黒森峰で少しあがいてみる話   作:浅春

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2話

 エリカから見た伊久地は、毒にはならないが、たまに薬になる存在だった。平均より小柄、茶髪でほとんどの場合ツーサイドアップ、私服もやや幼げな色合いで装飾が多いものがほとんどであった。

 

中等部のころ、伊久地を含めほとんどの生徒は、流行りのドラマやアイドルの話に盛り上がり、やれ誰それに彼氏ができた、どこまで行ったのという話で恥じらい、太ったの痩せたの肌や髪がどうので数十分も時間を使い、宿題に文句を言い、放課後や休日のショッピング、カラオケやスイーツを楽しみにしていた。

 

エリカとて女子であり、そこそこ話について行けたが、彼女と他の少女たちとでは学生生活と戦車道とで重み付けが異なった。だから共同体から浮いた。それでも、彼女のストイックさが、あるいは他の奴らとは違うという自意識が、共同体からの疎外感という人間として耐え難い不安を覆い隠していた。

 

蓋をした感情を抱えた中で、みほが副隊長になった。観察すると彼女も共同体から浮いていた。彼女も、敬愛する隊長のように、エリカのように、戦車道に重きをおいていた。だから意識を向けた。でも、決定的に熱量が異なっていた。エリカの方が熱量に勝っていたのに、実力は常にみほの方が上だった。元々膨れていた感情の容器に別の感情が急速に膨れていた。

 

そこへ割って入ってきたのが伊久地であった。彼女はひどく焦燥した様子で、エリカとみほの不仲が見ていられないと訴えてきた。同じことをみほにも言っていた。本気でみんな仲良くしようよと、人の善性を信じているかのような行動であった。日々、他の生徒から陰口や、いじめまがいの悪ふざけを受ける私には受け入れがたい考えであった。おそらくみほにとっても同じだったろう。

 

当事者たちの拒否にも関わらず、伊久地は私たちを引き合わせようと努力した。私と仲が良い人と、みほと仲が良い人とを引き込み、そこから試合後の反省会を合同で行うように、休日に一緒に遊びに行くように仕向けた。彼女が稀にいるお人好しと異なっていたのは、クラスの、あるいは戦車道受講生の既存の輪に私たちを組み込もうとしなかったことだ。

 

そのうち、第三者がいなくてもみほと気兼ねなく話せるようになった。相変わらず他人の顔色をうかがう癖は気に食わないが、戦車道の技量は認めざるをえず、戦車道に関して言えば誰よりも話せる相手となった。その頃には、伊久地のことは再びその他大勢の1人としか認識しなくなっていた。

 

そんな伊久地の事を、久しぶりに意識して視界に入れた。あの大会から復帰して、初めての車長が集まったミーティングであった。いつも陽性の表情を浮かべていた顔は、隊長のような無表情に変わっていた。手持無沙汰になれば横の娘に話しかけていたのが、今は目線を斜め上に向けて上の空である。

 

あんなにも執心していたみほが居なくなって、なんとも思っていないのだろうか。

 

 

 

 

「今年度の編成において車長になった者を紹介する。33型突撃歩兵砲を担当する伊久地だ 」

 

「伊久地です。昨年度はIII号の砲手でした。中等部以来の車長ですが一日も早く皆様と肩を並べられますよう鋭意努めます」

 

値踏みするような視線と、昨年度までなかった自走砲への疑問のざわめき。エリカさんは前者の視線を向けてきているが、別の含みがありそうである。幾人かは損傷したIII号の行方に気づいたようで、労りのような目を向けてくる。

 

それから、隊長は今日の練習メニューや近々の連絡事項を伝え、ミーティングを終えた。エリカに話しかけられたのは、各車に分かれる移動中であった。

 

「この前は……、災難だったわね」

 

「心配ありがとうございます。そちらこそ、急な副隊長就任、苦労もあろうかと思います。助けられることがあれば、気軽に声を掛けて下さい」

 

急に声を掛けられたために、通り一遍な返事になってしまった。これだけでは印象が悪い。共通のネタといえば。

 

「あの……、隊長には聞けなかったのですが、みほさんはその後お元気ですか」

 

「隊長自身から聞いていなくても、噂で知っているでしょ。転校したわよ。大洗とかいう戦車道のない場所へ」

 

機嫌を悪くするかと思ったが、それほどでもない。むしろ私の質問を聞いて少し安心している風である。これは不思議だ。

 

私の勝手な憶測だが、エリカさんの場合は、みほさんを積極的に意識させるよう動いた方が良性に働くと思っている。だから反発必須でみほさんの話をしたつもりだった。

 

なお、まほ隊長の場合はみほさんを疑っていないので、正直に会話を重ねれば精神的な苦痛は治るだろう。でも、エリカさんの場合はエリカさんの側でみほさんを疑い、拒絶している部分がある。みほさん側の恐れの感情も問題だが、まずはエリカさん側の壁を取り除かねばならない。

 

「それだけ?」

 

「エリカさんは……、変わりありませんか?」

 

「そういうこと本人に聞く? ま、あんた程は変わってないわよ」

 

皮肉を言える程度には余裕があると。ならば、先ほどの違和感は精神の不調によるものではないのか?ここ最近はエリカさんと話す機会が少なかったせいで比較による検証ができない。しばらくは会話の機会を増やして様子を見よう。

 

 

 

 

突撃歩兵砲の前に乗員が整列している。その数は他のドイツ戦車と同じ5名だが、通信手を車長が兼ね、大重量の砲弾のため装填手が2名である。

 

操縦手はIII突から、装填手と射手は42型突撃りゅう弾砲(III突に10.5cmりゅう弾砲を載せたもの)やストゥーパから引き抜いてもらった。

 

「この車はフロントヘビーで操縦に気を使う。砲弾は重たく、発射薬と分離しているから装填も手間だ。視察装置も砲手の照準器と車長の砲隊鏡、おまけで小さなピストルポートのみだ」

 

「砲弾はりゅう弾と発煙弾のみ、対戦車りゅう弾もあるが効果が安定しないので使わない」

 

「本車の役目は、第1に味方の経路上の障害の破壊にある。第2に軽装甲の目標の撃破、第3に重装甲の目標に対し、履帯や天板への射撃を行い、撃破までいかずとも行動を止めることだ」

 

黒森峰は、原作の作劇上の都合を無視すれば、パンターとティーガーで編成した方が成績が安定するだろう。III号やII号が含まれるのは偵察のためか、あるいは戦車道連盟によるバランス調整の可能性がある。

 

もっとも、偵察の面でいえば、パンターとそれ以前の戦車で速度に差はない。

 

理想的な編成にあえて付け加えるならば、史実の独ソ戦における市街地戦闘で求められた、重自走砲であろう。これは対歩兵、対々戦車火力の意味合いもあるが、障害除去の要求が大きい。

 

「本車は遅い。しかし重戦車に追随する程度はできる。前面装甲も厚い。見た目通りにどっしりと構えて、一発一発大事に打つこと」

 

「車長どの、車長席から車外を覗くことが出来ましょうや。砲手たる私が肩車いたしましょうか?」

 

「それくらい届くわよ!」

 

くすくすと笑いが広がる。砲手は先輩だが砲手として知った仲だ。私が以前の柄にもなく真面目に話し始めたから冗談を交えて場を和ませようとしたのだろう。

 

「思ったより元気そうでよかった。急にメガネかけて少女趣味やめてインテリ気取りだしたから、クラスメイトも声かけずらかったのよ!」

 

同級生の操縦手から私的な話が続く。装填手2人も同じ考えだったらしく頷きながらこちらを見る。前世の記憶が入ってから、どうにもフリフリした服装が恥ずかしくなった。最近は量販店の柄の少ない服を選びがちだ。

 

「気を使わせてごめん。みんなが嫌いになったわけじゃない。ちょっとした心変わりだから。今まで通りとは行かないかもだけど、また一緒に頑張ってくれると助かるわ」

 

「もともと伊久地は頼られる方じゃないだろ。賢しげにしてないで、助けをよんでいいんだぜ」

 

「先輩、それ砲手として私の成績上回ってから言ってください」

 

「それじゃ伊久地の逃げ切りじゃないか!」

 

場が冷えそうな冗談を繰り返すが、先輩が情けない顔を見せ、私が笑顔を見せたので、つられてみんなで笑う。ひとまず、チームの仲は問題なさそうだ。

 

私自身、少しずつ心に熱が戻ってくるのを感じている。今見せている笑顔は作り物ではない。これは戦車道女子としてのやる気か、あるいは前世の戦車好きとしての興奮のどちらであろうか。

 

為さねばならない目標はいくつかあるが、私が黒森峰の1軍に留まり続けなければ絵に描いた餅だ。

 

「話を戻して、今日はまず、走行と射撃の要領を確認、明日以降段階的に慣らして行くわ。1週間後にストゥーパのチームと一緒に実弾射撃するから、そこで躍進射撃が出来るようになるまで仕上るわよ!」

 

 

 

 

 小梅は新たに車長となったパンターの乗員と訓練予定の打ち合わせを進めながら、少し離れたところにいる伊久地をちらちらと見やっていた。

 

伊久地の退院後、一度だけクラスで彼女に声をかけたことがある。私の姿を上から足元まで眺めたのち、ひとこと無事でよかったと言ってきた。私は続く言葉を待ったが、それきりであった。以前の彼女であれば、もっと色々と、それこそ今、彼女の車の砲手となった先輩のように無遠慮な質問を機関銃のように浴びせてきたはずだ。

 

私は戸惑ってしまって、以降話しかけられなかった。私自身、心の整理が出来ていない。まして他人の傷を癒すための言葉など持っていない。

 

そんな彼女が、また笑顔を見せていた。時間が解決したのか、あの先輩の言葉がうまいのか分からない。要因が何であれ、III号の砲塔内で幾度も見ていたその笑顔を見ると、元の日常の一部分が戻ってきたように思われ、少し心が軽くなった気がした。

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