個性終末論の傍観者   作:セミファイナル

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個性終末論どうなった?と思ったので妄想で書きます



個性終末論の傍観者

 

 

 『平和』とは、何だろう。

 かつて若くして英雄となった緑谷出久であればその問いに迷わず答えられた。

 

 誰も泣かない世界。

 誰も傷つかない世界。

 ヒーローが必要なくなる世界。

 

 それが自分たちの目指した未来だった。

 現実は、その理想に確かに近づいた。

 死柄木弔を倒し、AFOという災厄も今や歴史書の一角を占めているだけの過去となった。

 

 ヴィランの組織は大小問わずあらかた瓦解し、街角で悲鳴が上がることは少なくなった。自然災害すら個性にて事前に把握できるようになり、ヒーローは憧れの象徴ではなく、警察等と同じ「社会を支える職業」の一つへと姿を変え、ランキング制度は遠い昔話となった。

 

 人々は少しずつ学び始めたのだ。

 誰か一人の象徴に頼るのではなく、一人ひとりが誰かを支えること。

 オールマイトが命を懸けて繋ぎ、デクたちが戦って勝ち取った世界は、確かにそこにあった。

 

 ……だが。

 

 七十年という時間は、人類や技術よりも個性を成長させてしまった。

 個性は世代を重ねるたびに混ざり合い、変質し、肥大化していく。

 先祖に存在しなかった能力が、子孫に現れる。

 複数の個性が複雑に融合し、誰にも予測できない力へ変貌する。

 遺伝子は、まるで人類そのものを実験材料にしているかのようだった。

 

「個性終末論」

 

 その言葉を初めて聞いたのは、緑谷出久がまだ雄英高校の一年生だった頃。

 

 医師・殻木球大が提唱した仮説。

 

 個性は進化を続ける。

 だが、人間の身体も、社会も、その進化速度には耐えられない。

 やがて生まれる子どもたちは、自らの個性すら制御できず、世界は崩壊へ向かう。

 

 当時は悪い冗談だった。

 悪党の戯言。

 AFOを正当化するための詭弁。

 

 そう思っていた。

 ……七十年前までは。

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい警報音が通信機を通して耳元で弾ける。

 思考は現実へ引き戻された。

 教員室の扉が勢いよく開き、息を切らした職員が叫んだ。

 

「西第二十三区で個性災害です! 応援要請が──」

 

「規模は」

 

 緑谷出久は顔を上げる。

 

「おおよそ……半径一キロです」

 

 その数字だけで十分だった。教員室の空気が凍る。

 

 半径一キロ。

 

 それは事件ではない。災害だ。

 

「担当ヒーローは?」

 

「九名、重傷です!」

 

「避難は?」

 

「間に合ってません!」

 

 緑谷出久は溜息をつきながら静かに立ち上がる。

 机の上で読みかけだったレポートを揃えた。

 表紙には同じタイトルが書かれている。

 

『私が考える最高のヒーローとは』

 

 今でも、この課題は毎年出している。

 昔、自分が書いたものと同じ題名だ。

 

「デクさん!!」

 

「大丈夫」

 

 その一言だけ残し、教員室を出る。

 誰も止めなかった。

 止められなかった。

 彼が誰なのかを、今や全国民が知っている。

 

 七十年前、世界を救ったヒーロー。

 

 緑谷出久。

 

 ■

 

 地下格納庫。照明が順番に点灯する。

 黒い装甲が静かに姿を現した。全身を覆う鈍色の金属。

 幾度となく改修を重ね、もはや原型を留めていないパワードスーツ。

 それでも胸部には、小さく刻まれていた。

 

 “デク”

 

 緑谷出久は装甲へ手を置く。

 冷たいが、昔ならその冷たさを熱が補ってくれた。

 若さとやる気という炎が。

 今は違う。

 自分の中に残る火は、もう燃えてはいない。

 灰の奥で、辛うじて燻っているだけだった。

 

「起動」

 

 機械音が響く。

 

『認証完了』

 

『ヒーローコード:デク』

 

『Good luck』

 

 最後だけ、少女の声だった。メリッサが残した音声。

 

「……まだ使ってたんだ」

 

 苦笑する。数十年近く前の録音。

 お茶子に聞かれたあの時は、危うく少し修羅場になりかけたんだっけな。

 慌てた当時も今となっては良い思い出だ。

 

 装甲が腕を包み、脚を覆い、胸部が閉じる。

 重さや遅延は感じられない。技術は、人類をここまで進歩させた。

 

 それでも。

 

 個性には追いつけなかった。

 

「……行ってくる」

 

 誰に言ったわけでもない。

 独り言だった。

 それでも、返事が聞こえた気がした。

 

『行ってらっしゃい、デクくん』

 

 懐かしい声が、胸の奥で笑った。

 

 

 ■■■

 

 

 現場へ到着した瞬間、出久は言葉を失った。

 現存する数少ない街がまた1つ壊れていた。

 まるでティッシュを捻じったように、高層ビルがいくつも歪なオブジェクトになっている。道路は空へ向かって隆起し、線路はひしゃげ、空気そのものが軋む音を立てていた。

 

 逃げ惑う人々。

 泣き叫ぶ子供。

 救助に向かうヒーローや警察たち。

 

 そして、その中心。

 幼い少年が、膝を抱えて座り込んでいた。

 

「違う……」

 

 震えた声。

 

「違うの……」

 

 彼の周囲だけ、世界の法則が壊れていた。

 地面が液体のように波打つ。

 建物の壁が紙のように折れ曲がる。

 鉄骨は粘土になり、コンクリートは砂へと還っていく。

 

 まるで現実そのものを書き換えるような個性。

 

「止められない……」

 

 少年は泣いていた。

 

「お願い……止まって……」

 

 誰よりも怯えているのは、彼自身だった。

 緑谷出久はゆっくり近づく。

 通信機から怒号が飛ぶ。

 

「デクさん! 近づかないでください!」

 

「危険です!」

 

「長官、射殺許可を!」

 

 彼は歩みを止めない。

 七十年前にも、似たような景色を見た。

 

 巻き戻す力に苦しみ続けた幼い少女。

 血を吸いたいと泣いた少女。

 触れるだけで壊してしまう少年。

 

 個性が悪だったのではない。

 理解されなかっただけだった。

 そう信じて戦ってきた。

 

 だから。

 

「大丈夫」

 

 少年の前へしゃがみ込む。

 

「君は……悪くない」

 

 その瞬間だった。少年が顔を上げる。

 涙で濡れた瞳が、緑谷出久を映した。

 

「ほんとう……?」

 

 世界が、軋んだ。

 空が裂ける。

 轟音。

 

 半径一キロに存在するあらゆる物質が、一斉に崩壊を始めた。

 

「デクさん!!」

 

 ヒーローたちが叫ぶ。

 緑谷出久は反射的に、少年の反対方向へ飛び出す。

 ビルを押し返し、高架橋を受け止め、避難経路を確保する。

 

 一秒。

 二秒。

 三秒。

 

 救えた命は数え切れない。

 それでも。

 少年の個性は止まらなかった。

 

 ■

 

 その夜。

 

 重軽傷者、約一万名。

 死亡者、約千名。

 

 あの少年は結局射殺され、遺体は政府管理施設へ搬送された。

 

 誰もが何を責めていいのか分からなかった。

 彼とて被害者だったからだ。

 

 しかし。

 救われたわけではない。

 緑谷出久は病院の屋上に立ち、夜空を見上げる。

 七十年前と同じ月が浮かんでいる。

 

「……先生」

 

 誰もいない空へぽつりと呟く。

 

「僕たちは、間に合ったんでしょうか」

 

 返事はない。

 吹き抜ける風だけが、古い記憶を運んでくる。

 

『もう大丈夫』

 

 あの日、自分が何度口にした言葉だろう。

 救助のたび。

 戦いのたび。

 涙を流す誰かへ。

 

 その言葉を信じてきた。

 

 だが今日は言えなかった。あの幼い少年に。

 

「もう大丈夫」と。

 

 

 ■■■

 

 

 それは始まりに過ぎなかった。

 

 一年後。

 海沿いの都市で、津波を発生させる新生児が生まれた。

 

 三年後。

 視認した生物の精神を自身に同調させる赤子が発見された。

 

 五年後。

 無自覚で一定範囲の時間を超加速させる三歳児が確認された。

 

 彼らはヴィランではない。悪人でもない。

 ただ、生まれてきただけだった。

 人類という器が、少しずつ耐えられなくなっていただけだった。

 

 その報告書を読み終えた夜。

 

 緑谷出久は、使っていない倉庫に眠っていた古い一冊の論文を取り出した。

 表紙には、色褪せた文字。

 

『個性終末論』

 

 著者。───殻木球大。

 

 しばらく見つめたまま、ページを開けない。

 開けば、何十年間も否定し続けたヴィランの思想を、自分で認めることになる気がしたからだ。

 長い沈黙の末、彼は目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

「……お前は」

 

 誰へ向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

 

「どこまで見えていたんだ」

 

 静かな部屋で、紙が一枚ずつめくれる音がした。

 その夜、緑谷出久は初めて、(ヴィラン)の言葉を最後まで読み切った。

 

 ■

 

 個性災害が起きた日の夜は比較的静かだった。

 倉庫を後にした緑谷出久は、人気のない教員宿舎へ戻り、制服の上着を椅子へ掛けた。

 個性が複雑になっていく事への研究論文は腐るほどあったが、それを危険視するような物は殆ど見つからなかった。抑制しようとする事はあっても、個性そのものを無くすような実験は途中で中断されたようだった。

 

『個性終末論』

 

 最後のページまで読み終えても、胸の内に答えは生まれなかった。

 窓の外では、遠くでサイレンが鳴っている。

 昔なら胸を締めつけられた音も、今では日常の一部になってしまった。

 緑谷出久はゆっくりと椅子へ腰を下ろす。老いた身体が小さく軋む。

 

「……平和、か」

 

 誰へ向けた言葉でもない。

 視界の隅に、古びた雄英一年生の集合写真があった。

 

 皆幸せそうに笑っている。

 飯田も。

 耳郎も。

 切島も。

 轟も。

 八百万も。

 麗日も。

 爆豪はムスッとしているが口角が上がっている。

 そして、自分は特大の笑顔だ。

 

 あの頃は、未来は明るいものだと疑わなかった。

 机へ肘をつき、額へ手を当てる。

 知らないうちに、意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 眠ったのか。

 気を失ったのか。

 その境界は曖昧だった。

 

 ■

 

 白。

 ただ、それだけだった。

 空もなく、地面もないような。

 上下という概念すら溶けている。

 

 あえて例えるとすれば、炭が燃え尽きた後の白い灰だ。

 

 その中心に、一脚の椅子がある。

 そして。

 

「やあ」

 

 数十年ぶりの懐かしい声だった。

 

「久しぶりだね、少年」

 

 細身のスーツ。

 頬のこけた顔。

 それでも変わらない笑顔。

 

 八代目。ヒーロー名は、オールマイト。

 

 緑谷はしばらく立ち尽くしていた。

 

「……先生」

 

「ま、掛けたまえ」

 

 気がつくともう一脚、椅子が現れている。

 緑谷は黙って腰を下ろした。

 二人の間に流れる沈黙は、不思議と居心地が悪くなかった。

 昔のように、言葉はいらなかった。

 しばらくして、オールマイトが静かに笑う。

 

「ずいぶんと歳を取ったね」

 

「先生ももっと長生きできましたのに」

 

「いやいや、老衰で死ねるというのは幸せな事だよ」

 

 思わず小さく笑う。

 笑ったのは、いつ以来だっただろう。

 だが、その笑みもすぐ消えた。

 

「先生」

 

「うん」

 

「僕は……間違えたんでしょうか」

 

 問い掛けに、返事はない。

 オールマイトは静かにこちらを見つめているだけだった。

 

「平和を作れたと思っていました」

 

 緑谷老人は俯く。

 

「みんなで勝ち取った未来でした」

 

「ヴィランは減って」

 

「争いも昔よりは減った」

 

「子供も大人も笑っていました」

 

「でも」

 

 少年の顔が脳裏をよぎる。

 泣きながら世界を壊していた子。

 救いたかった命。

 救えなかった命。

 

「個性は止まらなかった」

 

 ぽつりと漏れる。

 

「人間だけ置いていかれたような」

 

 耳が痛くなるような静寂。

 

「先生」

 

 緑谷は白い床を見る。

 

「他者の人生や社会を百年以上も歪め続けたAFOは悪で、それは揺らぎません」

 

「でも」

 

 拳がゆっくりと震える。

 

「もし、あの個性が残っていたら」

 

 息が詰まる。

 

「危険な個性を奪えたんじゃないですか? 救えた人がいたんじゃないですか?」

 

 沈黙。

 

 オールマイトは何も言わない。

 

「個性を奪うなんて許されない」

 

「そんなことは分かっています。でも」

 

 緑谷は目を閉じる。

 

「今日だけで千人は死んだ。あの子も死んだ。何も悪くなかったのに」

 

 唇を噛む。

 

「僕たちは、本当に正しかったんでしょうか」

 

 返事はない。

 ただ、懐かしい笑顔だけがそこにあった。

 緑谷は続ける。

 

「そもそも、個性って何なんでしょう」

 

「人類の可能性。神様からの贈り物。そう教えられてきました」

 

 かつてはあれほど憧れ、渇望していた個性を否定する気分の悪さを呑み込み、首を横へ振る。

 

「違うのかもしれない」

 

「あれは病気なんじゃないでしょうか? 進化じゃない、暴走する遺伝子。世代を重ねるほど適応し、悪化する感染症」

 

「もしそうなら」

 

 白い空間へ視線を向ける。

 

「ヒーローが倒すべきはヴィランだったのか、個性だったのか」

 

 長い沈黙。

 ようやくオールマイトが立ち上がる。

 ゆっくり歩き、緑谷の肩へ手を置いた。

 

「少年」

 

 その一言だけ。それ以上は何も言わない。

 しかし、その手の温もりだけで十分だった。

 亡くなる前もそうだった。答えは与えない。

 考えるのは、いつだって自分自身だった。

 

 白い世界が、少しずつ薄れていく。

 オールマイトの姿も霞んでいく。

 彼は笑っていた。あの日と同じように。

 誇らしげに。最後まで優しく。

 

 ■

 

 ──コト。

 

 乾いた音が響いた。

 真夜中の静かな部屋の机の片隅。

 透明な保存ケースの中で、大きな角が淡く光を放っていた。

 

 金色とも、白銀ともつかない光。

 柔らかな明滅は、まるで誰かの鼓動のようだった。

 緑谷はその光景を微睡みの中で見ていた。

 

 エリ。あの少女が遺した最後の《個性》。

 

 数十年前とは比較にならない規模の個性がありふれている現代でも希少な、時間と存在へ強く干渉できた力。

 光は、一度だけ強く脈打つ。

 世界が白く染まった。

 

 

 ■■■

 

 

 冷水を頭から浴びせられたような衝撃が起きた。呼吸が荒くなり、肺が勝手に空気を吸い込む。

 

「──っ!」

 

 激しく咳き込みながら、身体を起こす。

 心臓が暴れて耳鳴りが止まらない。視界は白く霞み、世界が滲んでいる。

 まるで真昼のような明るさに目が慣れず、焦る。

 

 先程までいた宿舎ではない。ということは転移系? 自らを殺して名を上げようとするヴィランの残党がまだいたのか? まさか、また個性暴走による転移災害じゃないだろうな? 

 

 一瞬にして様々な考えが脳裏を巡る。が、同時に自らの頬を強めにはたく。

 催眠系は衝撃によって解除されることが多いのは証明済み。自傷ができ、痛みがあるということは夢でもない。現実なのは確かか。いや、まず現実だとわかったならば今すぐに身の安全を……! 

 急いで周囲の様子を伺う。

 

「ぁえ?」

 

 言葉にならない声が、喉の奥から漏れた。

 山だ。さらにいえば昼だ。

 

「おい、デク!」

 

 どこか聞き慣れた乱暴な声の主を探そうと反射的に視野を下げる。

 尻餅をついている、びしょ濡れの少年が目に入る。

 

 逆立った金髪。

 吊り上がった赤い瞳。

 動きやすく、どこか可愛らしい私服。

 身体つきも幼い。

 それでも、その不遜な姿だけで誰なのか分かった。

 

「……かっちゃん?」

 

 ぽつりと声が漏れた。

『ありえない』の五文字が脳内を駆け巡る。

 感覚も光景も、視界に映る情報は全てこれが現実だと言っている。

 だが、それはありえない。

 爆豪勝己は、もう何十年も前に死んだはず。確か子も数年後の個性災害で。

 

 その瞬間、脳裏へ別の考えが走る。

 

 ──違う。

 

 そうか、孫か曾孫だ。何故かそう思った。

 血筋は驚くほど似ることがある。

 そう思おうとした。

 

「何見下してんだ! デク!!」

 

 怒鳴り声。

 その言い方。

 癖。

 語尾。

 

 全部知っている。

 

「おい!!」

 

 脳が震え、意識が遠退く。

 最後に見えたのは、焦っている表情を浮かべた幼なじみの姿だった。

 

 






町が滅茶苦茶になったのに死者数が少ないのはわざとです
治療系個性の進化も著しいので
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