だいたいゴリラのせい 作:ゴリラ13
「止まりなさいッ! 皆さんッ!」
13号の鋭い声が飛ぶ。
出口へ向かっていた生徒たちの足が、一斉に止まった。
「…………」
爆豪もまた足を止め、前方を睨みつける。
その視線の先。何もなかったはずの空間に、突如として穴が開いたかのように濃紫の靄が溢れ出した。靄は瞬く間に大きく広がり、不気味に揺らめきながら出口へ続く道を覆い隠していく。
そして、その中心から姿を現したのは──。
(さっき下にいた奴……!)
ヴィランを大勢吐き出した、あの黒い霧。
広場にいたはずの相手が、いつの間にか自分たちの前へ回り込んでいた。
「お初にお目にかかります」
黒い霧の中から、くぐもった電子音を思わせる声が響く。 その異質な声色とは裏腹に、口調だけは場違いなほど丁寧だった。
「我々は──ヴィラン連合」
「……ヴィラン連合」
13号が生徒たちを庇うように一歩前へ出る。
片腕を後ろへ伸ばし、下がるよう生徒たちを制しながら、もう片方の手を目の前で揺らめく黒い霧へと向けた。
「本来であれば、本日こちらで授業を担当される予定だった平和の象徴──オールマイトに、息絶えていただくつもりだったのですが……。お姿が見られませんね……? 何か、変更があったのでしょうか……?」
「「「──ッ!?」」」
周囲の空気が凍りつく。
爆豪も僅かに目を見開いた。
(オールマイトを殺すだァ……?)
その言葉を聞いた瞬間、真っ先に込み上げてきたのは呆れだった。
将来ヒーローとなる人間を育て、現役のプロヒーローたちが教師として勤める、日本最高峰のヒーロー養成学校。そんな場所にわざわざ危険を冒してまで乗り込んできた挙句、その狙いは平和の象徴──オールマイトの命だとは……。
(……馬鹿じゃねぇのか、コイツら)
No.1ヒーローの名は伊達じゃない。そこらのヴィランがいくら束になろうとも敵わないからこそ、オールマイトは長年にわたって『平和の象徴』として君臨し続けているのだ。
そんな存在を殺すことがどれだけ無謀なことなのか。年端のいかない子供でも知っているだろう。
(……だが──)
爆豪の目が、僅かに細められた。
本当にただの馬鹿なら、そもそもここまで辿り着けるはずがない。
雄英の警備を掻い潜り、これだけの人数を校内へ侵入させている。そのうえ、今日この場所でオールマイトが授業を担当することまで把握していた。
何の考えもなしに勢いだけで乗り込んできたわけではない。
事前に情報を集め、侵入する手段を用意し、そのうえで今日という日を狙って襲撃を仕掛けてきたのだろう。
(……本気でオールマイトを殺せる算段があるってことか)
見た目通りの烏合の衆と侮るべきではない。
爆豪の視線が、改めて目の前の黒い靄へと向けられる。
先ほど広場へヴィラン共を送り込んだのも、今こうして一瞬で自分たちの前へ現れたのも、目の前のヴィランによるものだろう。
詳しい仕組みまでは分からない。
だが、少なくとも空間を繋ぎ、人間を別の場所へ移動させる類いの個性だということくらいは察しがつく。そして、そんな奴がわざわざ出口を塞いでいる──ということは……。
(素直に逃がす気はねぇってことか)
たとえ生徒であろうと、一人でもここから逃がせば雄英へ異常を知らせられる。そうなれば、すぐにでも他のプロヒーローたちが駆けつけてくるだろう。
当然、奴らにとってそんな展開は歓迎できるものではない。
文字通り、死に物狂いで邪魔してくるだろう。
なら──。
(先にブッ潰す!!)
結論は早かった。
向こうが死に物狂いで行く手を阻むというのなら、こちらも遠慮してやる必要はない。全力で叩き潰して、そのまま出口をこじ開けるだけだ。
それだけではない。
先ほど大勢のヴィランを一度に送り込んだのが、この黒い霧の個性によるものなら、奴らにとって、侵入手段であると同時に逃走手段でもある可能性が高い。
(だったら、コイツを先に潰しゃあ──)
ヴィラン共は逃げるための足を失う。
あとは駆けつけたプロヒーローたちと挟み撃ちにして、一網打尽にすればいい。
そう判断するや否や、爆豪の両掌から火花が弾けた。
「──死ねェ!!」
「オラァァァッ!!」
どうやら先手必勝と判断したのは自分だけでは無かったらしい。
地面を蹴った瞬間、視界の隅に硬化した切島の姿が映り込む。
だが、爆豪は気に留めることもなく、そのまま一直線に黒い靄へと突っ込んだ。
刹那、爆発と硬化による一撃が目の前のヴィランに叩き込まれる。爆音が轟き、黒い霧が大きく吹き飛んだ。
「──チッ」
爆豪は着地と同時に舌打ちする。
爆発は確かに直撃した。それなのに吹き飛んだのは黒い霧ばかり。
肝心のヴィラン本人が倒れた様子が無いどころか、一切ダメージを負った様子も見られなかった。
「危ない、危ない……」
「あァ?」
爆炎の向こうから、先ほどと変わらぬ声が聞こえてくる。
散らされた黒い霧が蠢き、瞬く間に元の姿を取り戻していく。
「生徒とはいえ、流石は雄英高校のヒーロー科。侮れませんね」
「…………」
その言葉に、爆豪の眉が僅かに動く。
(……危ない?)
妙な言い方だった。
もし本当に全身が霧で、物理的な攻撃が一切通用しないのなら──今の攻撃を『危ない』と評する必要などない。
つまり、何かある。この霧のどこかに、攻撃を受ければ困る何かが……。
(だったら──ッ!!)
そこまで考えた瞬間だった。
「ですが──少々、勝手が過ぎますね」
「ッ!?」
ヴィランの身体が、一気に膨れ上がった。
濃紫の靄が爆豪と切島の周囲を呑み込み、そのまま二人を通り越して後方の生徒たちへ雪崩れ込んでいく。
「なっ──!?」
「皆さん、離れてッ!!」
13号の声が響くが、もう遅い。
黒い霧は既に生徒たちの足元へ広がっていた。
「私の役目はあなた方を散らすこと……」
くぐもった声が、四方から響く。
「せっかく用意した舞台です。どうぞ──それぞれに相応しい場所で、お楽しみください」
「クソがッ!!」
爆豪が咄嗟に爆発を放とうとするものの、その炎が黒い靄を吹き散らすより早く視界が暗闇に包まれた。
「──ッ!?」
上下左右の感覚すら曖昧になる。
自分が落ちているのか、何処かへ引きずり込まれているのかすら分からない。そんな奇妙な感覚に襲われる中で──。
「うおおおおぉぉぉぉぉォォッッッ!!!!!!」
暗闇の向こうから、聞き慣れた怒声が響いた。
直後、濃紫の闇を突き破るように大きな人影が飛び出してきた。
(──……ッ!!)
それが副担任だと認識できたのも束の間。
次の瞬間には、爆豪の身体は完全に黒い靄の向こう側へと呑み込まれていた。
■
視界が晴れると、そこは先ほどまでいた広場とはまるで違う場所だった。
「──ッ」
足元の感覚が戻ると同時に、爆豪は素早く周囲へ視線を走らせる。ひび割れた床に、剥き出しになった鉄骨。壁の一部は完全に崩れ落ち、窓の向こうには同じように倒壊した建物がいくつも並んでいる。
まるで、災害にでも見舞われた後のような光景だが、倒壊したビル群のその遥か上空を覆っているのは青空ではなく、見覚えのある巨大な天井だ。
(……まだUSJの中か)
どうやら外へ飛ばされたわけではない。
あの黒い霧によって、USJ内の別区画へ転移させられたのだろう。
「——来た来た……!」
不意に聞こえてきた声に、爆豪の視線が鋭く動く。
「へぇ……こいつらが未来のヒーロー様かよ」
「ハハッ。随分と元気のある奴が来たじゃねぇか」
崩れかけた室内には、こちらを取り囲むように複数のヴィランが立っていた。
瓦礫へ腰掛けている者。
剥き出しになった鉄骨へ背を預けている者。
退路を塞ぐように立つ者。
その誰もが、突然現れた爆豪に驚いた様子はない。
むしろ、待ちわびていた。そんな下卑た笑みを浮かべてこちらにジロジロと不快な視線を向けていた。
「爆豪!」
「あ?」
聞き覚えのある声に振り向けば、少し離れた場所に切島の姿が確認できた。直ぐ傍にいたからか、同じ場所へ移動させられたらしい。
見たところ外傷は確認できないが、その表情には確かな焦りが見て取れた。
「……爆豪、無事か?」
そして、切島とは逆方向には近藤の姿。
黒い靄に呑み込まれる直前、こちらへ飛び込んできた姿は見えていたが、どうやらそのまま自分たちと同じ場所まで転移してきたらしい。
突然見知らぬ場所へ放り込まれ、周囲を複数のヴィランに囲まれているというのに、その表情に焦りは見られない。
むしろ普段よりも落ち着いた様子で、まずはこちらの無事を確かめるように視線を向けてきていた──のだが……。
(……何で脱いでんだコイツ!?)
上半身は裸。下半身も、残っているのは縦縞のトランクスただ一枚。つい先ほどまで、いつもの黒いヒーローコスチュームを着ていたはずなのに、近藤の姿はパン一の変態に成り下がっていた。
少し前まで、確かにいつものヒーローコスチュームを着ていた。それがいつの間に、どういう経緯でこんな姿になったというのか。
黒い靄へ飛び込んできた時には、近藤だと認識するのが精一杯だった。その格好まで確認している余裕などなかっただけに、爆豪には何が起きたのかさっぱり分からない。
そんな疑問が次々と頭の中を駆け巡った結果──。
「テメェッ、なんだその格好はッ!! プロのくせに戦いなめとんのか!!?」
その場に爆豪の怒号が響き渡った。
「おお! 元気そうだな!!」
「無視すんな、殺すぞっ!!」
「落ち着け、爆豪!! 気持ちは分かるけどよ!!」
そうして騒ぐ爆豪たちをよそに、当の近藤はといえば、自分の格好について説明する気など微塵もないらしい。
二人の無事を確認すると、さっさと周囲を取り囲むヴィランたちへ意識を切り替えていた。右から左へとゆっくり見回すその様からは、敵の位置や数、それぞれの特徴を確認しているのが見て取れた。
パンツ一枚で格好こそつかないものの、その表情はプロのそれである。
「飛ばされてきたのは学生が二人。それと──」
ヴィランの値踏みするような視線と指先が、近藤へ向けられる。
「ゴリラが一匹か」
「誰がゴリラだコラ。確かに、ヒーロー名は『ゴリラ』だけれども」
思わずツッコミを返す近藤だったが、それも一瞬。
すぐに表情からふざけた色が消え、再びヴィランたちへ視線を戻した。
「……まあ、いい」
一通り見終えたのだろう。
近藤は刀を肩へ担ぐと、小さく息を吐いた。
「待ち伏せにしちゃあ、随分と寂しい歓迎だな。大方、ガキ相手に大きな戦力は必要ねぇってところか?」
「ハッ、分かってんじゃねぇか」
近藤の言葉を肯定するように、ヴィランの一人が鼻で笑った。
「いくら雄英のヒーロー科っつっても、所詮は一年坊だろ? この人数で十分だ」
「ヒッヒッヒッ! たっぷり可愛がってやるぜ~?」
下卑た笑い声が、崩れかけた室内に響く。
数で勝り、相手はたかが一年坊が二人。
教師が一人混ざっているとはいえ、自分たちが負けるなど微塵も考えていないのだろう。
こちらを取り囲み、既に勝ったつもりで不快な笑みを浮かべるヴィランたちを前に、爆豪のこめかみに青筋が浮かんだ。
「誰が……誰を可愛がるだぁ……!?」
爆豪の掌から、苛立ちをそのまま表したかのような火花がパチパチと弾け始める。
「爆豪、落ち着けよ!! ──先生! 俺らはどうすりゃいい?」
少し離れた場所から、切島の声が飛んだ。
口ではこちらを宥めながらも、当の本人に戦意がないわけではない。既に両腕を硬化させ、いつでも飛び出せるよう身構えている。
「決まってんだろ」
切島の問いかけに、近藤はゆっくりと刀を肩から下ろす。
そして、視線は目の前のヴィランたちから離さないまま、刀の切っ先を彼らへ向け、『ニッ』と獰猛な笑みを見せた。
「迎撃だ。──二人とも、遠慮はいらねぇ。相手してやれ!」
近藤から告げられた言葉に、爆豪は僅かに目を見開く。
教師として自分たちの実力を把握した上での判断なのか。それとも、この男なりに別の考えがあってのことなのか。
守られていろとも、逃げろとも違う、最初から自分たち二人も戦力として数えているその物言いに、爆豪もまた近藤にも負けず劣らず獰猛に口角を吊り上げた。
「いいゼぇッ!! コイツら全員、ブッ殺したるわ!!」
先ほどまでの苛立ちをそのまま戦意へ変え、両手から小さな爆発を起こしながら爆豪は目の前のヴィランたちを睨みつける。
「相変わらず、発言がヒーローのソレじゃねぇだろ……。まあ、良いけどよ……!」
少し離れた場所では、切島もそう口にしながら硬化した拳を構えていた。
そんな二人の様子に一瞬笑みを見せた近藤は、すぐに表情を引き締め直す。そして、一度だけ深く息を吸い──張り詰めた空気を吹き飛ばすように声を張り上げた。
「行くぞ、テメェら!!」
「言われるまでもねぇ!!」
「おうッ!!」
次の瞬間──三人は、まるで最初からそう決めていたかのように、一斉に地面を蹴った。