休日の昼下がり。買い物袋を提げた士郎たちは、商店街の人波の向こうに、見覚えのある背の高い人影を見つけた。
その隣を歩いているのは、間桐慎二だった。
「……あれ、慎二じゃないか?」
士郎の声に、凛とセイバーもそちらを見る。慎二は隣の相手へ何かを話し、身振りを交えて笑っていた。その相手は、長いスカートに飾りのついた帽子、襟元に赤いリボンを結んだ、人形のような装いをしている。
「マリアさん……よね?」
凛が確かめるように呟いた。
いつもとは全く違う衣装をまとったマリアは、慎二の話に頷いている。慎二は彼女の顔を見つめ、話が途切れるたびに、次の言葉を探すように口を開いた。
「何をしてるんだ、あの二人……」
「分かりません。ですが、マリアの様子を見るかぎり、争っているわけではなさそうです」
セイバーの言葉に士郎も頷く。三人は顔を見合わせ、少し距離を置いて二人の後を追った。
慎二とマリアは、商店街を抜けた先の喫茶店へ入っていった。三人も通りの向かいから、窓越しに中をうかがう。
慎二は向かいの席で身を乗り出し、楽しそうに話し続けていた。マリアは相変わらず表情を変えないまま、特大のクリームソーダと大きなピザトーストを交互に口へ運んでいる。
慎二が何かを言うと、マリアは一度頷き、またピザトーストを齧った。
「マリアさん……慎二の話、聞いてるのかな」
「聞いているようには見えますが」
セイバーは窓の向こうを見たまま答えた。慎二の顔は、店に入ってからずっと明るかった。
「なんだか、これ以上覗き見するのも悪いな。買い物に戻ろう」
士郎が言うと、凛もセイバーも同意した。三人はそれ以上二人を追わず、商店街へ引き返した。
◇
士郎たちが帰宅すると、桜が居間で洗濯物を畳んでいた。
「桜、最近、慎二の様子はどうなんだ? 俺から見て、普段は変わりないんだが」
士郎が尋ねると、桜は少し考えてから答えた。
「はい。学園ではあまり変わっていないと思います。でも、最近様子を見に行った時は、とても機嫌が良さそうでした」
「今日も、ずいぶん楽しそうだったな」
士郎の言葉に、桜がちらりと顔を向ける。
「兄さんを、どこかで見かけたんですか?」
「街でな。マリアさんと一緒だった」
桜が目を上げた、その時。玄関から扉の開く音がした。
「ただいま」
居間に入ってきたマリアは、いつもの外套姿だった。
凛はさっそく彼女を見た。
「ねえ、マリアさん。あの格好は?」
「あの格好とは、どの格好だ?」
「ほら……あの、何というか、人形みたいな、フリフリの服よ」
「見られていたのか。あの装備、可愛いだろう。見ていたなら声をかければ良かったのに」
マリアは当然のように答え、外套を脱いで椅子の背に掛けた。
「装備って……まあいいや。マリアさんも、ああいう格好をするんだな」
士郎が感心しながら声をかけた。
「まあな。特に理由はない。何となくだ」
「何となくで、あの格好をして街を歩いてたのか……」
「そうだが」
士郎が感心すべきか呆れるべきか迷っていると、凛が話を戻した。
「ねえ、マリアさん。慎二に、何て声をかけられたの?」
「ん? 凛は彼と知り合いか? そうだな……一緒に茶を飲まないか、と言われた。ヨネダ珈琲という、良い店があると聞いたのでな」
凛は一瞬だけ目を細めたが、店名には触れず、続きを促した。
「そもそも、どこで会ったの?」
「ラーメン四郎で食事をしていたら、彼が声をかけてきた」
「ラーメン四郎? あの新装開店した店か?」
士郎が聞き返す。
「ああ。彼はそこで働いている。今日は休日の昼シフトが終わったところだったらしい」
「あの店、俺が紹介したんだよ。慎二、大変そうだったし」
「そうだったのか」
そのやり取りを聞いていた桜が、少し驚いた様子で口を開いた。
「兄さんが、先輩の紹介で……?」
「兄さん?」
マリアは桜を見た。
「その人は、私の兄です」
「ああ……そうだったのか。知らなかった」
凛が腕を組む。
「それで、ラーメンを食べたあとに喫茶店へ行ったのね」
「そうだ。特大のクリームソーダと、ピザトーストを食べた。日本の喫茶店は素晴らしいな」
「待て。あの山盛りラーメンの後に、特大クリームソーダと特大ピザトースト、食ったのか?」
士郎の声が一段高くなる。
「当たり前だろう。別腹、というやつだ。彼には悪いから、割り勘したがな」
「あのねぇ……慎二からすれば、割り勘しても割に合わない会計だと思うわよ」
「そうだった……」
「今気がついたのかよ」
「彼には悪いことをした。今度、何かねぎらってやろう」
士郎は呆れた顔をしたが、凛は慎二の浮かれた様子を思い出していた。
「それで、喫茶店では何を話したの?」
「今の暮らしについてだ。実家は裕福だったそうだが、家が焼けてから名義の整理が済まず、自由に使える金はほとんどないらしい」
「そうだったのか……」
士郎が呟く。桜は手元の洗濯物に目を落とした。
「家の仕事を継ぐつもりだったが、自分には向いていないと分かって諦めたそうだ。だが、肩の荷が降りたとも言っていた」
「兄さんが、そんなことを……」
「卒業までは今の店で働き、その後は東京へ出るつもりらしい。妹の負担になりたくないとも言っていた」
桜はしばらく黙っていた。やがて、小さく頷く。
「兄さんなりに、これからのことを考えているんですね」
「そうみたいだな」
マリアはそれ以上、慎二の話を付け足さなかった。凛は彼女の様子を見てから、改めて尋ねた。
「慎二に、そんな話をされたの?」
「ああ。彼には聞き上手だと言われた。つまり、私はコミュニケーション能力が高いらしい」
マリアは自慢げに鼻を鳴らした。
「……ツッコんであげた方が良いのかしら?」
凛は少しだけ表情を和らげ、すぐに別の話題へ移った。
「ねえ、マリアさん。もし慎二と会うなら、次もその格好にした方が良いわね」
「なんでだ?」
「あなたがこの家に出入りしてるって慎二に知られると、面倒なことになりかねないのよ。あいつが知ってるのは、その格好のあなたなんでしょう?」
「そうだな」
「なら、慎二と会う時はその格好にしておきなさい」
「よく分からないが、わかった」
凛は念を押すように顔を近づけた。
「本当に?」
「わかった。メンシスの檻とかは無しだな」
「檻? よく分からないけど、他の格好はなしよ」
「分かった」
マリアが頷く。凛はまだ少し疑わしそうだったが、ひとまずそれ以上は追及しなかった。
その日、マリアは人形の衣装を着た理由を最後まで「何となくだ」と言い張った。慎二が彼女を見てどれほど浮き立っていたかには、気づいている様子もなかった。