空銀子と瓜二つ 作:るっと
将棋界におけるタイトルの一つである竜王の称号を持つプロ棋士…九頭竜八一の暮らすアパート。
そこには家主である八一、その姉弟子である空銀子、八一の内弟子である雛鶴あいが揃っている。
そんな中で八一が口にすることはただ一つ。
今朝に見かけた自身の姉弟子のそっくりさんのことであった。
「いやだからぁ!!ほんとに姉弟子のそっくりさんがいたんだって!!」
「私が二人もいるわけないじゃない。八一はバカなの?死ぬの?」
「そーですよ、ししょー。おばさんみたいな特徴的な見た目の人が二人もいるわけないじゃないですか。おばさんへの恐怖のあまり、幻が見えたんじゃないですか?」
八一の言い分は一考の余地もなく、ただの見間違いだと否定される。
そこで話を打ち止めておけば、誰も不幸になることはなかった。
だが悲しいかな、現実はそんなに優しくないのだ。
「それにしても……可愛かったなぁ、あの子。」
世界がピシリと固まった。
全身が凍りつくような悪寒が身体中を駆けめぐるのと同時に、八一は自身の発言を悟る。
まぁ今さら悟ったところで、もうどうしようもないのだけれど。
眼力だけで人を簡単に殺せてしまいそうな、どす黒い闇を宿した4つの眼が八一ことを差し射抜く。
そこから放たれる圧力は地獄の鬼でさえも怯んでしまいそうなほどである。
それを向けられた八一は地獄の鬼ほどの胆力を持っていないために、怯むどころではすまなかったが。
「ッッッ!!??」
全身の毛を逆立たせて、ブルブルと身体を震わせる。
「ししょー…今、なんて言ったんですか?」
「クズロリ王…ここで頓死したいの?」
(ヤバいヤバいヤバいヤバい、死ぬ死ぬ死ぬ殺される殺される!!誰か…誰でもいいから助けてェ!?)
自業自得とも言えなくはないのだが、八一は自身を理不尽なこの状況から救い出してくれる存在が現れることをただただ願う。
「失礼させてもらうわ。」
祈りを捧げた結果。
二人目のロリな弟子…夜叉神天衣が現れた!
この部屋の中におけるロリ率、驚異の75%である。
なお唯一のロリじゃないヤツは、世間で言えば高校生に分類される年代の男という…。
これじゃあ世間からそういう目を向けられてもしょうがないよ、クズロリ王の八一くん。
「そういえば師匠。駅で貴方の姉弟子がボランティアっぽいことをしてたんだけど……え?」
八一たちのいる部屋へと入ってきた天衣は言葉を途中で止めて、大きく目を見開いた。
「待って、どういうこと?」
そのつぶやきからは、困惑の色がにじみ出ている。
「なんでここにも空先生がいるの?さっきは駅にいたはずなのに…まさか別人!?今思えば、たしかに髪の長さもだいぶ違ったし…。」
ブツブツと顎に手を当てて、天衣は深い思考の海へと落ちていく。
「ししょー…おばさん似の人に会いにいきましょう。」
「そうね。私も小童の提案に賛成よ。」
もし拒否すればろくなことになりそうになかったので、八一は首を縦に振ることしかできなかった。
✙✙=✙✙
拝啓、僕をこの世に生んだ名も顔も知らぬお父さんお母さんへ。
僕は今、つい先ほど会ったばかりの人たちとお茶をしています。
というより、脅されて強制的にさせられています。
怖い眼で僕を見てくる幼女三人と、血が繋がっているようには見えない高校生の男の人です。
とりあえず男の人…九頭竜さんは警察に通報したほうがいいですかね?
とまぁ、冗談はこれくらいにしておこう。
そろそろ現実を見なくては。
まぁ今脳内で言ったことに、妄想はいっさい混ざり込んでいないんだけど。
親の顔も名前も、何もかもが分からないのも事実。
ついさっき出会ったばかりの人たちに、脅されてお茶させられているのも事実。
九頭竜さんを警察に通報したほうがいいのではないかと思っているのも事実。
ならばいったいなんの現実を見るというのか。
九頭竜さんたち…この世界におけるメインキャラと言える人たちが目の前にいるということですね。
これが夢だったら、なんと良かったことだろう。
でも夢じゃない。
原作主人公たちとは可能な限り関わらないように生活していたというのに……。
あの自称神のクソ野郎は僕の努力を一瞬で無に帰してくれたわけです。
「それで児童誘拐犯の方々は、僕にいったいなんのようがあるんですか?」
ボランティアが終わったあとに貰えるはずの飲料ゼリーを、ここに無理やり連れてこられたために貰えなかったから少しばかりイライラしている僕は、最大限の皮肉を込めてそう問う。
そしたらなんか向けられてくる視線の圧がめっちゃ強くなったぜ☆
まぁ別にいいけど。
だって“僕は悪くない”のだから。
めだかボックスに出てくる過負荷の代表的存在みたいなセリフだけど、まぁ事実だ。
訴えれば、よほどのことがない限り勝てると思う。
「えっと…俺のこと、知らない?」
九頭竜さんは自身の顔を指さして、苦笑いをしながらそう聞いてきた。
まぁ前世の知識のおかげで知ってるけど……今生じゃあ一回も聞いたことがないから知らないってことでいいや。
「知りません。もしかして全国に指名手配されるほどの有名な人なんですか?だとしたら、人は見かけによらないってことですね。勉強になります。で、叫んでいいですか?」
「ちょちょちょちょ、待って待って!!」
「じゃあ口止め料ください。くれないんだったら、口止め料の名義が慰謝料になるだけですけど。」
せっかく今生で初めてファミレスに来たというのに、なにも食べれないだなんて冗談じゃない。
お昼もコンビニの安いおにぎり一つだけだったし。
まぁなにかを食べれるだけマシなんだけど。
「分かった、分かったから!!なにが食べたいの!?」
「ではピザを。味は貴方が食べたいヤツを選んでください。僕は食べ物ならなんでも食べられますし。」
「え?俺にもくれるの?」
「当たり前でしょう?貴方のお金で買うんですし、人に食べるところを見せつけるのは好きじゃないなので。まぁお腹が空いていないのなら、無理強いはしませんけど。」
「あーいや、それなら遠慮なくもらうよ。」
九頭竜さんはボソリと、「不思議な子だな…。」とつぶやいていた。
まぁ今までの人生の経路が普通じゃなかったので、普通じゃないのは当然のことですね。
「まるで聖人気取りの物乞いね。」
黒髪赤眼の幼女がそんな毒を吐いた。
たしか名前は…夜叉神天衣とか言ったけ?
原作だと、九頭竜さんの二人目の弟子になったらしい…。
「おい、天衣。」
「別に構いません、好きに言わせておけば。ただ、彼女に施された教育の程度が知れるだけですし。それと…彼女を教育してきた人たちの程度が。」
かなりひどいことを言っている自覚はあるけど、口を止める気はない。
だって本心だし。
「女の子にひどいことを言ったらダメなんですよ!!お母さんから習っていないんですか?」
そう激昂したのは、九頭竜さんの第一にして一番の弟子…雛鶴あい。
「生憎ながら、生まれてから誰かになにかを教えてもらった記憶などありません。」
だってずっと一人で生きてきたのだから。
父も、母も、たった一人の仲間もなく。
ただただ一人で今この瞬間まで歩んできた。
「そんなことないです!!貴方が気づこうとしてないだけで、お父さんとかお母さんとかからいっぱいいろんなことを教えてもらってるはずですよ。」
お父さん?お母さん?
あぁ、なるほど。
しょせんはそっち側⋯普通の領域しか見えていない人間だったか。
これだから普通を持っている人は嫌いなんだ。
僕が気づこうとしていないだけ?
そもそも僕は、気づく気づかないの話ができるという普通の領域に立てていないというのに。
与えてくれる人がいないのだから、気づくも気づかないもないだろう。
まぁ僕は優しいので、今くらいは彼女の顔を立てて、その言葉に賛同してあげますが。
「気づこうとしてない?あぁ!!たしかにそうかもしれません。名前も顔も知らない僕のことを捨てた親のことなんて、一度だって考えたことがありませんし。僕のこの銀髪を見て化け物と罵ってきた職員のことなんて気にも留めませんでしたし。僕を仲間外れにして石を投げてきた子どもたちのことなんてすぐに記憶から抜け落ちましたし。たしかに彼らのことを深く考えたはしなかったので、なにかに気づくこともありませんでしたよ。」
おや、いったいどうしてだろうか?
いつの間にか、ものすごく沈鬱な空気になってしまった。
なにか気分が悪くなるようなことでもあったのかな?
「それと、どうでもいい豆知識を教えてあげましょう。僕がさっきみたいに物乞いみたいなことをしたわけですが、こうしないとここに至るまでのどこかで野垂れ死にそうだったからですよ。つまり、幼少期の癖が残ってしまっていたということです。」
これまた今生で初めて眼にする配膳ロボットから料理を受け取り、僕はそれを机の上に置く。
「では半分ほど、いただきますね。」
ピザを八等分に切り分け、そのうちの四枚を自身の小皿に移す。
いまだに沈黙している九頭竜さんたちを気にかけることもなく僕はピザを食べ、さっさとファミレスから出ていくのであった。
僕⋯
✙✙=✙✙
「二度と会うことはないでしょうが、ご飯をくれたお礼として名乗っておきます。志山孤児院でお世話になっている久世白羅です。それではさようなら、九頭竜八一さんと御三方。」
このご時世では信じられないような彼の話を聞き呆然としている俺たちにそう告げて、髪の長さと目の鋭さ以外が姉弟子と瓜二つの子どもはファミレスから出ていった。
そして、どれくらいの時間が経ったのだろうか?
ようやく意識が現実に戻ってきた俺は、下手な小説の鬱展開よりも圧倒的に暗いこの場の空気をなんとかしようと動き出そうとして────俺の服の端を隣りに座る姉弟子が掴んだ。
「姉弟子?」
いったいどうしたのかと問いかけ、そちらへ目を向けると⋯そこには普段からは想像できないほどに弱々しい雰囲気を纏った姉弟子が目尻に涙を溜めて、プルプルと身体を震わせていた。
「えっ?えっ?ど、どうしたんですか姉弟子!?聞いててそんなにつらかったんですか?」
「違う、違うのよ⋯八一。私はあの子を知ってた!!」
その言葉を聞き、俺の思考は完全にフリーズしてしまった。
だが、姉弟子の言葉は止まることを知らない。
「あの子の名前、二歳の時に誘拐された私の弟と同じだったの。」
あまりにも想定外な発言だったが、話の辻褄がズレているようには思えない。
見た目も似ているし、むしろ真実味を大きく帯びていると八一は感じた。
「とりあえず、明日にでもあの子がいるらしい孤児院に行ってみよう。あいたちもそれでいいな?」
あっちもあいたちになかなか酷いことを言っていたが、あいたちも彼にひどいことを言っていた。
だから二人の師匠として、教育をする者として、間違いは正さなければならない。
片っぽは苦虫を噛み潰したような顔で、もう片っぽは今にも泣きそうな顔で頷く。
(そういえば少女じゃなくて、少年だったんだなぁ。つまり⋯ロリじゃなくて、ショタってことだよな?)
場の雰囲気にみじんも合っていない、バカみたいなことを考え出す八一であった。
しかも周囲に気取られてしまったら、確実に危険人物へ向けらえる視線を集めるであろうようなことを。
これが日本将棋界を背負うプロ棋士の一柱⋯竜王の位を保持する十六歳男児の実態である。