新都決戦のリザルトは終了したのだった。
衛宮邸陣営。スバル&ベアトリス、士郎、イリヤ。
遠坂邸陣営。凛、アーチャー(重体)。
ライダー、慎二との契約を断たれ失踪。
慎二、マスター権を失い入院。
数日が経過し、月曜日。
「士郎。なんか今朝のご飯、多くない? 私の退院祝い?」
「違う。むしろ退院してすぐなんだから、量抑えないと胃がびっくりしちゃうぞ、藤ねえ」
居間には、桜と大河の姿があった。
桜は療養期間が終わり、大河も無事に退院して今日から職員会議で学校へ出向くそうだ。
学校自体は未だ休校状態だが、多くの生徒は近いうちに元の生活を取り戻せるだろう。
そんな二人がいる居間へ、士郎とスバルは二名の少女を連れ立ってきたのだった。
「えっと。スバルの親戚の子たちがこっちに来てて、うちで預かることにしたんだ。イリヤとベアトリス」
「イリヤスフィールと申します。イリヤとお呼び下さい、お姉様方」
「ベアトリスなのよ。スバルの知り合いだっていうなら特別に仲良くしてやるかしら」
貞淑と尊大、両極端の挨拶が為される。
桜と大河は呆然としていたが、大河は我を取り戻すと、
「おおう、幼い女の子が二人……! いつからここは迷える子供たちの寄合所になっちまったのさ……!」
「入り浸ってる藤ねえが言うか、それ」
何か言いたげな大河だったが、流石にこんな幼い子たちを追い出す訳にもいかないといった様子で、弱々しく苦言を呈すのが精一杯らしかった。
桜と大河も自己紹介を済ませると、六人で食卓を囲んでの朝食が始まる。
「美味しい。サクラ、なかなかの腕前ね」
「ありがとうございます。おかわりもありますから遠慮しないでくださいね」
「やっぱりこの箸の使い方は慣れんのよ。ぐぬぬ、かしら」
「シロウがフォーク出してくれてるじゃねぇか」
「でもスバルの故郷の文化なら、ベティーも使えるようになっておきたいのよ」
「こいつ……! 見てくれ皆! 俺のベア子が今日も可愛すぎる件についてっ!」
「うるさいかしら! ベティーが可愛いのなんてそう叫ばんでも分かってるのよ!」
「あ、謙遜はしないのね。ベアトリスちゃん、大物だわ……」
和やかに進む食事。しかし、それに水を差す報道がテレビから流れた。
『──新都にて集団で意識を失う事件が──原因不明の集団昏睡事件は昨夜で30件を超え──』
「…………」
ここ数日はこんなニュースばかりだ。どうも前々から数件の発生があったらしいが、直近数日で明らかに件数が跳ね上がっている。──具体的には、バーサーカーを倒した日以降、だ。
「またガス漏れ事故? 学校のこととか、新都のビル倒壊とか、気味悪いわねー」
大河が不安そうに呟く。
学校の結界騒ぎはガス漏れとして、新都での戦闘によるビルの倒壊は事故として処理されていた。
士郎はイリヤへ寄り、声をかける。
「……イリヤ。あれは本当にライダーの仕業じゃないんだな?」
逃走したライダーの行方は未だ知れない。
今日までの数日間、士郎たちは新都を中心に捜索したが、ライダーも、ライダーが暗躍した痕跡も見つけられなかった。他のマスターと契約したりしていなければ魔力切れで消滅しただろう、とライダーの行方問題は一度棚に上げることとなっていた。
「違うわ。ライダーは魂喰いに吸血か結界を使うけど、それとは手口が違っているもの。近頃の事件はキャスターの仕業ね」
「キャスター……」
未だ見ぬ二騎のサーヴァントのうちの一騎、キャスターのサーヴァント。それがこうして無差別に人から魔力を吸い上げている首謀者だという。
そんなニュースと二人の会話に、スバルは一つ思い当たる情報があったことを思い出した。
「──『柳洞寺には魔女が棲んでいる』」
「え……、スバル、なんだよそれ」
「へぇ、知ってるんだ。セイバー」
「シンジの家に呼ばれて共闘を持ち掛けられたことがあったろ。その時、別れ際に言ってたんだよ」
あの時は士郎に心労をかけまいと共有していない情報だったが、バーサーカーと(恐らく)ライダーが脱落した今なら伝えても構わないだろう。慎二が「魔女は民間人から魂を奪っている」と言っていたのも事実だった訳だ。
士郎はスバルから伝えられた言葉を口の中で転がし、
「柳洞寺には魔女が棲んでいる……、柳洞寺にはキャスターのサーヴァントがいる?」
「多分そういうことだと思う。寺を根城に、か……。住職さんがマスターだったりするのか? その寺の関係者に話が聞けたらデカいんだけど、実際に寺に乗り込まないことには難しいよな」
「──いや、聞けるぞ」
「え──?」
士郎は言うと、今度は大河へ声をかけた。
「なあ、藤ねえ。教師は学校で職員会議があるって話だったけど、それ一成も来るか?」
「あ、うん。生徒会も来るわよ」
「そうか。藤ねえ、俺も後で学校へ行くよ。一成に頼まれてた備品の点検、終わらせとかないとスッキリしない」
「そう? 分かった。柳洞くんに会ったら言っとくね」
そうして会話を終えた士郎はこちらへ向き直った。
スバルは疑問を口にする。
「えっと、どういう風の吹き回し? お寺の関係者に話が聞きたいって話だったよな」
「そうだ、それを聞きに学校へ行こう」
士郎は食べ終わった食器を抱えて立ち上がり、言った。
「一成──柳洞一成。柳洞寺の跡取り息子だよ。話、聞けるだろ?」
二人で休校状態の学校の廊下を歩く。目立ってしまう為イリヤとベアトリスはお留守番だ。
校舎一階、ライダーが廊下を抉った跡はなんと違和感なく修繕されていた。流石にあの破壊の跡をそのままにしては超常の存在が露呈してしまうからなのだろうが、ご苦労な事だ。まだ見ぬコトミネ神父とやらが胃に穴を開けてしまわないか心配になってしまう。
「……それでなんでまた女装なんだ。もう霊体化できるだろ、スバル」
「いえいえ、わたくし弁がそこそこに立つ方だと自負しておりますの。シロウは真っすぐに過ぎるところがありますし、わたくしが傍にいた方が安心ですわよ」
そんなわけでナツミ・シュバルツ再臨である。
女子制服を優美に着こなすナツミは、一分の隙も無い出で立ちで無人の校舎を行く。
生徒会室へ到着。
士郎がノックして入ると、中には二人の男性がいた。共に眼鏡をかけており、片方は男子生徒、もう片方はスーツ姿の長身の男性だ。
男子生徒は士郎の姿を認めると、
「来たか衛宮。藤村先生から話は聞いている。──葛木先生、申し訳ありません。衛宮に備品の整備をお願いしておりまして」
「む、そうか。邪魔をしたな」
スーツの男性──葛木先生はそれだけ答えると士郎の横を通り生徒会室を出ようとする。が、ちらとナツミを一瞥すると、
「今は休校中だ、柳洞の客人というなら目くじらは立てまい。しかし制服は戸籍上の性別に合致したものを身に付ける校則だ。順守するように」
「え──」
そう言うと葛木先生は生徒会室を後にした。
……性別に合った制服を着ろ、と注意された。それはすなわち──。
「そんな、わたくしからナツキ・スバルが漏れ出ていましたの……!? 修行不足、ですわ……!」
愕然とするナツミ。女装に絶対的な自信を持っていたが故に、その身に走った衝撃は計り知れない。
そんなナツミは捨て置いて、士郎は残った男子生徒に切り出す。
「悪いな一成、話を合わせてもらって」
「うむ、ストーブの修理は既に終わっている筈だな。此度はまた何用で来たのだ」
「一成に確認したいことがあってな。一成、お前、キャスタ──」
「ちょっとシロウぅ──!?」
沈んでいたナツミが慌てて士郎の台詞を遮る。そのままシロウの首根っこを摑まえると、一成に背を向けて小声で叱責する。
「シロウ、正気を疑いましてよ! あなたの御学友なのですから信用してあげたいのは山々ですが、現状イッセイさんがキャスターに昏倒事件を起こさせているマスターの可能性もあるんですのよ!?」
「──う。そうか。一成に限ってそれはないと思うけど、確かにいきなりは良くなかった」
士郎がちゃんと反省した様子なので、ナツミはその手を離して解放してやる。
対する一成は、当然ながら怪訝な顔だ。
「衛宮、そちらの生徒は? 見覚えの無い顔だが……いや、まさか眉唾と思っていた噂の──」
「一成!」
「む。な、なんだ改まって──」
士郎は真剣な顔で一成の両肩を掴んだ。果たしてどうやって一成の潔白を確認するのか。お手並み拝見とばかりにナツミが静観していると──、
「一成、何も聞かずに服を脱げ」
そんな衝撃発言が飛び出したのだった。
「「な、なんですと────っ!?」」
「だから制服を脱げ。上着だけじゃなくてシャツもだ。裸じゃないと意味が無い」
「そんな、シロウ……わたくしに飽き足らずイッセイさんにまで……!」
「き、聞き捨てならんぞ衛宮!? やはり『衛宮と黒髪の令嬢が公衆の面前で乱れていた』という噂は事実なのか──っ!?」
「スバルはややこしくなるから黙っててくれ! いいから一成、観念して脱ぐんだ! ええいっ」
「うわあ──! ええい、止めぬかたわけ、貴様それでも武家の息子か──!」
「──よし」
「よし、じゃありませんわよ」
裸に剥かれ肩を抱く一成を、二人見下ろす。適度に引き締まった身体は健康そのもので、目立った怪我や──入れ墨の類はまるで無い。
「一成に令呪は無い。慎二みたいに代わりになる魔本を持ってたりもしない。シロでいい筈だ」
「いや、それはいいんですけれど、それ以外の全部が良くないと言いますか」
「──衛宮! ここまでやっておきながら何もないとはどういう事だ!」
「その突っ込みもどうなんですの?」
呆れながら、一成に畳んだ彼の制服を返すナツミ。一成は「かたじけない」とそれを着込む。
「悪かった一成。事情は話せないんだが、どうしても調べたいことがあったんだ。──悪いついででなんだけど、最近寺の方で何か変わったこととかないか?」
「む、今この状況を超える奇怪なことなどそう起きるものでは無いが……。そうだな、見慣れない女が一人いるぐらいか」
「──見慣れない、女」
「──『柳洞寺の魔女』……! イッセイさん、そのお話、詳しく聞かせていただいても?」
「そ、それは構わないが……」
身を乗り出して食い付くナツミ、その顔を一成はじっと見つめる。
ナツミは、はっと気づき、
「た、大変失礼致しました。わたくしナツミ・シュバルツと申します。シロウの御父様の縁で厄介になっていうる者で──」
「──いや、皆まで言わずとも構いません。これでも人を見る目はあるつもりです、あなたが悪い人間でないというのは分かりました。よからぬ噂も耳にはしましたが、所詮噂は噂でしかなかったということでしょう」
「え、あ、それは……どうも……?」
一成は極めて真剣な顔でナツミを肯定的に受け入れる。正直ナツミ自身、ナツキ・スバルが清い善人であると胸を張れる程の自信は無かったが、そう言ってもらえるのは悪い気はしない。
それに話を聞くのもスムーズに進むというものだ。ナツミは照れくささを感じつつ、質問を続ける。
「こ、コホン。では、その寺にいらっしゃるという女性のことを伺っても?」
「いいでしょう。──しかし特に語ることもない。見慣れない女とは言ったが、彼女は真っ当な客人だ。一度しか話した事は無いのだが、宗一郎兄のお相手というだけあって根が善良と見える──」
言いながら、一成はなんとなしに右手を突き出した。
──ざく、と。
ナツミは、ナイフを突き立てられた己の腹を見下ろす。
「────は?」
内蔵を傷付けた致命のナイフを一成に乱暴に引き抜かれ、ナツミはその場に崩れ落ちる。
腹から脳を焼く鋭い痛み、液状に流れ出る命。しかしそれらの感覚は、脳内に浮かぶ数多の疑問符に塗りつぶされていった。
何故つい今まで談笑していた者に刺されている?
何故マスターではない一成がナツミを刺す?
何故迷いもなくこんなことが出来る?
何故? 何故? 何故?
「……い、一成、お前……何を」
「エモノがかかった。──この人形モ、もうイラナイ」
ざく。先程と同じ音が聞こえ、ナツミの眼前には自らの腹にナイフを刺した一成が倒れ伏した。意思の無い人形のような一成、その腹部から溢れる血が頬に流れてきて温かい。
「──、────! ──!」
こちらへ懸命に叫ぶ士郎。もはや何を言っているのかを聞き取ることもできないナツミは、ただ脳を埋め尽くす疑問だけを抱えて、その意識を手放す。
何故? 何故? 何 故? 何 故 ?
「美味しい。サクラ、なかなかの腕前ね」
「ありがとうございます。おかわりもありますから遠慮しないでくださいね」
「やっぱりこの箸の使い方は慣れんのよ。ぐぬぬ、かしら」
「あら、ベアトリスちゃん。フォークもあるわよ?」
「でもスバルの故郷の文化なら、ベティーも使えるようになっておきたいのよ」
「…………」
「──スバル? どうかしたかしら?」
「スバル──?」
「な、ナツキさん。大丈夫ですか……?」
────。
──────。
────────何故?