正義の味方になりたかった系ハンターのエミヤ=キリツグだ 作:GT(EW版)
アンケートの解答ありがとうございました。
年明けの恒例行事であるハンター試験も、今回で288期目を迎える。
毎年開催場所が異なることが慣例の今回の試験会場は、何の変哲もない駅前のショップだった。
近所のアパートに待機している案内人に合言葉を告げることで紹介状を受け取り、それを店員に提示することで晴れて受験生と認められ、地下の受験会場に繋がるエレベーターまで案内される運びとなっていた。
その受験会場へ到着するだけでも険しい道のりは、毎年世界中ゴマンといるハンター志望者を自ずと厳選する仕組みとなっているのだが……勝手知ったるリピーター受験生の存在や情報化社会の波が世界各地へ広がりつつある近年、到着者の人数は増加傾向にあった。
特に今年は例年以上の人数が試験会場にたどり着き、受験生の総数は1500人となっていた。例年の3倍近い人数である。
……さて、どうしようかねこの数。
一次試験官は頭を掻いていた。
プロハンターたちの間ではまだ見ぬ青い果実の観察や新たな仕事仲間の誕生を見届けたい老婆心を持つ者、難関試験の門番として厳かに試練を与えたがる者と各々の方針はバラバラだが、試験官をやりたがる者は多い。
そんな中でも今期の一次試験を担当する彼は、良くも悪くも試験官という役割にそういった熱意を持っていない男であった。
故に、最も多くの人数を脱落させることとなる一次試験の担当者としてはある意味適任とも言えた。余計な感情を持ち込まず、現時点で合格の見込みがない者を淡々とふるい落とす判断ができるのだから。
そんな彼は次の二次試験官から「300人程度まで絞ってほしい」と言われていたことを思い出し、ならばとパチンと指を鳴らして一同に告げた。
「昼飯まであと2時間、その間に──5人ぶっ倒せ」
一次試験の内容をその場のアドリブで決定し、即座に言い渡す。
倒した相手から受験番号のプレートを回収し、5枚集めて試験官に渡す──前回の287期試験でも似たような試験はあったと聞いているが、こちらは舞台がジャングルではなく限られた密室ということで、受験生はよりシンプルな武力を争うこととなる。
最低限のフィジカルを持たない受験生には、ここで全員落ちてもらおうという算段である。
「あそこの非常階段のとこで待ってるからよ。いいか? 俺があの扉の奥に入ってドアを閉めたら試験スタートだ」
何とも雑な試験だが、ハンターたる者最低限の武力が無ければ何をするにしてもスタートラインにすら立てないのは事実だ。そういう意味では、受験生同士のバトルロワイヤルは足切りとして妥当な落とし所だった。
1/6の人間が生き残ると仮定しても、単純計算で250人。
乱戦による巻き込み事故や相討ちも考慮すれば、二次試験に進めるのは150から200人ぐらいの見込みになるだろうか。
扉を閉めた直後、早速部屋の中から聴こえてきた打撃音と咆哮、悲鳴の声の数々に試験官は我ながら妙案だなとほくそ笑んだ。
何と言っても試験運営において効率が良い。たった2時間で1500人を半数以下まで選別できると思えば、確かにそれは合理的な試験内容と言えた。
──実際、結果としてこの試験では彼の狙い通りの人数が篩い落とされ、1500人中約200人の受験生が次の試験へと進むこととなった。
ただ一つ、試験官に落ち度があったとすれば──
「なんか眠くなってきたな……待ってる間、仮眠でも取るか」
その一次試験中の受験生たちの様子を、自分の目で見て確認していなかったことだろうか。
故に、彼は自らの試験の穴に気づかなかった。
それは1500人の受験生たちがお互いのプレートを賭けて闘うシンプルなバトルロワイヤルなどではなく、「1500人の中で突出した2人の受験生があっという間に1000人の受験生を気絶させた後で」、残った498人が2人のおこぼれを巡り、放置されたプレートをハイエナのように貪り合う物拾い競走と化していた事実に。
……ただ、仮に彼がこの時それを知ったとしても、ハンター活動には元来イレギュラーは付き物。「──それもまたヨシ! 一次試験終ッ了!!」と鮮やかにポーズを決めて開き直っていたところだろう。
自分が合格した時もこのぐらい雑だったからと振り返る彼は、かくも自由な試験官だった。
一次試験脱落者の1人、贋作師のゼパイルは当時をこう語る。
受験生同士が手当たり次第に殴り合うその場で、自分は何もできなかった。いや、自分だけではない。そこにいた全ての人間が、たった2人の受験生によって支配されていたのだ。
──影だ……影だけが見えた。
その影が縫うように受験生の間を走るとバタバタと人が倒れていった。
「おっちゃんも来てたんだ。残念だったね」
その影がキルア──ヨークシンシティで出会ったあの少年だと気づいたのは、1500人が暴れている修羅場であたふたしている彼に、一瞬で何十人も蹴散らしながらこう言ったからだ。
「今年受かるの俺と……多分、アイツだけだよ」
──アイツ?
その発言の意味を理解する時間を、白髪の少年は与えてくれなかった。
医者いわく、これ以上無いというほど正確かつ素早く、首に対して衝撃を与えられたことによって、その意識を穏便に刈り取られたからである。
知り合いの格闘家は「人間技じゃねぇ」と言っていたが、彼もそう思っている。
そしてハンター試験というのは、「そんな人間技じゃねぇ」動きを呼吸と同じ感覚でできなければ目指すことさえおこがましいものだったのだ。
そう──怪物はキルア1人ですらなかった。
この試験には自分たちが影しか見えなかったキルアと同等の次元で渡り合っている──もう1人の怪物がいた。
「……ズルくない? 武器隠して闘うの。目を「凝」らしてもよく見えないんだけど、それ──剣だよね?」
「──さあどうかな。斧かもしれぬし、槍かもしれぬ。いや、もしや弓かもしれぬぞ
「一応言っておくけど、殺し屋はもう辞めてるんだよねオレ。その呼び方はやめてくんない?」
「失礼。常に足音を殺した貴殿の所作には既視感があったので。では
「さーてね。あんたも自分で考えな!」
落ちていく意識の中、ゼパイルの鼓膜は無双の限りを尽くすキルアに対し威風堂々と対峙する──うら若き1人の少女の声を微かに捉えていた。
ついていけねぇ……たった数秒の間に心を折られてしまったルーキーはただ、目が覚めた時には自分の身体が2人の闘いの余波を受けてズタズタになっていないことを願うばかりだった。
──また、これまでにハンター試験を何度も受験しては五体満足で生き残ってきたベテラン受験生、三兄弟トリオの長男アモリはこう語っている。
今回の試験には自信があった……それだけの努力はしてきたつもりだったからな。
個々の格闘修行は血反吐が出るほど繰り返したし、3人でのコンビネーション訓練も完璧に仕上げた。
俺たちの敗因は認識不足。
想像を超えた怪物の存在……一流のハンターになるべく生まれたヤツらの技を目の当たりにした。
高速道路を100キロで走っていた俺たちを奴らは300キロで楽々追い越していった……そんな感じさ。
この1年の俺たちの努力は……奴らにしてみれば何もしていなかったも同然ってわけだ。
ハンター試験は今年限りにするよ。そういうリピーターが多い筈だぜ……
──あっ、だけどトンパのおっさんは次も受けるどころか、次からは本気で合格を狙うらしいぜ? 俺は何よりそれがぶったまげたわ。
どうにもあのクソガキと闘って周りの受験生を一緒に吹っ飛ばしていた金髪のお嬢ちゃん──おっさんが新人の頃に受けた試験で合格した、古いダチの弟子みたいでな。
そんな子にゴミを見るような目で蔑まれながらボコボコにされたのは、アレも色々と思うところがあったらしい。……いや、そういう話じゃねぇぞ?
いや、新人潰しのトンパは寧ろそれよりも常人からは理解しがたい倒錯した性癖を持っているおっさんだが……それはそれとして。おっさんが言うには──
「ああいうお高く澄ましたルーキーの顔が屈辱に震えるところを特等席で見てぇからよ! ハンターになったら試験官になって、堂々と新人潰しをしてやるぜ!!」
──なんだとさ。
凝りねぇおっさんだが、俺にはああいう精神が羨ましく思うよ。
そういう意味ではあのおっさんも大概バケモンなんじゃねぇかと思ったぜ……
はい!!
最近はキリツグからも「元気があっていいね……」と言われることが増えたのはこの私、セイバーことロード=ログレスです。言われてみれば、私は以前よりも声が大きくなったような気がしないでもない。筋肉のつきにくい身体ですが、喉の筋肉だけは順調に成長を続けているらしい。
しかし大きくなったのは声だけではない。肉体も、そしてオーラも。2年近くに及んだ修行は功を奏し、かつてとは比べ物にならないほど大きくなりました。
……いえ、肉体はそこまでではありませんね。ポンズより首も腰周りもお尻も小さくて胸部装甲も薄いですしあいででっ!? 浮き毛引っ張らないでください痛いですポンズ! 私を痛めつけて何が楽しいのですかポンズ!
──はい。
ともかく14歳になった私は、当初の目標としていた第288期ハンター試験の受験を晴れて認められたわけである。
さて、ポンズも知りたがっているようなので、この辺りで私から見た第288期ハンター試験について振り返ってみましょう。映画で言えば回想パートという奴ですねキリツグ。……なんだか語尾がキリツグみたいになっていますね私。彼のいないところで出すのはとても恥ずかしいので直さなければ、この癖は。
ではまず最初……キリツグに合格を誓い、試験会場へ向かった時のことからにしましょうか。
ハンター試験は試験会場を探すところから始まり、そこで馬鹿正直に「ハンター試験会場行き」と表示されたバスに乗っていくようでは「ハンター試験会場」と看板に書かれた何の関係も無いボロ屋へ連れて行かれるのが関の山。とても意地悪な足切りである。
故に、そこで受験生が頼りにするのがハンター協会から依頼を受けた案内人の存在であり、その案内人を見つけるところが最初の試験になる。
その案内人捜しであるが……私の場合は実にあっさりと見つかった。というか、キリツグが紹介してくれたのである。
あの時は私が「早速情報収集です!」と張り切っていた矢先、「案内人なら僕が連絡してここに来てもらったよ。あの船に乗っていけば、受験会場のある町まで連れて行ってもらえる」とキリツグからまるでタクシーを手配するようなノリで出鼻をくじかれたところだ。
これには私も怪訝な目をしたものである。
『……それって、思いっきりコネではありませんか?』
私としても都合の良い話であり、大変手っ取り早くて助かるのだが……ハンター試験の趣旨に反するのではないかと疑問を呈したところである。
しかしキリツグはそんな私の疑問に対して、あっけらかんとした態度で返した。
『ああ、コネだね。で? それの何が問題だセイバー』
『良いんですかそれで……なんだか、とてもズルい気がしますが』
『ズルくなんてないさセイバー。そもそもの話、受験会場を探すというのはハンターたる者、公共機関に頼らず信頼できる情報網を自分の手で作れというのが趣旨になる。実を言うとコレは、ハンターになってからも付いて回る習慣でね……特に船や飛行船のような交通機関は、実績をあげるほど頼れるコミュニティーが限られてくるんだ』
『……つまり、どういうことですかキリツグ?』
『お前は既に僕という最高の
キリツグは自らの経験則として、プロハンターになって良かったところだけではなく世知辛い問題についても何度か語ってくれたものだ。
例えば「ハンターライセンスを持つハンターは公的施設の95%を無料で利用できるが、名前が売れるようになると案外その恩恵を受けることは少なくなる」ということとか。
特にキリツグのような
ヨークシンシティのマフィアとかは特に容赦が無いと聞きますからね。仲間内で何らかの派閥に属していればその辺りのサポートも手厚いのかもしれないが、「正義の味方になりたかった系ハンター」であるキリツグは属さない。
白昼堂々と公共機関を使おうものなら、彼の命を狙う悪辣な組織から施設ごと爆破されるか、他の一般客を人質に使われることもあるという。
『昔、ある違法兵器の密売組織を壊滅させた後、僕が立ち寄った農村が彼らの残党から報復を受けたことがあってね……それ以来僕は、特に公共機関の扱いには細心の注意を払っているんだ』
『そんなことが……』
『まあ、そのマフィアの残党は全員村の農民に返り討ちにされたから、犠牲者は出なくて済んだんだけどね』
『農民強いですね』
『ああ──たった1人の農民が、物干し竿1本で30人もの武装集団を全滅させたらしい』
『それ、本当に農民ですか?』
『わからない……名うてのサムライだったのかもしれない』
『会ってみたいですね、そのサムライ農民。話が合うかもしれません』
『──ま、そういう人脈は親でも使う心構えで活用しろという話さ。どっちにしろ、僕がやってあげるのは船の手配だけだ。港に着いてからの会場探しは自分の力でやるわけだし、この程度は何の不公平でもない』
……どこまで本気で言っているのやら、こういう屁理屈をこねくり回している時の彼には年の功か、今でも全く勝てる気がしない。
「練」ありの力勝負なら勝てる自信はあるのですけどね。タイムアルターで逃げられないように、上からのしかかって押さえ込んだ後、エクスカリバーでこうです。
……ま、そんなことはやりませんし、キリツグも実際私と闘うならこちらの土俵に乗ってこないでしょう。私との組稽古は基本的にコトミネキレイに任せていましたが、悪と対峙する時の彼の闘い方は本当に容赦が無い。
念能力者同士の闘いは基本的に得意の押し付け合いで、天空闘技場の試合でもなければよーいどんの真っ向勝負などというものは滅多に無いと聞いている。
ハンター試験も同じで、全員が平等の条件で争うことなど始めからあり得ないということなのだろう。
或いはそういった自分に有利な条件を開始前から整えておくこともまた、ハンターたる者として必要な資質ということか。
『……では、遠慮なく使わせていただきます。マスター』
『コトミネキレイからは、また過保護だと言われるだろうけどね。……ま、お前は僕にとっても初めての弟子だ。そういう甘さが出ても、しょうがない』
『ええ──本当に、しょうがないですねキリツグは』
……本当に、ズルい。
ズルい人だと思いますよ貴方は。
この前は合格できなくてもいいなどと言っておいて、いざ旅立ちの日にそこまでされては私も騎士の名折れというものだ。
私はそんな
『──しょうがないから、さっさと行って合格してきます。祝宴は昔コトミネキレイと行ったという、ステーキ定食の美味しい定食屋さんでいいですよキリツグ』
『……お前、まだ憶えていたのかあの時の会話』
『私のご飯への執着を甘く見ないでいただきたい! 今までの私は自分の立場や優先順位をわきまえていたのでそういったリクエストはしませんでしたが、ハンターになってからは覚悟しておいてくださいキリツグ』
当初の最優先事項だった念習得による力の制御と自衛力の確保はとうに達成されており、そして現在の最優先事項であるハンター試験を合格したら、私の予定はようやくフリーということになる。
プロハンターという同じ立場になれば、私の中で燻っていた負い目や引け目も少しは軽くなるだろう。
なので、そうなった時の私は──今までのように、大人しくするつもりはありませんよ?
覚悟の準備をしておいてくださいキリツグ。
──そう挑発的に告げた私に対して、彼はやはり、案の定こう返したものである。
『ああ──安心した』
……予測していた通りのその反応が、私には何故か面白くないと感じた。
その気持ちがどこから来たのかは、今でもわかっていない。まったくもって不思議ですよね、私という人間の感情は。
──と、そんな経緯を経て乗り込むこととなった船であったが、キリツグの紹介だからと言ってもちろんVIP待遇を受けたわけではない。
船長殿とはキリツグという共通の話題があったからか程々に会話も弾んだが、同じ船には他のハンター志望者たちも数十人ほど乗り合わせていたし、営業用の客船とは程遠い小さな船体は、大波に激しく揺られたものである。
船長殿が言うには、その過酷な航海自体がハンター志望者たちの篩い落としを兼ねているとのことで、目的地の港へ着くまでの間に私以外の志望者全員が脱落したほどであった。
誰も彼もが屈強な肉体を持つ腕自慢の皆さんは、私が船に乗った時は「女子供は帰ってな! 今日からここは戦場と化すんだからな!」と一斉に息巻いていたものだが……数時間後には全員揃って地面に這いつくばるとは何とも呆気ない結末である。コトミネキレイが見たらとてもイイ顔をしていそうだと思った。
まあ、私を侮ることについては特に思うことはありません。私も私で船に乗っていた時は白いワンピースにヘッドドレスという透明感のある装いだったので、とても難関試験に挑む者の格好ではありませんでしたからね。誤ってどこぞの令嬢が乗り合わせてしまったのではないかと思うのは当然であり……それについては余計な気を遣わせてしまい、こちらが申し訳なかったぐらいである。
……ただ、仰向けに倒れたどさくさで私のスカートの中を覗こうとした不埒な輩は容赦なく顔を踏んづけてトドメを刺してやりましたが。それとこれとは話が別ですよ!
それはそれとして、ハンターを目指している者として息も絶え絶えな彼らを全員見捨てるのは忍びなかったので、水と袋とタオルを持ってくるぐらいのことはしてあげたものだ。航海中は暇でしたしね。
寛大な私に感謝するといいですよと、内心ちょっとだけ愉悦に浸りながら1人1人介抱してやると、彼らは「おお……聖女よ……!」「聖処女よ!」と一斉に目を見開きながら本当に多大な感謝を払ってきたものだ。
……確かに苦しみの真っ最中で助けに来たその時の私の装いは聖なる存在か何かと誤認する余地もあったのかもしれないが、反応が大袈裟すぎて怖かったです。
因みに航海中の私がそのような薄めの服を着ていたのは、私が「風」を操る念能力を扱う都合上、オーラの変換を効率良く行う為の充電のような目的を兼ねている。こうして定期的に肌で風を受けないと、能力の出力が落ちる仕様になっているのだ。試験では無風の密室での闘いも想定されますし、一応の準備はしておこうという判断だ。
スーツやジャージは頑丈だが、それ故に潮風を肌で体感するにはどうにもしっくり来ないのですよね……1番風のイメージが掴みやすいのは薄手のワンピースで、次点でいつものドレスアーマーを着ている時だった。
尤も、単に私が船の上から浴びる潮風や見渡す眺めが好きだったからというのもある。
効率的に風を受ける為に船頭に立ちながら両手を広げ、鼻歌混じりにくるくると踊っていた上機嫌な私の姿は、船員たちの目から奇異に映っていたかもしれない。私が見た限りでは天気が良かったのもあってか皆さんも上機嫌な様子でしたが。
私も朝日の日差しが心地良かったです。
そういった趣味も兼ねているので、外で風を受けるのは制約というよりもルーティンのそれに近いのかもしれない。
『あっちの連中は全滅していたが……嬢ちゃんは元気そうだな』
『ええ! 貴殿の卓越した航海術の恩恵に預かり、大海原の景色と心地良い潮風を堪能させていただいています。先ほどは美味しそうな……可愛らしいトビウオの群れも見つけましたね』
『そうかい……トビウオの旬はもう少し先になるがね』
『なんと……!』
成長期を迎えてもなお基本的な筋肉量はさほど変わらなかった私だが、幸運なことに三半規管は鍛える前から優秀だった。
思えば初めてジャポンへ上陸した際に通ったアイジエン大陸からの航路も凄まじい揺れだったが、当時の自分も船酔いどころか心許ない自らの衣装に恥じらいを感じていられる程度には余裕があったものだ。
……それはそれで、全然余裕じゃなかったですけどね。
第二次性徴期である今の私はあの頃以上に多感な年頃なので、同じ格好をさせられたら色々と耐えられる自信が正直無い。
そんな苦い思い出も海に置いてきた私は内心の如何ともし難い感情を誤魔化すように、船頭では船長と共通の話題である昔のキリツグについて会話を弾ませたものだ。
『去年といい、まったく最近のガキは可愛げがねぇ……いや、あるのか? ま、お前の師匠が新人の時は、もっとこうアレだったからなァ……』
『キリツグのことですね。アレとは?』
『海に向かって突然「あんたは僕の本当の家族だ」と呟いたと思えば、泣きながら「ふざけるな! ふざけるなふざけるなッ!! バカヤロー!!」とか叫び出した』
『えっ、何ですかその不審者は……?』
『あれからも何度かすげえガキを乗せたなと思ったことはあったが、ヤベーガキを乗せちまったな……と後悔したのはアイツが最初で最後だ』
『航海だけに、後悔ですね』
『ん?』
『すみません忘れてください。……いや、ですがキリツグは時々言動が情緒不安定なところがありますからね。おそらくその時は、旅立った故郷を想って感傷に浸っていたのでしょう。何せ、こんなに美しい海の前ですから』
『……まあ、海に向かって叫び出す奴は珍しくもねぇがな。だがアレは、20年以上経った今でも鮮明に憶えているぐらい、奴の叫びは何か胸に来るような圧があったぜ。気狂いか大物になるか、どっちかだと思ったもんだな……』
『実際には、気狂いの大物だったと』
『……父親に対して容赦ねぇな嬢ちゃん』
『彼は父ではありませんよ? ……私の
『……そうかい。見送る時の心底心配そうな奴の目を見たもんだから、師弟というより親子関係かと思ったがね』
『そんなに心配そうでしたかキリツグ?』
『ああ、ガキの初めてのおつかいを送り出す父親みたいにな』
……私とは別の視点から見るキリツグの話は、とても興味深いものだった。そして彼のことをよく知る者ほど、私という弟子の存在に対して過剰と感じるほど大いに驚いていたものだ。
ともかくハンター志望者の中で1人だけ元気だった私は、船長を手伝って倒れた脱落者たちの介抱を行う傍ら、そんな彼の昔話を聞いたりしていた。強面の船長だったが、ああ見えて子供好きな人だったのかもしれない。
彼が言うにはキリツグの紹介を受けて乗ったこの古い船は、まさに当時10代のキリツグが試験会場までの間乗っていたものと同じ船らしい。その縁で、キリツグからはプロハンターになった後も何度か渡航を依頼されることがあるという。
キリツグの語っていた公共機関に頼らない独自の交通網──この船長殿もまた、その1人だったということだ。
そして船長殿のような人物と出会う度に、私には今まで知らなかった「エミヤ=キリツグ」という男の一面をより多く知ることができた気がした。
【ハンター十ヶ条】
基乃一 ハンターたる者、何かを狩らねばならない。
基乃二 ハンターたる者、最低限の武の心得は必要である。最低限とは念の修得である。
基乃三 一度ハンターの証を得た者は如何なる事情があろうともそれを取り消されることはない。但し証の再発行も如何なる事情があろうとも行われない。
基乃四 ハンターたる者、同胞のハンターを標的にしてはいけない。但し甚だ悪質な犯罪行為に及んだ者に於いてはその限りではない。
基乃五 特定の分野に於いて華々しい業績を残したハンターには星が一つ与えられる。
基乃六 五条を満たし且つ上官職に就き、育成に携わった後輩のハンターが星を取得した時、その先輩ハンターには星が二つ与えられる。
基乃七 六条を満たし且つ複数の分野に於いて華々しい業績を残したハンターには星が三つ与えられる。
基乃八 ハンターの最高責任者たる者、最低限の信任がなければその資格を有することは出来ない。最低限とは同胞の過半数である。会長の座が空席となった時、即ちに次期会長の選出を行い決定するまでの会長代行権は副たる者に与えられる。
基乃九 新たに加入する同胞を選抜する方法の決定権は会長にある。但し従来の方法を大幅に変更する場合は全同胞の過半数の信任が必要である。
基乃十 此処に無い事柄の一切は会長とその副たる者、参謀諸氏とでの閣議で決定する。副たる者と参謀諸氏を選出する権利は会長が持つ。
その後のハンター試験の最中にも何度も思ったことだが、私のマスターであるエミヤ=キリツグという男はやはり、プロハンターの中でも指折りの実力者だったらしい。
そんな彼は
「正義の味方になりたかった系ハンター」という字面上こそ曖昧ながら数々のA級賞金首の逮捕、違法薬物密売組織の壊滅等の功績から主に
他には東部諸国からスラム街の多数排除に貢献していたり、歴史を動かす事変となったかの「流星街の平定」にも貢献するなどという類いを見ない実績もある。
……特に後者の影響力は一部ではハンターの枠を超えて「英霊」と称されるほどに凄まじいものがあり、既存社会の在り方そのものを狩猟したという意味では
そんな彼が
それでもこれほどの成果をあげた以上は彼の昇級を望む声もハンター協会内外に大きく、例外的に昇格を認めても良いのではないかと定期的に議題に挙がっているほどには高い影響力を持っている存在のようだ。
なんだか──思っていたよりも大物だったんですねキリツグ。
それがこの前コトミネキレイにゲームで大敗して泣き言を喚いていた人間と同一人物であることをちょっと疑ってしまうほど、関係各者から挙がる貴方の英雄伝説は凄まじいことになっていましたよ。
副会長殿あたりが意図的に喧伝している部分もありそうでしたが……プロハンターになれば対等になれると思っていた私の見積もりは、些か甘かったようです。
私の受けた第288期ハンター試験では、奇遇なことにも担当した試験官全員がエミヤ=キリツグという正義の味方になりたかった系ハンターと面識があった。
そんな彼らからの評価がこちらだ。
「エミヤ=キリツグ? もちろん知ってるぜ。本名は伏せられているが、流星街救済の英雄EMIYAがアイツのことだってことはみんな知ってる。
あー……嬢ちゃん、あの男の弟子だったのね。そりゃとんでもないオーラを持っているわけだわ。……っていうか、アイツ弟子とか取るタイプだったんだな。こだわりがあって一匹狼気取ってるもんだと思ってたぜ。
評判? まあ、間違いなく良い方だろうな。若い世代だとアイツに憧れてハンターになった連中も多い。それこそ一言かければ、脱会長派なんぞよりもよっぽどデカい派閥が出来るんじゃねーかな」
「エミヤさんは私たち流星街の恩人よ。あの人のおかげで故郷は昔とは比べ物にならないぐらいマシな場所になったと思う。
ハンターのエミヤ=キリツグって名前は外の世界ではそこまで知られていなかったのは意外だったけど、英雄EMIYAと言えばナントカ旅団主演の映画にもなってるスーパーヒーローよ。私も愛してる」
「古い友人……ってとこかね一応は。最近会ってねーが、唯一の同期だしお互い奇妙な縁は感じてるな。
あー、何度か一緒に仕事したこともあるぞ? 味方にすれば頼もしいが、敵には回したくねー奴だな。俺はマルチにやってるからマシだが、仕事でかち合うこともあるグレーな好事家や反社に雇われている連中には同情してるぜー」
「……俺の恩人だよ。あの人がいなかったら、俺は誰も信じることができないままスラムの肥溜めで腐っていた。
金持ちの連中から虫ケラのように足蹴にされていた俺に、あの人はただ「生きていてくれてありがとう」と言ってくれた……まともに生きたいというこの気持ちを、あの人だけは嗤わなかった……
今の俺があるのはキリツグさんのおかげだ。お前があの人の弟子だってんなら、正直俺が試験官をするのもおこがましいと思ってるぐらいだよ。
──ところでロード。さっきそこに落ちていたお前の髪を食べてみたんだが、お前すっごいポテンシャルを持っているな! 8年後には絶世の22歳になる筈だ! そのあかつきには是非俺のところへ……待て、何剣を出してる? 第二段階解放ってなんだやめ──」
「キリツグさん? それはもう私の1番の親友ですよー! できたら今すぐにでも僕の代わりに十二支んに加わってほしいぐらいです! ロードさんからもキリツグさんに伝えておいてください。また一緒に遊びましょう──とね」
……などなど、私のマスターはハンター協会からの覚えが色々とよろしかったものである。
迷うねェ〜❤︎(参考までに需要調査)
-
ハンター試験❤︎
-
Fate はかせ night
-
両方書くのがベストじゃない?