最後まで読むとタイトルの意味がわかる。
「あっつい、・・・あと苦い。」
一之瀬帆波の人生初のブラックコーヒーは熱さと、後からくる苦さで耐え切れなかった。
「アハハ!!帆波ちゃん、無理しなくていいのに。ブラックコーヒー苦手でしょ?」
友人の網倉が笑いながら、持っていたハンカチをそっと一之瀬の前に差し出してきた。
「ありがとう、麻子ちゃん」と受け取り口の周りを拭き、机の隅に置いてある瓶を自身の手前までもってきた。
栓を抜き、断念の悲しみを抱えながら、角砂糖をコーヒーに入れていった。
一之瀬帆波は、自身が好きな男の子、綾小路清隆がよく飲んでいるブラックコーヒーを飲めるようするため、ケアキモールのカフェにて挑戦をしていた。
「けど、無理かな~私には。・・・これを顔色一つ変えずに飲むってやっぱりすごいね」
ブラックコーヒーだったものを見つめつつ、友人網倉に話をふった。
(いやいや、人それぞれの好みだと思うけどな。好きな人フィルターがかかっているせいで、何でもすごい状態になっているよ。)
とは言えず、「確かにね。うちのクラスでも神崎くんくらいしか飲めなかったよね」
同意はしつつも、他に飲める人はいるよとアピールする。
「ああー、神崎くんも飲めるんだっけ。忘れてた」
綾小路が関わると、知能指数が著しく落ちてしまうことを心配するが、1年終わり頃に見えていた絶望顔が消えていたことに安心する網倉だった。
私、一之瀬帆波には大きな秘密を抱えていた。
万引きはいけないこと。
でも、これまで妹には我慢させてきた。周りの子たちを羨む横顔を見て手を引っ張るのが苦しかった。
お母さんも朝から夜まで必死に働いてきてくれた。倒れても私たちのことを心配してくれた。私も妹の面倒を見て、お母さんのお手伝いを頑張ってきた。
なのに、なのに、これってないよ。酷いよ、神様。
家族関係に修復不可能なひびが入ってしまう。これは仕方ないこと。家族の安寧と平和のため私たちは頑張ってきた。
だから、ちょっとくらい悪いことしても問題ないよね。
都合のいい事実をコーティングした言い訳を味わないと、万引きという苦みは中和できなかった。
しかし、気づけば母の 責と、悲しむ妹の涙。
結局、私自身が家族の関係歪にしてしまった。
高校1年生の3学期、もう二度と味わいたくない苦みを思い出すことになった。
Aクラスが広めている根も葉もない私に関する噂話なら無視すればいい。けど万引きだけは根も葉もある。
私は勇気がなく、ただ部屋に引きこもって現実を遠ざけることしかできなかった。
そんな私を救ってくれたのが、綾小路清隆くんだ。
彼は、私を苦しみから救い出すのではなく、立ち向かい方を教えてくれた。万引きした過去から目を背けるのではなく、それを受け入れることを。
翌日、彼から教わったことを思い出し、緊張の面持ちで私はクラスのみんなの前に立った。
それから、私はまた一つ誰にも話せない秘密ができた。
綾小路くんが気になる。
好きな科目は?
何色が好き?
どんな音楽を好むの?
好みの食べ物は何かな?
好意を抱いている女の子はいるの?
彼が好きな物、全部知りたい。
私なら、彼が好きな物に全て合わせられる。彼のためなら嫌いなものも好きになれる。
寝る前、つい考えちゃう。
「綾小路帆波、・・・・フフッ」
彼のことを考えた後に見る夢は心地良い。
付き合ったら何をしようかな。
まず、一緒にお昼をとりたいな。綾小路くんの好みに合わせたお弁当を作りたい。
彼にあ~んってやりたいし、恥ずかしいけど逆もしてほしい。
放課後は、勉強して帰りは手を握って下校したいな。
あっ、制服デートもしてみたいな。
二人で買い物して夕飯を作って、そしたら、後は一緒にお風呂に入る・・・・・ダメダメ。まだ心の準備が。
彼といる日が特別じゃなく日常になったらな。
2回目の無人島サバイバルで私は高ぶる気持ちを抑えきれず、ぶつけてしまった。
そして、帰りの船で私は知ってしまった。
彼には、もう大切な人がいることを。
好きな子がいると。
彼女がいることを。
綾小路帆波にはなれないことを。
彼が選んだ人なんだ。きっと、素敵な人。私なんかよりずっとずっと素敵な人なんだ。
そう自分に言い聞かせ、納得しようとした。
彼じゃない別の男の人と一緒にお昼をとり、必死に忘れようとした。
けど、忘れなれない。忘れたくない。この気持ちを切り捨てることなんてできないよ。
私、どうしたらいいの?ねえ、教えて、綾小路くん。
トイレの個室で、一人自問自答していたら、ある女子生徒たちの話声が聞こえてきた。
「ねえ、あの二人ってあんまりお似合いとは言えなくない」
「確かに。なんていうか、釣り合っていない、みたいな」
「そうそう、私も思ってた」
「方は陰キャ。方はビッチ。釣り合っていない、釣り合っていない」
「え~、それはひどいよ。それに、綾小路くんよく見ると結構格好いいし」
「まあ、それはそうだね」
「それにキャラもそうだけど、性格も合わなさそうだよね」
「物静かと騒がしい。確かに合わないね」
「あ~、あとあと学力も合わなくない。確か、綾小路くんこの前の数学で満点とってたし」
「○○、綾小路くんのこと詳しすぎない。狙ってたの?」
「う~ん、実はね」
「へ~、そうだったんだ」
「だって、去年の体育祭のリレー見た。ちょー速かったんだよ」
「足が速いで盛り上がるとか小学生かよ」
「それだけじゃなくて、勉強もできるし。これは狙わない子いないでしょ」
「私は、平田君派だから」
「△△は、爽やかイケメンタイプだったね」
彼女たちはそれからも話を続けていたが、私は憤慨していた。
『あの二人ってあんまりお似合いとは言えなくない』
そんなことない。だって、あの綾小路くんが選んだ人だよ。彼に間違いなんてあるわけがない。
軽井沢さんはいい人だよ。きっと、きっと、きっ・・・・と。
「ねえー、清隆。今日の宿題見せて」
「もう歩けない。清隆おんぶして」
「清隆、ゴメン。今月ピンチなんだ。ppを少しお恵みください」
「もう、ダメだから。他の女の子とおしゃべりするのダメだから」
「あいつらより、もっと私に時間を使ってよ」
軽井沢さん。
なんで、綾小路くんを困らせるの?
なんで、綾小路くんにあれこれ求めるの?
なんで、綾小路くんに命令しているの?
なんで?なんで?なんで?
「やっぱ、あの二人釣り合っていないよ」
ヒソヒソ声が耳に入ってくる。
軽井沢さん
なんで、彼の隣にいるの?
「てか、あんな女の子を選ぶって。綾小路くん、センスないっていうか。見る目ないわ」
「あっ、わかる。私もさ、軽井沢さん選んだときから、綾小路くんには幻滅したわ」
軽井沢さん
彼をこれ以上貶めるなら、・・・・いいよね。
これは仕方ないこと。綾小路くんという最高のパートナーに釣り合えず、尚且つ品位を落とす、軽井沢さんがいけないからね。
ダメだよ、ダメダメ。
これじゃ前と一緒だよ。自分に甘い言い訳をして万引きしたあの頃の自分と。
あの時の苦みをもう忘れたの、私。
そうだ。私は変わるんだ。変わらないと。
綾小路くんにデートに誘われた。
これで区切りをつけよう。彼に対しての執着も未練も全てきれいさっぱり置いていこう。
始めは、スポーツジム。
私は既に入会しているけど、綾小路くんはしていなかった。
だから、私が主導であれこれ教えて上げよう。
親友の麻子ちゃんも一緒になっちゃったけど、一人だと緊張で会話が続くか不安だったから助かったな。
それにしても、綾小路くんすごいな。全然息をきらしていない。
やっぱり男の子だな。
えっ、ジムに入会してくれるの。これから、ジムでも会えるってこと。
嬉しいな。
のどの渇きと運動の疲れがあるため、次はカフェでまったりとくつろごう。
私は、今日のデートが生徒会関係だと知る。
本心からのデートの誘いではないことに若干の悲しみはあるけど、これは区切りだから。
これでおしまいだから。
「網倉の好きな男子のタイプとか知らないか?」
え?なんで。なんで、そんなこと聞くの?
綾小路くんらしくないよ。
もしかして、綾小路くん。麻子ちゃんのこと好き・・・・・・なの?
綾小路くんらしくないよ。
うん、違う。絶対に違う。
だって、私が気付かないはずがない。
だって、綾小路くんをずっと見ていたから。
私が麻子ちゃんのタイプを聞いた理由を推測すると「探るように頼まれた」この一言に一安心し、彼女について知っていることを話した。
「綾小路くん、渡辺くんにも随分頼られるようになったんだ」
「オレは一言も渡辺と言っていないぞ」
「あ、そっか。ごめんごめん」
つい、うっかりしちゃった。
やっぱり、綾小路くんと話すのは楽しいな。
やっぱり、綾小路くんのこと好きだな。
けど、彼には・・・・・・・欲しい。
彼女がいる・・・・・欲しい。
軽井沢さんという素敵な彼女が・・・欲しい。
だから、私は彼をあきらめ・欲しい。
彼が欲しい。
私は、本当の私を知った。
今日も私は、ケアキモールのカフェで麻子ちゃんとおしゃべりに花を咲かせた。
麻子ちゃんが私のカップの中をまじまじと覗くと「それ、もしかしてブラック?」
「そうなの。最近、ブラックコーヒー飲めるようになったんだ」
麻子ちゃんが驚いた顔で笑う。「へえ、この前は砂糖入れないと無理って言ってたのに。成長したじゃん」
私はカップの底に沈む苦みを見つめながら「だって、彼がすきだから」小さくつぶやいた。
「うん?何か言った」
「うんん、何でもないよ。」
「でも、帆波ちゃん。どうやってブラックコーヒー克服できるようになったの?」
その質問に対して、なんて答えたらいいのか、考えがあまりまとまらない。
だから、ポツリポツリと
「昔の私は、甘味を利用して苦みをごまかしてきたけど……苦みを受け入れるようにしたんだ。そしたらね、苦みって、意外と美味しく感じるんだよ」
そう言いながら、私はそっと口元を緩めた。