私生活が極端に忙しくなってしまったので次回もかなり遅れます。しばらく先までのプロットは作ってあるので気長にお待ちいただければ……
【特殊戒厳令発令から三時間】
「アハハハハハッ!」
ネフェルピトーは機関銃の雨の中を疾駆する。ピトーに狙いを定めるのは、幻影旅団が一人、フランクリン=ボルドーだった。
放出系の念能力『
モモゼは監視のために残した折り紙の視界共有によって、五層に顕現した地獄絵図を目の当たりにする。
モモゼの傍を固めるのは、エイ=イ組からモモゼ達に帯同することとなった
二人とともに五層の隠し通路への道を歩きながら、血と臓物の臭いに吹かれる。
「どうしてこんなことに……」
ボークセンが愚痴るように言う。
事の起こりは二十分ほど前、モモゼ達がフランクリンの居場所を訪ねたことによる。
扉の能力によって、モモゼとピトーは五層へと降りていた。一般の渡航者が乗り込む三〜五層の内、五層は文字通りの
セキュリティの都合上、王族はおいそれと宮殿の外へ出ることができない。よってモモゼが宮殿の外へ出た回数は、数える程だった。当然、スラムに王族が立ち入ることはない。
「これが、カキンの──宮殿の、外」
「首都こそ発展しているように見せかけていますが、国民の95パーセントは貧民で、治水率は世界最下位。1パーセント未満の富裕層が贅を貪る裏側で、子どもが飢えて死んでいく。カキンとはそんな国です」
マカハはモモゼを嘲笑し、ピトーはそれを咎めなかった。フードを被って、『円』を張り続けている。
体調が悪そうな者たちが寄り集まって眠っている。チンピラ達が道を封鎖し、通りがかる人間に難癖をつけている。
非常灯は消えかかり、剥き出しの金属の壁に怒鳴り声が反響する。
壁すらなく、ボロ布で区切られた区画も多い。モモゼの部屋の浴槽よりも狭い一室で、家族四人が眠っている。
言葉では知っている。遠い田舎の景色として、他人事として。
全く知らなかったと言い訳をするつもりはない。カキンの治水が行き届いていないことも、ただ情報としてモモゼは知っていた。
「汚いでしょう? 気味が悪いでしょう? 貴方達が目を背け、虐げ続けてきた国民の姿です」
「だからカキンを滅ぼしたい、と」
モモゼは努めて平静にそう言った。
マカハはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
饐えた臭いが立ち込めている。
モモゼ達は食堂の隅の大テーブルへと移動した。そこには幻影旅団のフランクリンとノブナガが座っていた。
ノブナガが眉を上げ、困惑の声を落とす。
「オイオイ嬢ちゃん、何の用だ?」
「『幻影旅団』ですね?」
「そうだが」
「ヒソカという人物を探していると聞きました。そのためにマフィアと協力しているとも」
フランクリンは特大の溜息を吐いた。
ノブナガがジョッキを置き、モモゼに問いかける。腰に佩いた刀がわざとらしく音を立てた。
「んで? ヒソカの居場所を対価に、オレたちに何をさせようとしてる?」
「シャ=ア組の背後にいる王子を捕らえていただけませんか? そうすれば、目的の場所まで送り届けて差し上げます」
「フン。魅力的な提案ではあるが……呑めねぇな。ここまで探して見つからねぇんだ。ヒソカは上層にいるんだろう。上層に行くためのパイプだけなら、既にオレたちと協力関係にあるシャ=ア組やシュウ=ウ組が持ってる」
「……そちらの対価は?」
「エイ=イ組をぶっ潰しゃあいいらしい。王子を連れてくるよりも楽だろうよ。それに、個人的にエイ=イ組は気に入らねぇ。喧嘩も売られたしな」
マカハが首を竦めた。
想定と異なる返答に、モモゼは閉じた唇を舐めた。
エイ=イ組のアジトでピトーが幻影旅団の二名を殺めたが、まだ他の団員には知られていないはずだった。
よって、彼らが知りたがっているヒソカの居場所と、放出系の能力を用いた上層へのルートを対価に差し出せば、シャ=ア組のケツモチであるルズールス王子の捕獲に乗ってくるだろう、というのが事前の算段だった。
旅団員が義理や人情を重んじるかどうかは分からなかったが、この問答によってシュウ=ウ組とシャ=ア組がヒソカをエサに旅団を使っていることは読み取れた。
他のマフィアから旅団を引き剥がせば、多数の念使いを擁するエイ=イ組は戦力で勝るようになる。
ピトーという剣を振るうつもりはなかった。
この場で幻影旅団を削れば、他のマフィアに勝つこともさらに容易になるが、モモゼにとってそれは逃げだ。
ピトーに命じるだけの勝利は、モモゼ自身が「成し遂げた」ものだとは到底言えない。モモゼがピトーを積極的に用いるのは、防衛の時のみと決めていた。
「王子の身柄なんざ、そこのフードのヤロウが動けばヨユーだろうが。このバカみてーな『円』はソイツのだろ?」
「ボクがやってもいいんだけど、それじゃあ色々とメンドーなんだよねぇ」
「そうかよ」
幻影旅団に交渉を持ち掛ける理由は複数ある。
一つは上層における
ルズールス王子の確保は優先事項の一つだが、必ずしも幻影旅団を巻き込む必要はない。
「それでは、『先払い』はいかがでしょう」
「あん?」
「先にそちらの用事を済ませていただいて構わないと申し上げているのです」
「そりゃ話は変わってくるが……オレたちが律儀に約束を守ると思ってんのか?」
「織り込み済みです」
「んじゃ──」
ノブナガが言いかけたところで、フランクリンがジョッキをテーブルに叩き付けた。
「オマエら、エイ=イの関係者だろ? オマエらが売った喧嘩だ。そっちの精算が先だろうが」
「旅団に対しての落とし前はつけられたと聞いていましたが。まだ足りませんか?」
「足りねぇな。オレたちは盗賊なもんで」
ピトーがモモゼの肩に手を添える。
交渉は決裂。モモゼは固く目を閉じ、それから踵を返した。
「……残念です」
「まー、アレは仕方ない。そういう生き物だから」
「そういう生き物、ですか」
「殺し殺され、奪い奪われ。そうやって生きてきた獣。獣は10年後の損得なんて考えないでしょ? それと
ピトーは最初から分かっていたように、軽い調子で言った。事実、ピトーにとっては軽い仕事が一つ残った程度の話でしかない。
ピトーの『円』によってルズールス王子の現在地が五層であることは把握済みであり、シャ=ア組にはピトーに比肩し得る戦力がない。よって、必要であればピトーは即座にシャ=ア組の本拠地へと襲撃し、目的を達することができる。
立ち止まっているのは単に、モモゼの護衛であるという本分を優先しているからに過ぎない。
「待ってもらおうか」
その場を立ち去ろうとしたモモゼに、チンピラの様相をした男が声を掛けた。オーラは垂れ流しになっている。おそらく念使いではない、とモモゼは判断し、ほんの少しだけ警戒を緩めた。
「アンタら、エイ=イ組だろ?」
「そうだと言ったら?」
「──ぶっツブす」
男が拳銃を構え、即座にピトーが反応する。
尾を用いた殴打を受け、男の脳漿が炸裂した。
直後、怒声が聴こえ、マフィアの戦闘員がなだれ込んでくる。
「わーぉ」
同時に、フランクリンのオーラが膨れ上がった。彼が能力を使い、マフィアの構成員を吹き飛ばす。
モモゼがそれに反応しそちらを確認すると、フランクリンに対してもマフィアが殺到していた。シュウ=ウ組の刺青。こちらに向かってくるのはシャ=ア組であり、標的が分散している。
「遊ぼっか。バイオハザードはお好き?」
ピトーが『
フランクリンが凄まじい速度でマフィア達を殺戮し、殺されたマフィアが片端から起き上がる。
席を離れたノブナガに対し、ヒンリギとザクロが攻撃を仕掛けている。一刀を以てノブナガがザクロを切り捨て、ザクロから流れた血液がノブナガへと襲いかかる。
場は一瞬にして地獄へと変貌した。
「どういうことですか? シュウ=ウ組やシャ=ア組と幻影旅団は協力関係のはずでは?」
「シュウ=ウ組の戦闘員を旅団が殺害したらしいですよ。となればマフィアは止まりませんね」
モモゼの問いに、間髪入れずマカハが答える。予め知っていたのだろう、とモモゼは読み取った。情報を隠していたのか、不確定だからまだ握っていただけか。
「モモゼ王子、退きましょう。五層の隠れ家にご案内します」
「……はい。ピトー様は」
「心配が必要ですか?」
ピトーがひらりと手を振った。瞬間、死体が殺到し、モモゼの前に壁を作る。フランクリンの念弾が撃ち込まれ、死体の壁が弾けた。
「マカハ、早くして。流れ弾が──」
遮蔽物への経路を確保したボークセンが声を掛け、モモゼとマカハが射線を切る。マカハの案内の元、三人はエイ=イ組の隠れ家へと移動する。
数秒の間に、ピトーはシャ=ア組の戦闘員のほとんどを殺害し終えていた。
同様の速度で「仕事」を終えたフランクリンが、矛先をピトーに向ける。
「お前、フェイタンとフィンクスを殺したろ?」
(バレてら。結構頭が切れるのかも)
そして事態は冒頭に戻る。
フランクリンが念弾を放ち、ピトーが躱す。
ピトーは数秒の間にフランクリンに肉薄する算段を立てたが、同時に思案する。
意図せずして、敵対しているマフィアの2陣営を大きく削ることになった。ここから先、シュウ=ウ組やシャ=ア組を使ったとしても旅団をこれ以上削ることは不可能だろう。それどころか2陣営がマフィアとしての体を成せるかも懸念が残る。
フランクリンを残しておいても、モモゼの成長に繋げられるとは思えなかった。それよりも、食い散らかされたマフィアとの調整に期待すべきだ。残ったマフィアが統制を失うであろうことは想像に難くない。
(ま、いいか。殺しちゃっても。ボクも遊びたいし)
『
須臾の間に、ピトーはフランクリンに接近した。間合いが重なり、フランクリンが拳を振り被る。
その瞬間、フランクリンの背後から殺気が立ち上がり、ピトーは反射的に身を退いた。直後、ピトーがいた位置を白刃が撫でる。
傷を負ったノブナガが刀を抜いていた。相対していたヒンリギとザクロは地に伏している。
「チッ、バカみてぇに速ぇな。これは手間がかかるぜ」
「手間で済めばいいね」
『
フランクリンが指先をピトーへ向け、弾丸が殺到する。それらを躱し、遮蔽物を使いながらフランクリンとの距離を詰めると、忽ちノブナガが立ちはだかり、弾かれる。
ノブナガの抜刀は無傷で受けるには鋭く、フランクリンの念弾の雨を掻い潜りながらノブナガを仕留めることはピトーをして容易ではなかった。
フェイタン・フィンクスのコンビとは異なり、ノブナガとフランクリンは前衛と後衛に別れており、連携も悪くない。
(悪くないだけで、ボク達ほどではないケドね)
ピトーは壁や天井を駆使しながら、立体機動を駆使する。フランクリンが自由に念弾を撃てないよう、絶えずノブナガを挟む位置を選ぶ。誤射を避ければ弾幕の密度は小さくなり、回避は容易になる。
ノブナガはそれに気が付きながらも、立ち位置を変えられない。ノブナガが退いてしまえばフランクリンの前に前衛がいなくなり、そもそもノブナガの速度ではピトーの動きに追い付けないからだ。
この時点で、既にピトーは勝利の算段を立て終えていた。
ピトーの推察では、ノブナガの能力は『円』をトリガーにした居合能力。ヒンリギ達との戦闘中にわざわざ『円』を張っていたのを視認していた。
居合に限らない可能性は否定できないが、十中八九居合に限るだろうとも考えていた。刀の間合いで戦うのならば、『円』の範囲に入るのは当然と言える。『円』だけでは制約として緩く、大した効力を発揮しないであろうという予想からだ。『円』と居合を組み合わせた防御・カウンター寄りの念能力。そう考えると収まりが良い。
ノブナガの『円』へと踏み込む。ノブナガの知覚を超えて振り抜かれた居合を、ピトーの背後にいる女神は正確に捉えていた。ピトーの爪が甲高い音を立てて日本刀を弾く。
『円』を張る必要がある都合上、『硬』が甘い。ピトーの肉体強度をもってすれば、十分に受けられる鋭さだった。
ピトーが勝機を確信すると同時に、ノブナガも敗色濃厚を見てとった。
距離を取ろうとしたノブナガを、死体が構える拳銃の弾幕が襲う。ノブナガほど熟達した念使いにとって大きな脅威とはならないが、足を止める結果となった。
立ち位置を変え、射角を広げたフランクリンが再び念弾を放つも、ピトーは即座にノブナガを盾にする。
「これだけ?」
「そう思うンならそのまま死んでくれや」
──抜刀。
数本の銀髪を犠牲に居合を躱し、再びピトーがノブナガに肉薄する。
直後、ピトーの視界の片隅に、不自然な光の反射をみとめた。同時、ピトーの関節が縛り上げられる。
「わぉ」
糸。即座にピトーは看破したが、既に拘束は完成している。振りほどくには一呼吸が必要だった。
ノブナガは距離を取り、フランクリンがこれまでの念弾ではなく、両手を合わせて莫大なオーラを溜めている。
回避は間に合わない。込められたオーラの量からピトーは十分に受けられると判断し、防御の構えを取った。
フランクリンから砲弾が放たれる。これまでの弾幕が機関銃だとすれば、これは戦車砲。奥の手と呼ぶに相応しく、並の念使いであれば直撃して跡形も残らない。
ピトーはついぞ合図を出さなかったが、ピトーの体を縛っていた糸が滑り、拘束から抜け出した。リグの『
ピトーは即座に飛び退り、防御ではなく受け流す体勢を取った。オーラを纏った腕で砲弾を
「惜しかったね」
「チッ」
ピトーの知覚が、背後に潜んでいたマチを捉えた。
戦闘が始まり、ピトーが『円』を解いたのに合わせて駆けつけ、『絶』で潜んでいたのだろう。戦闘が始まって直ぐに『円』は解けていたから、不可能ではない。戦闘の喧騒に紛れれば、ピトーの知覚を欺くことも可能だろう。
マチはピトーが無傷であることを確認し、舌打ちをした。
これで3対1。
ピトーはマチの念能力を敢えて高く見積った。リグが東ゴルトーの森で見せた大立ち回りと同等の業を念能力で行えるのならば、今のピトーにとっても脅威になり得る。
ピトーは笑みを浮かべ、再び『
互いの実力と手の内は割れた。よってここからは全力を以て殺し合うターン。
「すぐに壊れないでね」
しばらくぶりの激闘の予感に、ピトーは笑みを溢す。