地球連邦はアイドルによるプロパガンダを成功させられるのか?
宇宙世紀0082年。
一年戦争が終わって、まだ二年しか経っていない。
この二年という数字は、平和を語るには短すぎ、戦争を語るには長すぎた。
地球連邦軍は勝った。
勝ったのだが、人材が足りなかった。
ものすごく足りなかった。
それはもう、笑って済ませられるほどではない。
「人が足りん」
地球連邦軍・戦後復興人事局の会議室で、局長のグスタフ・モーリス准将は言った。
「足りません」
副局長が答えた。
「パイロットが足りん」
「足りません」
「整備兵が足りん」
「足りません」
「事務官も足りん」
「足りません」
「予算も足りん」
「それは人材不足とは別問題です」
「だが足りん!」
グスタフ准将は机を叩いた。
机の上には分厚い資料が積まれている。
一年戦争によって発生した人的損失。
その後の復員。
軍人の士気。
若年層の軍離れ。
そして何より問題なのが、
『地球連邦軍に入りたい』
という若者が、ほとんどいないことだった。
戦争が終わったのだから当然である。
誰だって戦争より平和のほうがいい。
問題は、平和になった後にも軍隊という組織が存在していることだった。
「若者に軍隊へ入ってもらうには、どうすればいい?」
グスタフが訊いた。
誰も答えない。
軍人が軍人を勧誘しても、
『軍隊って大変ですよ』
で終わる。
退役兵が勧誘しても、
『軍隊ってもっと大変でしたよ』
になる。
そこで一人の若い広報官が手を挙げた。
「……では、軍隊を格好良く見せればよいのでは?」
「具体的には?」
「プロパガンダです」
会議室が静まり返った。
「軍艦。モビルスーツ。制服。若い男女の兵士。そういったものを映像作品にして――」
「それなら今までもやっている」
「では、もっと分かりやすくしましょう」
広報官は一枚の企画書を差し出した。
タイトルは、
『連邦軍フレッシュ・フォース・ガールズ計画』
だった。
「……何だこれは?」
「軍人によるアイドルグループです」
「…………」
「歌って踊って、連邦軍の魅力を広報します」
「…………」
「若者に軍隊への親近感を持ってもらいます」
「…………」
グスタフは企画書を閉じた。
「却下だ」
「なぜです!」
「軍隊だぞ」
「軍隊だからです!」
「意味が分からん!」
しかし。
この企画は通った。
通ってしまった。
理由は単純だった。
他に案がなかったからである。
そして三か月後。
連邦軍中央放送は、一つの新番組を放送した。
『連邦軍公認アイドル――ブルー・スターズ!』
画面の中で、五人の女性隊員が敬礼した。
全員が成人した軍属であり、広報活動に選抜された者たちである。
衣装は青を基調とした連邦軍風のステージコスチューム。
ノースリーブのボディスーツにアームカバー、腰にはベルト。
もともとの軍服を大胆にステージ用へアレンジしたデザインだった。
当初、広報部は、
「こんなの軍人の格好じゃない」
と散々文句を言った。
衣装担当者は、
「だからステージ衣装なんです」
と言い返した。
そして放送開始。
結果。
大人気になった。
「なんでだ!」
グスタフ准将は叫んだ。
「分かりません!」
広報官も叫んだ。
「軍人募集の番組なのに、応募者の八割が『アイドルのサインが欲しい』なんだぞ!」
「でも応募者数そのものは増えています!」
「そうなのか!」
「はい!」
「……ならいい」
軍隊という組織は、案外こういうところである。
目的を達成しているなら、手段が多少おかしくても問題にしない。
ブルー・スターズは人気を拡大した。
最初は軍人向けの慰問番組だった。
それが地球圏全体へ放送されるようになり、ついには、
「ライブをやろう」
という話になった。
会場は地球連邦軍の基地に隣接した大型ホール。
周辺には警備部隊が配置された。
観客は数千人。
連邦軍関係者だけでなく、一般市民も多数来場した。
「すごい人数ね……」
ブルー・スターズのリーダー、マリア・ヘイズ中尉が舞台袖から客席を見た。
「怖くなってきた」
メンバーの一人、エレナ・フォード少尉が言った。
「MSと戦うより?」
「うん」
「それはどういう軍人なんだ」
「私は整備兵だから」
「そうだった」
ステージの向こうでは観客が歓声を上げている。
そして舞台袖には、なぜかMS部隊まで待機していた。
警備用である。
ジムII。
近代化された連邦軍の主力機として配備が進められている機体だ。
ライブ会場の外周に立つその姿は、どう見てもアイドルの警備には過剰だった。
「本当にMSまで出すんですか?」
警備隊長が尋ねた。
「テロ対策だ」
「相手はファンですよ?」
「軍隊ではファンも民間人だ。民間人が暴徒化する可能性はゼロではない」
「なるほど」
警備隊長は頷いた。
そのときだった。
会場の正門から、奇妙な一団が現れた。
横断幕を掲げている。
『女性を政治宣伝の道具にするな!』
『軍による女性の性的消費をやめろ!』
『アイドルを解放せよ!』
警備兵が顔を見合わせた。
「……抗議団体?」
「そのようです」
「人数は?」
「三十人ほど」
「まあ、抗議活動なら話し合いで――」
その直後。
別の報告が飛び込んできた。
『抗議団体の後方に、不審な車両!』
「不審な車両?」
『旧式の軍用トラックです!』
「所属は?」
『不明!』
警備隊長の顔が変わった。
「確認しろ」
やがて画像が送られてくる。
そこには、旧ジオン系の装備を思わせる車両が映っていた。
「……まさか」
警備隊長は頭を抱えた。
「人権団体とジオン残党が組んでいる?」
理屈としては最悪だった。
思想も目的もまったく違う。
しかし、
『連邦軍の広報活動を邪魔する』
という一点だけで奇跡的に意見が一致していた。
しかも、本人たちはその奇妙な共闘を、
「歴史的な連帯だ!」
と真顔で主張している。
会場内。
「皆さん、今日は来てくれてありがとう!」
マリアが叫ぶ。
観客が沸く。
「連邦軍をもっと身近に感じてもらえるよう、私たちは――」
その瞬間。
外から拡声器の声が響いた。
『連邦軍は女性を消費するな!』
観客がざわめく。
「……何?」
マリアが舞台上で固まった。
『軍事プロパガンダに女性を利用することを許さない!』
観客の一人が叫んだ。
「いや、本人たちがやってるんじゃないの?」
別の観客。
「本人たちが納得してるならいいんじゃない?」
さらに別の観客。
「そもそも軍人だろ?」
抗議団体側から怒声。
『それ自体が問題なのです!』
「ややこしいな!」
舞台裏で広報官が叫んだ。
さらに事態をややこしくしたのは、ブルー・スターズ自身だった。
マリアがマイクを握る。
「えーっと……私たちは別に、誰かに無理やりアイドルをやらされているわけではありません」
エレナも頷いた。
「むしろ給料がいいので助かってます」
「言うな!」
広報官が頭を抱えた。
「それは内部事情だ!」
観客が笑った。
抗議団体はさらに混乱した。
「え?」
「本人たちが嫌がってない?」
「むしろ待遇に満足している?」
「話が違うぞ!」
そのとき、ジオン残党側の男が叫んだ。
「騙されるな!これは連邦の情報操作だ!」
すると観客席から、
「お前らジオン残党だろ!」
「そっちこそ人権団体を利用してるじゃないか!」
と声が飛ぶ。
会場は完全に口論大会になった。
警備隊は困った。
撃てば大事件。
撃たなくても大混乱。
そもそも相手はアイドルライブを見に来た一般市民である。
「隊長、どうします?」
「どうもこうもない」
警備隊長は通信機を握りしめた。
「MS隊は警戒だけ。絶対に撃つな」
『了解』
ジムIIが一歩前に出た。
その巨体だけで、抗議団体の足が止まった。
「……MSだ」
「ジムIIだ」
「怖い」
「いや、あれ警備用だろ」
奇妙な沈黙。
そしてマリアが言った。
「……せっかくなので、歌いませんか?」
「え?」
全員が振り向いた。
「こういうときこそ、歌えばいいんじゃない?」
エレナが笑った。
「それ、軍人として正しい?」
「知らない」
マリアはマイクを握った。
「でも私たちは、これが仕事だから」
演奏が始まった。
会場に音楽が流れる。
最初は誰も動かなかった。
しかし一人。
また一人。
観客が手拍子を始める。
抗議団体の中にも、つられて手拍子をする者が出た。
「おい、お前!」
「いや、これはリズムを確認しているだけだ!」
「何の確認だ!」
ジオン残党の男まで足で拍子を取っていた。
「お前も乗るな!」
「これは心理戦だ!」
「どんな心理戦だ!」
ステージは続いた。
ライブそのものは、結果的に大成功だった。
だが翌日。
連邦軍本部では、別の意味で大騒ぎになっていた。
「抗議団体との衝突!」
「ジオン残党との関係!」
「軍による女性広報活動への批判!」
「ライブ会場にMSを配備した件!」
新聞も放送局も一斉に報じた。
そして人事局では、グスタフ准将が机に突っ伏していた。
「……人材を増やしたかっただけなのに」
「応募者は増えています」
「増えたが!」
広報官が資料を差し出す。
「ブルー・スターズのおかげで、軍への就職希望者は前年比二百三十パーセントです」
「…………」
「特に若年層からの応募が増えています」
「…………」
「成功ですよ」
グスタフは長い沈黙の後、顔を上げた。
「……アイドルは」
「はい」
「やめようか」
「え?」
「これ以上人気が出たら、軍事予算よりアイドルの警備費のほうが高くなる」
「……それは」
「しかも次のライブでは、ジオン残党が何人来るか分からん」
「確かに」
「人権団体も来る」
「はい」
「ファンも来る」
「はい」
「そして全部まとめてMSで警備する」
「はい」
「そんな軍隊があるか」
広報官は考えた。
「……あります」
「どこに?」
「ここに」
「そうだった」
グスタフは窓の外を見た。
基地の格納庫では、ジムIIが整備を受けている。
その横を、ブルー・スターズのメンバーたちが通り過ぎていく。
「次のライブ、どこでやる?」
「月面基地がいい!」
「宇宙は寒いぞ」
「じゃあコロニー!」
「ジオン残党が来そう」
「地上!」
「人権団体が来そう」
「海!」
「MSが水没する」
「……」
五人は顔を見合わせた。
そして全員で言った。
「アイドル、やめようか?」
その日の午後。
地球連邦軍は正式に、
『ブルー・スターズ活動縮小計画』
を発表した。
ただし。
翌日から軍への入隊希望者はさらに増えた。
理由は簡単だった。
『あの伝説のアイドル部隊が本当に軍人をやっていたらしい』
という噂が、若者たちの間で妙な人気を呼んだからである。
人材不足問題は、解決した。
解決したのだが。
連邦軍人事局には、新たな問題が発生した。
「……今度は何だ?」
「入隊希望者の半分が、アイドル部への転属を希望しています」
「…………」
グスタフ准将は机に額をぶつけた。
宇宙世紀0082年。
戦争が終わった後も。
地球連邦軍の戦いは、まだまだ終わりそうになかった。
Q.なんで0082年ばっかなん?
A.アホみたいな理由でMSを動かせる年代がここしかないからや