一見ホワイトな南雲   作:ツープラトン

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先輩(女)は正義

 トップで居続けるというのは難しいことだ。

勉強においてもスポーツにおいても、どんな世界であっても。最上位であり続けるというのは、並大抵のことじゃない。

 世の中、上には上がいる。

 今いる集団の中でトップだったとしても、上のステージでどうなるかはわからない。

 優秀な人間が集まった場所で、それまでと変わらず輝き続けられるかどうか。それができる人間は言うまでもなく凄いし、突き抜けた結果を出せる者は天才と呼ばれる。

 高度育成高等学校2年、南雲(なぐも)(みやび)は後者だった。

 

「や、やめろっ」

「そんな大声出さないでよ、兄さん。久しぶりの再会なんだから、少し落ち着いて話しようとか思わないの?」

 

 幼い頃から何をやらせても一番。学力もコミュニケーション能力も右に出る者なし。バレンタインに受け取ったチョコレートの合計は、言うまでもなく出身中学でナンバーワン。しかも歴代。

 日本屈指の名門校、高度育成高等学校に入学した後もエリート街道を突き進み、学年の中で最も優秀な人間と言われている。

 間違いなく天才と呼ばれる側の人間。そんな南雲雅はしかし今、普段は絶対に見せないような慌てた姿を晒していた。

 

「その写真を渡せ! どうしてそんなものを持ち込んできてるんだ、お前はっ」

 

 桜舞う4月。毎年やってくる出会いの季節。入学式があった日の翌週。月曜日。

 二年の教室前で、彼は弟と相対していた。

 名前は南雲(なぐも)(れい)

 弟ではあるが、見た目も中身も似ていない。少し見ないうちに若干垢抜(あかぬ)けたが、女子顔負けの美しさをもつ雅には遠く及ばない。髪はなんの面白みもない黒だし、顔は相変わらず弱そうだ。こんなんだからチョコレートの数が増えないんだろう。

 

「兄さんがいるってだけで嫌な予感しかしなかったから、合法的に持ち込めるものは持ってきた。この写真とか、他にもいろいろね」

 

 このたび後輩になった弟は、ニコリと友好的な笑みを浮かべた。なんて憎たらしいんだろうか。

 できることなら今すぐ頭を引っぱたいて、手に持っている写真を奪い取ってやりたかった。鮮明に印刷された写真には、幼き日の(みやび)の姿が映っている。パジャマ姿で、下半身、主に股間に大きなシミが確認できる。

 

「うちは血も涙もない家かと思ってたけど、子供の写真とか残してあったんだね。おかげでこうして持ってくることができたよ。兄さんの弱み」

「おい、その笑顔をやめろ。お前、一体何があったんだ。お前は俺に絶対服従のはずだろう!」

 

 雅はとても困惑している。

 実家にいた頃、弟は自分のことを崇拝していたはずだ。何でもできる天才な兄を敬い、称え、自分もあんな風になりたいと殊勝なことを言っていたはずだ。

 一回だけ大喧嘩をしたことがあったが、それについては深く深く後悔していた。二度と逆らわないと誓っていたはずなのだが、これはどういうことだ。

 敬うべき兄を辱めるような写真を持ち出し、隙あらば通行人に見せようとする。どんな心境の変化だというのか。あまりにも変わりすぎていた。

 

「こんなのもあるよ。賢者タイムのまま居眠りしてた時のしゃし」

「お前ッ! 昔から俺のことが嫌いだったのか!‍?」

 

 どうやら従順にしていたのは演技だったようだ。

 見抜くことができなかったのは一生の不覚。せめて写真は回収せねばならなかったが、飛びかかった(みやび)はひらりといなされてしまった。

 

「このっ」

「心配しなくてもばらまいたりはしないよ。兄さんが余計なことしなければね。僕は殺伐とした高校生活とか嫌だからさ、ちょっかい出してくるのはやめてね。さもないとこの写真を拡大して屋上からばらまくから」

 

 雅は勢い余って教室のドアと抱擁をかわす。そんな兄を心配する様子は全く見せず、弟はスタスタと階段方向に向かっていく。

 

「おい! お前ふざけるなよ! 俺を挑発しているのか!」

「挑発じゃなくて忠告ね。もうね、あれ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「なっっ!‍?」

 

 雅は衝撃に脳を撃ち抜かれた

 今、奴は何と口にしただろうか。

 ()()()()()()()。そう聞こえたような気がするのだが、まさかそこまでの侮辱はいくらなんでも

 

「そうそう、顔がいいのは若いうちだけだからね。今のままじゃ醜い老人になるのは間違いないから、もう少し魅力のある人間になった方がいいよ。それじゃ」

 

 言ってた。

 しかも煽り文句が増えた。

 雅は血管がぶち切れそうになったが、今は周りに人が多い。幸いにも会話は聞こえていないはずだが、南雲雅が振り回されている姿を晒す訳にはいかない。

 

「……覚えていろ。後悔させてやる。この偉大な兄に楯突いたことを」

 

 だから毅然として、言うべきことを言った。

 南雲雅ともあろう者が、いつまでも平常心を失っていてはいけないと、自分に言い聞かせながら。

 

「兄さんそれ、捨てセリフって言うんだよ。格好悪いやつ」

「ふぐぅッッ!」

 

 結局、我慢できなくて変な声が出た。 

 あまりに様子がおかしいので女子達が寄ってきてしまい、雅は死にたくなった。

 

 

 

 

「あははははは! やばいって君、最高すぎる! ふぐうッとか初めて聞いた! あの雅が『ふぐうッ』とか豚みたいな……くっ、あははははは!」

 

 先輩女子が笑い転げている。

 優しそうな顔立ちの彼女の名は、朝比奈(あさひな)なずな。

 南雲(なぐも)(れい)が仲良くなった最初の先輩だ。兄と仲が良いと聞いたので話しかけたら、とりあえずおちょくってみてと言われて、先程の騒動へと繋がった。

 喜んでもらえてなにより。可愛い人の笑顔というのはいつ見ても良いものである。

 

「僕も吹き出しかけました。あれはやばい」

「ね! あー満足満足。お姉さんは大満足。これだけで君が入学してきた意味があるよ」

 

 なずなは目を擦って咳払いをひとつ。ホクホク顔でコンビニの壁に背中を預けた。笑い声を聞いた通行人達がチラチラと視線を送ってくるが、すぐに興味を失った様子で歩いていく。

 朝比奈なずなは人間関係が広いので、新入生と喋っていたとしても不審に思う人はいない。来る者拒まずのスタイルなのは有名な話である。

 

「ふふっ、ひとまず今回はこんなところでいっか。また連絡するから、ちょくちょくアイツのこと弄ってよ。最近かなり調子乗ってるから……あっ、写真コピーしていい? おねしょのやつ」

「いいですよ。コピーしなくてもこれ渡すんで。僕はコピーも画像も持ってるんで」

「そういうことならもらっとくねー。よし、雅特効の強力武器ゲットだぜ!」

 

 なずなは凄く嬉しそうにしている。雅とは一年の時から苦楽を共にしてきた間柄とのことだが、最近は調子に乗りすぎてるから微妙とのこと。

 少し痛い目を見て欲しいらしいが、優秀すぎるために反抗できる人間がおらず困っていたそうだ。

 

「ぷっ……おねしょの写真はまずいよね〜。南雲雅たる者が、王様のイメージ崩壊するって」

「良かったらこれもいります?」

「なにこれ、雅ボッコボコじゃん……いたそー」

 

 嬉しそうなお姉さんは大好きなので、(れい)はもう一枚プレゼントすることにした。

 それは、南雲雅の在りし日の姿。大喧嘩をした後に撮っておいた秘蔵写真だ。

 庭の土の上に大の字で倒れ、眼球は裏返り、涙はダラダラ。鼻からは汚らしい液体が流れ、半開きの口からはきたねぇ唾液が……。端的に言って無様だ。王様で天才な人とは思えない、見苦しい顔面である。

 

「なにがあったのこれ」

「あの人、性格が悪いでしょ?」

「うん。性格は最悪だけど、なんか嫌なことでも言われたの?」

「言われたってか、されました。僕が付き合いかけてた子を所有物にしたいとか言って、本当にやりやがったんですよね。くく……これでわかったろ、お前は俺より下なんだ。とか言って」

「うわぁ、くっきりイメージできる」

「だから倒しました。そしてあの時、密かに誓ったんです。もう憧れるのはやめようって」

「そっかぁ。それまで憧れてたのが凄いよ」

 

 こうして同じ高校になった今、もし同じようなことをされたら決闘する覚悟だ。

 退学上等で顔を変形させてやろうと思っている。

 

「洗脳ってやつですね。事情があって同年代の子達より世間知らずだったんで、兄が絶対で兄が唯一神みたいな教えを信じさせられてて」

「身内を洗脳……雅のイメージまんまだね」

「思ったんですけど、先輩の中のあの人の評価おかしくないですか。言葉だけ聞いたら底辺……いや、それ以下に聞こえるんですけど」

「そこまでしゃないけど、アイツは人間のクズだからなぁ」

「うちは全員そうなんで……はぁ、思い出したらムカついてきた。握りつぶしとけば良かった」

 

 そうだ。もし決闘することがあったら、男として再起不能にすることにしよう。

 余計に人格が壊れるかもしれないが、そうなった時のことは知らない。

 

「あ、やばい。ホームルーム始まるよ」

 

 無駄に巨大な校舎にチャイムが響いた。

 急いで教室に向かわなければ。怜は時間にルーズな方ではないのだが、これは仕方ないことだ。可愛い先輩と喋っていると時間が進むのが早い。愛嬌のある美人と交流出来て舞い上がるのは当然のことだ。

 

「じゃあ先輩、また何かあったら連絡してください。いつでも煽りに行くんで」

「またっていうか、今晩電話しようよ。雅の恥ずかしいエピソードで、何個か深堀りしたいことがあるから。ほら、今後のことも考えて、握れる弱みは握っておきたいし」

 

 怜は俄然やる気になった。

 兄には悪いが全力で話させてもらおう。

 

「いいですよ! そういうことなら、カマキリの話も追加で話します」

「かまきり? 何それ気になる」

「今はホームルーム行かないと」

「あっそうだった。それじゃまたねー」

 

 エピソード・カマキリ。

 それは、思い出すだけで笑えるけど、怜も甚大な被害を被った苦い思い出。

 

 

 

 

「どこに行ってたんだ?」

「めちゃくちゃエロい先輩と喋ってた」

「なんだそれ。すごく気になるぞ」

 

 教室。

 高度育成高等学校、一年Dクラス。

 しっかり遅刻で席についた僕は、前の席の男子に話しかけられた。

 眠そうな顔ばかりしているけど、よく見ると整っている顔の彼。

 綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)君。

 バスの中で財布の中身をぶちまけた僕を、彼は無表情で手伝ってくれた。あの時、僕は決めたのだ。この人と友達になろうと。

 

(れい)は大人だな。まだ入学したばかりなのに先輩女子と交流があるとか」

「その人だけだけどね。綾小路くんだって仲良い女子はいるじゃん」

「ん? 誰のことだ?」

「隣の堀北(ほりきた)さん」

 

 綾小路君の隣の席の美少女、堀北鈴音(すずね)

 二人とも友達が少ない、堀北さんに至っては友達がいない。綾小路君は消極的なだけで害はない人って感じだけど、堀北さんは喋る言葉が毒ばかりだからなぁ。

 

「お前、正気か」

「どういうこと。僕は正気だ」

「堀北がオレと仲がいい? 冗談はやめてくれ。同じ人間とさえ見られてない節があるのに」

 

 それはそうだな。

 でも大丈夫。人間扱いされてないのは僕もだから。

 堀北さん目つき悪いんだよな。瞳自体はすごく綺麗だけどトゲがありすぎる。今もゴキブリでも見るような目でこっち見てるし。

 

「不協和音を発するのはやめて。耳障りだわ。吐き気がする」

「変なものでも拾って食べたんじゃないの? 保健室で薬もらってこようか?」

「ええお願いするわ。あなたに注入してあげる」

「なんて僕なのよ。あと注入ってなんだ」

「なぜって? 決まっているでしょう。あなたは思考能力に異常をきたしているようだから。注入するのは手首と頭脳、どちらが好み?」

 

 軽快で楽しい会話……じゃないな。どれだけ頑張っても好意的に解釈するのは無理だ。

 こんな女子が友達なんてできるわけがない。

 綾小路君は気配を消しているけど、遠慮しないで会話に入ってきていいんだよ?

 

「堀北さん。綾小路君が仲良くなりたいって言ってたから、何か話してあげてよ。そうだな……勉強とか教えてあげれば?」

「冗談でしょう。アウストラロピテクスは霊長類ではあるけれど、人間ではないのよ」

「あー、うん。そうね。じゃあ後はよろしく、綾小路君」

「どうよろしくするんだ。オレはアウストラロピテクス扱いされてるんだぞ」

 

 そんな照れなくてもいいのに。

 綾小路君、言ってたじゃないか。可愛い女子と仲良くしたい願望はあるって。ほら、顔は可愛い女子だぞ喜べ。

 

「ごめんなさい。アウストラロピテクスに失礼だったわね。このとおり、謝罪するわ」

「なあ、(れい)。これは絶対に普通の高校生活ではないと思うぞ。高校のありふれた日常でアウストラロピテクスとか言われないだろ」

 

 僕は寝たフリをした。

 綾小路君は普通の高校生活に憧れているらしいけど、今の席順ではこれが精一杯だろう。

 他に気軽に喋れる女子もいないわけだし、これ以上、僕にできることはない。だから頑張れ、綾小路君。まずは堀北さんと仲良くなろう。そうして経験を積んでいけば、自ずと女友達も増えてくるさ。多分。

 

 

《高度育成高等学校学生データベース》

 

氏名   南雲(なぐも)(れい)

クラス  1年D組

学籍番号 S01T004737

部活動  無所属

誕生日  5月25日

 

《評価》

 

学力   A

知性   A

判断力  B

身体能力 A

協調性  C+

 

《面接官からのコメント》

本校の在校生、南雲雅の弟だが全く似ていない。

高校一年生の生徒としては、非常に高い能力を持つ。

潜在能力も同様に高く、同学年のトップ層、坂柳などAクラスの生徒と比べても遜色ないと思われる。ただし、思考の極端な偏りなど不安視されるところも多く、Dクラス配属が好ましいと判断。特殊な注意事項については別紙記載とする。

 

《担任メモ》

現段階ではノーコメント。経過観察とします。

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