前世最強の異能教師、異世界の天才たちを育てる ~一万八百の異能知識を教えたら、弟子たちが世界の常識を壊し始めた~ 作:パラレル・ゲーマー
午後。
第三演習場へ着いた瞬間、俺は十六人分の紙束に包囲された。
「先生! 今日は魔法を直していいんだよな!?」
開口一番、マルクスが鼻息も荒く詰め寄ってくる。
午前中の共通座学を終えた特別選抜の十五人に、先行受講者であるエレノアを加えた合計十六人。その全員が、昨日書かせた《破損記録》と、それを基に考えた改善案を手にしていた。
「師匠! わたくしも、霜の誘導経路に関する改善案を三案まで絞りましたわ!」
エレノアも、びっしり文字の書かれた羊皮紙を掲げる。
「僕は二十三案です」
「お前は全然絞れてないだろ」
「昨晩の四十七案からは半分以下です」
「そういう問題じゃない」
ルシアンの基準では大幅な削減らしい。
昨日一日、《改良禁止》で徹底的に自分たちの連携を壊させた。その反動で、全員が今すぐにでも修正を始めたくて仕方がないようだ。
その熱意自体は悪くない。
「分かった。昨日、直していいって言ったからな。約束は守る」
「よし!」
マルクスが拳を握る。
「ただし、今日は一つだけ」
「は?」
「昨日見つけた弱点の中から、一番直す価値があると思うものを一つ選べ。それ以外は触るな」
「一つだけですの?」
エレノアが不満そうに眉を寄せる。
「だからまず、昨日最後に聞いたことから始める」
俺は地面へ木の枝で文字を書いた。
《全部、直す必要ある?》
十六人が黙る。
「……弱点なんだから、直した方がいいんじゃねえの?」
マルクスが言う。
「ですが師匠は昨日、明らかに『全部直す必要はない』という意味でおっしゃいましたわ」
「そう。じゃあマルクスとガレスを例にしよう」
二人を前へ出す。
「お前らの《陽炎》と《地形隆起》の目的は?」
「相手を十五秒止める」
「違う」
「はあ!?」
「旗へ十五秒間、到達させないことです」
横からガレスが訂正した。
「そう」
俺は頷いた。
「相手を完全に拘束することが目的じゃない。十五秒間、旗に触れさせなければ勝ちだ」
昨日判明した弱点を書き出す。
外側から迂回される。
非視覚的な索敵に弱い。
飛行されると地形妨害が効かない。
陽炎の範囲が狭い。
地形の位置を読まれれば避けられる。
魔力消費が大きい。
「これ、全部直す?」
「…………」
マルクスが黙った。
「……目的次第、ですか?」
ルシアンが言った。
「正解」
俺は最初の項目を指した。
「敵が外周を十二秒で回り込める。これは?」
「十五秒守るという目的を失敗させます」
「だから優先度は高い」
今度は飛行。
「高度百メートルを飛べる相手に弱い。でも今日の相手は、地上を走る学園生だけ。これは?」
「……今回は放置して構わない?」
エレノアが答える。
「そう」
「弱点ですのに?」
「弱点だよ。でも、今の仕事には関係ない」
セシリアのように視覚以外で周囲を把握できる相手がいるなら、マルクスの陽炎対策は重要になる。
だが、そういう相手が存在しない状況まで想定して複雑な機能を積み増す必要はない。
「弱点があるかどうかじゃない。その弱点が、今やりたい仕事を失敗させるかどうかで考えろ」
ルシアンのペンが動き始めた。
『最優先――発生すると目的達成が困難』
『要対応――成功率を大きく下げる』
『許容――条件が限定される、または今回の用途では問題にならない』
『対象外――今回想定していない状況』
「悪くない。ただし固定するなよ」
「目的が変われば、優先順位も変わる」
「そう」
ルシアンが素直に分類の横へ注意書きを加えた。
「でしたら」
エレノアも自分の改善案をめくる。
「飛行する相手への対策案は、今日は捨てますわ」
「いい判断」
何でも出来るようにするのではなく。
今、やらないことを決める。
それも立派な設計だ。
◆
「じゃあ一つ、実際に直してみよう」
選んだのは、エレノアとセシリアだった。
昨日判明した二人の大きな弱点。
情報伝達の遅れだ。
セシリアが相手を見る。
判断する。
エレノアへ伝える。
エレノアが理解し、霜を出す。
一つ一つは速くても、人間二人の間を情報が通る以上、細かなフェイントを連続されると遅れが積み重なった。
「改善案は?」
俺が聞く。
セシリアが指を三本立てた。
「言葉を減らす」
「具体的には?」
「『右』『左』『止』。とりあえずこの三つだけ」
エレノアが続ける。
「細かな位置指定はいたしません。右と言われれば事前に決めた右側の範囲へ霜を形成。左も同じ。止なら新規形成を停止しますわ」
「いいね」
これは難しい新魔法ではない。
情報のやり取りを短くしただけだ。
昨日と同じ、細かな切り返しを得意とする走者を相手に再試験する。
「開始!」
右。
「右!」
セシリアの短い声。
エレノアが即座に霜を形成。
走者が左へ切り返す。
「左!」
今度は反対側。
明らかに昨日より速い。
走者も何度も方向を変えるが、指示の時間そのものが短くなった分、二人の追従が間に合う。
そして。
「十五秒。そこまで」
「……!」
エレノアが顔を輝かせた。
「止められましたわ!」
「昨日は突破されたのに!」
セシリアも嬉しそうだ。
「改善成功だな」
「でしたら、さらに『前』『後』『斜め右』を追加して――」
「増やすな」
「なぜですの!?」
「今ので今回の目的達成しただろ」
「……」
十七秒ほどで最終的には走者に突破された。
だが今回の目的は十五秒間旗へ到達させないこと。
なら十分だ。
「もっと良くする余地があることと、今直す必要があることは別」
「……なるほど」
エレノアが名残惜しそうに追加案をしまった。
◆
「で、俺たちはこれだ!」
マルクスが自分の改善案を叩く。
「陽炎と地形の範囲を倍に広げる!」
「魔力消費は?」
「……増える」
「展開時間は?」
「……長くなる」
「ガレスの処理量は?」
「かなり増えます」
ガレスが困った顔をした。
「範囲が倍になれば、地形全部を細かく変えるのは厳しいです。たぶん精度も落ちます」
「じゃあ一個の穴塞ぐために、別の穴作ってない?」
「…………くそっ」
弱点を直すことは、ただ得をすることではない。
魔力。
時間。
処理量。
複雑さ。
何かを増やせば、別の何かを支払うことになる。
ただし、今日はそこまで深くはやらない。
「……先生」
ガレスが手を挙げた。
「何?」
「範囲を広げなくてもいいんじゃないですか?」
「あ?」
マルクスが振り向く。
「最初から、迂回しづらい場所で使えば」
ガレスは指を折っていく。
「狭い通路。路地。門。橋。谷道。左右へ逃げづらい場所なら、陽炎と地形の範囲が今のままでも、相手は中を通るしかありません」
「大正解」
「おい。それ魔法を直してねえじゃん!」
「直さなくても、弱点が問題にならない場所で使えばいいだろ」
「…………」
魔法を環境へ合わせるだけが答えではない。
魔法が最も仕事をしやすい環境を選ぶ。
それだけで、改造なしに性能が変わる。
「――なるほど」
その時。
背後から低い声が聞こえた。
「だから君は、今日まで一度も演習場を変えなかったのか」
振り返る。
安全監督役の教師と共に、宮廷魔術師長が立っていた。
「あ、魔術師長」
俺は普通に挨拶したが、生徒たちは一斉に姿勢を正した。
マルクスまで背筋を伸ばしている。
◆
「安全監督から、数日分の報告を受けた」
宮廷魔術師長は敵意も皮肉もなく、淡々と話した。
「新規の高位魔法習得はほぼなし。攻撃魔法は禁止。初級術式の用途変更、生徒同士の連携、意図的な失敗の再現、失敗条件の記録。そして自主研究量の急増」
そこで一度言葉を切る。
「結果が悪いという意味ではない。むしろ逆だ。報告上では、生徒たちの判断能力に明確な改善が見える」
「だから視察に?」
「自分の目で確かめたかった」
合理的だ。
魔術師長は安全監督教師を見る。
「なお、『失敗事例を教育成果として評価』という項目は、学園の正式な報告書式には存在しないはずだ」
「……申し訳ありません。既存の項目だけでは、授業内容を記録できませんでしたので」
「実情に必要なら構わん。続けろ」
「はい」
制度の方まで、少しずつこっちへ適応し始めている。
魔術師長は、今度は生徒ではなく演習場を見た。
平坦な地面。
乾いた土。
正確に測られた距離。
人工的に配置された障害物。
穏やかな風。
「ところで、アルヴィス」
「はい」
「ここは随分と『親切な戦場』だな」
「……ですよね」
俺は思わず笑った。
生徒たちは意味が分からず俺たちを見比べている。
「君は彼らに、『魔法の成立条件を考えろ』と教えているそうだな」
「はい」
「なら聞こう」
杖の先が地面を軽く叩く。
「平坦な足場。一定の距離。既知の開始位置。遮るもののない視界。そして、最初から明確にされた勝利条件」
魔術師長は十六人を見る。
「これらはすべて、君たちが魔法を使う際の『条件』ではないのか?」
全員が黙った。
(この人、やっぱ頭いいな)
俺が生徒の状態を見るために用意した箱庭。
その箱庭自体が、今度は訓練結果を制限する条件になり始めている。
「……おっしゃる通りです」
「なら?」
「そろそろ、条件を変えた方がいい頃合いですね」
「私も同意見だ」
話が早い。
だが。
「もっとも」
魔術師長が僅かに笑った。
「北部演習林には、今朝から実地訓練の準備をさせてある」
「……準備済みだったんですか?」
「報告書を読んだ時点で、次に問題になるのは環境条件だと考えた」
「俺がまだ演習場で続けるつもりだったら?」
「今日は使わずに帰るだけだ」
「もしかして、生徒じゃなくて俺も試されてました?」
「教師も評価対象だ。当然だろう」
「なるほど」
嫌ではない。
むしろ当然だと思う。
生徒には何度も「自分の正解を疑え」と言っているのに、教師である俺だけ例外では筋が通らない。
(やっぱり宮廷魔術師長になるだけあるな)
「アルヴィス先生」
「……はい?」
「今日は、外へ行くぞ」
「急ですね」
「準備はしてある」
「それなら文句ないです」
「外!?」
「王都の外ですの!?」
十六人が騒ぎ始めた。
「魔物か!? 討伐実習か!」
マルクスだけ方向がおかしい。
「攻撃魔法禁止期間中だよ、お前ら」
「じゃあ何と戦うんだよ!」
すると魔術師長が静かに答えた。
「別に、何かと戦わなければ魔法を使えないわけでもあるまい」
俺がこの数日かけて教えてきたことを、この人は最初から理解している。
やっぱり、この世界の魔術師全体が馬鹿なわけではない。
◆
行き先は、王立魔法学園が管理する《北部演習林》。
王都北側の外縁部に設けられた野外訓練区だ。
完全な原生林ではないが、林、小川、斜面、岩場、泥地、沢、旧作業道、草地などが残され、屋外環境での魔法訓練や救難訓練に使用されているらしい。
周囲は学園の結界で管理され、危険な大型魔獣は定期的に排除されている。
同行者は俺、宮廷魔術師長、安全監督教師、救護担当二名。
生徒には標準装備が渡された。
水筒。
簡易包帯。
笛。
ロープ。
方位器具。
簡易地図。
携行食。
信号用具。
「魔法だけ持ってけばいいと思ってた奴?」
何人かが、上げかけた手をそっと下ろした。
「道具も使え。魔法で出来ることと、魔法でやった方がいいことは同じじゃない」
「先生」
ルシアンが自分の大きな資料束を抱える。
「《相互補完表》は?」
「置いてけ」
「なぜです!?」
「六十三ページある資料を森の中で毎回めくるつもり?」
「必要な情報を検索すれば――」
「その間に遭難者が死ぬぞ」
「…………」
「《破損記録》を紙一枚に要約したものだけ許可」
「一枚……」
ルシアンが、この世の終わりみたいな顔をした。
「必要な情報を選ぶのも能力だよ」
◆
十六人を引き連れて本館側を通ると、一般生徒たちの視線が集中した。
「あれが特別選抜?」
「本当に先生が六歳だ……」
「マルクス・ドラグーンもいるぞ」
「攻撃魔法を禁止されてるって噂、本当なのか?」
別棟中心で訓練していたせいで、こうしてまとまって姿を見せるのは珍しい。
(目立つなあ)
六歳児が十六人の生徒を引率しているのだから当然か。
北門までは意外と遠い。
「先生が一番遅えじゃねえか」
マルクスが言う。
「俺六歳だからな。歩幅が違うんだよ」
「師匠、わたくしが抱き上げましょうか?」
エレノアが当然のように近づいてくる。
「教師としての尊厳が死ぬからやめてくれ」
「残念ですわ」
「何が?」
そんなやり取りをしながら、王都の北門を抜けた。
高い外壁。
街道を行き交う荷馬車。
広がる農地。
その向こうに見える森。
ようやく俺たちは、学園という人工的な箱から外へ出た。
◆
北部演習林の入口には管理小屋があり、王立魔法学園の紋章が掲げられていた。
常駐の警備担当が結界を確認している。
「直近の大型魔獣の侵入記録は?」
俺が聞く。
「ありません」
「結界異常は?」
「全区画、正常です」
「先生、そこまで確認するんですか?」
生徒の一人が聞いた。
「当たり前だろ。自分の命に関わる安全確認を、他人がやってくれてるからって全部任せるな」
演習だから安全。
教師がいるから安全。
学園が管理しているから安全。
そんな思い込みは嫌いだ。
「じゃあ森に入る前に質問」
俺は木々を指した。
「第三演習場と何が違う?」
「足場」
「視界」
「高低差」
「風が一定じゃない」
「水分量」
「障害物」
「音も違います」
次々答えが出る。
ルシアンだけは森全体を見て、少し引きつった顔をした。
「……変数が多すぎる」
「そう。こっちの方が実際の現場に近い」
森へ入る。
少し進んだところで、幅の狭い古い木橋が現れた。
下には浅い沢。
左右には藪と斜面。
俺はマルクスとガレスを見る。
「お前らの一番大きな弱点」
「迂回」
「ここなら?」
二人が橋の左右を見る。
回り込めなくはない。
だが沢を下り、藪を抜け、また斜面を上がる必要がある。
大幅な時間損失だ。
「……陽炎を広げなくても」
ガレスが言う。
「この橋の手前だけ押さえればいい」
マルクスも気づいた。
「相手の方から、俺らの狭い範囲へ入ってくる」
「そう」
地形が、二人の弱点を代わりに塞いでくれる。
「じゃあ俺の範囲倍増案……」
「場所によってはいらない」
「魔力も倍にしなくていい」
「うん」
マルクスが複雑そうな顔をした。
「……なんか最近、出力増やさねえ答えばっかり出るな」
「ようやく気づいた?」
◆
ガレスは逆に、森へ入った途端に生き生きし始めた。
斜面。
石。
木の根。
狭い道。
沢。
第三演習場では、平らな地面を一から隆起させる必要があった。
ここでは違う。
元からある傾斜を数センチ変える。
石の向きを少しずらす。
地面の一部だけ柔らかくする。
それだけで、人の進路へ大きな影響を与えられる。
(ガレス、野外だと一気に仕事が増えるな)
逆に。
「……同じように作れませんわ」
エレノアが困っていた。
演習場で綺麗に作れていた《霜の帯》。
だが森の地面は、枯葉、苔、木の根、石、泥で覆われている。
同じ形に作ろうとしても、均一にならない。
「いいじゃん」
「何がですの!?」
「また弱点見つかった」
「最近そればっかりですわ!」
セシリアも別の意味で苦戦していた。
風を広げた瞬間。
「……駄目」
「何が?」
ルシアンが食いつく。
「情報が多すぎる」
葉。
枝。
鳥。
草。
沢。
地形。
自然風。
第三演習場なら、人間が作る空気の乱れは非常に目立った。
森では周囲のすべてが動いている。
「風がうるさい!」
「環境由来の観測誤差……!」
ルシアンが目を輝かせる。
「楽しそうだね」
「非常に!」
「本人の前で喜ぶな!」
セシリアは少し考え。
「……広げるのやめる」
感知範囲を一気に狭めた。
「まず近くだけ見る」
「いい判断」
能力が強いから広げる。
ではない。
必要だから狭める。
これも前よりずっといい。
オスカーは、むしろ森の方が少しやりやすそうだった。
木の葉一枚。
垂れた蔦一本。
細い枝。
目印になるものが多い。
広い空間へ曖昧に風を出すのではなく、
「この葉だけ動かす」
と対象を絞れる。
微弱出力を確認するには、第三演習場より分かりやすい部分すらある。
環境が変われば、全員が同じように不利になるわけではない。
◆
沢沿いへ差しかかったところで、エレノアとセシリアが昨日の改善を試そうとした。
先ほど第三演習場で成功した三つの短縮指示。
「右!」
セシリアが少し離れたエレノアへ叫ぶ。
「え?」
「右!」
「何ですの!?」
沢の水音。
木々を揺らす風。
靴が泥を踏む音。
演習場では明瞭だった一音の指示が、環境音へ混ざる。
「……聞こえない」
セシリアが顔をしかめた。
エレノアも苦笑する。
「演習場では、問題ありませんでしたのに」
「改善そのものは成功してるよ」
二人が俺を見る。
「ただ、成功する条件が一個分かった」
静かで。
近距離で。
声が届く環境。
「環境変えたら、次の弱点出ただけ」
「またですの……」
「技術ってそんなもん」
エレノアはため息をついたが、今度はすぐ改善案を口にしなかった。
セシリアも同じ。
二人とも、まず弱点として覚えておくらしい。
ちゃんと学んでる。
◆
「君は、自分から答えを教えないのだな」
少し後ろを歩いていた魔術師長が言った。
「聞かれれば教えますよ」
「だが、先には言わない」
「本人が気づいた方が覚えるので」
「……なるほど」
やがて、演習林の中央近くにある管理広場へ到着した。
簡易机。
地図。
三つの木札。
いくつかの荷物。
すべて既に用意されている。
「さて」
魔術師長が十六人を見る。
「ここまでが移動だ」
「待てよ! 今まで授業じゃなかったのか!?」
マルクスが叫ぶ。
「移動中も授業だよ」
「ずるくねえ!?」
「では、本日の課題を発表する」
魔術師長が無視して地図を広げた。
演習範囲は東西約八百メートル、南北約六百メートル。
「この中に三名の《模擬遭難者》を配置してある」
学園職員が三人、遭難者役を担当しているらしい。
「一人目は、足を負傷して歩行不能」
「二人目は、意識はあるが自力移動が困難」
「三人目は、場所不明。さらに発声不能という設定だ」
マルクスの顔から戦闘への期待が完全に消えた。
「目的は、制限時間九十分以内に三人全員を発見し、この集合地点まで安全に連れ戻すこと」
条件。
三名全員の発見。
負傷条件に反する無理な搬送は禁止。
生徒側にも重大事故を起こさない。
攻撃魔法は禁止継続。
森林の大規模破壊は禁止。
教師への質問は可能。
ただし、俺は答えそのものを教えない。
「敵は?」
「いない」
「魔物は?」
「想定していない」
「じゃあ何と戦うんだよ!」
「時間と、地形と、情報不足」
俺が答える。
「敵がいた方が分かりやすい!」
「そうだろうな」
魔術師長が、さらに地図を指した。
「遭難者の位置も書いていない」
「は?」
「最後に確認された大まかな区域だけだ。東側の沢付近。北西側の旧道周辺。そして南側区域のどこか」
「広すぎない?」
セシリアが顔をしかめる。
「人員を分ける必要があります」
ルシアン。
「ですが分けすぎれば、発見後の搬送人数が足りませんわ」
エレノア。
もう考え始めている。
◆
俺たち教師陣と救護担当は、数歩離れた場所へ下がった。
ここから先は、まず十六人自身に計画を作らせる。
魔術師長も口を挟まず、腕を組んで見守った。
十六人が円になる。
「セシリア」
ルシアンが最初に聞いた。
「森で、どのくらい探知できますか?」
「分からない。演習場よりかなり狭い。広げると余計なものまで拾う」
「なら最大範囲を前提にしない」
即座に計画を修正。
「ガレス。地形は?」
「沢と斜面ならある程度分かる。地面の状態も近距離なら」
「エレノアは?」
「水分量なら確認できますわ。ぬかるみや沢沿いの経路判定には使えると思います」
「オスカー」
「僕は……何か運ぶ時に、風で少し支えられるかもしれない」
ルシアンは一人で答えを決めない。
各人へ聞き。
返ってきた情報をまとめる。
魔術師長が小声で俺へ聞いた。
「指揮役は、君が決めたのか?」
「いえ」
「自然にあの形になった?」
「そうですね」
「数日前まで、まともに組んだこともなかった生徒たちだろう」
「だから授業って面白いんですよ」
暫定計画が組み上がる。
最初から四人ずつに固定せず、一定地点までまとまって移動。
そこから状況に応じて複数班へ分かれる。
セシリアが先行索敵。
ガレスが地形確認。
身体強化に長けた生徒を搬送候補へ。
エレノアとオスカーは支援。
「よし。これで――」
「一個だけ」
俺が口を挟んだ。
十六人が見る。
「今、誰が『見つけた後』のことまで考えた?」
沈黙。
「……搬送経路?」
ルシアン。
「それだけ?」
遭難者を見つける。
足を負傷している。
しかも崖下。
あるいは沢の向こう。
「見つけることがゴールじゃないぞ」
そこで止める。
魔術師長が隣から言った。
「質問には答えないのでは?」
「今のは答えじゃなくて、嫌がらせです」
「なるほど」
魔術師長が少し笑った。
◆
開始を告げる笛が鳴った。
九十分。
十六人が森へ入る。
足元は不安定。
葉音。
風。
枝。
傾斜。
第三演習場なら、計画を立てればその通りに走れた。
ここでは、歩き始めた瞬間から修正が必要になる。
「感知範囲、半径十メートルまでにする」
セシリアが自分で決めた。
「それより外は?」
「順番に見る。全部一度に見ない」
「了解」
マルクスが暗い林の中を見回す。
「炎を出せば目印に――」
言いかけ。
足元の乾いた落葉を見る。
「……これ、下手に燃やしたら火事になるか?」
「自分で気づいたなら偉いぞ」
「褒め方が六歳児にされるやつじゃねえ!」
エレノアも、ぬかるんだ斜面の前で霜を使うのをやめた。
凍らせれば、余計に危険になる。
「こちらは水分が多すぎますわ。負傷者を運ぶなら、別経路の方が安全です」
以前から続けていた水分感知。
攻撃にも拘束にも使わない。
ただ、安全な道を選ぶために使う。
数分後。
「待って」
ガレスが旧道脇へしゃがんだ。
泥が崩れている。
「ここ、人が通った?」
セシリアも周囲へ狭く風を広げる。
「この枝、最近動いたかも」
別の生徒が、少し先で布片を見つけた。
枝へ引っかかっている。
「誰かが通った痕跡ですね」
ルシアンが言う。
遭難者とは限らない。
俺は何も言わない。
十六人も、もう俺を振り返らなかった。
「セシリア」
「分かってる」
感知範囲をさらに絞る。
一方向。
狭く。
深く。
「……待って」
全員が止まった。
「何かいる」
「人か?」
「分からない」
森の奥。
葉が風とは少し違う動きをした。
一定ではない空気の乱れ。
何かが動いている。
「遭難者役か?」
マルクスが身構える。
「確認します」
ルシアンの声も真剣だった。
第三演習場では、相手がどこにいて、何をすれば勝ちなのか、最初から全部分かっていた。
ここでは。
目の前にいるものが、何なのかすら分からない。
俺は少し後ろから、生徒たちの背中を見る。
(さて)
(演習場の外でも、自分たちで答えを作れるかな)
その時。
森の奥から、小さな笛の音が聞こえた。
一度。
短く鳴り。
途切れる。
十六人が一斉に顔を上げた。
「行くぞ!」
マルクスの声を合図に。
生徒たちは森の奥へ駆け出した。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!