文章量が長い時は大体ログレスが自爆しています。
トンパを狩ってスッキリした後で思ったことだが、もしかしたらこの試験は欠陥かもしれない。
「5人倒せ」という一見シンプルな腕試しに見える一次試験だったが、会場には5人どころか1500人を全員1人で全滅させようと大暴れしている規格外の存在がいたのだ。あのままだと、一次試験で終わりましたよ第288期ハンター試験。
規格外の名はキルア=ゾルディック──殺し屋を家業とした伝説の暗殺一家、ゾルディック家の三男坊である。
ゾルディック家のことは私も知っている。キリツグが彼らの被害を受けた当事者だからだ。
正義の味方になりたかった系ハンターである彼は、闇企業による数々の違法取引を妨害していますからね。そういったものでシノギを得ている側の人々からしてみれば、エミヤ=キリツグという男は今すぐ消したくてたまらない人間なのだろう。見苦しい逆恨みですね。
それこそ大枚を叩いて伝説の殺し屋を2人も雇うほどに、キリツグは闇企業から恨みを買っていた。私がその事実を知ったのは、彼とヨークシンシティへ行った時のことだ。
2人で「セイバッセイバッ」と呑気にヨークシンの街を歩いていたあの時、突然現れた直径300mの「円」が私たちを捕捉しようとしてきた時は何事かと思いましたね……未熟だった私はそのオーラへの反応が一瞬遅れたために、キリツグから出会った時以来の姿勢で抱えられながらその場を立ち退くこととなった。
……後で知ったのですが、膝裏と腰で支えるあの状態は「お姫様抱っこ」というのですね。
その頃にはキリツグの人助けを手伝う中で立ち寄った町村の人々から「騎士姫」とも呼ばれるようになっていた私としては、言い得て妙な名称である。今度孤児院の女の子たちにやってあげましょう。
──さて、今ここに私がいる以上、私たちは
その日は修行もオフ日ということでキリツグと2人でヨークシンの街を遊び回る予定だったというのに、世界最強のアサシンに襲われるとは一気に最悪の日に成り果てたものだ。
因みに私たちが世界有数の大都市と名高いヨークシンシティを訪れた本来の目的は観光ではなく、その前日に開催された地下競売が目的だった。
そこには旅の道中で私が退治した悪龍のツノを売り捌く──という用事もあったのだが、その日の競売では「選定の剣」とよく似た出自を持つ特別な「槍」が出品されるという噂をキリツグが掴んだようで……気になった私たちは現地へ赴いたわけである。
尤も、競売に出品されたその槍は紹介時点で偽物であることに気づき、即座に徒労に終わったものだが……私自身としては初めてのオークションは新鮮で面白かった。
見るからに凄そうな品々に見た目通りの値が付けられることもあれば、ただのゴミにしか見えない品が正気を疑う額で落札されることもあった。
何千万や何億という金が息を吐くように注ぎ込まれていく光景はあまりにも現実感が薄く、私からしてみれば龍を狩っている時よりも映画を見ている感覚に近かった。
特に男性の使用済みティッシュなんて手に入れて、一体どうするつもりなのでしょうか……?
著名人の流失品、それもDNA鑑定書付きとのことだが、他人の鼻水の痕を何故欲しがるのかと終始困惑していた私である。そんな不潔な物捨てましょうよ。
何故私の頭を撫でるのですかポンズ! 何ですかその生暖かい眼差しは!
……まあ、いいですけど。短期間で撫で方が上手くなりましたね。良い幻獣ハンターになりますよポンズは。私は幻獣ではありませんが。
そんなオークションを楽しんだ翌日、私は朝からキリツグとヨークシンの街を観光していた。
その日の私は初めての大都会に浮かれきっており、服装も服屋の店員さんからおすすめされた膝上20cmくらいの短いスカートでおめかししていたほどだ。
いつぞやのドレスよりも心許ない、立っているだけでも太ももが見えるような丈には些か短すぎるのではないかと思った私だが、女性店員いわくヨークシンの10代女性の間ではこのぐらいでも長い方なそうで……大都会の文化は私の知る世界とは違うと思った。
まあ……私の脚が長くて綺麗と褒められたのは悪い気はしませんでしたが。煽てられると弱い、いわゆるお上りさんである私はその口車に乗せられて、同じサイズの物をまんまと数着購入させられてしまったものだ。
……実際に着てみてやっぱりダメだったら子供たちに寄付すればいいし、この丈なら小さな子には丁度いい長さになるのではないかという考えもあった。残暑がまだ残っていた9月の季節だったので、温度的な着心地は意外と良かったですねデザインも可愛らしかったですし。
しかし、流石はヨークシンといったところか。そこら中に上質な衣装が販売されていて、町での買い物は短い時間でしたがとても楽しかったです。
ついでに、キリツグには日頃の感謝の気持ちを込めてネクタイをプレゼントしてあげました。
私の13歳の誕生日には、今もこの髪を結んでいる青いリボンを頂いたので……そのお礼も兼ねて。
もちろん、色も同じロイヤルブルーのネクタイです。おそろっちですねキリツグ。
……擦りすぎですか? 私は可愛くて好きな言葉なのですけどね、おそろっちという言葉。
ああ、お金はオークションに出品した悪龍のツノの売却額で十分すぎるほど賄えました。
その龍は私の実習がてら、キリツグの知人だというとあるドラゴンハンター夫婦と協力して狩猟した幻獣でしたが、ラストアタックに貢献したということで頂いた報酬である。
ツノはとても高値で落札されました。高値すぎて、通帳残高を直視できなかったほどに。
私としては初めて自分のお金で楽しんだ買い物だったので、スーツケースの重量はあっという間に体重を超えてしまったものである。
アサシン共め……そんな私の憩いの時間を台無しにするとは腹立たしい限りである。
まあ、試験で仲良くなったキルアの顔に免じて許してあげますが。
『逃げるぞセイバーッ』
『あっ、ちょ待っ……』
浮ついている時に限って私の直感が嫌な反応を示すのも、今に始まったことではない。
それでも緊急事態とはいえ、いつもより短いスカートを穿いていたところに公衆の面前で急にお姫様抱っこされたのは恥ずかしかったですねキリツグ。
抱えられた側としては負担が無くて楽な姿勢でしたが、角度によっては私の股座が思い切り外気に晒されて気が気でなかったです。少なくとも、往来のど真ん中でやる抱き方ではないと思いますよキリツグ。
尤も、私を抱えて高速で道路を駆け抜けていくキリツグの速さを目で追えるような通行人はいなかったので、際どい状態になっていた私の下半身を他の誰かに見られることはなかった筈だが。
いえ……抱え上げられた時、丁度近くに小さな子供がいましたね。まあ幼子だったので大丈夫でしょう。
こういう時に見られる相手が毎回幼子ばかりなのは、不幸中の幸いと言うべきか無垢な子供たちに妙なモノを見せて申し訳ないと言うべきか……そろそろ自己嫌悪でネガティブタイムに入りそうです。
「うわー……」
もちろん、この時は私も当然ちゃんとした下着を穿いていましたよ?
横から紐で結ぶタイプの、ジャポンでは見ないタイプの紐パンと呼ばれる下着です。ヨークシンの店でスカートと一緒に買ってすぐ装備しました。好奇心旺盛な私としては、それが都会の流行りだと言われるとつい試してみたくなるのです。
……穿いていることを一々明言しなければならない自分のハプニング体質が憎いですね、まったく。
「うわあ……」
な、何ですかその反応は……高級なので生地はしっかりしていますし、通常よりも軽いんですからね!
見た目よりも穿き心地は中々良いですよ、紐で結ぶタイプの下着は。
成長期による急激なサイズの変化にもある程度対応できますし、流石はヨークシンの店がおすすめする一品といったところです。もちろん万一にも紐が解ける危険性を考慮して、運動量の多い日は極力着用を避けていますが。
……実はこの前、山登りの修行中にハラリと解け落ちて大変な目に遭ったことがあったんですよね。
登頂の最中に紐が弛み、そのまま谷底に向かって消えていきました。結構高いところから落としてしまったので拾いに行くわけにもいかず──仕方がないからその日は穿かずに過ごすことになりました。……その状態で密猟団に遭遇したり、まったく酷い1日でしたねあの日は。
今の私はあの山岳地帯を同条件でも半日経たず超えられるようになりましたが、ハンター試験前の修行の総決算日に別の要素で悩まされるとは思わなかったものである。そんな原点回帰は求めていない……その時登ったのは1人だったので、キリツグに見られることがなかったのは幸いだったが。
ああ、もちろん密猟団も処分し適切な場所へ送り出しました。エクスカリバーで滅ッです。
ヨークシンのショップで手に入れた私の下着のことはどうでも良いのです。そんなことより、ゾルディックの話でしたね。
……伝説の殺し屋と私の下着を並び立てて語るには大分おこがましい気がしますが、旅をする世の女性たちからしてみれば殺し屋よりも明日着ていく服の方が大事なのはわかりますよねポンズ?
「それは……その通りね。私はあまり、そっちにはお金かけないけど……」
ハチを扱う都合上大変なのはわかりますが、ポンズもオシャレに気を配った方が良いと思いますよ? 貴女はとても美人なのですから。
「それはどーも」
──さて、アサシンの「円」を感知したことで雑踏から立ち去った私たちだったが、2人の暗殺者はこちらが「円」から逃れることも織り込み済みだったのだろう。
キリツグの動向は追い込み漁よろしく、逃げ場の無い廃ビルの地下広間へと追い詰められ、私たちはそこで彼らと対峙することとなった。
『とうとうゾルディック家に……追い詰められてしまったぁ!』
『えっ、誘き寄せたのではなかったのですか!?』
『……まあね。僕は追い詰められるということを知らない男だ』
『流石はマスターです』
尤もキリツグもキリツグで最初から意図して人気の無い場所へ彼らを誘い込もうとしていたようであり、追跡に焦っていたのは私だけだった。
……それも、仕方ないでしょう。あの2人のアサシンはそれまで出会ってきた誰よりも、圧倒的に研ぎ澄まされたオーラを発していたのだ。
そしてそんな伝説の殺し屋たちでさえ最大限の警戒を以て臨んでいたのが、エミヤ=キリツグという私のマスターである。
張り詰めた空気の中、現れた2人のアサシンは彼の姿を油断なく見据えていた。
『親父、気を付けろ。奴は──他人の念能力を壊す』
白髪の大男は、ゾルディック家の家長にしてキルアの父シルバ=ゾルディック。
『起源弾──被弾者の念能力は暴走し、自らの肉体を瞬時に死滅させる……特質じゃな。発動する為の条件と発動後に背負う代償、それぞれに2つか3つ制約があると見た』
隣に立つ小柄な老人は、そのシルバの父にしてキルアの祖父ゼノ=ゾルディックである。
戦闘技能も、精神も頭脳も、いずれも当時の私とは比べ物にならない世界最高峰の念能力者だった。
『他にも自分の速度を強化する能力と、自律行動し念能力者並みの格闘能力を持つ念獣を使う』
『ふむ……それは不可解じゃな。複数の能力を扱う使い手と言っても、中核となる能力は1つ。ワシなら龍、イルミなら針というようにな。特質系とは言っても、そこは同じじゃろうて』
『奴の能力の中核は、噂に聞く神父型の念獣か?』
『──とすれば、念獣を召喚していない間は例の弾丸は撃てんと見えるが……タネが割れるまでは極力能力を使わず、体術で攻めるぞ』
『……了解』
それまでの修行で力をつけ、見習い実習とはいえキリツグの仕事を手伝えるようになったことに手応えを感じていた当時の私も……2人を見た瞬間、その増長をへし折られた気分だった。
アレが……念能力者の「極」。
暗殺の標的が私だったならば、あの時の私なら臨戦態勢に入る前にこの首を刎ねられていただろう。
目が合った瞬間その光景を幻視したほどに、当時の私と彼らでは隔絶とした差があった。実力もそうですが、心構えからまだまだ甘かったですからね。極まった人間から向けられる敵意のオーラへの認識も。
……戦いが終わった後、買ったばかりの下着がちょっとだけ湿っていましたし。ええ、ほんのちょっとだけですが。
「下着の話から離れなさいよ……と言いたいところだけど、それに関してはちょっとで済んだ貴女の根性を褒めるべきなんでしょうね」
……あれ? これについては過去の屈辱を無理矢理笑い話に変えるつもりで言ってみたのですが、真剣な反応ですねポンズ。
「だってゾルディック家の家長とその父親よ? そんな2人の殺気を受けたら、私だって失神するわよ。……いえ、そんなもんじゃ済まないでしょうね「纏」もできない身じゃ」
ええ、念能力者の相手は念能力者でなければ成立しない所以である。
非念能力者ならば彼らの殺気に触れただけでも良くて廃人。念能力者でも生半可な実力であれば実力差を理解した途端、そのストレスにより一気に老け込んでおばあちゃんになってしまうことだろう。
シルバとゼノは、それほどのグランドアサシンなのだ。
……我ながら、よく生きていましたね私。
私が助かったのはゾルディック家の中でも特別意識の高いゼノ=ゾルディックが、「お主を殺す依頼は受けておらんのでな」と依頼外の殺しをしないポリシーを持っていたことが大きい。でなければ当時の私など何度でも殺せるタイミングはあった筈である。
その日の出来事は長くなるので、戦闘についての詳細を語るのはまた今度の機会とするが──結果を言うと2人のアサシンは戦闘を途中で停止し、キリツグを殺すことなくその場を立ち去ることとなった。
私たちの戦闘の最中、某所で発生した「不幸な事故」によって、彼らの依頼主から依頼のキャンセルが届いたのだ。
その一報が届いた途端、先程までキリツグと目にも止まらない肉弾戦を繰り広げていたゼノ=ゾルディックが「こんな割に合わん仕事で、ただ働きはゴメンじゃ」と引き下がっていったのである。
故に、彼らの殺し合いは決着がつくことなく幕を下ろした──わけだが。
……ごめんなさい、キリツグ。
せっかく場が丸く収まりそうだったというのに……私はそんな彼の切り返しについ聖剣を解放してしまいました。
彼らがその場を離れようとこちらに背を向けた瞬間、私は最大まで高めた「練」を以て全力の【
それを見たキリツグからは「何やってんのお前!?」と言いたげな目を向けられたものだが……私は止まらなかった。
あちらがこれで手打ちとしてくれるならば、キリツグにとっても私にとっても都合が良かったことはわかっている。
あのまま戦っていたら、キリツグはともかく私は死んでいた可能性が高かったですからね。ゼノに殺す気が無くても、シルバまでそうとは限らない。
実際、私の介入を鬱陶しがった彼を「よせ」とゼノが制したり、「起源弾起源弾起源弾……」とブラフでキリツグが牽制する場面は何度もあったのだ。
あの時、私は完全にキリツグの足手纏いだった。そんな私に強き者の撤収にどうこう言える権利などない。
……それをわかっていた筈だというのに、何故私はあれほどまで我を忘れて激昂したのだろうか……ポンズはわかりますか?
「大切な人の命が狙われたんだから、怒るのは当然でしょ。それが合理的じゃなくても、貴方がキリツグさんの為に怒ったのは正しいと思うわ」
……そうですか。
私は、キリツグの為に怒っていたのですね。
その愚行が、彼に対して不利に働く危険性があることをわかった上で。
「合理的な判断がいつも正しいわけじゃないわ。キリツグさんは貴方を叱ったかもしれないけど、貴女が自分の為に怒ってくれたのは嬉しかったんじゃないかしら?」
「大切な人……私と彼は血で繋がった家族ではないし、友達でもない。私の心配など無用な誰よりも強い人だというのに──私はキリツグのことを、大切な人だと思っているのですね……」
「……ログレスちゃん?」
「ありがとうございます、ポンズ。あの時の醜態を、貴女に話して良かった」
なるほど……あれからずっとこの胸に靄がかかったような感覚を抱えていたが、その言葉を聞いて心が晴れやかになった気分です。
大切な人……大切な人。ええ、言われてみれば、確かにその通りですね。エミヤ=キリツグは私の師匠でありマスターであり、私の運命を変えてくれた大切な人です。
帰ったら前より優しく接しようと思います。私の考えの至らぬ行動のために、困らせてばかりでしたから。
本当に、あの時の私と来たら──
『依頼料が貰えないから帰るだと? 貴様らはそんな戯言の為に、私のキリツグを奪うのか──!!』
……本当に、我ながらよくあんなことを言ったものである。
お金の重要性を散々説いた私が、同じ口で「そんな戯言」と切り捨てるのは道理が通らない。あの時私が上げた怒りの咆哮は支離滅裂だった。
そのような精神状態で斬りかかった攻撃は当然、ゼノにいなされてしまったが……それでも彼の召喚したオーラの龍を叩き切り、その余波で彼の額に擦過傷の1つでも叩き込むことができたのはヨシとします。
あの頃の私にしては、実力以上の大健闘でしょう。
『……お主、名前は?』
額に傷を負わせたことで、ご老人は初めて私をはっきりと見た気がした。
お互いの姿を血で染まった視界に映し合いながら、怒りで聖剣を振り回す私は彼に対して盛大に名乗りを上げた。
『私はエミヤ=キリツグの
……それによってこの名前が伝説の殺し屋一家のグランドファーザーに認識されたのは、直感に頼るまでもなく後々響く厄ネタになるだろう。
後でこの話を知ったコトミネキレイから大爆笑されたものだが、しかしそれでも、私は後悔していなかった。
正直、あの男の機嫌次第では本当に殺されてもおかしくなかった筈だが……あの時の私にはそれさえも望むところだったのである。
死んでもいいから一発殴らせろと──要は、そのぐらいイカれている精神状態だったのだ。
『獅子を狩りに乗り込んだら、暴龍を起こしてしまうとはのう……本当に、割に合わん依頼じゃ』
『……初めて会った時のキキョウを思い出す。アレは今の内に引き込むか仕留めるかしなければ、ロクなことにならないぞ親父』
『標的以外の人間は殺さん。有無は言わさんぞシルバ』
『…………』
額からダラダラと赤い血を垂れ流しながら好好爺然とした笑みを絶やさないゼノの顔と、油断の無い目で私の姿を一瞥する去り際のシルバの顔が今でも目に浮かぶ。
強くならなければならない理由を、私は自分自身の行動で増やしてしまったわけである。
あまりにも愚かな自分の一面に、私は恥いるばかりであった。
尤も、その日1番大変だったのは命を狙われた張本人たるキリツグであることに間違いはない。
こうして俯瞰して見てみると、あの時の私は背中から狙った不意打ちの一発がたまたま少し入ったぐらいで高らかにイキリ散らしていただけでしたね。
いや、冷静に考えると本当に酷い。騎士の姿ですかこれが……
だが、そんな私にも譲れないモノがあった。
逃走した2人の気配が完全に離れたことを確認した後で、私は後ろから聴こえてきた「あー……しんど……ああ──本当にしんどい……」と語彙力を失った様子で仰向けに寝転がったキリツグの元へ、慌てて駆け出したのだった。
『キリツグ……そこで寝るのは硬いですよ。頭が』
『……っ、セイバー、お前……』
『何ですかキリツグ?』
『……いや、ありがとう。強くなったな、ログレス』
『っ……まだ……っ、まだまだです……! ああいった手合いから貴方を守れるようにならなくては……そうですね。私は貴方とコトミネキレイがよく言っている、「騎士の王」となりましょう。騎士王ロード=ログレス伝説の始まりです』
『……すまない。心配かけた』
『安心して眠ってくださいキリツグ。周囲の警戒は、私の「円」で抜かりなく行うので』
『……お前の円、3mぐらいしか無いだろうログレス』
『円で重要なのは大きさだけではありません。貴方が私に教えたことです』
『──そうだね。肝心なのは精度と……』
『……おやすみなさい、キリツグ』
流石のキリツグも、伝説の殺し屋2人を拳銃とナイフだけで相手取るのは相当堪えたようだ。その場を乗り切った後の彼は、心身に蓄積した疲労から一歩も動きたくない様子を見せたものである。
あの時の貴方は、何だかそのまま息を引き取りそうで怖かったですよキリツグ。2時間ぐらいで目を覚ましましたが。
一方で戦いの負担の大半を背負っていた彼と違ってまだ元気を残していた私は、その時は要らぬ心労を掛けさせたお詫びに、せめて彼が安眠できるようにとこの膝を貸してあげたものだ。
「……なんだか、いい話ね……」
──ですが、今思うと少しチビっていた状態で膝枕をしていたんですね……あの時の私。
キリツグはそのまますぐ眠りについてくれたので、臭いでバレることはなかったと思いますが……私自身もちょっと漏れていたことに気づいたのは、この後キリツグが目を覚まし、私が鎧を解除してからのことだったのだ。
なんだか妙に冷たいな……とは思っていましたが、一生の不覚です。
「台無しよ!」
し、仕方ないではありませんか極限状態だったのですから! 貴女もさっき言いましたよねポンズ! その程度で済んで良かったと!!
「言ったけど……! 確かにそう言ったけど……!!」
……まあ、そういうオチが出来ただけ良かったと言うしかないです。アハハハ……はぁ……
ただ、後で濡れているのが気持ち悪くなった私は、新しい下着に穿き替えようと物陰で脱いだ瞬間──またしても急なイレギュラーが発生し、慌てたキリツグによって再びお姫様抱っこで連れ回されることになったのである。
丁度私が濡れた下着をしまって新しい下着に穿き替える直前の……まだ穿いていない状態で。
『マズいセイバーッ、今度は団長の手刀を見逃さなかった人が僕を狙っているらしい! 急いで離れるぞ! タイムアルター・ダブルアクセル! ンンッ!! セイバー苦しい……っ、何故ネクタイを引っ張る!?』
『……うるさいです』
んんっ!!と唸りたかったのは私の方ですよキリツグ!
誰ですか団長の手刀を見逃さなかった人って……いや、そんなことはどうでもいい。
それからまた新たな刺客から逃げる為に私は外へ連れ回される羽目になり……流石にお姫様抱っこからは解放されましたが、その際にはまだ穿いてない状態で……膝上20cmのスカートで……っ、大都会の往来を歩かされたんですよ……!?
信じられませんよねあの人!! せめて鎧に換装させてほしかったです!! 何なんですかね私のこの受難は……!? 本気で下着を具現化しようかと思いましたよ!!
命の危機が過ぎたと思ったら、今度は別の意味で最大の危機が私の身に襲いかかってきましたよ……本当に最悪のオフ日でした。
「……なんか、ごめんなさい」
「……ええ、私も変な話をしてすみません。もう一次試験の話に戻りますね」
「そうね、そう言えばキルア君の話をしていたんだったわ」
ヨークシンシティでの一幕を語るだけでも長くなりましたが、今はハンター試験の一次試験の話ですね。
ゾルディックの三男坊、キルアとの対峙に戻ります。時系列が何度も前後して申し訳ない。
……ですが、一次試験についてはその後の展開は特別語ることもないのですよね。
受験生を全滅させるつもりで暴れ回った彼と、それと正面からぶつかっていった私。
お互い、周りに非念能力者に囲まれているこの状況では本気を出すわけにはいかなかったし、キルアも「纏」しか使っていなかった。
……私は聖剣という武器と聖鎧という防具、そして【
そう、2年近くの修行を通して以前より基礎体力は身につけたが、それでも私の肉体強度はプロハンターからしたら一般人に毛が生えた程度に過ぎないのだ。
既にプロ級の実力を持っていたキルアと比べれば、戦闘における私のオーラ依存度は彼の比ではなかった。
──だが、そのオーラ依存の実力こそが私の最大の強みである。
過酷な修行生活の中でも、私の身体はまるでこれ以上の筋肉が付くことを拒んでいるかのように今も柔らかい肌をしているが、オーラの精密な制御については順調に染みついていった。
故に、今の私には一瞬だけ「纏」を使って加速と勢いをつけた後、敵に触れる打撃の瞬間だけ解除して殴り飛ばすという芸当ができる。
肉体各部に振り分けるオーラの量を調節する「流」の応用になるが、私はこの技術を会得したことによって他のハンター志望者たちとの競り合いに対処できるようになっていた。
尤も、念無しでも怪物染みたフィジカルを持っているキルアからしてみれば、そんな私の努力はあまりにも迂遠に見えていたようだが。
『……あんたの攻防力移動、洗礼を避けてるのはスゲーけど、そんな回りくどいことやる意味あるの? 普通にぶん殴ればいいだけじゃん』
『あいにく私の肉体は、貴方がたのような立派な強度を持っていないので。実を言うと私は、オーラを込めなければクルミの実すら満足に割れないのです』
『えっ、何それ弱すぎ!』
『ちょっと強い普通の女の子です』
『? そこまでオーラを鍛えてるなら、筋肉なんて勝手に付くだろフツー。俺の仲間だって見た目は……見た目だけはアンタぐらい細い女がいるんだけど、ソイツは念無しでも岩とか平気で握り潰すゴリラだぜ?』
『何ですかそれは? 凄いですね人体』
キリツグも言っていたことだが、私のように豊富なオーラ総量を持ちながら肉体はちょっと強い普通の女の子に過ぎないというケースは珍しい。特に、戦闘用の能力を鍛えている念能力者であれば尚更だ。
オーラを鍛える過程で自然と身につく筈の筋肉が付かない。そう語った私に対して、彼は不思議な生き物を見るような目で見てきたものだ。
しかし今の私にとってその体質は、もはや弱点になり得ない。
私は挑発の笑みを浮かべながら「──だがここに例外がある。それが私です」とキリツグたちが好きな言葉を引用して名乗った。
『私の名はロード=ログレス。ログレスと呼ばれ慣れているので、そちらの名で呼んでください』
『あー……家の名前まで教えられたら、俺も言わないとか? キルア=ゾルディックだ。アンタは試験受かりそうだから、死ななきゃ今後ともよろしくね』
『……なるほど、やはりゾルディック家の者でしたか。姿は父君の、所作は祖父君の面影がありますね』
『あれ? 親父と爺ちゃんのこと知ってるんだ。……よく生きてたなアンタ』
『幸運と直感の良さには自信があるので。それに──剣の腕にも少々』
『やっぱり剣じゃねーか、何が「斧かな?弓かな?」だよ』
『あっ』
『語るに落ちたって奴?』
『……私が種明かしせずとも、貴方ならすぐに気づいたでしょう。まあいいです、まいや』
『?』
キルアがゾルディック家であることは見た目と所作から早い段階で察していたが、初対面の彼に対して思うところは特に無かった。
それはそれ、これはこれ──まあいいや、まいやの精神である。今の私にはあの頃よりも俯瞰して物事を考えることができるようになっていた。
ゼノとシルバに対しても、別に当時から恨んでいるわけではないですからね。
何なら2人とはあの日の翌日、今度こそはとキリツグと隣町に出掛けた際に喫茶店でバッタリ出会し、世間話までしましたし。
……その時は失礼ながら、ゾルディック家も喫茶店とか来るんだって驚きました。
仕事のオンオフでスッパリと意識を切り替える彼らの様子には、どこかキリツグと似通った部分がある。そんな2人は警戒する私を1人置いて和やかに談笑していたものであり、昨日の殺伐とした殺し合いは何だったのかと色々なものを疑う始末だった。
まあ、「昨日の詫びに」と支払いはあちらで持ってくれたので、遠慮なく高いメニューを注文してやりましたが。
フルーツパフェ美味しかったです。窓際の席だったので、私が美味しそうに料理をいただいていると良い宣伝になっていたのか、通行人がたがところどころで立ち止まっていましたね。
そういう人たちも強面のシルバの顔を見て即座に通り過ぎていきましたが。
ついでに、当たり前のようにコトミネキレイも同席してやがりました。
『エミヤ=キリツグ、何とも奇妙な巡り合わせだな。私はコーヒーでいい』
『お前は……コトミネキレイッ!!』
『ほぉ、コレが噂の神父念獣とやらか……』
『……精巧だな。これほどの念獣を作りながら、よく他の能力に
『それは企業秘密という奴だ。あんたたちと同じでね』
小洒落た都会の喫茶店の窓際席で、渋い顔をした4人のおじさんおじいさんが向かい合って座っている光景はさぞ不気味に見えたことだろう。私もちょっと他人のフリをしたくなりました。
しかしそんな私の心情を他所に、コトミネキレイは秒で彼らに馴染んでいき、シルバとは「やはりベンズの中期型が……」「いや、アゾット剣で背中を刺した時の愉悦こそが……」などとナイフ談義に盛り上がっていたものである。何なんですかこの男たち。
『昨日の戦いに加勢しに来なかったクセに、よく私の前に顔を出せましたねコトミネキレイ』
『フッ……それもまた愉悦……』
『いいですよ。勝手にしてください。2度と私に話しかけないでくださいね』
『……………』
ともすれば当事者のゾルディック2人以上にコトミネキレイに対して腹が立った私は、それから3日間彼を無視したものである。今思うとかなり八つ当たりでしたね……すみませんでした。
……後で聞いた話によると、コトミネキレイはあの戦いの裏で行われていたという依頼人との「交渉」に一役買っていたみたいですからね。
キリツグが窮地だというのに助けに来る気配が無かったことに心底失望していた私は、その件については誤解していたことになる。
なので、あの時の態度については私が子供だったと非を認め、こちらから頭を下げることにしました。私の寛大さに感謝するといいですよコトミネ。
「謝ってるそれ?」
謝ってますとも。
……でなければ、誰が翌日彼の為に激辛麻婆豆腐など作るものか。……我ながら似合わないことをしたものです。
「ふふっ」
何を笑っているのですかポンズ。
……ああ、そう言えばキルアの姿も、私はこの時見ていたのでしたね。
ゼノがどういう魂胆か、キリツグに対して『ワシの孫じゃ』と孫たちの写真を見せびらかしていたのだ。
初めてキルアの姿を見た時に感じた既視感も、もしかしたらその時の記憶から来ていたのかもしれない。
正義の味方になりたかった系ハンターに対して暗殺一家の顔を見せるとは、新手の挑発か何かと疑ったものだが……当のキリツグは「可愛らしいお孫さんたちだね」と近所の平凡な家族写真を見るのと変わらないのほほんとした態度を返すだけだった。
彼のことだ。子供を狙って彼らを脅迫するなどといった外道は働くまい。ゼノもそれをわかっている上で写真を見せたのだとしたら、やはり厄介なご老人だと思った。
だが、それ以上に私が厄介だと感じたのは──
『因みに三男が12歳で、末っ子が10歳じゃな。お嬢ちゃんは三男と同じぐらいの年齢と見たが』
『……13です』
『そうかそうか。あー……うむ、有望じゃな。7年か10年か、ワシを殺せるようになるまで精進するがええ』
『言われなくてもそうします。首を洗って待つがいい。あっ、次はチョコレートパフェというのが食べたいですゼノ』
『……よく食べるのう』
──彼らのような「正義の味方」とは相反する筈の存在に対しても、私は特別嫌悪感を感じていなかったことだ。
もしかしたらその辺りの倫理観の欠如こそが、故郷の者たちに「人の心がわからない」と言われた理由だったのかもしれない。
しかしそんな価値観を持っていたからこそ彼らの血を引くキルアとも良好な関係を築くことができたのかと思えば、これも悪い気はしなかった。
キルア=ゾルディック……彼、ちょっと似ているんですよね。自意識過剰かもしれませんが……「それ以外の生き方ができない」と諦めていたところに「他の生き方をしたい」と思うようになった今の私と。
剣を交えながら彼に対して何か近しいものを感じ取っていた私は──適当なところでプレートを5枚回収し、とりあえず先に一次試験を突破することにした。
キルアは戦いを打ち切ったことに不満そうな顔をしていたが、私がこう言うと彼もまた同じようにプレートを5枚だけ手元に残して退出することになる。
『私がゼノに後ろから斬りかかって頭をかち割った時の話、聞きたいですか?』
『!? それ、マジで言ってる……?』
『気になるのでしたら、一次試験が終わるまでの間あちらで話しましょう。私も、ゾルディック家でありながら殺し屋を辞めた貴方に興味があります』
『お、おう……いいよ。このままここの連中を狩ってるより面白そうだし』
『では、お先にどうぞキルア』
『ん、何だよいいのか? 俺が先で』
『こういう時は、男性は女性に3歩後ろを歩かれるのが嬉しいのでしょう? 貴方の方が歳下なのですし、私が配慮するのは当然です』
『……アンタ、幾つ?』
『最近14歳になりました』
『……歳下に気を遣うなんて、ヘンな奴だな』
『騎士ですから』
『ふーん』
──そんな、一次試験の顛末である。
ああ、そうだ……私は騎士。騎士王となる者。
キリツグ、あの山の頂上で貴方からどんな大人になりたいのか訊ねられた時、私は「ハンターになりたい」と言いましたね?
あの言葉は……決して嘘ではありませんが、真実でもありませんでした。
ハンターとなることは私にとって手段であって、目的ではなかったから。
貴方がゾルディック家に襲われたあの時になって初めて、私は気づいたのである。
キリツグ、私はね──貴方の騎士になりたいんだ。
おかしい……どう見てもキルアとの戦いより下着に関する言及の方が多い……!
冨樫先生もきのこ先生も好感を持てる殺し屋キャラを作れるのが凄いと思います。そんな私の推しはゼノ爺ちゃん。