ダンジョンに愛を求めるのは間違っているだろうか   作:新グロモント

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61:学区3

 学区への体験入学でプルシュカが振り分けられたのは、『エリート小隊』と謳われる第七小隊だった。Lv.3(レベルスリー)を筆頭に、世界各地の実戦で経験を積んできた優秀な新人冒険者たちの集まりだ。それゆえに、一人くらいLv.1(レベルワン)の足手まといが混ざっていたとしても、ダンジョン実習に支障はないと判断されたのだった。

 

 それに、実習の指導を担当するレフィーヤの知り合いという事情もあり、他に行き場がなかったという背景もある。

 

 しかし、第七小隊の面々のエリート意識は高かった。4人編成の小隊でLv.3(レベルスリー)が2名、Lv.2(レベルツー)が2名も揃っていれば、高飛車な態度になるのも無理はない。そこへ突如として加わった、学区への体験入学のLv.1(レベルワン)の少女。彼女たちが温かく歓迎するはずもなかった。魔法も持たず、ステイタスも初期値のまま――なぜこんな子供が自分たちと並び立つのかと、不満の声が上がっていた。

 

 担当教官であるレフィーヤは、「やっぱりこうなったか」と溜め息をついた。だが、生徒たちを正しく導くのも教育者の務めだ。人を外見やレベルだけで判断すれば、いずれ手痛い目を見るのだから。

 

 あまり気の進まない手段ではあったが、レフィーヤは少しの間共に過ごすプルシュカが第七小隊に溶け込めるよう、ある『催し』を仕掛けることにした。第七小隊が完全にプルシュカを見下し、それどころか露骨に邪魔者扱いしている空気は一目瞭然だったからだ。

 

 しかし当のプルシュカ本人はといえば、「そうそう、これが学校のイジメってやつね!」となぜか面白そうに目を輝かせていた。

 

「第七小隊の皆さん、迷宮都市オラリオのことをあまりご存じないようですから教えておきますが……プルシュカちゃんの到達階層は50階層です。あと、おそらく……皆さんよりずっと強いですよ。ダンジョンでは臨時でパーティを組むこともありますから、見た目で判断すると痛い目を見ますよ」

 

 レフィーヤが淡々と説明する。

 

「ちょっと、なんでバラしちゃうのよ! なによ、アンタたち、疑ってるの? 良いわ、勝負よ! アンタたち全員対あたしで模擬戦! あたしが勝ったら、二度と人を見た目で判断しないこと。これでもダンジョン経験は長いのよ。もしあたしが負けたら、おとなしく退学してあげるわ!」

 

 学区が誇る最新鋭の治療施設『浄化気密癒箱』。あらかじめそこに4人分の治療枠を予約したレフィーヤは、グラウンドの一角を借りて第七小隊の勝負を見守ることにした。世界の広さと厳しさを知らせる必要がある。この慢心のままでは、いずれオラリオのダンジョンで命を落とすことになるだろう。だからこそ、まだやり直せる今のうちに徹底的な矯正を行うことにしたのだ。

 

 第七小隊の小隊長を務めるLv.3(レベルスリー)のルーク・ファウルは、確かに優秀だった。天狗になるだけの才能があり、相応の自負を持っていた。

 

 その異様な対戦の様子は、周囲で訓練していた他の小隊からも注目を集めていた。学区側の都合で体験入学の子供たちを引き取ることになった小隊は他にも多い。だからこそ、周りの生徒たちも「この勝負をきっかけに鬱陶しい子供が退学してくれればいい」と冷ややかな視線を送っていた。

 

 外部生徒の受け入れは、学区にとっても重要案件だ。受け入れる生徒が減ってしまえば、白兎(ベル・クラネル)の存在が余計に目立ってしまうことになる。まだ彼の真価を見極め切れていない『ナイト・オブ・ナイト』のレオン・ヴァーデンベルクは、この無謀な模擬戦に待ったをかけようとした。

 

 彼女の性格を知るレオンにとっても、レフィーヤの思惑は解せなかった。いくらLv.1(レベルワン)とはいえ、少女一人に対してLv.3(レベルスリー)を擁する第七小隊が総出で挑むなど、勝敗は見るまでもない。しかし、レフィーヤは不敵な笑みを浮かべて「大丈夫です」と言い切った。

 

「安全に冒険できるなんて滅多にないんだからね。相手に参ったと言わせるか、レフィーヤお姉ちゃんが戦闘不能と判断したら勝負終了ね。ねえ、最後に確認だけど、本当に『何でもあり』でいいのよね?」

 

「あぁ、Lv.1(レベルワン)の子供一人相手だ。何が起きようと負けるはずがない」

 

 不敵に笑うプルシュカの右手には無尽鎚(ブレイズリーブ)が握られ、左手には時を止める鐘(アンハードベル)が静かに構えられていた。

 

「ステイタスなんてただの飾りよ! 一番大事なのは、相手を確実に仕留められる強力な装備なんだから!」

 

「では、私がスタートと言ったら開始です。怪我の範囲内に収めること……スタート!」

 

 レフィーヤの合図と同時に、チーンと清らかな鐘の音が響き渡った。

 

 止められる時間はごく短い。だが、無防備な4人のエリート生徒たちを無尽鎚(ブレイズリーブ)で叩きのめすには十分すぎる時間だった。相手が学生ということもあり、手加減のラインに迷ったプルシュカは、とりあえず彼らの手足を一本ずつ吹き飛ばすにとどめた。

 

 さらに追撃として、腹部にシェイカー(呪い針)を撃ち込む。腸が裏返るほどの激痛をもたらすが、死ぬことはない。そして最後に、お茶目な腹いせとして額に『肉』と書かれたスタンプを遠慮なく押し付けた。

 

 これでエリート気取りの学生たちも思い知るだろう。ダンジョンにおいては理不尽な事態など日常茶飯事だ。未知の怪物の出現、不意打ち、第一級冒険者からの理不尽な強襲――数挙げればキリがない。だからこそ、今のうちにその『理不尽』の片鱗を骨身に染み込ませたことは、第七小隊の成長にとって不可欠な洗礼となった。

 

 そして、時は動き出す。

 

 何が起きたのかすら理解できぬまま、一瞬にして手足を爆散させられ、腹にシェイカー(呪い針)をぶち込まれた第七小隊。あまりの激痛と恐怖に悲鳴を上げ散らかす姿は、到底エリート小隊とは思えぬ惨状だった。これがオラリオの真の冒険者なのかと、固唾をのんで見守っていた周囲の生徒たちも戦慄した。

 

「えっ……そこまでやりなさいとは言ってないですよ!? やり過ぎだってば、プルシュカちゃん! 手加減も覚えないと駄目でしょ!?」

 

 一方、レオン・ヴァーデンベルクは瞬き一つせずにその光景を見つめていた。しかし、Lv.7(レベルセブン)である彼の眼をもってしても、鐘の音が響いた直後に生徒たちが重傷を負っていたようにしか見えなかった。それはまるで、時の流れそのものが停止していたかのようだった。

 

 時が止まる。

 

 もし、本当に時間が止まっていたのだとすれば――すべての辻褄が合う。仮にこれが人の手によって作られた魔道具なのだとすれば、世界の勢力図が一変する。長年の悲願である『黒竜討伐』すら今すぐに実行できるほどの革新的な至宝だと、レオンは内心で激しい興奮を抑えきれずにいた。

 

 レオンは激痛に悶える生徒たちに素早くエリクサーを振りかけ、医務室へ運ぶよう指示を出した。そして、静かにプルシュカの前へと歩み寄ると、自身の直感を確認するように問いかけた。

 

「信じがたいが……それは時間を止める魔道具かい? 少し手に取って見せてもらっても良いかな」

 

「初見で見抜くなんて、オッタルさんに並ぶLv.7(レベルセブン)は伊達じゃないわね! 良いわよ、でもちゃんと返してね」

 

 学区で古今東西のあらゆる魔道具を目にしてきたレオンだったが、プルシュカから受け取った時を止める鐘(アンハードベル)は、そのどれにも当てはまらない異彩を放っていた。到底、現世の人の手によって生成されたとは思えぬ洗練された造形。

 

 魔力以外の何か未知のエネルギーで駆動していることを悟ったレオンは、試しに鐘を鳴らしてみたが、何の反応も起きなかった。

 

「私には扱えないか……使用者を厳格に選ぶ代物のようだな。返そう。素晴らしいものを見せてもらったよ」

 

「ありがとう、お兄さん! パパが言ってたわよ。オラリオで昔『悪童』って呼ばれてたすごい人がいるって」

 

 『悪童』――それはレオンがかつてオラリオで現役の冒険者として暴れ回っていた頃の二つ名だ。今となってはそれを知る者もごく限られている。

 

「プルシュカと言ったね。君のパパとは、一体誰のことだい?」

 

「パパの名前はボンドルドっていうの! オラリオでは医療系ファミリアの【アスクレピオス・ファミリア】に所属しているわ。あたしも同じ【ファミリア】よ」

 

 レオンは、オラリオで冒険者をしていた頃は粗暴な性格をした不良で、絶えず態度が悪く、誰とも群れず、暴力的で何かと騒動を起こしていたことから、周囲には『悪童』と呼ばれていた。

 

 当時は喧嘩や無茶で負傷するたび世話になっていたのが【アスクレピオス・ファミリア】だった。あの不気味な異形の仮面を着けた院長が今なお健在で、しかもこんな幼い子供までいるとは、なんとも言えぬしぶとさだとレオンは感慨に浸った。

 

………

……

…

 

 『浄化気密癒箱』での治療を終えてボロボロのまま戻ってきた第七小隊のメンバーに対し、プルシュカはにこやかに手を差し伸べた。仲直りの握手だった。人は誰しも過ちを犯す。だが、改めることができるのならそれで良い。高慢な天狗の鼻を完膚なきまでにへし折られた小隊長のルークは、もはや彼女を侮るような真似はしなくなった。

 

 一人前の冒険者であり、オラリオのダンジョン攻略においては大先輩だと素直に認めたのだ。しかし、「学区における先輩は自分たちだ」と強がってみせる。

 

「じゃあ、学区のお勉強をいっぱい教えてね! プルシュカ、オラリオの外の世界のことはあまり知らないから、色んなことを知りたいの。代わりにダンジョンのことなら何でも教えてあげる! 上層、中層、下層、深層……それに安全階層(セーフティポイント)。階層主だって、ゴライアスからバロールまで全部経験済みなんだから!」

 

 あまりに規格外な発言に、ルークは「流石に冗談だろ」と助けを求めるようにレフィーヤを見やった。彼女はオラリオ最強の一角を担う【ロキ・ファミリア】の幹部だ。プルシュカの経歴が真実かどうか知っているはずだった。

 

「紛れもない事実ですよ。彼女は、オラリオで有名人ですから」

 

「マジかよ……こんな子供でも攻略できるなんて、ダンジョンって意外と大したことない場所なのかもな」

 

  第七小隊の面々は、密かにそう安易な考えを抱いてしまった。先ほどは謎の魔道具による不意打ちで全滅しかけたが、こんな幼い少女が踏破できる場所なのだ。油断さえしなければ、自分たちのようなエリートなら深層ですら余裕で通用するのではないかと勘違いしてしまったのだ。

 

 生徒たちの甘い認識を察したレフィーヤは、「この浮ついた考えもダンジョン実習で徹底的に叩き直さなければ」と重い溜め息をついた。ステイタス的には中層でも十分通用する小隊だ。彼らには過酷な試練を与えるべく、特別な目標を設定することにした。そう――下層に存在する安全階層、迷宮の花園(アンダーガーデン)への到達である。

 

 

 

◇◆◇◆

 

迷宮都市オラリオの地下深くに潜む、人知れぬ暗黒の円卓にて。

 

今日も都市の安寧を揺るがす恐ろしい謀議が繰り広げられようとしていた。

 

【先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)には、不覚にも震えたぞ……。合法的かつ鮮やかにオラリオ中の【ファミリア】を破滅へ追い込むとは、盟主様は素晴らしい】

 

【その通りだ。表向きの清廉な立場を完璧に維持したまま、裏で都市を牛耳っておられる。その実体は我ら闇派閥(イヴィルス)の盟主だったとは一切悟られていない】

 

【彼女の【ファミリア】が急頭角を現した時は一目置く程度だったが……今思えば、盟主様の深謀遠慮を疑うなど愚の骨頂であったと恥じ入るばかりだ】

 

【全くだ。それと、盟主様の【ファミリア】は今、表社会の欲深き連中から執拗に狙われているらしいな。特にあのレベル・ブーストの魔法……あの至宝を奪い取ろうと、オラリオに残存する【ファミリア】どもが良からぬ動きを見せている】

 

【安心しろ、その件なら我らの【暗殺派閥】で既に処分しておいた。裏の手配や暗殺は我らの専門分野だ。【ヘスティア・ファミリア】への襲撃や誘拐を企てる馬鹿どもから日夜依頼が舞い込み、逆に潰して資金源としても大いに潤っておるわ】

 

【闇派閥《イヴィルス》に向かって『闇派閥の盟主を襲え』と依頼してくるとは笑わせる。命知らずの愚か者どもを返り討ちにする絶好の口実だ】

 

 表社会からは知る由もなく、【ヘスティア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)の手によって陰ながら強固に守られていた。彼女たちへの危害を企てる不穏分子は、依頼を出したそばから軒並み消されていったのである。

 

 こうして、【ヘスティア・ファミリア】の敵対勢力は知らず知らずのうちに削られていく。

 

【そういえば、【ガネーシャ・ファミリア】が怪物祭(モンスター・フィリア)の開催中止を検討し始めたそうだぞ。先日の戦争遊戯(ウォーゲーム)でモンスター群に惨敗し、壊滅寸前まで追い込まれたからな。実に傑作だ】

 

【フン、貴様らの情報は遅すぎる。俺が極上の最新情報をもたらしてやろう……今日の昼、あの白兎(ベル・クラネル)が学区へ電撃的な奇襲をかけたのを知らんのか? 【ヘルメス・ファミリア】から飛行用魔道具と透明化の秘宝を押収し、単身で敵陣へ潜入。学区の神々が鎮座する聖域へ侵入し、姿を消したのだ】

 

【おいおい、冗談だろ!? 戦争遊戯(ウォーゲーム)が終わって間もないというのに……! それに学区にはLv.7(レベルセブン)のレオンがいるはず。ギルドの公式発表では、不審者は即座に討伐されたと発表されていたが……】

 

 闇派閥の連中も、その情報を信じていた。だから、甘い。

 

【ククク、ギルドの情報を鵜呑みにするとはおめでたい奴だ。あの発表は完全な情報隠蔽(デマ)だ。港町メレンに潜伏していた我が同胞が、学区へ潜入する白兎(ベル・クラネル)の姿を目撃している。直後に警報が鳴り響いたのも確認済みだ。仮に……本当に白兎(ベル・クラネル)が討伐されたのなら、あの盟主が黙って引き下がるはずがなかろう】

 

【となると……白兎(ベル・クラネル)はLv.7(レベルセブン)の防衛網を突破し、神々の聖域から無事に脱出したというのか……!?】

 

【そうだ。学区の防衛網に致命的な打撃を与えてな。しかも、顔は学区の者達には見られていないようだ。見られていたら、流石に庇いきれなかっただろう】

 

 闇派閥(イヴィルス)が数年かけて成し遂げるような大破壊を、わずか半日で達成してみせる驚異的な実行力。表舞台で暗躍する盟主に応えるため、裏社会の幹部たちは固い絆で一致団結した。自分たちが地下でコソコソ動くよりも、盟主たちが表社会で暴れ回る方が遥かに壊滅的な被害をもたらすと確信したからだ。

 

 だからこそ、円卓の首座たる盟主の椅子は、今も空席のまま崇められている。

 

【再びオラリオに暗黒期を招き寄せるのだ。ギルドや偽善を掲げる【ファミリア】どもを根絶やしにした時こそ、我らが世界の頂点に立つ時! それまでは陰ながら盟主様をお支えするのだ。食料や軍資金の支援を怠るなよ。私は引き続き、ギルド内部の機密を探る】

 

【顔を合わせずとも、我らの志は一つ! いずれ盟主様をこの円卓にお迎えできる日を心待ちにしよう。その日まで、我らの鉄の結束は不滅だ! 諸君、盃を掲げよ!】

 

【【【【生まれた月日は違えど、死ぬ時は同年同月同日を願わん!】】】】

 




学区編の後って、ベル君が竜の谷…あれ?黒竜の封印とかとけちゃうんじゃね。これ。
そして、その裏でロキ・ファミリアの遠征失敗からの救援作戦か。

しかし、今のロキ・ファミリアはギルドが全面バックアップする確約があるから、ワンチャン失敗しないとかもあるのかな。
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