時計塔にいる、時計塔のマリアさん(偽)   作:アスタロット

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アインツベルンにいる、時計塔のマリアさん(偽)

 

昼だった。

 

「遠出する」

 

それだけ言って、帽子を被る。

 

「どこへ行くんだ?」

士郎が台所から顔を出す。

 

セイバーは縁側に居た。

凛は座敷のちゃぶ台に肘を突いている。

 

「森だ。もう一度、バゼットの行方について聞く」

 

「森?…どこの森かは知らないけど、また勝手に動くわね」

 

凛の声は高い。

止めにはなっていない。

セイバーは昼の単独を好かない。

目的が捜索だと聞くと、付いてこない。

士郎はそれ以上聞けない。

聞いても「森だ」以上は返ってこないと分かっている。

 

敷地の端、砂利の一角。

そこをいつの間にか占拠している、黒塗りの高級車がエンジンをふかす。

帽子の女が運転席に座る。

 

 

♢

 

 

冬木の市街を抜け、山へ入る。

 

小一時間。

森の手前、雑木林に入る前に停める。

まだアインツベルンの結界の外だ。

エンジンを切る。

森の匂いが車内へ入ってくる。

 

そこからは歩く。

装束はそのまま、手は空だ。

得物の落葉は虚無に仕舞い込み、出してはいない。

木漏れ日が差し込み、地面は乾いている。

森に入ると数歩で、遠見による監視が貼り付く。

さらに進むと魔力の網が、踏まれたことを城へ知らせる。

 

隠れないし、潜らない。

闘いが目的ではないゆえ、堂々と歩みを進める。

 

バチンッ、と静電気の様に結界が反応する。

呼び出しが通った、と理解する。

インターホン代わりに結界を使う、マリアの図々しさ。

 

アインツベルンのマスターに合って、話を聞く。

それだけが目的。

 

道中の罠が厚い。

巨木の角の陰。落ちる地面。

術式の線が、昼の光の下で白く見える。

ヤーナムと似たり違ったり、意地の悪い罠もある。

 

禁域の森を思い出す。

集落の真ん中に、板が渡してあった。板の上に死体があった。 漁ろうとして乗った。板が落ちた。穴の底で鴉が待っていた。

沼には豚が居た。人を食う豚だ。

森には毒も、蛇もあった。

 

しかし、こちらは罠の導線が見える。

角の陰にも、落とし穴にも、管理する者がいる。

そして結界に踏み込めば、城の主が知る。

そして出迎える従僕がいる。

ダンジョンとしては、よほど誠実だ。

 

ゆえに武装は出さない。

踏む位置をずらしたり。

細い根を踏んで跳ぶ。

線の切れ目を歩く。

歩幅が軽くなる。

顔には出さないが、罠を品評しながら進む表情だ。

楽しい、とは口にしないが、実際ダンジョンを攻略しているようで、楽しい。

 

ある程度入ったところで、予想通りサーヴァントが出張る。

斧を携えている。

呼び出しに応じた、バーサーカーの門番だ。

間合いがある。

手は、まだ空だ。

巨体が昼の木漏れ日を遮る。

呼吸が、地面を揺らす。

 

「戦う意思は無い。武装は出していない。対話を要求する」

 

言葉は拙く、巨人には通らない。

言葉はその後ろの主に通れば足りる。

斧が下りるのを待つ。

子供の声が、木の陰から響く。

 

「待って、バーサーカー」

 

少女にとっては単なる好奇心だ。初戦で一度見た女だ。

衛宮の家の居候だ。

”まだ”殺す相手ではない。

聞き直す相手だ。斧の先が土に置かれる。

巨人が背を向けて歩く。

着いてこい、という背中だ。

手は空のまま、マリアは歩く。

森の床が、巨人の足に揺れる。

マリアはその足跡を踏む。往路の罠を、巨人が先に潰していく。

 

凹の字の城。明かりを落とさない。白い壁。

中庭の花壇。花が咲いている。良く手入れされている。

 

主人に仕えるホムンクルスの女、セラとリーゼリットが出迎える。

作法は当然、衛宮邸より硬い。

闖入者といえども、礼を尽くすのなら、一応は客として通す。

 

出迎えたイリヤが先に部屋へ入る。

小さな背中は、客そのものを見ない。

見ているのは、父の家から来た、という事実だけだ。

 

窓から昼下がりの日光が入り、中庭の花壇が見える。手が入っている。

セラが紅茶を置く。

リーゼリットはイリヤの傍に佇む。

マリアが立ちかける。

要件は一言で済むから。

 

「頑張って張った罠を破壊して、ここまで来たんだから。とりあえず座りなさい。お茶くらい出さないと、お祖父様に怒られるもの」

 

言われた通りに座る。

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツの行方を知らないか」

 

「だから知らないわ。当然だけど、この城にもいないわよ」

 

「そうか」

 

イリヤがティーカップを持ったまま、観察する。

 

「執行者同士なのに見失うなんて、杜撰ね」

「キリツグの家は楽しい?あ、今は士郎のところって言った方が良いかしら」

 

「ああ、衛宮の家か。確かに泊めてもらっている。いいぞ、うまい飯が出る」

 

「へぇ。ずいぶんと薄っぺらいのね」

 

菓子が来る。本国仕込みだ。

礼を短くして、口へ入れる。

手に取る量が、淑女にしては多い。

頬を膨らませながら、モリモリと焼き菓子を頬張る。

イリヤの目が、珍獣を見る目になる。

 

「あのとき、バーサーカーの命は間違いなく、あなたに削られたわ。同じところを斬っただけ?嘘みたい。どうして?」

 

「別に…単純な刃だ」

 

「魔術師に見えないわ。何なの、あなた」

 

「一応、魔術師だ。講師もしている。狩人の方が本職だ」

 

「ふーん…執行者にしては、随分と抜けてるわね。もっと頭のおかしい魔術師だと思ってたけど」

 

「?まっとうな魔術師はみな、まっとうに頭がおかしいのでは?」

 

「あ、あなたがそれ言うの?」

 

温度が一度下がる。窓の昼は、変わらない。

 

「衛宮士郎ね。あの人の息子。義理のね。キリツグは私の父なの」

 

「そうか…切嗣は、よい狩人だった」

 

「狩人?ふうん。キリツグ、ずっとズルしてた人よ。帰ってこないし。嘘が上手だった」

 

「士郎の方は、どう?ご飯以外に、何かあるの」

 

「ウマい飯を作る。それ以上は知らないが、そうだな…やたらと異性からモテる」

 

「へぇー…そうなんだ」

 

サンドイッチが来る。また口へ入れる。

イリヤは自分ではほとんど食べない。マリアを見る。

 

「……ちょっと。そんなにいっぺんに口に入れないでよ。リスみたいじゃない」

「士郎の作るご飯より上でしょう。否定したら、セラが泣くわよ」

 

「悪くない」

 

イリヤが面白がる。質問が細くなる。

しかし、ティーカップを置こうとする手が、途中で止まる。

結界が反応する。

誰かが境界を超えた。

 

「——っ」

「バーサーカー、出なさい。あれは迎撃よ。なんでこうも今日は変なのばっかり」

 

 

咆哮を響かせ巨人が出る。

メイドは動かない。マリアは座ったまま。

茶はポットに残っている。

 

「座ってていいわ。客を戦場に出すほど、人手に困ってないわ」

「……面倒ね」

 

サンドイッチの残りが減る。イリヤはカップを回す。

「リスの癖、戦場でも出すの?出したら、すぐ死ぬわよ」

 

「出さない」

 

「言葉少ないのね。切嗣の家でも、そんななの?」

 

「飯のときは、食う」

 

「ふうん。士郎のご飯が、そんなに?」

 

名前を出して、すぐやめる。

カップの縁を指が一周する。

 

「アインツベルンの城に、執行者が茶を飲みに来る。お祖父様が知ったら、顔をしかめるわ」

「それでも座ってる。図々しい。結界も、呼び出しみたいに踏んできた」

 

「通れたから、通った」

 

「通れた、じゃないわよ。あったでしょ、罠!」

 

短い沈黙。

結界の感触を、イリヤが内側で追っている。音は届かない。

客の咀嚼だけが部屋に残る。

紅茶が冷める。

 

「バゼットは、本当にただの知人なの?探して、どうするつもり」

 

「特に…見付けるだけ」

 

「見つけて…それだけ?」

 

「それだけだ」

 

「……単純ね。嫌いじゃないわ。好きでもないけど」

 

カップを置こうとして、手が止まる。

 

イリヤの顔が急激に青ざめる。

魔力の繋がりが薄くなる。

届き方が弱い。

令呪の指先が、赤く光って、すぐ消える。

 

「——っ。………お願いがあるの」

 

「なんだ」

 

「……外。連れてって。お願い」

 

頷く。理由は増やさない。

茶会が壊れた。壊した相手が、その方向に居る。

セラが袖を掴みかける。リーゼリットが斧の位置へ手をやる。

イリヤは彼女らに残れ、と一句。

メイドは中庭の内側で止まる。

戦力外だ。待機だ。

 

マリアが少女を抱える。133センチ、34キロ。荷物にすらならない。

 

昼の樹海へ出る。往路で品評した罠は、復路では踏まない。

跳ぶ。直線だ。

木は割らない。割るとイリヤが傷付く。

弱い日差し。森の匂い。

イリヤは胸の前で小さくなっている。

イリヤの言葉は命令形に戻らない。

お願いのあとの、子供の呼吸だ。

指先が赤く光る。

魔力を巨人へ送っても、届き方が弱い。

 

倒木の音が、先に聞こえる。

鎖の金属。宝具が肉に入る音。

イリヤの肩が、音のたびに跳ねる。円の縁に入る。

 

灯はまだ無い。点くのは、下ろした直後だ。

 

戦いの領域に足がかかる。

先に見えるのは鎖だ。四肢を取られた巨人。

神性を焼く宝具が胴を何度も貫いている。

手遅れだ。

 

「あっ……あぁ……やだ…やだよ…」

「バーサーカー…バーサーカーぁ……バーサーカーぁ…」

 

名前を呼ぶ。届かない。指先が赤く光って、消える。縁で下ろす。

 

「ちょっと離れてて」

 

「え?」

 

小さな靴が、砕かれた枝を踏む。

着いた瞬間、黒い巨人が光の粒子になる。

残るのは鎖の残像と、泣いている少女と、少女を下ろした女だけだ。

 

灯が、円の外の湿った根元に点く。

マリア以外には見えない。

誰が置いたとも知れない灯りだ。

 

イリヤは円の縁まで下がる。

下がった先から、客の横顔を見る。

金色の男が、倒木の向こうに立っている。

 

マリアは懐から紙包みを出す。

中は黒い球で、獣血を固めたとされる巨大な丸薬だ。

医療教会が禁忌とした丸薬。

それを噛み砕く音が、森に短く響く。

舌に鉄。腐った甘さ。飲んだ者を一時の獣性に導く。

 

淑女の目が、獣に寄る。呼吸が一つ、荒くなる。

イリヤには、茶を食べていた客が、別の生き物に見え始める。

 

「また貴様か…異物め、疾く去ね。さすれば、王の情けで助けてやろう」

 

答えは、一句だけだ。

 

「狩りの続きだ」

 

落葉が、腰の位置で金属音を上げて割れる。

二刀。

空はまだ白い。

 

ジリジリと詰める。

間合いを、剣士の礼ではなく、狩りの距離で削る。

 

空間が黄金の門になって開く。

宝具の原典が雨になる。

剣、槍、斧、名を持たない刃。

隙間を歩いて、雨の内側へ入る。

 

前面に鎖が張られる。金色の輪。

バックステップ。

しかし、下がった先で、鎌が胴に入る。

読まれている。

 

曲がった刃だ。血が吹き出し熱い。

すぐに瓶を刺す。

サクッと、いつもの手順だ。

液は入る。しかし、傷は塞がらない。血が止まらない。

 

「不死殺しの鎌だ…その傷は瓶ごときでは戻らんだろうよ」

 

マリアは構わず突貫する。

宝具を切り払い。回避。切り払い。

出血が続く、腕が重い。防御が薄い。

鎌の二本目が足に入る。膝が折れる。

その瞬間を、鎖が取る。輪が手首と足首と胴を締める。生きたまま止まる。

 

「そこで見ておれ。人形の心臓は、そのあいだに抉れる」

 

イリヤの泣き声が近い。鎖を掴む。狩人の腕に、獣の重さが乗る。

狩人に神性はほとんど無い。ゆえに、鎖の効果は乗っていない。

しかし、ただ硬い。

ゆえに力ずくで千切る。

鎖の輪が弾ける。

 

王はそれを見て、ゲートを増やす。

砲台が並ぶ。量が変わる。

 

マリアは瞳を擦る。

夜空の瞳だ。

青白く光る、地球外の石が、小さい粒になって門の射線へ落ちる。

黄金と、青白が交差する。

原典が折れる。

隙、懐。

周囲を砲門が埋める。

質量が隕石に勝つ。

胸を貫かれて、倒れる。

死んだ。

 

しかし、灯りにて立ち上がる。

イリヤの隣で、目が開く。

血は付いてない。

死は、残っていない。

不死殺したるハルペーの阻害は、ここで切れる。

昼の光が、まだ円の外にある。

 

「——え」

「今、死んだでしょう。死んだわ。わたし、見てた」

「血が、出て。止まって。なんであなた…立ってるの」

「バーサーカーは戻らないのに…あなた本当に、誰?」

 

袖を掴んで、すぐ離す。

指先が赤く光って、消える。

令呪の回路が、誤って点火しただけだ。

届く相手は、すでに居ない。

 

 

王を前にして、マリアの意識が変わる。

 

 

薙ぎ倒された倒木を境に、白い霧が掛かり始める。

上を仰ぎ見れば、夜が空に落ちる。

青い月が近く、大きい。

 

イリヤは白い霧の外に残される。

入れない。

声は届いても、足は円の外で止まる。

灯も、こちら側だ。

 

バビロン所蔵の剣が外へ抜け出ようとして、霧の膜で折れる。

隕石の流れ弾も来ない。

 

王の笑いが、途中で止まる。

死した女が、アインツベルンの人形の隣でまた立っている。

濃くなる前の霧の外へ、門から宝具を抜こうとして、抜けない。

剣が白い膜で折れ、黄金が円の内側に還る。

眉間に皺が寄る。声が低くなる。

 

「ほう、その霧……単なる目眩しではないな。異物……かくも醜い異界…よくもまぁ、我の元に持ち込んだものよ」

 

門が全開になる。宝具の原典が埋め尽くす。

 

女が頭上で両手を組む。

彼方へ呼びかける。

 

現れた隕石は、より大きく、多い。

青白く光る岩石が、夜から降る。

 

黄金の雨と、星の雨がぶつかる。

 

爆発が円を満たす。爆風は霧の壁が止める。

イリヤへは届かない。

煙で満ちるも、倍の鎖が、煙の中の一点へ走る。

 

手応えあり。

甦りが面倒ゆえ、殺さない。

煙が晴れるを待つ。

怒りは、ゲートの数と、鎖の量に出ている。

 

手応えの先から、白い触手が来る。

女の身体から、一直線だ。

煙があろうと、霧の中では王の姿が丸見えだ。

蔵から出た宝具が触手を斬る。

しかし触手の数が勝つ。

 

王の頭が固定される。瞼が開かされる。

 

煙が薄れる。

鎖の中の女は、まだ生きている。

女の瞳が近い。

 

しばらくして、王の体内に異変が生じる。

 

「何だ、これは。異物…我に何をした」

 

「発狂だ」

 

体の内側から、槍のようなものが突き破る。

王の身体が、赤く染まる。

 

「ぐっ…がっ…お、おのれ!おのれおのれおのれ!!化け物めが!まこと悍ましい異物め!」

 

黄金の鎧を纏っていれば、違った結果になったかもしれない。

しかし、それも詮なき事。

 

「ぐ………ぬかったわ」

 

血を吐いた王は力尽き、光の粒子になる。

突き刺さった原典も地面に残らず、霧と一緒に消える。

 

霧が解ける。月が遠ざかる。

異界が戻る。

昼の森に戻る。弱い日差し。

倒木だけが、円の形で残る。

イリヤは縁で泣いている。

客は、まだ二刀を持ったまま立っている。

落葉を合わせる。金属音は、割るときより小さい。

帽子は直さない。

イリヤを抱える、説明しない。

少女は抵抗しない。名前を呼ぶ相手は、もう居ない。

 

城へ戻る。罠は踏まない。

中庭で、セラが走ってくる。リーゼリットは武器を下ろしていない。イリヤが残れ、と言った二人だ。

残した結果を、今見る。

 

「お嬢様」

 

「お前達も乗せる、来い。使い魔が落ちた今、城には居られないだろう」

 

理由は増やさない。

セラが一度測る。城の結界は残っている。

しかし、中身の戦力が、メイド二人だけだ。計算が終わる。

最低限の荷物を揃える。

 

三人で森を出る。

黒塗りの高級車は、結界の外に残っていた。

イリヤを後ろへ乗せる。

セラとリーゼリットが、その両サイド。

ハルバードが車の片側の窓から飛び出るが、それでも離さない。

 

山を降りる。

弱い日差しが、黄昏に寄る。

山場の内側だけが夜だった。

外は、ただの冬木の午後の終わりだ。

帽子の女は運転したまま、話さない。

イリヤは窓を見ない。膝の上で手を畳んでいる。

 

 

♢

 

 

黒塗りの高級車が、武家屋敷の庭の端に戻る。

エンジンが切れる。

衛宮邸は、食事の匂いを残したまま静かだ。

先に降りるのは執行者だ。服は汚れている。

落葉は腰に無く、帽子はまだ直していない。

 

後ろのドアが開く。

白い髪の少女。後ろにメイドが二人。

武器を下ろしていない方が、庭石を踏んで止まる。

バーサーカーは居ない。

 

縁側で、士郎が数を数える。

言葉が遅れる。路地で邂逅した少女だ。

なぜ今、この家の庭に居るのかが、理解できない。

 

マリアは連れてきた三人を座敷に通す前に、手と刃だけ拭く。

血を朝まで残さない。

玄関で靴を揃える。セラの手が正確だ。

イリヤは一度止まる。

切嗣の家を、中から見る。

怒らない。話もしない。小さな肩が、ただ固まっている。

士郎はそれを家族の意味では読めない。

少女が、家に増えた、としか見えない。

イリヤは顔を上げない。声だけ出す。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。しばらく居るから。文句は、あの人に言って」

 

顎と指が、執行者の方へ一度動く。

自己紹介というより、責任の所在だ。

セラが後ろで礼をする。腰は正確だ。目は士郎を測っている。

 

「セラと申します。お嬢様にお仕えするものです。突然の訪問、失礼いたしました。ですが城は今夜、お嬢様をお守りできる状態にございません。ご迷惑は承知の上です」

 

リーゼリットは礼をしない。戸口に立ったまま、一言だけ足す。

「リーゼリット。護衛。武器は置く。置くけど、離さないよ」

 

士郎が遅れて名前を出す。

「……あ、ああ。衛宮士郎です。その、まあ、入って」

 

セイバーは目を伏せて黙り込む。

凛は名前だけ置く。遠坂よ、とだけ言う。

盤面の計算は、挨拶のあとに回す。

 

和室を一つ空ける。

イリヤとメイドで一部屋だ。士郎の部屋には入れない。

セイバーの隣も避ける。

 

リーゼリットが最後に上がる。戸口の気配は、残したままにする。

座敷に戻る。

 

セイバーが先に口を開く。血の匂いを読んだあとの、短い詰問だ。

「どこへ行っていたのですか」

 

士郎が至極同じ問いを、生活の側からする。

「……その、なんで?」

 

凛が舌打ちする。

「説明、ちゃんとしなさいよね」

 

説明は済ますし、長くしない。

「バゼットを聞きにアインツベルンの城へ行った。茶を出された。金髪野郎がその席を壊した。そいつのせいでバーサーカーは居なくなった。城には置けなかったか。だから連れてきた。今の冬木では、ここが最も安全だ」

 

「…は?」

 

以上だ。

士郎は頭の中で布団を数える。

とても追い返せない。

怒れない。

 

凛は協会の非常識として独断を叩く。

叩いたあとで、城へ帰す方が危険だと自分で計算する。

 

セイバーはイリヤを見つつ、主の判断を待つ。

待っているあいだ、座敷から和室までの動線を頭に置く。

アインツベルンの人形が屋根の下に居る意味は、騎士として分かっている。しかし今夜は、イリヤを敵とは呼ばない。

 

マリアは帽子を掛ける前に、三行だけ足す。

 

「明日、大河と桜が来るだろう。もし来たら、説明は貴公らで頼む」

「戦争の話はするな」

「飯は増えるだろう。その分は支払いを増やす」

 

士郎が弱る。

凛が一度舌打ちする。

セイバーは黙って受ける。

 

夜食は薄い。味噌汁が、城の菓子のあとで出る。

イリヤは一口だけ口をつけて、碗を置く。

まだ親交は始めない。話し合いもしない。

飯と休息が先だ。

 

家主は今夜、人数が増えた家を、必死に回すだけだ。

執行者はそれ以上話さない。

 

「茶はうまかったぞ」

 

三人は和室へ入る。

敷地に、黒塗りの車が残る。

士郎だけが、縁側で「こんな車、いつの間に」と小さく言う。

答えは、今夜は返ってこなかった。

 

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