フー…フー…
「999995…999996…999997…クッ…!」
やはり筋トレは自分を高める最善の方法だ
「おい…おいって…傘理…?」
この新記録を打ち破ることが出来れば、また俺は一つ人間として成長することが出来るだろう
そして、その瞬間はもう目の前だ
「999998…999999…後…一回…!」
これで…最後だ!
「私が…呼んでんだろうが!」
肘に蹴りを入れられ、俺は頭から床に落ちる
「どぅわぁはっ!イテテ…ジャマすんなよ真希!あと一回で新記録だったのにさぁ!」
「うるせぇ。一度で答えないお前が悪い」
「はぁー…お前、そのまま行くと、絶対に彼氏出来ねぇぞ」
「うるせぇ、余計なお世話だよ」
この女は真希
俺の一個上で、まぁ仲は良い方だと思っている
理由は…
この家では俺たちは落ちこぼれ扱いだ
真希も俺も、この呪術至上主義の禪院家で、術式を持たずに生まれた
故に、俺達は馬鹿にされ続けてきたのだ
周囲から何かとつけて蔑まれ、馬鹿にされ、出来損ないだと揶揄される
そうして、自然と一緒にいることが増えていった
その中で、落ちこぼれ同士の馴れ合いというか、そんな感じで仲良くなっていった
ちなみに俺と、真希の妹の真衣とは、死ぬほど仲が悪い
いや、本当に死ぬほどだ
何回か殺されかけるくらい仲が悪い
「それで?俺の記録をぶち壊してまで言いたいことってなんだよ?」
「まぁ…お前には一応言っておこうと思ってな…」
まぁ、どうせ俺には思いつかないことを言うんだろうな…
「私、この家出るんだよ」
「…へ?」
俺の想像できないことだとは分かっていたが
まさかここまでとは
「い、家を出てどうすんだよ」
「高専に入る」
「は?」
「高専に入って、一級…いや、特級術師になって、この家のドブカスどもを見返してやんだよ」
「…まじか」
この家で、真希だけは俺と対等に話してくれた
彼女を精神的支えにしていた部分もあった
そんな真希が、この家を去る…
俺には術式がない
だが、呪力はないわけではない
でももしかしたら、完全にない方が、返って真希みたいな身体能力を手に入れれたかもしれない
この話を真希に喋ったことは無い
そんなことを言ってしまったら、彼女を傷つけることは分かっていた
「あぁ…じゃあ、寂しくなるな…」
真希は胸元から眼鏡を取り出して二かッと笑う
「あぁん?私らがこの家でどんな扱いを受けたか、お前も知ってんだろ?この家から出てったら、どうせアイツら、清々した、風通しが良くなった、とか言いやがるんだろうぜ?」
――だが、真希の眼鏡は、顔にかからずに手元に残ったままだった
俺から目をそらす
そして、少し小さな声で口を開く
「私がいなくなって…悲しくなるやつなんていないだろ…」
「俺は悲しいよ!」
気付いたら俺は立ち上がっていた
「悲しいに決まってるだろ!友達なんだから!」
真希は少し驚いた顔をしたが、すぐあの憎たらしい顔に戻る
そして
ドゴッ!
「ゲホ…ゴホッ…なに…すんだ」
思い切り俺の腹を殴った
「お前、私を止めるか?」
「あ?何言ってんだよ…」
少し考えた
そして、俺は自分なりの答えを出した
「止めねぇよ…」
「…」
「お前が決めたことに口を出す気はねぇよ…」
そう言うと、また真希は俺から目をそらした
後ろから見ると、目を抑えているようだ
ゴミでも入ったのだろうか
「…なぁ、目ぇつぶれよ」
「あ?なんで…」
「良いから、つぶれ。それとも、強制的に開かなくしてやろうか?」
「はい閉じました。これでよろしいでしょうか?」
「よーしそれでいい。じゃ、行くぜ…」
なんだ?
俺は親戚との接吻なんぞに期待はしていないぞ
そもそも、真希のことをそういう目で見たことは一度もなァァァァアア!
く…苦しい…!
何してやがんだこのメスゴリラ!
「お…まえ…な…に…を……」
息が出来ないまま、俺は床に崩れ落ちた
薄れゆく意識の中で、かすかに聞こえた言葉があった
「ありがとうな」
そこで俺の意識は途絶えた
目を醒ますと、部屋には誰もいなかった
俺は、真希に無理やり締め落とされたようだ
あの野郎
会って文句を言ってやる
だが、どれだけ屋敷を探しても、真希の姿は見当たらなかった
代わりに、扇のジジイの姿を見つけた
「あの~扇さん?」
「あ?なんだ。真希の男か」
「何回も言いますけど俺たちはそういうのじゃないんですよ。話は変わるのですが、真希は何処にいるんですか?」
扇のジジイは不快なオーラをビンビンに出しながら答えた
「あの出来損ないは、真衣含め、もう高専に行きおった。全く、子が親の手を煩わせるなど…」
「…そう、ですか」
俺は、自分の胸元をギュッと握りしめ、その場を後にした
「失礼します…」
廊下を走り抜け、一人で部屋に閉じこもる
「なんでだよ…真希」
俺のことも連れてってくれて良かったじゃないか
もし誘ってくれてたら
一言でもいいから
『一緒に来い』
そう言ってくれたら
絶対に行くって分かるだろ
――いや
だからだ
絶対に着いていくから置いて行ったんだ
それに、もう一度会って、俺は何を言おうとした?
「引き留めようと…したのか?」
俺が?
真希を?
でも、自分のことは自分が一番よく分かっている
俺は真希の未来の邪魔になる
俺にはこの家でもっと出来ることがある
それを放棄することを
アイツは許せなかったんだ
分かったよ真希
俺のやらなきゃいけないこと
しないといけないこと
俺は
――この家で最強になってやる
その日から刻は流れ
~2018年/10月31日/19:45~
現禪院家当主
禪院直比人
同じく
躯倶留隊隊員
兼炳代理
禪院傘理
共に渋谷現着
「まぁ儂一人で十分じゃとは思うがな、お前はそこらへん小便でも垂れとけ」
直比人は酒を煽りながら俺の方を見る
もう酔ってんのかこのジジイ
「…ここに…真希がいるんですよね…」
「あぁ?」
彼が酒臭い息を吐きながら振り向く
動くたびに、腰に付いている酒瓶が揺れる
「ま、いるじゃろうな~アイツ。どんな顔つきになっているのやら、な」
うるせぇしクセェ
こんなクソでも、家の中では比較的マシな方だという事実が、より自分の怒りを燃え上がらせる
「さっさと終わらせましょう」
「お前に言われなくとも分かっとるわい!ま~あ?儂、最速じゃし~」
「…はぁ」
渋谷とか任務とか、どうでもいい
俺はただ、真希に会いたいだけだ
あの日お前と別れてから、俺はずっと、お前ともう一度話すことだけを胸に生きてきた
彼女に会いたい
会って聞きたい
あの日、俺を置いていった理由を、今なら聞ける
俺はもうあの時の俺じゃない
それだけだ
だから
そのためなら――
彼女にもう一度会えるなら
――こんな世界全部ぶっ壊してやる
これは
最強で最恐で最狂の躯倶留隊員の物語である