正義の味方になりたかった系ハンターのエミヤ=キリツグだ 作:GT(EW版)
船の手配はキリツグがやってくれたが、港に着いてからの案内人捜しは私の独力である。尤も、そちらの試練も当初想像していたよりも実に呆気なく達成したものだったが。
──私が会場への案内人を見つけたきっかけは、「ハンター試験会場行き」と書かれた
私が偽物と知らずその場に集まっている人々の様子を観察していると、いかにも腕自慢といった容貌の荒くれたちの中で、明らかに悪目立ちしている小さな少女の姿があったのだ。
念能力者であれば子供でも油断できないとはいえ、辺りを不安そうな顔で右往左往している様子はどう見ても受験生ではない。あからさまに迷子だった。
もうすぐバスが出発するという時刻だったのでバス停に集まっていたハンター志望者たちは見て見ぬふりを決め込んでいる様子だったが、もちろんそれを見逃す私ではない。
寧ろ私は、ハンター志望者たちの集まる場所にはそういった「異常」がこれ見よがしに発生するのではないかと推測していたからこそ、最初から偽物とわかりきっているバス停の様子をそうしてわざわざ見に来ていたのだ。
決して私も偽物のバス停に騙されていたわけではありませんからね? そこは勘違いなさらぬように。
……えっ、私、本当に騙されそうなぐらいポンコツに見えますか……?
……まあ、確かに集団心理というものが厄介なのは認めます。
私の直感と分析が99.99%「バス停はフェイク」と断定していた上で、予想よりもバス停に集まっていた人数が多かったために0.01%の可能性があるのではないかという思いが捨てきれなかったのは事実だ。
今思うとあそこに並んでいたハンター志望者たちの何十人かは、こちらにそう思わせる為に協会から遣わされたサクラだったのかもしれませんね。年に一度の行事であるハンター試験シーズンでは、町一つ貸し切ることもザラにあると聞く。故に本物の試験会場へとたどり着く為には、そういった手の込んだ罠を潜り抜けていく必要があった。
そのことを下調べで知っていた私は、目の前の少女もまた本物の迷子ではなく、受験生を会場から遠ざける為に用意された罠である可能性ももちろん考慮していた。念の為「凝」で少女がコトミネキレイのような念獣ではないか確認してみたほどである。結果は白だったが。
……尤も、仮にその迷子が罠であろうとなかろうと、私には関係ない話である。
迷子の子供を見捨てるという選択は、演技の可能性を考慮してもやはりできない。たとえ騙されても、騙されたところで「ああ──安心した」と言える程度の些細な嘘を、なにゆえ私が恐れるものか。
私はこう見えて子供は好きだし、キリツグでも同じ状況なら放っておかなかった筈だ。
それに……仮にも騎士王や騎士姫などと呼ばれている私としては、私欲を優先して目の前で困っている少女を見捨てるなど、あり得ない選択だった。
『レディー、何かお困りですか?』
『……あなたは?』
『私はロード=ログレス。通りすがりの騎士見習いです』
『……ヒリヤヨ……』
ヒリヤ……ヒリヤと名乗った少女は白銀の雪のような髪が特徴的で、冬の妖精のように可愛らしい女の子だった。冬の季節に合ったモコモコの衣装が何とも似合っている。
念能力の都合上、風を感じる為に寒空の下でも薄手の服を着ることが多い私だが、彼女のような分厚い防寒着を見ると本来の季節感を取り戻せるというものだった。
バス停の方に並んでいるハンター志望者たちの装いを見ても、大多数がタンクトップや短パン姿から己の肉体美を惜しげもなく晒している筋骨隆々のマッチョマンたちの姿が目立つ。
ハンターを志す者として、これしきの寒空は何のそのということなのだろう。私としてはああいったちょっと目に毒な人々の装いを見ると、自分の露出度がまだ控えめな方であることに安心を感じていたが。
ただ……私のドレスアーマーは金属部分を外すと、胸部分の露出がちょっと目立つんですよね。近頃は成長期前と比べて、周りの男性からその部分への視線をしばしば感じるようになったのがこの頃の悩みである。
自意識過剰かもしれないが、それでも不躾な視線は良い気はしない。
今は発展途上の私の胸元などに、どれほどの価値があるのかと首を捻ってもいたが……そんな疑問に答えたのは意外にもコトミネキレイだった。
『清純なる騎士王よ──元来人間とは、この世に生まれ落ちた瞬間から真っ先に双丘の果実を求めていく存在だ。その本能が成体となってもなお残り続けているが故に──ヒトはそこに起伏があれば、誰しも視線が誘導されるよう
──とか何とか、無駄に格好つけて言っていたものです。
まあ、人類含む哺乳類の赤ちゃんは皆コレを吸って糧を得ているわけですからね。邪な意図ばかりではなく、動物的本能が生きる為にそうさせているのだということは理解できる理屈である。
それはそうとコトミネキレイの目からは何か、私の起伏に対して嘲笑している雰囲気を感じたのでエクスカリバっておきましたが。
一応は聖職者の貴方のことだから、決して性的な目で見ているわけではないことはわかっています。ですが、それはそれとしてジロジロ見るな。多感だと言っているではないですか私は……!
えっと……何の話をしていたんでしたっけ?
ああ、迷子の少女でした。これは失礼。なんで迷子の話から私の胸の話に飛躍したのでしょうか……? 私ってもしかしてふしだらな人間なのでは。
「………………」
ポンズ、集中して「絶」が維持できていますね。
……黙っているのは、先ほどの私の言葉を肯定しているからではないと判断しておきます。命拾いしましたね。
「時々急に怖くなるのやめてくれないかしら?」
何ですかそれは。私は怖くないですよ。この剣は仕舞っておきますね。
「えっ私今斬られるところだった!?」
「冗談ですよ。友人を斬る筈がないじゃないですか」
「……確かに冗談のセンスは悪いわね貴女」
「えっ」
……ともかく、私の出会った迷子の少女の身長は大体100cm前後といったところで、およそ4歳から5歳ぐらいの年齢の未就学児であった。
私は幼い彼女に対して威圧感を出さないよう身を屈めて何事か問い掛けると、少女は答えた。
『パパがいなくなっちゃったの……ゼッタイニユルサナイワ……』
──それは、瀕死の身体に鞭を打っているかのようなか細い声だった。
そんな声を聞かされてしまえば、私としても意識を変えざるを得なかった。
実のところ頭の片隅には、このタイミングでの都合が良すぎる迷子の出現は、すわハンター志望者たちの倫理観を試す試験かと疑う気持ちもあったのだ。
しかし父親を探す少女の様子はあまりに迫真だったため、私は打算的な推察をやめて真摯に彼女と向き合うことにした。
因みに、この時の私の装いは、既に試験の為に用意したスーツに着替えている。それもネクタイから背広まで黒一色で染めたシックな紳士服だ。
普段は女性的で華やかな衣装を纏うことが多い私だからこそ、実を言うと戦場でフォーマルなスーツを着こなし、「エミヤッエミヤッ」と反社会的勢力を狩っていくキリツグの姿には前々から憧れていたのだ。
ああ、もちろん衣装の話ですよ? おそろっちですねキリツグ!
『──では、僭越ながら私が父君の居場所までエスコートさせていただきます。お手を、レディー』
『! うんっ』
努めて貴公子然とした私が差し出した手を、彼女が快く受け取ってくれたことには安心したものだ。これで無反応で滑り散らすのが、やっている立場として1番辛いですからね……彼女が受け入れてくれて本当に良かった。
そう──穿き慣れたスカートの方が風の充電効率や動きやすさは上だが、この時のように意図して格好をつけたい状況ではやはり紳士服がよく決まる。
特にこのぐらいの年頃の女の子は、王子様やお姫様に憧れるものなのだ。キリツグと一緒に行った孤児院の子たちもそうでしたし。まあ私はカキンの王族を皆殺しにする為に生まれてきたんですけどねHAHAHA……
……ともかく私は、そういった煌びやかな存在に憧れがちな子供たちの喜ばせ方は心得ている。
ガラス細工のように丁重に、しかし決して露骨な子供扱いはせず、男の子が相手ならば私がお姫様役として3歩後ろを歩くように奥ゆかしく、女の子が相手なら王子様役としてエスコートさせていただく──私がこうすることで喜ばぬ者はいませんでした。
子供の意思を尊重した言動はキリツグを、優雅な所作はコトミネキレイを参考に。見様見真似のなんちゃって紳士だが、みんな喜んでくれるので子供たちと遊んであげる時は自然とそういう振る舞いができるようになっていた。
『……見事なエスコートだな。まさに絵本の騎士王そのものだったぞセイバー』
……その光景を当のキリツグに見られていたと知った時は少し恥ずかしかったですが、私の見せた新しい一面に驚くキリツグの顔がとても面白かったのでまあ、ヨシとします。
そんな感慨に浸りながら迷子の少女をおぶってバス停を離れた私は、少女の親御の姿を探し回ることとなった。手掛かりっぽいものを見つけたら、持ち前の直感でゴリ押しです。大抵の探し物はそれで見つかることが多いので、その自信から「どうぞ大船に乗ったつもりで待っていてください」と励ましながら彼女の身体を両肩に乗せた次第である。
素の力は貧弱な私ですが……少女の体重が思っていたよりも軽かったので、このぐらいなら肩車しても大丈夫だと判断して特等席にご案内しました。
いいですよね、肩車って。背の高い人と視点が共有できるのは、幼心に楽しいものなのだ。私も過去に一度だけ、初めてジャポン列島へ向かう航路の中でキリツグに頼んでやってもらったことがある。
あの時は生まれて初めて目にしたイルカの群れの姿に言葉を失うほど感動したものだ。……途中からキリツグの後頭部を跨いでいる自分の下半身の状態に気づいて、別の意味で言葉を失ってしまったものだが。
……どうして穿いていない時に限って、穿いてないことを忘れてしまうほど感動的な絶景に直面するのでしょうかね? まさか穿かないことを代償に幸運度を上昇させる能力でも作ってしまったのかと疑ってしまう。
……もちろん、キリツグの後頭部には当てませんでしたからね?
こう、数ミリ腰を浮かせることで秘部の密着は避けましたから。ですがあの時は丈の短いドレスを着ていたので本当に危なかったです。イルカの群れに興奮したキリツグが「タイムアルター、ダブルアクセル! ンンッ!!」と突然船の展望スペースを走り出しましたし本当に危なかったんですから……!
……何で今そんなこと思い出したのでしょうか私。
「知らないわよ……」
しかしその時の体験があったからこそ、今度は自分が小さき者を肩に乗せるという体験は中々に感慨深いものがあった。
今の私の視点も成人男性の肩車と比べればまだまだ低いが、それでも少女は「うん! わるくないながめね! ほめてつかわすわ!」とご満悦だった。お褒めに預かり光栄です、レディー。
……ですが私の浮き毛をハンドルのように握ってくるのは少しだけ困りましたね。何でも目の前でピコピコ揺れているのが面白いようで。
別に操作系能力を使っているわけでもないのだが、どうやらこの浮き毛は私の感情に合わせて時々動いているらしい。私の身体に虫の遺伝子は入っていないのに不思議である。
おかげでカードゲームでもババ抜きとか勝ったことがない。ポーカーならやたらと引きが良いので勝負すれば大体勝てるのですがね。
はい。少女を肩に乗せた私は彼女を不安がらせまいと話を振ったり、街道に並ぶ木々から一緒にクルミの冬芽を見つけたりしながら捜索を続けました。
そう、キリツグが異様な執着を燃やすあのクルミの冬芽です。最近はよく見かけますね。美味しく育つのですよ皆さん。
『早速先取点ですね』
『マケナイモーッ‼︎』
『っ、危な……くなかったですねレディー。見事な着地です』
『きたえてるものー!』
『ええ、ヒリヤは魔法少女ですね』
因みに町の女児から人気があるらしい魔法少女というコンテンツの知識は、孤児院の子供たちから得ています。
一方で彼女を楽しませようと思い出したクルミの冬芽探しだが、これが予想以上にノッてくれた。キリツグの奇行もたまには役に立つものである。
興奮した少女が私の肩から勢い良く飛び降りた時はヒヤリとしたが、軽い身のこなしで着地した彼女が元気に走り回って自らの手でクルミの冬芽を見つけ出していく姿にはなんだか……とても心が温まる思いがした。
……いいですよね、子供って。私もいつか得ることがあるのでしょうか?
ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。
私の身体は特殊なので、普通の人間と同じように産めるのかという問題がありますが……自分自身の未来に対する展望が、私にはどうしてもピンと来ない。
……まあ、そんな疑問を抱くようになったこと自体、キリツグと会う前までの私には考えられなかった話だが。
いかに優れた直感があろうと、未来のことなど誰にもわからない。だからこそ今この時ぐらいは後悔の無い選択をして生きていたいと思う。
だから仮に迷子の親探しが長引きすぎて試験会場を探す時間が無くなったとしても後悔するつもりはなかった。まあいいや、まいやの精神だ。……キリツグの口癖の1つですが、「まいや」って何ですかね……何かのおまじないでしょうか? まあいいです、まいや。
──あっ、因みにヒリヤとのクルミ探しは3対5で負けました。
私はキリツグのように大人気なく全力を出すようなことはしませんでしたが、少女の手際が予想以上に良く、普通に負けました……あの子、慣れてましたねこの遊びに。意外と流行っているのでしょうか? クルミの冬芽。
──と、そのような和やかな道中を2人で過ごしていると、幸いにして彼女の父親は数時間と経たず見つけることができた。
『あっ、パパだ! ゼッタイニユルサナイワ……』
『えっ、あの巨漢が……? とても強そうな父君ですね』
『そーよ! うちのパパはサイキョーなのよ!』
何せその父親、人混みの中にいても一目でわかる容貌をしていたのだ。
何と言っても大きい……身長253cm、体重311kgといった怪物的な大男である。説明不要の大きさだった。
人間離れした体躯を持つ巨漢の姿は後のハンター試験でも何度か見たが、彼のそれはただ大きいだけではない。何というか凄く……すごくつよそうとしか言いようの無い歴戦の風格を漂わせていた。
機会があれば是非とも手合わせ願いたいぐらいだったが、その男は厳つい外見に反して温厚な性格をしており、見様見真似な私の所作と違って確かな経験に裏打ちされた紳士的な振る舞いで娘を届けた私に感謝を告げてきたものである。
アレはさぞ異性の方々を虜にしてきたことでしょうね……私にはわかります。とても無口な方でしたが、何かキリツグにも似た雰囲気を感じました。
そしてもちろん、そのような風格の持ち主がただの一般人などということは無く──振り返ってみればやはりと言ったところか、彼もまたハンター協会から遣わされた試験会場への案内人の1人だったのだ。
尤も、彼は公用語が苦手なのかとても無口な方だったので、大半の説明は娘を通して通訳されたものだが。
『──弱き者。しかし、やがて強き王となる少女よ……感謝する』
『えっと……』
『ヒリヤをつれてきてくれてありがとうだって!』
『それは当然です。私はハンターとなる騎士ですから』
そこでわかったことだが、ヒリヤが案内人の関係者ではないかと最初に立てた私の推測は当たっていた上で、彼女が迷子になっていたのは本当だったのである。
父親自身は試験会場への案内人として町の持ち場で待機していたのだが、丁度その時外で遊んでいた娘が道に迷って帰れなくなっていたらしい。
つまりバス停の付近で偶然迷子になっていた女の子を親元に帰したら、その親が偶然試験会場の案内人で──親子でお互いに示し合わせていたということもなく、私はただただ偶然が重なって目的の人物と遭遇することができたのだった。
我ながら、何という豪運か……穿いている状態でもようやく回ってきた幸運に、私は内心ガッツポーズを取りたい気分だった。
……しかし、それならそれで、幼い少女が荒くれ者たちの近くで彷徨っていたのはかなり大事ですよね。
本当に、彼女に声を掛けたのが私で良かったです。感謝するがいいですよ貴方たち。
そう思いながらヒリヤに向かって微笑みかけた後──私は逆に、幼い娘の手前声は荒げませんでしたが父君に対して非難の眼差しを送ったものである。
娘さんはまだ幼いのだから、貴方が見ていなくてはダメじゃないですかと。
ヒリヤは強い子だったので探している最中もずっと元気だったが、それでもこんなに大きな父親と離ればなれで寂しかった筈である。
──そう無言の圧力を掛けると、身長3m近い大男も「ぐるる……」とまるで大型犬のように唸りながら口ごもっていた。
意外と大人しいのですねお父上。そんな反応をされると私が悪いみたいじゃないですか……
『むう……』
『パパをおこらないでロードおねえちゃん。パパはいつもわたしがよんだらとんできてくれるんだから!』
『……怒ってはいません。ヒリヤも、特に今日の町はおそらく治安が悪くなるので、1人での外出は控えるべきかと』
『はーい』
ともかく迷子の幼子は関われば試験会場から遠ざかる罠でも抜き打ちの人格テストでもなかったというわけだ。良かったのやら、悪かったのやら……ともかくこうして親子が対面することができて嬉しいです。
それはそれとして、改めて試験会場への案内をお願いしたい──巨漢の父親に対してそう申し出た私に対して、仏頂面の彼の肩に乗った少女が満面の笑みで告げた。
『あっちのまがりかどをまがって、まっすぐいったところにアパートがあるの。そこの503ごうしつのインターホンをならして、「ミハエルさんのおタクですか?」ってきけば、あとはしじにしたがえばしけんかいじょうよ!』
『んん……? あ、ありがとうございますヒリヤ』
あれ、貴女が言うのですかヒリヤお嬢様。ですが大変わかりやすい情報を感謝いたしますレディー。
なるほど、アパートの503号室に、合言葉ですか……しかしそのような情報、今ここで聞いていいのだろうか?
案内人と出会った以上はまた何か試練を与えられるものとばかり思っていた私は、本当にこれでよろしいのかという意を込めて父君に目配せをすると──彼は彼女の言葉に異を唱えることなく、ただ一言告げた。
『──お前が受かれ』
こちらに有無を言わせない、歴戦の勇者が語る深い思いが込められた言葉だった。はい……ロード=ログレスハンター試験受かります。
よくわからないが……案内人からお墨付きを頂いたのでヨシとしましょう。それでも腑に落ちない感情が表に出てしまったのだろうか、彼の肩でクスクスと笑いながら少女が続けた。
『ほんとうはパパをまえにしてどれだけこわがらないでいられるか、みてみたかったのだけど……おねえちゃんはもうみせてくれたからいいって』
『……なるほど、度胸試しということでしたか』
『パパをあいてにそこまでおこるひとはじめてみたわー! ハンターって、おもしろいのね!』
『……父君は、確かに強面ですが怖くはありませんでしたよ。だって──』
私の肩に乗っている貴女を見た時の彼のオーラ、とてもホッとした優しい流れをしていましたから。
そういった私は彼女の頬を撫でた後、深々く一礼するなり目的地へと歩を進めた。
『わたしがあんないしたんだから、おちたらゼッタイニユルサナイワ……』
『あっはい』
『クルミさがし、たのしかったわ! じゃあねー!』
『……ふふっ、私も楽しかったですよ。ではまた』
いい親子だった──ええ、本当に仲の良い、いい親子だったと思う。
父親の方は口数こそ少なかったが娘を想う気持ちは全身から滲み出ていたし、子もまたそんな彼のことを心の底から最強のパパだと信頼していた。
あのような固い絆で結ばれた親子の様子を見ていると、なんだか色々と重なる感情があって胸が温かくなる。家族とは、いいものですねキリツグ。……またキリツグを呼んでしまった。
──と、そのような試練とも言えぬひとときを経て私は第288期ハンター試験会場へと無事たどり着くことができたわけである。
受付を通された際には受験プレートも受け取りました。私の受験番号は460番。語呂合わせでシロオーですね。なんだかジャポン出身者の名前みたいでかわいいです。覚えやすい数字で大変よろしい。
同じ場所にたどり着いた今期の受験生の数は特別多かったようで、私が来た時には既に459人もの受験生がいた上に、後からさらに1000人以上の人数が会場へ詰めかけることとなった。
その間、私は「絶」を使って気配を殺しながら隅の方でおにぎりを食べていました。別れ際、せめてのお礼の気持ちとしてヒリヤの父君から餞別を頂戴したのである。まだお昼には早いですが試験中はいつ食べられるとも限りませんからね……「腹が減っては戦はできぬ」ということわざがジャポンにはあるが、私も同意見である。
因みにおにぎりの具はとても美味しいシャケでした。ご馳走様でした。この味があれば10年は戦えそうです──というのは流石に大袈裟ですが、今日一日頑張っていけるモチベーションを得ることができました。
ただ、そんな食後の余韻にほっこりと浸っていた私の耳に、あまりにも品性の無い言葉が聴こえてきたのはその時だった。
『一口飲めば3日はウンコが下水流みたく止まらねぇ!! お前らもうパンツをはいてテストを受けることすらできないぜ!!』
は?
食事を済ませたばかりの女性の前で排泄物の話をする──まあ、これは許しましょう。私の存在に気づいた上で言っていたのならばともかく、この時私は「絶」で気配を殺すことで意図的に存在感を消していたわけですからね……お昼にもなっていない時間でウ……排泄物の話をするぐらい目くじらを立てるものではない。気に入らないのなら、私がその場を離れれば済む話ですから。
だがその後──あのお腹の大きな恰幅の良い男性は、何と言った。
『パンツをはいてテストを受けることすらできないぜ!!』
それは許されることではない。
その瞬間、総勢1500人の受験生たちが一斉にハンターを目指していくこの場で、私が誰よりも先に狩るべき
ベテラン受験生らしき者たちの会話に聞き耳を立てたことで知った──彼の名はトンパ。新人潰しのトンパ。このハンター試験に意気揚々と挑む私のようなルーキーを狙い、毎年下剤入りのドリンクを持ち込んでは配っているという控えめに言ってかなり変な男だという。
……まあ、その程度の嫌がらせで潰れるような新人などハンター向きではないと思うので、命が懸かっている場でもなければギリギリ許容できる範囲なのかもしれない。
毎年のことならば試験官も彼の行動を把握しているだろうに放置しているようですからね……何なら自分たちの仕事を手伝ってくれるもう1人の試験官のようなものと思っている可能性すらある。
故に、私も新人を狙ったハラスメント行為自体の是非は割とどうでも良かった。子供が被害に遭うのならばともかく、皆さん覚悟してここに来ているいい大人ですからね。私はキリツグのことを尊敬している弟子ですが、所構わず彼の真似事ができるほど清い人間ではありません。
ですが……トンパ。貴方は決して許されない言葉を言いました。
たとえそれが私に向けた発言ではないのだとしても──私は、他人の下着を奪うような痴れ者は許しません。
この神聖なハンター試験で、この場にいる誰かがあんな心細い思いをするなど……許せません……っ!
貴方もそう思いますよね!?
『
流石ですね私の【
そう……私の望む理想郷に他人の下着を排泄物で穢そうとする蛮族など不要……今宵のエクスカリバーは血に飢えています!
『是は、心の善い者との戦いではない──承認。
是は、人道に背かぬ戦いである──承認。
是は、邪悪との戦いである──承認。
是は、理想を示す戦いである──承認。
四拘束の解除を確認。第一段階解放』
……意外と結構解放されましたね。理想を示す戦いが解放されたのはこの時が初めてです。十三拘束の中で1番定義が曖昧だったので今まで承認されたことがなかったのだが……こんなことで解除されるのはそれはそれとして微妙な気分である。
私の理想って一体……誰もが下着を穿くことに困らない世界とか? そんな馬鹿な。いや、確かにメチャクチャ大事ですけど!!
ともかくやる気がみなぎった私はスーツ姿からいつもの「白百合の聖鎧」へと換装し、試験官の登場を座して待つこととした。……こういう時に思うのも何ですが、やはり私はズボンよりスカートの方がリラックスできますね。気張っていた状態からいい感じに力が抜けて、落ち着いた気持ちで試験に臨めそうです。
今すぐあの不埒な輩を打破せねばと思う気持ちはあれど、受験生同士の私闘はダメです。多分禁止はされていないのでしょうが、それでもハンターを目指す者として節度は守るのが騎士の礼節だった。
しかし、第一次試験の内容如何では──
『昼飯まであと2時間、その間に──5人ぶっ倒せ』
では、殺します。
私はそっと剣を携えた──。
「殺ってしまったのね……」
「殺してはいませんよ。彼は早々に気絶してしまったし、その後すぐキルアが暴れましたからね」
……実を言うと私は、あの男の新人潰しに懸ける執念もある意味では念能力者向きの素養だと思っている。
一つの事柄に対する変質的な執着は、それ自体が強力な武器になり得る。彼が念を習得したあかつきにはハンター試験で新人を相手にした時だけ無敵になれる【ハンター試験絶対時間】とか作ってきそうなのがあり得る話だ。
まあ、その機会は無いと思いたい。彼はハンター試験を合格する気が無いようだし、私も彼を殴る時は洗礼を与えないように念入りに(念だけに)注意していましたし。
そのせいで一発の威力が弱まってしまい彼だけ何発も殴ったり踏んづけたりする羽目になりましたが……その際には私の前で這いつくばりながらも心は全く折れておらず、意外とガッツがあったことに驚いたものだ。
……本当に、人の下着を穢そうとさえしなければ見直したところだったんですけどね。私には理解し難い趣味趣向とは言え、あそこまで1つのことに打ち込んでいける直向きさに関しては見習いたいと思います。
残念ですトンパ。私が初めて名前を知った受験生よ──次の試験で頑張ってください。そう思いながら私は彼を足場にして跳躍すると、その頃には既に100人以上もの受験生を倒していたこの試験最強のライバルの姿を捕捉した。
彼の名はキルア──キルア=ゾルディック。
私が13歳の時、キリツグと共に巡っていたヨークシンシティで彼に襲いかかってきた
ヒリヤヨ……ベツニキリツグノコドモトカデハナイワ……