「ノストラードファミリー? 凄腕の占い師がいるって有名なあの?」
某所。廃ビルの森に居を構える仲介所、『千耳会』の存在を知るものは、そう多くない。
訪問客は半年に二人いるかいないか。その数少ない一人として、シェイメイは新たな職を探しに来ていた。
「そのノストラードファミリーよ。十老頭にもコネを持つ大規模マフィアだけど、成り上がりで敵が多い。ヨークシンシティのオークションに向けて身辺警護と収集活動の人員を募集中。経歴は不問。あんたの条件にぴったりだ」
仲介所のおそらくは唯一の職員、名前不明のピアスまみれの女性は、パソコンの画面を見ながらそう言った。
「なるほど」
シェイメイは腕を組んで記憶を掘り起こす。
ノストラードファミリー。彼がブラックリストハンターを初めて二十五年ほどたつが、その中でその名を耳にする機会は何度かあった。
曰く、片田舎の元木っ端マフィア。
曰く、胡散臭い占いで成り上がった詐欺師。
曰く、古参への礼を欠いた生意気なチンピラ。
曰く、曰く、曰く。
そのどれもがノストラードへの憎悪と嫌悪、そして嫉妬をまき散らしていた。
罵倒に等しい陰口の数々が物語る、かの組織の敵の多さ。
そして、それらを一身に受けてなお、十老頭直系に匹敵する影響力を保持しているという事実。
確実に、容易ならざる仕事だ。
それだけの敵を抱えておきながら、敬語の条件に経歴不問とあるところもまた不穏だ。
経歴なんて気にしていられない程度には、入れ替わりが激しいのだろう。
「…………いいね」
危険な仕事だ。
だからこそ、シェイメイは笑みを浮かべた。
死ぬのは怖い。
死を知っているからこそ、彼は死を恐れている。
死ぬのは怖い。死にたくはない。
死への恐怖と生への渇望。思いの強さは念の強さに直結する。
彼の念を、ダブルを、より強く、より可愛らしく。
可愛らしさの追求のためなら、彼は恐怖に挑むことをためらわない。
「決めた。その仕事を受けるよ」
その言葉を受け、ピアスまみれの女性もまた、笑った。
■■■■■■■■
そんなやり取りから一週間ほどたった、ある日。
某所の森の奥に建てられた豪邸、その門前にシェイメイは立っていた。
インターホンを鳴らす。
「どーも。千耳会の紹介で来ました、シェイメイ=ソイルゲートです」
返答はない。
ただ鉄の扉が、ギィィッと音を鳴らしなら開く。
入れ、ということなのだろう。
「失礼しまーす」
頭を下げて歩き出す。
前世は日本、今世をジャポンで育ったシェイメイにとって、それは魂に染み付いたぬぐい切れない癖のようなものだった。
庭を歩くと、あちらこちらに放し飼いにされた犬が目についた。
番犬だろう。だがただの番犬ではない。
『凝』で見れば、わずかだがオーラが見えた。
(念獣? いや、それにしては種類が多すぎるな。犬ってこと以外統一性もないし、たぶん本物。操作系だね)
そのまま屋敷に入るまで、犬たちはシェイメイを睨み続けていた。
屋敷の中では、一人の老人が彼を出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
案内されるまま、エレベーターを下る。
「こちらでお待ち下さい」
そういわれて入った談話室には、すでに幾人かの先客がいた。
一人目は、大きめの椅子に不釣り合いな小柄な人物。生え際の後退した頭髪も合わさり、一見すると小柄な年老いた男性に見える。だが可愛さ追求のため美容にこだわってきたシェイメイには、それが誤りであると遠目にも分かった。
肌の張り、骨格の形状。まだ年若い、しかも女性だ。
二人目は、ソファを一人で独占する男──こちらは間違いなく男性と断言できる──だ。上半身はシャツの類を着ておらず、直接ノースリーブの上着を羽織っている。しかもボタンも閉めず全開にしているから、もじゃもじゃとした胸毛がよく目立つ。
三人目は一人目の人物の右隣に座る色黒の男性。背は普通くらい。額に特徴的なほくろが一つ。たたずまいは落ち着いている。
四人目は二人目の左隣に座るサル顔の男性。くるりとカールしたもみあげが特徴的。表情は少し険しいが、緊張しているという感じではない。
五人目は四人目の体面に座っていた。まだ年若い、金髪の青年。瞳は黒。衣服には何かのマークが描かれており、おそらくどこかの部族の民族衣装なのだろう。だがあいにくと、シェイメイの記憶にはなかった。
五人目の特徴といえばもう一つある。右手の鎖だ。
ジャラジャラと目立つそれは右手にしかない。対照的な民族衣装には対称性もデザインもそぐわない。十中八九、能力にかかわるものだ。
操作系、という連想を、シェイメイは即座に振り払う。
あの鎖が実物のものである根拠はない。具現化系がそう思わせようとしているだけかもしれない。
また実物であったとしても、操作系とは限らない。鎖さばきに自信のある強化系や変化系の可能性は十分ありうる。あるいは、奇をてらった放出系という可能性も。
断定は危険だ。特に念能力に関しては。
今わかっていることは一つ。
この場に集められた全員が優れた念能力者であることだけだ。
「はじめまして。! シェイメイといいます。これからよろしくお願いしますね」
そういってニコッと笑う。
今朝も鏡の前で百回以上繰り返した自慢のスマイルだ。
反応は、まあまあといったところだろう。
明確なリアクションを返したのは五人中三人。小柄な女性と毛深い男、そしてもみあげの男。
小柄な女性は振り返ってどうもと返してくれたし、毛深い男も片手をあげてヨッと言ってきた。もみあげの男はこちらを見てわずかにほほ笑む。
残りの二人は三人とは違って冷ややかだ。そもそもリアクションすらしない。
(みんな仲良く、とはいかないか。当然)
あきらめて座る席を探そうとするが、それを遮る形で案内人の老人が口を開いた。
「おまたせしました。契約に関する説明を行います」
そういって手元のスイッチを押すと、天井から大きなディスプレイが下りてきた。
部屋のみんなが、シェイメイを含む六人がそのディスプレイの前に集まる。
映し出されたのは強面の男。足を組んで豪華な椅子に座り、二人の美女を侍らせ自らの体を揉ませている。
まるでマフィアのボスのような振る舞いだが、そんなことはないだろう。
ここに集められたのはシェイメイと同じく、身辺警護の雇用候補者たち。こんな面接の場に、大規模マフィアのボスが来るはずもない。
おそらくは依頼主ですらない。せいぜいが警護主任といったところ。
偉そうなのも侍らせた女性たちも、演出に過ぎないのだろう。プライドを重んじるマフィアなら当然だ。
『君らが
ヨークシンシティのオークションまでの一か月で、リストアップされた品を持ってくること。
それが画面の男が提示した雇用のための条件だった。
案内人が配るリストを確認する。
名女優セーラの毛髪。DNA鑑定書付き。
エジプーシャ石墓埋葬品のミイラ。
龍皮病患者の皮膚。
一角族の頭蓋骨。
クルタ族の眼球。
等々。
いくつか、入手難易度の極めて高いものが混じっている。
さすがに、入手難易度Aの代物を持ってこれるとは、画面の男も依頼主も思っていないだろう。
持ってこれれば上々。持ってこれないのが当然。
ついでのようなものだ。
と、リストを眺めていると、毛深い男が金髪の青年に話しかけていた。
その道の先輩として界隈のえげつなさを教えてやるつもりなのだろう。
確かに、金髪の青年は年も若くオーラにも未熟さが目立つ。プロハンターになってせいぜい一年。下手をすればこれが初仕事ということもありうる。
親切心からだったのだろうが、少々悪趣味が過ぎた。
「黙れ。私に話しかけるな」
青年から出た言葉は、完全な拒絶だった。
ケッと小さくこぼす男を無視し、金髪の青年の瞳はまっすぐ前を見つめていた。
一体何を見ているのか、シェイメイには分からない。
だが、この部屋の何かを見ているわけではないだろうことは分かった。
もっと深く、もっと遠く。瞳に宿るのは強い執念と決意。
何か、強い目的を持っている。でなければ人体収集家の護衛などという仕事は選ばないだろう。
毛深い男の言葉にも一理はある。所持が豪放なだけ、リストの物品はまだましだ。
依頼主は人体収集家。その収集活動を担うとなれば、吐き気を催す反倫理的物品を、吐いて捨てるほど見ていくことになる。
そんなこともわからないほど若輩だった、というわけでも、ないのだろう。
青年の瞳は、もっともっと先を見ている。
(目的……民族衣装……少数民族……クルタ族の眼球……緋の眼……)
シェイメイはこっそりと、青年の瞳を見つめる。
瞳は相変わらず黒い。傍からもわかるほどの激情を抱いているにもかかわらず、だ。
(…………気のせいか)
と、シェイメイが考え事をしていたその時。
ガチャガチャと、ドアノブを回す音が部屋に響いた。
「開かねーぜ」
毛深い男がそう言うと、画面の男が待ってましたとばかりに話し始める。
『一つ、伝え忘れたが。“強い”ことが雇用の最低条件だ。その館から無事出られる位「最低」な』
いうや否や、扉越しに剣の攻撃が来た。
完全な奇襲。シェイメイを含め、おそらくはこの部屋の誰も、切っ先が現れるまで殺意一つ感じられなかっただろう。
扉の目の前には毛深い男がいる。だが彼は慌てることなく、攻撃を後ろに跳んで避けた。
剣でズタズタにされた扉を破壊し、黒尽くめの刺客たちが襲い掛かってくる。
刺客の数は九人。最初に現れた六人は剣を持ち、その後方に銃持ちが三人続く。
向けられる銃口。射線にいるのは小柄な女性と色黒の男性、金髪の青年、そしてシェイメイ。
女性と男性はテーブルを盾に弾丸を防ぎ、金髪の青年は右手の鎖で銃弾を止めた。
まるで銃弾の軌道に吸い込まれるような鎖の動き。おそらくは念能力だろうが、シェイメイに考察する暇はない。
彼の周りには盾になるようなものも、防ぐための道具もない。
故に。
「【
シェイメイは己が能力を発動させた。
懐から、ヒト型に切り取られた紙を取り出し、投げる。
それは目の前でボンッという音を立て、シェイメイそっくりの姿になった。
これこそがシェイメイの念能力。【
神字を書いた紙人形を起点に、自らのダブルを具現化する。
紙人形にはいくつかの種類があり、使用する紙人形によってダブルの能力も変わる。
7月にサヘルタ合衆国で賞金首に使用したものは、実体を持たない見た目だけのダブル。
今回使用するのは、実体を持つダブル。
内臓も思考もコピーされた自立型のダブルは、オーラも本体と同じ練度で扱える。
つまりダブルの後ろに隠れ、『堅』をさせれば堅牢な肉盾として機能する。
最も、テーブルすらまともに貫通できない弾丸が、具現化系とはいえ数多くの修羅場を潜り抜けたシェイメイの『堅』を抜けるはずもないが。
とはいえ本体で安易に受けるわけにもいかない。動きはぎこちないが、刺客たちはオーラを纏った念能力者だ。
まずはダブルで様子見。
向かってきた剣持ちの刺客をダブルで迎え撃つ。
剣には刀。数回切り結んだダブルは、隙を見て刺客の腹部を蹴り飛ばす。
「……おや?」
ダブルが何かを訝しむ。
「どうしたの『僕』」
「軽いよ『僕』。中身はあるけど実体じゃない」
「なるほど。となると念人形か」
よく見れば、刺客たちのシルエットは所々少々歪だ。不安定で形状がわずかに変化している。
おそらく、黒い衣服の中に人型のオーラを詰め込んでいるのだろう。
複数を同時に展開するのは放出系の力を必要とする。それもかなり高い練度で。
紙人形を使えばシェイメイにも似たようなことはできるにはできる。だが、敵の念人形は二階から現れた新手も含めた合計11体。それらを同時に展開して、おそらくは簡易的な命令までプログラムさせるような真似は、シェイメイにも無理だ。
具現化系はまずありえない。数もそうだし、もし能力が具現化系なら、簡単にわかるほど感触に違いを出す理由がない。
精度を犠牲に数を増やした? だったとしても、やはり数が多すぎる。
やはり具現化系ではない。変化系も、簡易的とはいえ命令を与え操作する操作系技能の習得難易度から、確率は低い。
残るは強化系、放出系、操作系。
念人形を操作する操作系の能力は低く、念人形を大量に用意する放出系の能力は高い。この能力バランスを満たすのは放出系と強化系。
(念人形のオーラ量、オーラの強度ともにそこまで高くない。多分数の代わりに射程が犠牲になってる。なら術者はこの部屋の中の誰か)
怪しいのは最初に最も近くにいた毛深い男、もしくは。
(────彼だ!)
腰の刀を抜き、シェイメイは『彼』にその切っ先を向けた。
それとほぼ同時に、シャンデリアの上であたりを観察していた青年も、同じく『彼』の喉元にナイフを突きつける。
「ヤツらを止めろ。3秒待つ」
『彼』、すなわちもみあげの男は、二秒目で降参した。
さて、これにて一件落着…………となるほど、事態は簡単ではなかった。
もみあげの男は青年に命じられるまま念人形を解除し、自らの情報を白状した。
彼の名前が、シャッチモーノ=トチーノであること。
プロハンターであり、館の主人に雇われた先輩であること。
今回のこれはボスからの命令であり、“殺すつもりで試せ”と言われていたこと。
そして。
シェイメイたちの力なら館から脱出できるであろうこと。
試されているのは4人だけだということ。
(つまり、試練はまだ終わってないし、潜入者もあと一人残っている、と)
トチーノは嘘をついていない。彼の振る舞いからシェイメイはそう感じた。
続く試練、もう一人の潜入者。黙っていればより多くの被害を出していただろう情報を開示したのは、親切心による助言か、疑心暗鬼を誘う罠か。
例え後者だったとして、あまり意味のあるものではなかっただろう。
「おそらくは攪乱のつもりで言ったのだろうが、失言だったな」
そう言って、金髪の青年は鎖を垂らした。
そして指先までまっすぐ伸ばした右腕を、毛深い男に向ける。
次にシェイメイ、そして次に、色黒の男。
その瞬間、鎖が揺れた。
「いたな。お前が『潜入者』だ」
その言葉には躊躇いというものが一切なかった。
そこにあるのは確信。そしてそれをもたらした自らの能力に対する、圧倒的信頼。
(ダウジングってやつか。さっき弾丸を止めた時の動きといい、望むものに引き寄せられる能力、ってところかな?)
青年の能力について、シェイメイはそう推測する。
もし合っていたとして、それが全てではないだろう。青年は先ほどから、薬指の鎖しか使っていないのだから。
(五本の指の鎖それぞれに別の能力があるとすれば、戦闘中に全部を解析するのは不可能に近いだろうな。よく出来てる)
シェイメイがそんなことを考えている間にも、色黒の男は追いつめられていた。
青年のダウジングから始まり、女性が聞き取ったという嘘つきの心臓の鼓動。
トドメは毛深い男の念能力だった。
詠み記した句を実現するという男の能力。椅子を殴って発火させその効果を実践してみせた男は、短冊に次なる句を書き込む。
それは『嘘をついたら焼け死ぬ』という内容であり、毛深い男はその短冊を手にその場の者たちに問いを投げかける。
「あんたは『潜入者』か?」
青年は違うと答えた。
シェイメイは違うと答えた。
女性は違うと答えた。
トチーノはそうだと答えた。
そして、色黒の男は。
「……ふー。答えは、イエスだ」
降参だ、と言わんばかりに、男は椅子に座りこんだ。
「お見事。ご褒美に教えてやるよ。オレはスクワラ。正式な
「…………へぇ」
それを聞いて。
シェイメイは、興味深そうに笑った。
「それはどんな『命令』で、『何』に命じたの?」
「は! それを言ったら採用試験になんねーだろうがバカが!」
「えー! いいじゃん教えてよー!」
「言わない」
「言ってよ!」
「言わない」
「言って言って言って言って言っててばぁ! この僕の可愛い可愛い顔に免じてさぁ!」
「言わないっつてんだろうがバカが。鬱陶しいんだよこのガキ。」
「ガキじゃありませーん。今年で42でーす!」
「ババアじゃねーか。かわい子ぶるな気持ち悪い」
「ふっふーん。ところがどっこい僕は男です。どうですこの可愛らしい
「余計気持ち悪いわ近づくんじゃねえオカマ野郎!」
「おーねーがーいー!」
シェイメイはまるで見た目通りの子供のように、スクワラに抱き着いて駄々をこねだす。
スクワラは顔を嫌悪に歪めながら引き合がそうとするし、そんなやり取りを見ていた他の三人は完全にドン引きしていた。
「…………むう。どうしてもダメ?」
「ダメだ。いいから早く退け」
「はーい。っちぇ。残念だなー」
そう言うと、シェイメイは渋々スクワラから離れ、
「庭の番犬」
そう、呟いた。
「────」
「来るとき『凝』で見たけど、ちょっとだけオーラを纏ってた。操作系の干渉を受けてたんじゃないかな。例えばそう、『館から出ようとするものを襲え』とか」
「…………」
「随分と静かだねパイセン。図星だってことが僕にも分るよ」
「…………なんの、ことだろうな」
「分かんない? じゃあ分かる人に聞きましょうか。ねえお嬢さん」
そう言って、シェイメイは小柄な女性に視線を送る。
数メートル離れた人間の心音を、詳細に聞き取れるほど、極めて優れた聴覚を持つ女性に。
「まさに図星、って感じの旋律だったわ」
「だってさ。ダメだよパイセン、年上を侮っちゃ。僕はこれでも三十年間念能力者をしてきたんだからさ」
シェイメイはスクワラの肩を掴む。
「念を解除してほしい、なんて甘いことは言わないよ。その代わり、解除するか再起不能になるか、そのくらいは選ばせてあげるよ」
そして強引に、スクワラを立ち上がらせた。