血飛沫の散った礼拝堂に、静けさが戻った。
マリアは倒れた言峰を見下ろし、ランサーへ顔を向ける。
「こいつ、死んだと思う?」
「いや、知らねえよ。試しに刺してみろよ」
マリアは頷き、落葉の切っ先を言峰の身体へ突き立てた。
「死んでる。ヨシ。で、こいつの令呪ってどこにあるの?」
「知らねえけど、普通は腕じゃね?」
「わかった」
落葉が閃いた。言峰の両腕が肩口から切り落とされ、石床へ落ちる。
マリアは片腕ずつ拾い、外套のポケットへ押し込んだ。腕はポケットの口に呑まれていく。布地は膨らまず、外套の形にも変化はなかった。
ランサーは、床に残った血とマリアの外套を見比べた。
「……今、どこにやった?」
「ポケットだ」
「そういうことを聞いてんじゃねえよ……」
マリアは気に留めず、彼に向き直った。
「それで、引き続きやるか?」
「いや。マスターが死んだんだ。お前さんとやり合う義理もねえ」
「そうか」
ランサーは言峰の亡骸を見やり、鼻を鳴らす。
「ようやく死んだか、この外道神父が……だが、こうなれば俺もお役御免ってか。まあ、お前との戦いも悪くなかったぜ」
言い終えるころ、ランサーの足元から淡い光の粒が浮かび始めた。赤い外套の裾が少しずつ透け、崩れた輪郭からこぼれた粒子が、ゆっくりと宙へ昇っていく。
それでも、ランサーはまだそこに立っていた。自分の手を眺め、指先が光にほどけていくのを確かめるように、軽く握って開く。
「お前……消えるのか?」
「契約者を失ったサーヴァントがどうなるか、お前だって分かるだろう」
ランサーの姿は、少しずつ薄れていく。マリアはその様子を見つめてから、何気ない調子で言った。
「してみるか?契約」
「できんのかよ」
「知らないけど、やってみよう」
「お前、それでよく今までやってこれたな……」
マリアは少し考え、ランサーへ手を差し出した。
「よし……よく分からんが、私に従え」
「よし!よく分からんが、お前と契約しよう!」
二人の間に淡い光が走った。マリアは差し出した手を見つめる。ランサーの姿は、もう薄れてはいなかった。
「よく分からんが、できたな。契約」
「おう。よく分かんねえけどな」
そのとき、礼拝堂の奥で鳴っていた鐘の余韻が消えた。
床を這っていた靄が引いていく。祭壇を飾る彫像が霧に溶け、獣の頭蓋骨も輪郭を失った。高く伸びていた柱と尖頭アーチが、元の礼拝堂の姿へ戻っていく。壁際には、消えていた木の長椅子が何事もなかったように並んでいた。
「おっ、不気味な空気も元に戻ったか」
「ああ。この狩りは終わったからな」
「あれも、お前さんの能力かなんかか?」
「まあ、そんなところだ。テンションが上がると、出ることがある」
「へぇ、面白いなぁ」
「あんまりやると、怒られるからな。あんまりできない」
マリアは外套のポケットを軽く叩き、それから言峰の亡骸へ目を向けた。
「バゼットを探しに行こう」
「その前に、その死体どうにかしろよ……」
◇
夜更けの公衆電話ボックス。マリアは「国際通話利用可」の表示を確かめて受話器を取り、百円玉を一枚入れて時計塔の番号を押した。呼び出し音が続くあいだにも、硬貨をもう一枚、投入口へ滑らせる。
「化野か。すまないが、対応を頼む」
「何です?アクシデントですか?」
「ああ…聖杯戦争の監督役。それを教会で殺したからな。その処理」
「…………分かりました。詳しくは、後程ご説明を願います」
「ああ、もちろんだ」
「それと、聖堂教会との渉外はこちらで行いますが…それなりの手土産は、よろしくお願いしますよ」
「ああ、もちろんだ」
通話が切れる。マリアが受話器を戻すと、ボックスの外でランサーが待っていた。
「ランサー…バゼットのことを聞かせてくれ」
「幽霊洋館は行ったのか?アイツ、そこで寝泊まりしてたぞ」
「行ったけど、何もなかった」
「そうかい…なんか悪ぃな、力になれなくて」
「いや、いいさ。もしバゼットに会えたら、契約も彼女に譲ろう」
ランサーは、少しのあいだ黙っていた。
「とりあえず帰るか、ランサー」
「帰る?」
「腹が減った」
「まあ、いいけどよ。どこに帰るんだ?ホテルとかか?」
「衛宮邸だ」
「衛宮……ああ、セイバーのマスターしてる小僧か。そういやお前さん、あそこに住んでるんだったな」
「ああ、メシがすごくすごいぞ」
◇
屋根の上で周囲を警戒していたアーチャーは、門の前に立つ二人の姿を見下ろした。
片方はマリア。もう片方は、赤い槍を携えたランサーだった。
自らの目を疑った彼は、すぐに冷静さを取り戻し凛へ念話を送る。
『凛。門の前にマリアがいる』
『帰ってきたの?それで、何かあった?』
返答までに一瞬の間があった。
『……ランサーを連れている』
「…はぁー!?!?」
凛の声が漏れた。隣にいた士郎が振り返り、セイバーも椅子から立ち上がる。
「どうした、凛?」
「……ランサーがいるって。マリアと」
居間の空気が張り詰めた。凛は窓の外を見やる。門前のマリアが屋根を見上げていた。
「アーチャー、そこにいるのだろう。帰ったぞ」
そう言うと、マリアは玄関へ向かった。ランサーも当然のように後に続く。
「ちょっと、どういう状況なのよ……!」
凛が立ち上がる間に、玄関の扉がガラガラと音を立てて開いた。
マリアが先に居間へ入り、その後ろからランサーが姿を見せる。
「よう、コイツのサーヴァントになった。改めて、よろしくな」
「ま、まじか」
士郎は呆然と呟いた。
「あ、ありえません」
セイバーはランサーから目を離さず、身構えたままだった。
「ホント呆れた。というか、どうなってるの?」
凛は額を押さえた。
『聖杯戦争の前提が崩れつつあるのは、気のせいだろうか』
屋根上から、アーチャーの念話が届く。
「あなたの身体、どうなってるの? わけわかんない」
イリヤはランサーよりも、マリアの方をじっと見ていた。
居間の一同が呆れ返る中、大河だけはぱっと顔を輝かせる。
「まあまあ!新しいお客さんが増えたのね!」
ランサーは居間を見回した。
「……歓迎されてんのか、これは?」
マリアは台所の方へ目を向ける。
「士郎、何か食べるものはあるか?」
「お、おう…今晩の残り物で良ければ」
「だからぁ!!説明を先にしなさいよ!!!」
凛の声が、夜更けの衛宮邸に響いた。