宇宙世紀0082年。
一年戦争が終わってから、まだ二年ほどしか経っていない。
人類は戦争を終えた。
正確には、終えたことになっていた。
だが戦争というものは、停戦協定に判子を押した翌日から綺麗さっぱり消えてなくなるほど、都合よくできてはいない。
特に地球圏のあちこちに散らばったジオン公国軍の残党にとっては、戦争が終わったという事実そのものが、どうにも受け入れがたい話だった。
軍人だった者。
兵士だった者。
軍人でも兵士でもなかったのに、戦争が終わったせいで生活の糧を失った者。
そして――単純に、ザクを持っているからという理由だけで偉くなった気分になっている者。
そうした連中が、地球圏の辺境ではしばしば問題を起こしていた。
もっとも。
それを世間では「ジオン残党による武装蜂起」と呼んだ。
被害を受ける側からすれば、
「盗賊がMSに乗ってやってくる」
というだけの話だった。
そして、今回の舞台となる町――惑星軌道上の工業コロニー、サイド6外縁部にある小都市ミルズ・タウンも、その例外ではなかった。
「また盗られたのか」
「またです」
「今月で何回目だ?」
「十三回目です」
「先月は?」
「十五回」
「減ったじゃないか」
「喜ぶところじゃありません」
市長執務室。
机の向こうで、市長のエドガー・マルティネスは頭を抱えていた。
五十代半ばの男である。
禿げかけた頭。
疲れ切った目。
そして、この三年間で十歳は老けたように見える顔。
対面しているのは町の保安責任者、ミリア・ハドソン。
三十歳。
元連邦軍の事務兵で、退役後に町へ戻ってきた女性である。
「被害品は?」
「食料二十ケース。医薬品十二箱。工業用チタン。あと、酒」
「酒?」
「酒です」
「なぜ盗賊が酒を?」
「飲みたいからでしょう」
「そうか」
「そうです」
「……戦争って、終わったんだよな?」
「一応」
ミリアはため息をついた。
「でも連中、最近は露骨に『元ジオン軍人だから』を免罪符にし始めてます」
「免罪符?」
「昨日なんて、町の中央広場にザクが立ってましたよ」
「何をしていた?」
「演説です」
「何を言っていた?」
「『我々はジオンの大義を忘れていない』」
「ほう」
「そのあと町のパン屋からパンを全部持っていきました」
「大義とは?」
「パンだったんじゃないですか」
市長は窓の外を見た。
平和な町だった。
少なくとも、三年前までは。
工場があり、商店があり、学校があり、人々が働いている。
そして今。
町の外縁部には、戦後処理の名残として廃棄された軍用施設が残っている。
そこを根城にしている連中がいた。
ザクII。
ザクI。
その他、どこから持ってきたのか分からない一年戦争時代の兵器。
連邦軍に通報しても、返ってくる答えは決まっている。
『現在、該当地区の治安維持能力には限界があります』
つまり、
「そっちで何とかしろ」
である。
「連邦軍にもう一度要請を」
「しました」
「何と?」
「『善処する』」
「善処したか?」
「しました」
「どうなった?」
「何も起きませんでした」
「完璧な善処だ」
市長は机に突っ伏した。
そこへ。
ドアが勢いよく開いた。
「市長!」
「今度は何だ!」
「連中がまた来ました!」
「何を盗った!」
「盗ってません!」
「では何をした!」
「要求です!」
若い男性職員が息を切らしている。
「何を要求された!」
「町の予算の三割!」
「……」
「……」
「……帰ってもらえ」
「帰ってくれません!」
「なら連邦軍を呼べ!」
「もう呼びました!」
「何と言っている!」
「『善処する』!」
「善処しかできんのか、あいつらは!」
ミリアが額を押さえた。
このままでは町が終わる。
誰もがそう思っていた。
そこで。
彼女が言った。
「だったら、こちらもMSを持てばいいんじゃないですか?」
沈黙。
市長が顔を上げる。
「……何?」
「MSです」
「聞き間違いではない」
「聞き間違えてほしかったんですけど」
「買うんです」
「何を?」
「モビルスーツを」
市長は立ち上がった。
「正気か?」
「連中はザクに乗ってきます」
「そうだな」
「だったら、こっちもMSを持てばいい」
「しかしMSは軍事兵器だぞ」
「知ってます」
「高いぞ」
「知ってます」
「維持費もかかる」
「知ってます」
「操縦できる人間は?」
「元軍人を町で探します」
「武器は?」
「必要最低限にします」
「格納庫は?」
「工場の倉庫を改造します」
「整備士は?」
「整備工場の連中に頼みます」
「金は?」
「町内会費です」
「町内会費でMSを買うな!」
それが、ミルズ・タウンの歴史における最初の問題発言だった。
だが。
三週間後。
町は本当にMSを買った。
中古のジム改。
元連邦軍所属。
戦闘記録あり。
大きな損傷なし。
装甲はところどころ再塗装。
センサーは旧式。
コクピット周辺には「使用者の責任において運用してください」という趣旨の注意書きが大量に貼られている。
それでも。
動く。
そして何より。
安かった。
「これが……我々のMSです」
町の人々が見上げる。
工場跡を改造した格納庫。
その中央に、ジム改が立っている。
白と赤を基調とした塗装。
右手には旧式のマシンガン。
左手にはシールド。
頭部のカメラが、ゆっくりと点灯する。
操縦席には、元連邦軍パイロットのロイ・ハンセンが座っていた。
「名前はどうする?」
整備士の老人、ドミニクが訊いた。
「名前?」
「MSに名前を付けるんだよ」
「ジム改でいいだろ」
「愛着が湧かん」
「では何に?」
老人は考えた。
「町の守護神」
「長い」
「白騎士」
「恥ずかしい」
「ミルズ一号」
「電車みたいだ」
結局。
町民投票の結果。
MSには、『ジムさん』という名前が付いた。
「最悪だ」
ロイはコクピットの中で呟いた。
しかしジムさんは強かった。
少なくとも、町民にとっては。
数日後。
盗賊団がやってきた。
「へへへ!今日こそ町の食料を全部――」
ザクIIが一機。
続いてザクIが一機。
旧式MS二機による、典型的な残党である。
「止まれ!」
町のスピーカーから声が響く。
「ここはミルズ・タウンだ!」
「だから何だ!」
「これ以上の略奪行為は認めない!」
「笑わせるな!」
ザクがヒート・ホークを掲げる。
「我々はジオンの――」
そこで。
背後から巨大な影が現れた。
ジム改。
町民の期待を一身に背負い。
ゆっくりと歩いてくる。
「な、何だあれは!」
「ジムだ!」
「連邦軍だと!?」
「違う!」
「では何だ!」
町のスピーカーが答えた。
「町内会です!」
「町内会だと!?」
ザクのパイロットが混乱する。
ジムさんはマシンガンを構えた。
「警告する!」
ロイの声。
「町から出ていけ!」
「ふざけるな!」
「警告は一回だけだ!」
「こっちにはMSが二機いる!」
「こちらにも一機いる」
「数が違う!」
「でもこっちは町内会費で買った」
「だから何だ!」
「壊したら町民から怒られる」
「知らん!」
戦闘になった。
結果。
五分で終わった。
ジムさんがザクの武器を叩き落とし、もう一機を転倒させる。
誰も死ななかった。
町民は歓声を上げた。
「勝ったぞ!」
「ジムさん最高!」
「町内会費万歳!」
「来年の会費は上げるなよ!」
最後の一言だけは市長が聞かなかったことにした。
そして翌日。
連邦軍が来た。
十機以上のMSを引き連れて。
「何だ?」
市長が格納庫から出てくる。
目の前には連邦軍の部隊。
先頭に立つのは、制服姿の男だった。
「私は地球連邦軍治安維持局所属、アーノルド・クレイン少佐だ」
「はあ」
「貴方が市長か」
「そうですが」
「この町はMSを保有しているな?」
「はい」
「軍用MSを?」
「はい」
「武装しているな?」
「最低限ですが」
「パイロットは元連邦軍人だな?」
「はい」
少佐は書類を取り出した。
「では、貴方を逮捕する」
「はい?」
市長の口が開いた。
「何の容疑で?」
「軍事兵器の不法保有」
「でも、払い下げ品です」
「武装しています」
「盗賊対策です」
「自治体による私兵組織の編成」
「町を守るためです」
「テロリズム準備行為の疑い」
「待ってください」
市長は一歩前に出た。
「それはおかしいでしょう!」
「何が?」
「私たちは盗賊から町を守っていただけですよ!」
「だから問題なんです」
「なぜ!」
「武装しているからです」
「盗賊も武装しています!」
「それは彼らの問題です」
「こっちは被害者ですよ!」
「だからこそ、武装を解除してもらいます」
「じゃあ盗賊は?」
「現在調査中です」
「何を調査してるんです?」
「善処しています」
「またそれか!」
そのとき。
格納庫からジムさんが出てきた。
ロイが操縦席から顔を出す。
「市長!」
「何だ!」
「連邦軍が来てますけど!」
「逮捕だそうだ!」
「俺たちが?」
「そうらしい!」
「盗賊は?」
「調査中だそうだ!」
「じゃあ俺たちは?」
「逮捕!」
「どういう理屈だ!」
「私に聞くな!」
連邦軍兵士たちがMSを展開する。
ジムさんの周囲を取り囲んだ。
ロイが慌てる。
「市長、どうします?」
「抵抗するな!」
「でも!」
「抵抗したら本当にテロリストになる!」
「もうなってませんか?」
「黙れ!」
町民が集まってくる。
パン屋の主人。
学校教師。
工場労働者。
医者。
学生。
みんなジムさんを見ている。
やがて。
パン屋の主人が一歩前に出た。
「市長!」
「何だ!」
「ジムさんのローン、まだ残ってます!」
「知ってる!」
「逮捕されたら誰が払うんです!」
「私に聞くな!」
「町内会費からですよ!」
「だから何だ!」
「来月から会費上がりますよ!」
「……」
市長の顔色が変わった。
「少佐」
「何です?」
「交渉しましょう」
「何を?」
「ジムさんは差し上げます」
「ほう」
「代わりに、盗賊対策をちゃんとしてください」
少佐は沈黙した。
「……」
「……」
「それは」
少佐は困った顔をした。
「管轄が違います」
「何の管轄です?」
「治安維持局と残党対策局は別なので」
「じゃあ残党対策局を呼んでください」
「残念ながら今日は休暇です」
「そんな馬鹿な!」
「本当です」
「何人いるんです?」
「三人です」
「三人!?」
「現在、二人が休暇で一人が出張です」
「何のための組織なんですか!」
「組織を維持するための組織です」
誰も何も言えなくなった。
その日の夕方。
ミルズ・タウンのジムさんは押収された。
ロイは事情聴取を受けた。
市長も事情聴取を受けた。
町内会長も事情聴取を受けた。
ついでに、
「町内会費でMSを購入するという意思決定を行った人物」まで事情聴取された。
つまり町民全員である。
結果。
三日後。
全員帰された。
理由は、
「テロ組織との関係を示す明確な証拠がないため」。
そしてジムさんは。
返ってこなかった。
その代わり。
一週間後。
連邦軍から新しい通達が届いた。
『今後、当該地域における治安維持活動を強化する』
市長は紙を読んだ。
ミリアが隣から覗く。
「本当ですかね?」
「さあな」
「信じます?」
「信じない」
「ですよね」
「でも」
市長は窓の外を見る。
町の外。
以前、盗賊たちが根城にしていた廃棄施設。
そこへ、連邦軍の車両が入っていく。
「今回は本当に来たらしい」
「どうして?」
「ジムさんを押収したからだろう」
「どういうことです?」
「つまりだ」
市長は苦笑した。
「我々がMSを買ったことで、ようやく連邦軍が『この町は放っておくと面倒だ』と認識したんだ」
「……」
「行政というものは、問題が小さいうちは動かない」
「はい」
「問題が大きくなって、書類が増えて、責任問題になって、初めて動く」
「はい」
「そして最も恐ろしいのは――」
市長は机の上に置かれた町内会の会計報告書を見る。
「町内会費で買ったMSのローンだけは、きっちり残ることだ」
「……」
「市長」
「何だ」
「来年度の町内会費ですが」
「うん」
「三倍にしないと返済できません」
「……」
「市長?」
「私は今から連邦軍に亡命する」
「地球連邦の市長が?」
「町内会費から逃げるためなら、ジオンでもネオ・ジオンでも構わん」
「まだネオ・ジオンありませんよ」
「そうだった」
こうして。
宇宙世紀0082年。
ミルズ・タウンの短い戦争は終わった。
盗賊たちは連邦軍に追い払われ。
町は平和を取り戻した。
そして住民たちは学んだ。
戦争が終わっても。
MSを買うのは大変だ。
MSを維持するのはもっと大変だ。
そして何より。
町内会でMSを買うと、連邦軍に怒られる。
なお。
三年後。
町内会の総会において。
こんな提案が出された。
「今度はハイザックを買おう」
全員一致で否決された。
理由はただ一つ。
「また連邦軍に逮捕されたくないから」
宇宙世紀という時代において。
それは極めて健全な判断だった。