変な先輩(タイトル複数、B9GG常連)、を後輩視点から見たAI小説です

1 / 1
第1話 トレード

【トレード】名古屋ゴールデンオーカーズ・久瀬陽斗外野手と川崎ホエールズ・石動拓真投手の交換トレードが成立

 

名古屋ゴールデンオーカーズは本日、久瀬陽斗外野手(二三)と、川崎ホエールズの石動拓真投手(二七)との交換トレードが成立したことを発表した。

 

久瀬は立南高校からドラフト二位でゴールデンオーカーズに入団。高校通算四十七本塁打の強打者として期待され、二軍では通算五十六本塁打を記録しているものの、一軍ではここまで通算百七十六試合に出場し、打率.二〇七、十二本塁打、三十六打点と結果を残しきれていなかった。

 

今季も一軍では三十四試合の出場にとどまり、打率.一九八、三本塁打。強打の外野手として将来を嘱望されながら、層の厚いゴールデンオーカーズ外野陣の中で出場機会を得られず、今オフの動向が注目されていた。

 

一方の石動は社会人を経て川崎ホエールズに入団した右腕。今季は二十三試合に登板し、七勝十敗、防御率四.一八。チーム事情から先発ローテーションを一年間守り、規定投球回には届かなかったものの、百三十八回二/三を投げた。通算では二十九勝四十二敗、防御率四.三六。勝ち星こそ伸びていないが、低迷するホエールズ投手陣の中で貴重なイニングイーターとして存在感を示していた。

 

ゴールデンオーカーズは今季、リーグ優勝を逃したものの、来季も優勝候補の一角と目されている。盤石な投手陣の中で、先発五、六番手およびロングリリーフを担える石動の獲得は、長いシーズンを戦ううえで大きな補強となりそうだ。

 

対するホエールズは今季も最下位。チーム打率、防御率ともにリーグ下位に沈み、長打力不足も深刻だった。球団関係者は久瀬について「環境を変えることで大きく飛躍する可能性がある。年齢的にもまだ若く、長打力は大きな魅力」と期待を寄せた。

 

両球団の思惑が一致した形だが、実績面では石動が大きく上回っており、ホエールズが将来性に賭けたトレードとも言える。

 

なお、久瀬は球団を通じて「突然のことで驚いていますが、必要としていただいたことに感謝しています。川崎で一から頑張ります」とコメントした。

 

 

【速報】オーカーズ久瀬とホエールズ石動がトレード

 

1:名無しの野球民

久瀬で石動取れるホエールズさんwwwwwwwwww

 

2:名無しの野球民

ファッ!?

 

3:名無しの野球民

オーカーズうますぎやろこれ

 

4:名無しの野球民

石動ってホエールズなら先発五番手やけど普通にイニング食えるからな

久瀬はロマン枠やぞ

 

5:名無しの野球民

ホエールズさん、また素材集めて満足してしまう

 

6:名無しの野球民

久瀬は二軍だと打つから……

 

7:名無しの野球民

>>6

二軍の帝王定期

 

8:名無しの野球民

まあホエールズなら出番はあるやろ

オーカーズだと外野厚すぎて無理

 

9:名無しの野球民

大砲候補(笑)でローテ投手取れるの草

 

10:名無しの野球民

いうて石動も防御率四点台やん

 

11:名無しの野球民

>>10

ホエールズの守備と球場で四点台前半ならようやっとるんだよなあ

 

12:名無しの野球民

オーカーズの守備なら三点台いけそう

 

13:名無しの野球民

久瀬って高卒六年目やろ?

そろそろラストチャンス感あるな

 

14:名無しの野球民

ホエールズの外野

三隅 固定

残り 日替わり

いけるやん!

 

15:名無しの野球民

三隅は内野もやるぞ

 

16:名無しの野球民

じゃあどこでも空いてるやんけ!

 

17:名無しの野球民

三隅「どこ守ったって同じなんで」

久瀬「えぇ……」

 

18:名無しの野球民

久瀬、三隅塾に入れ

 

19:名無しの野球民

>>18

技術は上がるけど心が死にそう

 

20:名無しの野球民

三隅って若手見るんか?

 

21:名無しの野球民

聞かれたら教える

自分からは誘わない

自主トレは基本ソロ

 

22:名無しの野球民

久瀬みたいな強豪育ちがホエールズ行ったらカルチャーショック凄そう

 

23:名無しの野球民

オーカーズ「一球への執念」

ホエールズ「今日は声出てるから実質勝ち」

こんなイメージ

 

24:名無しの野球民

>>23

 

25:名無しの野球民

いや笑えんぞ

 

26:名無しの野球民

久瀬が覚醒したらホエールズ勝ち

しなかったらオーカーズ勝ち

石動が三点台で八勝したらオーカーズ大勝ち

 

27:名無しの野球民

つまりだいたいオーカーズ勝ちでは?

 

28:名無しの野球民

せやな

 

29:名無しの野球民

でも久瀬の弾道はガチ

当たれば飛ぶ

 

30:名無しの野球民

当たれば、な

 

31:名無しの野球民

三振多い

変化球くるくる

守備普通

肩強い

足は遅くない

この手の外野手、ホエールズファン大好きそう

 

32:名無しの野球民

そして三年後に戦力外や

 

33:名無しの野球民

やめーや

 

34:名無しの野球民

久瀬「環境を変えて頑張ります」

ホエールズ「環境なら変わるぞ」

 

35:名無しの野球民

良い方に変わるとは言ってない

 

36:名無しの野球民

久瀬、ようこそ暗黒へ

 

 

 トレードは、ゲームの中の出来事だと思っていた。

 

 いや、正確には違う。

 

 自分が関係しないところで起きるものだと思っていた。

 

 新聞やニュースで見る。キャンプ前にファンが騒ぐ。解説者が「両球団にとって良いトレードですね」と言う。本人が会見で「新天地で頑張ります」と言う。

 

 そこまで全部、どこか他人事だった。

 

 それがまさか、俺自身の名前で流れる日が来るとは思わなかった。

 

「久瀬、ちょっと残ってくれ」

 

 秋季練習が終わったあと、二軍監督に呼ばれた。

 

 その時点で、嫌な予感はあった。

 

 今年も一軍では結果が出なかった。

 

 高卒六年目。来年で二十四歳。若手と言ってもらえる期間は、もうほとんど残っていない。

 

 名古屋ゴールデンオーカーズという球団は、強い。

 

 強い球団というのは、優しい場所ではない。

 

 練習はきつい。ミスには厳しい。競争は毎日ある。昨日ホームランを打っても、今日の内容が悪ければすぐに言われる。若手だから、期待されているから、ドラフト順位が高いから。そんな理由で打席が降ってくるほど甘くない。

 

 俺は、その場所で六年を過ごした。

 

 過ごしただけだった。

 

 二軍では打った。

 

 真っすぐなら飛ばせた。甘い変化球ならスタンドに入れられた。練習では誰よりも遠くへ飛ばせる日もあった。

 

 でも一軍では違った。

 

 外のスライダーに手が出る。内の真っすぐに詰まる。カウントを悪くして、最後は落ちる球を振る。

 

 何度も同じことを繰り返した。

 

 そのたびにコーチに言われた。

 

 お前は力がある。

 

 きっかけ一つだ。

 

 ただ、そのきっかけは最後まで来なかった。

 

「川崎に行くことになった」

 

 二軍監督の声は、いつもより少しだけ低かった。

 

 俺は、その言葉の意味を理解するまでに数秒かかった。

 

「……トレード、ですか」

 

「そうだ」

 

 聞き返す声が、思ったよりも落ち着いていた。

 

 自分でも意外だった。

 

 もっと動揺すると思っていた。もっと悔しがると思っていた。もっと、捨てられたような気持ちになると思っていた。

 

 だけど実際には、胸の奥で何かが静かに落ちただけだった。

 

 ああ、そうか。

 

 俺はもう、ここではないのか。

 

「相手は石動さんですか」

 

「もう知ってるのか」

 

「噂で」

 

 嘘だった。

 

 噂ではなく、なんとなくわかっただけだ。

 

 川崎ホエールズが欲しがるとしたら、若い外野手だろう。ゴールデンオーカーズが欲しがるとしたら、投手だろう。ホエールズで出せる投手となれば、名前は限られている。

 

 石動拓真。

 

 二十七歳。

 

 右投げ。先発。大きな武器はないが、試合は作れる。

 

 今年、七勝十敗。

 

 あのホエールズで七勝した投手。

 

 その意味は、他球団の七勝より少し重い。

 

「お前にとっては、悪い話じゃない」

 

 二軍監督はそう言った。

 

「向こうなら、チャンスはある。試合に出られる」

 

「はい」

 

「ただな」

 

 監督は一度、言葉を切った。

 

「楽な場所だと思うなよ」

 

 俺は、すぐには返事をしなかった。

 

 ゴールデンオーカーズから見た川崎ホエールズ。

 

 正直に言えば、勝つことに慣れていない球団、という印象だった。

 

 毎年のように下位に沈む。投手が崩れる。守備が乱れる。打線はつながらない。春先だけ少し騒がれて、交流戦の頃には順位表の下にいる。

 

 そういう球団。

 

 でも、プロ野球の球団であることに変わりはない。

 

 俺みたいな、まだ何者にもなれていない選手が、楽な場所だと見下せる相手ではない。

 

「はい。頑張ります」

 

 そう答えた。

 

 監督は、少しだけ頷いた。

 

「久瀬」

 

「はい」

 

「お前は、まだ終わってない」

 

 その一言は、ありがたかった。

 

 でも同時に、きつかった。

 

 終わっていない。

 

 つまり、まだ始まってもいない。

 

 六年間やってきて、俺はまだ始まってもいなかった。

 

 荷物をまとめながら、ロッカーを見る。

 

 ゴールデンオーカーズのロッカーは綺麗だった。

 

 物の置き方一つにも、空気があった。

 

 スパイクは揃える。バットは決められた場所に置く。ウェアは出しっぱなしにしない。グラウンドに出る前に、準備を終わらせておく。

 

 当たり前のことだった。

 

 当たり前だと思っていた。

 

 年が明けて、二月。

 

 川崎ホエールズの春季キャンプ地に入った。

 

 空港から球団のバスに乗り、宿舎へ向かう。窓の外には、名古屋とは違う明るさの空が広がっていた。南国の空気。青い海。観光客の声。

 

 キャンプ地特有の浮ついた空気が、どこか遠くにあった。

 

 俺は、新しいユニフォームの入ったバッグを膝に置いたまま、何度も自分の名前を確認していた。

 

 久瀬陽斗。

 

 川崎ホエールズ。

 

 もう、名古屋ゴールデンオーカーズではない。

 

 キャンプ初日の朝、俺は予定よりかなり早く球場に向かった。

 

 全体アップ開始は午前十時。

 

 それでも、八時前には球場に入った。

 

 ゴールデンオーカーズでは、それが普通だった。

 

 若手は早く来る。身体を起こす。道具を確認する。トレーナーに状態を伝える。必要なら室内で先に汗を流す。

 

 全体練習が始まる頃には、もう一日の半分は準備が終わっている。

 

 そういう感覚だった。

 

 だから、いつも通りに来た。

 

 球場には、スタッフがすでにいた。

 

 グラウンド整備の人たち。球団職員。トレーナー。早出のためのマシンを準備しているスタッフ。

 

 選手も数人はいた。

 

 ただ、思ったより少なかった。

 

 それ自体は、おかしなことではない。

 

 キャンプ前の自主トレ期間ではない。今日は球団管理の春季キャンプ初日だ。全体練習の時間に合わせて選手が動くのは普通だ。

 

 普通だ。

 

 普通なのだが、身体の奥に染みついた強豪球団の時間感覚が、どうしても違和感を訴えてくる。

 

 八時半を過ぎても、若手の数はまばらだった。

 

 九時を過ぎて、ようやくロッカーの声が増えた。

 

 九時二十分。九時三十分。

 

 それでも誰も慌てていない。

 

 遅刻ではない。

 

 全体アップには間に合っている。

 

 でも、余裕が薄い。

 

 俺はロッカーの端で、スパイクの紐を結び直しながら、その空気を見ていた。

 

「早いね」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、背の高い選手がバッグを肩にかけて歩いてきていた。

 

 眠そうな顔だった。

 

 俺より年上だろう。たぶん投手。見覚えはあるが、名前がすぐに出てこない。

 

「はい。ゴールデンオーカーズから来ました、久瀬です」

 

「あー、トレードの。よろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げる。

 

 その選手は俺の横を通り過ぎながら、欠伸をした。

 

「オーカーズって、やっぱこの時間から来るんだ」

 

「え?」

 

「いや、早いなって」

 

「……普通だと思ってました」

 

「真面目だねえ」

 

 悪意のない声だった。

 

 むしろ、感心しているようにも聞こえた。

 

 俺は返事に困った。

 

 真面目。

 

 たぶん、褒め言葉なのだろう。

 

 でも、ゴールデンオーカーズでは、それは褒め言葉ではなかった。

 

 真面目なのは前提だった。

 

 そのうえで結果を出す。結果を出しても、次の日にはまた同じように準備する。

 

 それだけだった。

 

 全体アップが始まる。

 

 声は出ている。

 

 雰囲気も悪くない。

 

 むしろ明るい。

 

 ただ、締まりが違った。

 

 ランニングの列が少し緩い。体操の合間に笑いが起きる。キャッチボールで多少球が逸れても、軽くいじって終わる。

 

 ゴールデンオーカーズでは、ミスをした瞬間に空気が変わった。

 

 誰かが怒る前に、本人がわかる。

 

 自分が一つ遅れたことを、自分で理解する。

 

 でもここでは、その遅れが空気に残らない。

 

 流れていく。

 

 次のプレーに、悪い意味で引きずらない。

 

 俺は最初、それを良いことだと思おうとした。

 

 切り替えが早いのだと。

 

 雰囲気を悪くしないのだと。

 

 でも、違った。

 

 ただ、残らないだけだった。

 

 午前の守備練習。

 

 外野ノックに入った俺は、まず無難にこなすことだけを考えた。

 

 移籍初日から目立つ必要はない。

 

 だが、打球が飛んできた瞬間、身体は勝手に前へ出た。

 

 浅いライナー。

 

 一歩目は悪くない。

 

 捕球もできた。

 

 返球もそれなりに強かった。

 

「おお、久瀬、肩いいな!」

 

 誰かが声を上げた。

 

 周りからも軽い拍手が起きる。

 

 悪い気はしなかった。

 

 むしろ、少しほっとした。

 

 歓迎されている。

 

 そう感じた。

 

 でも同時に、胸の奥が妙に落ち着かなかった。

 

 今のプレーは、褒められるほどのものだったか。

 

 確かに返球は強かった。

 

 ただ、捕球までの入り方は少し雑だった。足も最後に流れた。ゴールデンオーカーズなら、間違いなく「捕ってから投げるまでをもっと揃えろ」と言われていた。

 

 ここでは、肩が強ければ褒められる。

 

 それがありがたいのか、怖いのか、自分でもわからなかった。

 

 昼を挟んで、午後のフリー打撃。

 

 俺は力んだ。

 

 最初の数球を打ち損じ、次の球を無理に引っ張って、三塁側のネットに当てた。

 

「久瀬、力あるなあ!」

 

 また、声が飛んだ。

 

 悪意はない。

 

 むしろ歓迎の声だった。

 

 でも俺は、内心で歯を食いしばった。

 

 違う。

 

 今のは褒められる打球じゃない。

 

 強く振っただけだ。

 

 形が崩れて、タイミングも外れて、たまたま速い打球になっただけだ。

 

 ゴールデンオーカーズなら、間違いなく言われていた。

 

 今のは違うぞ、と。

 

 俺は次の球を待った。

 

 少し間を取る。

 

 呼吸を整える。

 

 投手の手から白球が離れた瞬間、外のスライダーだとわかった。

 

 届く。

 

 届くが、打っても良い打球にはならない。

 

 見逃すべき球。

 

 なのに、身体が動いた。

 

 バットの先に当たった打球が、二塁ベースの後ろへ弱く転がる。

 

 打撃投手が笑った。

 

「今のもヒットだな」

 

 俺は、笑えなかった。

 

 全体練習が終わったあと、居残り練習の時間になった。

 

 キャンプだから、個別練習はある。

 

 特打。特守。走塁練習。ウエイト。治療。

 

 ただ、その空気もやはり違った。

 

 残る選手は残る。

 

 引き上げる選手は、あっさり引き上げる。

 

 もちろん、それ自体は悪くない。

 

 身体の状態もある。ベテランにはベテランの調整がある。全員が長く残ればいいというものでもない。

 

 頭ではわかっている。

 

 けれど、六年間染みついた感覚が、どうしても言う。

 

 本当にそれでいいのか。

 

 俺はグラブを持って、外野へ向かった。

 

 身体を動かしていないと、変なことを考えそうだった。

 

 俺は、ここで試合に出られるかもしれない。

 

 たぶん、出られる。

 

 出場機会は増える。

 

 でも、その先に何があるのか。

 

 試合に出て、打てなかったら。

 

 打てなくても、またチャンスが来るのだとしたら。

 

 それは、俺にとって良いことなのか。

 

 外野フェンス際で、ひとり打球を追っている選手がいた。

 

 スタッフに頼んで、外野の左右へ打球を飛ばしてもらっている。

 

 中堅、左中間、右中間。

 

 淡々と走る。

 

 捕る。

 

 返す。

 

 また走る。

 

 周りの空気から、少しだけ切り離されていた。

 

 三隅裕輝。

 

 すぐにわかった。

 

 ホエールズの顔。

 

 名球会はまだ先だが、すでに球界を代表する野手の一人。

 

 首位打者。最多安打。盗塁王。ゴールデングラブ。ベストナイン。

 

 ショートも守る。セカンドも守る。サードも守る。外野も守る。

 

 俺がテレビで見ていた三隅は、いつも涼しい顔でヒットを打ち、当たり前のように難しい打球を処理していた。

 

 その三隅が、一人で外野を走っていた。

 

 俺は、思わず見ていた。

 

 打球が左中間へ飛ぶ。

 

 三隅さんは一歩目で落下点を決めたように走り、最後はほとんど減速せずに捕った。

 

 派手ではない。

 

 でも、無駄がない。

 

 捕ってからの返球も速い。

 

 俺は外野手だ。

 

 だから余計にわかる。

 

 あれは、簡単に見えるように捕っているだけだ。

 

「見るだけなら、もう少し後ろからの方がいいですよ」

 

 突然、声をかけられた。

 

 俺は驚いて振り返った。

 

 三隅さんが、いつの間にか近くにいた。

 

 汗はかいているが、息は乱れていない。

 

「す、すみません」

 

「別に謝ることではないですけど。久瀬ですよね」

 

「はい。久瀬陽斗です。よろしくお願いします」

 

「三隅です」

 

 知っています、と言いかけて、飲み込んだ。

 

 三隅さんは俺のグラブをちらりと見た。

 

「外野?」

 

「はい。両翼が多いです。センターも少し」

 

「肩は?」

 

「強い方だと思います」

 

「なら、ライトからやった方が出やすいかもしれませんね」

 

 いきなり具体的な話だった。

 

 俺は少し戸惑った。

 

「ライト、ですか」

 

「このチーム、ライトが固定できてないので。レフトは打てれば誰でもいいですけど、ライトは肩がある方がまだ見られます」

 

「三隅さんが守るんじゃないんですか?」

 

「僕はたぶん、今年も内野が足りなくなったらそっちに行くので」

 

 何でもないことのように言った。

 

「……大変ですね」

 

「慣れました」

 

「守備位置が変わると、打撃に影響とか出ないんですか」

 

「出る人は出るんじゃないですか」

 

「三隅さんは」

 

「どこ守ったって同じなので」

 

 その言い方は、あまりにも軽かった。

 

 チーム事情で守備位置を変えられる。

 

 普通なら、調整が難しい。負担も大きい。打撃への影響もある。

 

 それを、どこ守ったって同じ、と言う。

 

 俺は、その言葉を一瞬、格好良いと思った。

 

 プロだと思った。

 

 場所に文句を言わず、与えられた仕事をする。

 

 俺に足りなかったものかもしれない、とさえ思った。

 

「久瀬」

 

「はい」

 

「打撃、見ましたけど」

 

 心臓が少し跳ねた。

 

「はい」

 

「強く振れるのは良いです。ただ、外の変化球を打ちにいくなら、最初からそれ用の身体にした方がいいです。さっきみたいに真っすぐ待ちの身体で追いかけると、だいたい二ゴロか空振りです」

 

「……はい」

 

「このチームだと、強い打球なら褒められると思いますけど」

 

 三隅さんは、そこで一度言葉を切った。

 

「それに慣れると、たぶん終わります」

 

 静かな声だった。

 

 怒っているわけではない。

 

 脅しているわけでもない。

 

 ただ、事実を言っているだけ。

 

 その感じが、逆に刺さった。

 

「はい」

 

「練習するなら、付き合いますよ」

 

「え?」

 

「どうせ僕も打ちますし」

 

「いいんですか?」

 

「打撃投手がいるうちなら」

 

 それは、あまりにも自然な申し出だった。

 

 移籍してきたばかりの俺に、球団のスターが練習を見てくれる。

 

 普通なら、感激する場面だ。

 

 実際、俺は嬉しかった。

 

 少しだけ救われたような気がした。

 

「お願いします」

 

 頭を下げると、三隅さんは軽く頷いた。

 

「じゃあ、まず外の球を見逃す練習からで」

 

「打たないんですか」

 

「打てない球を打つ練習より、打たなくていい球を打たない練習の方が先だと思います」

 

 言っていることは、正しかった。

 

 あまりにも正しかった。

 

 俺は、この人についていけばいいのかもしれないと思った。

 

 少なくとも、このチームで、三隅裕輝だけは普通だ。

 

 そう思った。

 

 その日の練習後、ロッカーで荷物を片付けていると、三隅さんが隣に座った。

 

「宿舎、慣れました?」

 

「まだ全然です」

 

「車は?」

 

「持ってきてないです」

 

「じゃあ、しばらく不便ですね。コンビニか薬局に寄るなら乗せますよ」

 

「え、いいんですか?」

 

「通り道なら」

 

 また、その言い方だった。

 

 親切なのに、恩着せがましさがまったくない。

 

 むしろ、作業のついでみたいに人を助ける。

 

 俺は、少し笑った。

 

「三隅さんって、優しいんですね」

 

 言った瞬間、三隅さんが本気で不思議そうな顔をした。

 

「そうですか?」

 

「はい。移籍してきたばかりなので、助かります」

 

「それはまあ、放っておいても誰かが面倒を見るでしょうけど」

 

「でも、練習まで見てくれて」

 

「打てる人が増えた方が、僕が楽なので」

 

 俺はまた笑いかけて、途中で止まった。

 

 楽。

 

 チームが強くなるから、ではない。

 

 勝ちたいから、でもない。

 

 自分が楽になるから。

 

 三隅さんは、バッグのファスナーを閉めながら続けた。

 

「このチーム、普通にやれば出番はありますよ」

 

「普通に、ですか」

 

「はい。時間を守って、怪我をしないで、守れるところを増やして、打てる球を打つ。それだけでだいぶ評価されます」

 

「……それだけで、ですか」

 

「それだけで、というか」

 

 三隅さんは少し考えるように視線を上げた。

 

「それをやらない人が多いので」

 

 ロッカーの向こう側で、誰かが笑っていた。

 

 今日のフリー打撃で柵越えしたとか、夜はどこへ行くとか、そんな話をしている。

 

 明るい声だった。

 

 悪い人たちではないのだと思う。

 

 たぶん、本当に。

 

 でも俺は、その笑い声を聞きながら、昼間の打撃練習を思い出していた。

 

 強い打球なら褒められる。

 

 それに慣れると、たぶん終わる。

 

「久瀬」

 

「はい」

 

「ここ、出番はあります」

 

「はい」

 

「ただ、出番があることと、上手くなることは別です」

 

 俺は、返事を忘れた。

 

 三隅さんは立ち上がった。

 

「コンビニ、行くなら三十分後に駐車場で」

 

「あ、はい。お願いします」

 

「あと」

 

「はい」

 

「このチームで褒められたことを、全部信じない方がいいです」

 

 そう言って、三隅さんはロッカーを出ていった。

 

 俺はしばらく、その場に座ったままだった。

 

 春季キャンプ初日。

 

 新しい球団。

 

 思っていたよりも明るい空気。

 

 思っていたよりも軽い緊張感。

 

 思っていたよりも優しい先輩。

 

 そして、思っていたよりも冷たい言葉。

 

 俺はまだ、この球団のことを何も知らない。

 

 でも一つだけ、わかったことがある。

 

 川崎ホエールズは、俺が想像していたよりもずっと変なチームだ。

 

 そして、その中で一番まともに見える三隅裕輝という人も。

 

 たぶん、どこか変だ。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

MF……GODの継承者(作者:紅乃 晴@小説アカ)(原作:MFゴースト)

滅んだはずの“走り屋”文化が、MFGによって再び蘇った時代。▼一人の青年――城島和也は、日産スカイラインGT-R R34を駆り、世界最高峰の公道レースへ挑む。▼骨董品と揶揄される、かつて湾岸を駆けた怪物。▼それを駆るのは、“神様”と呼ばれた走り屋たちの系譜を継ぐ者。▼箱根で、伝説が再び牙を剥く


総合評価:3543/評価:9.19/連載:24話/更新日時:2026年06月11日(木) 07:53 小説情報

100年に一人の天才と史上最強の弟子(作者:やぶゆー)(原作:史上最強の弟子ケンイチ)

金剛阿含は100年に一人の天才だ。▼勉強、スポーツ、格闘技、何をやらせても栄光を掴むだろう。▼ただちょっと近所が梁山泊なだけ……▼※ケンイチ2発表前から執筆していたため、世界観が異なる場合があります▼現在は毎週月曜夜と金曜夜に固定更新予定です


総合評価:4082/評価:8.32/連載:48話/更新日時:2026年08月10日(月) 18:52 小説情報

9番ピッチャー そこのおまえ(作者:Potoooooooo)(オリジナル現代/スポーツ)

技巧派タフネス左腕がプロで生き抜く話です。▼※成績をシミュレートするためにAIを利用しています。▼


総合評価:23630/評価:8.94/連載:18話/更新日時:2026年08月14日(金) 06:00 小説情報

ヒカ碁の世界で緒方精次となったからには、打倒saiを掲げたい。(作者:くま子)(原作:ヒカルの碁)

週刊碁で、桑原本因坊と塔矢九段の総譜を見つけた時、ようやく理解した。▼ここが『ヒカルの碁』の世界なのだと。▼なるほど。同姓同名とばかり思っていたが、この幼い身体は、緒方精次その人らしい。▼神は囲碁に没頭できる第二の人生を与えてくれただけでなく、佐為と──本因坊秀策と打てる機会すら、用意してくれているようだ。▼ならば、目指すしかないな。▼ネット最強の棋士、sa…


総合評価:19796/評価:8.98/完結:14話/更新日時:2026年06月17日(水) 21:00 小説情報

第四の壁を越えて(作者:タカリ)(原作:HUNTER×HUNTER)

死んだと思ったらハンターハンターの世界に転生した。ゴンの兄だった。▼原作にガッツリ関わる立場になっちゃったけど、別に自重しなくていいよね?


総合評価:7538/評価:7.74/連載:66話/更新日時:2026年05月27日(水) 12:25 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>