凛の声が、夜更けの衛宮邸に響いた。
その声が収まるのを待って、大河はランサーの青い装束を眺め、それからマリアへ顔を向けた。
「マリアさん、この人とはどういう関係なの?」
マリアは少し考え、答えた。
「……連れだ」
「連れ……? もしかして、彼氏さん?」
「ランサー。お前、私の彼氏だったのか……?」
「はあ? 知るかよ」
「違うそうだ。彼の名前はランサーだ」
「名前を聞いたんじゃなくて、関係を聞いたのよぉ!」
大河の声が裏返る。士郎が何か言おうとしたが、凛に目で止められた。
マリアは、なぜ大河が困っているのか分からないといった顔で首を傾げた。
「サーヴァント……的な?」
「いや、さすがにストレートすぎだろ」
「サーヴァント……サーヴァント……ランサーさん、もしかして、マリアさんの使用人なの?」
「もう使用人でも何でもいいぜ」
ランサーが投げやり気味に答えると、大河は改めて彼の全身を眺めた。青い装束は、冬の夜に出歩くにはあまりに心許ない。
「それにしても、ランサーさん。その格好で来たの? 寒くない?」
「これがいつもの格好なんでな」
「そうなの? じゃあ、普段着は?」
「ねえよ」
「ええっ? それじゃあ、今度お買い物に――」
「藤ねえ、あまり遅くなると明日に響くぞ。朝早いって言ってなかったか?」
士郎が会話を切るように言った。大河は「あら、そうだった」と手を打つ。
士郎は、さっきのやり取りの間に、温め直した残り物を小さな皿に盛ってマリアの前へ置いていた。マリアは礼を言い、話を聞きながら黙々と食べている。
「じゃ! 明日早いから帰るわね! あなた達も、夜遅くまで起きてないこと! いいわね!」
大河は全員を見回し、念を押してから玄関へ向かった。
「はいはい。藤ねえも気をつけろよー」
士郎が見送る。玄関の扉が閉まり、大河の足音が遠ざかるまで、居間の一同は静かにしていた。
足音が聞こえなくなると、凛はマリアを振り返った。
「……正座」
「凛、ちょっと待ってくれ。士郎、おかわり食べたい」
「いいから! 正座!!」
「はい」
マリアは食べ終えた皿を手放し、素直に座り直した。
直後、気配を消していたアーチャーとライダーが姿を現す。セイバー、アーチャー、ライダー、ランサー。四騎のサーヴァントが一つの居間に揃った。
それを見回した凛は、とうとう額に手を当てる。
「あー! もう! めちゃくちゃよぉ!!」
「どうする、凛。今ここで殺し合いを始めるなら、構わんが?」
アーチャーは凛の傍らで、淡々と問いかけた。
「やる訳ないでしょうが!!」
「そうだぞ、アーチャー。ここで殺し合うのは良くないぞ」
「マリアさん! あなたは黙って!!」
「ひぇ……」
マリアは口を閉じた。
そこから先、凛の叱責はしばらく続いた。教会で何があったのか。言峰綺礼をどうしたのか。なぜランサーを連れて帰ってきたのか。矢継ぎ早に問いただされるうち、次第にマリアの目に涙が浮かんでいく。
やがて彼女は居間の片隅へ移動し、体育座りになって小さくうずくまった。
「マリアさん、大丈夫か?」
士郎が心配して声をかける。返事はない。マリアは振り返りもしなかった。
凛は少し言い過ぎたかと気にして、彼女の様子を見に行く。ところが、隅に座るマリアはもう泣いていなかった。どこから取り出したのか、紙袋を抱え、唐揚げをリスのように頬張っている。
「……何してるのよ」
「唐揚げを食べている」
「それは見れば分かるわよ!」
「冷めても美味いぞ」
凛は、怒るべきか安心するべきか分からない顔で立ち止まった。
「ねえ、衛宮君……おかしいのって、私の方?」
「いや、違うと思うぞ」
「そ、そうよね」
「おいマスター。わりいけど、話進めて良いか?」
見かねたランサーが、マリアに話の続きを促した。
「ああ、そうだな」
マリアは唐揚げを持ったまま頷いた。
そこからは一問一答になった。
凛は教会での出来事と言峰の死、ランサーと契約した経緯を確認する。士郎は、敵だったサーヴァントを衛宮邸へ連れてきた理由と、ここで共に過ごす際の安全を尋ねた。セイバーとアーチャーは、ランサーが本当に敵対しないのか、今回の契約が戦況にどう影響するのかを確かめる。イリヤは叱るでも責めるでもなく、マリアがどうやってランサーと契約したのか、その仕組みに興味を示した。
説明を聞き終えた士郎は、居間を見渡してから口を開いた。
「いいか。少なくとも、ここで殺し合いを始めるのはなしだからな。セイバーも、頼んだぞ」
「分かりました。それがマスターの命令ならば」
「……だそうだぞ、凛」
「それは、さっき確認したじゃない」
桜は士郎を見て、静かに告げた。
「私は……先輩と戦いたくないです」
「私は桜の意思に従うまでです」
マリアはランサーへ顔を向ける。
「ランサーは、どうする?」
「俺は別になぁ……おまえさんと良い死合いができたし、今は特にねえなぁ」
各陣営同士の決着は、いったん棚上げとなった。マリアの目的は変わらず、バゼットを探すこと。ただ、彼女もまたランサーのマスターとなった以上、聖杯戦争の外に立つことはできない。
言峰を失った今、皆が考えるべきことは一つだった。
この聖杯戦争は、これからどうなるのか。
答えは出ないまま、会談は終わった。キャスターとアサシンへの対応は、それぞれの優先事項として残る。
「とりあえず、寝るか」
士郎が立ち上がる。マリアは返事の代わりに、唐揚げをもう一つ口へ運んだ。
居間には、夜更けの衛宮邸らしい賑やかさが戻っていった。