作:ハーレム人気者

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始まり④

それから、しばらくして。

相変わらず客の少ない店内に、ドアベルの音が響いた。

カラン――。

「いやぁ、久しぶりですねぇ」

聞き覚えのある、どこか飄々とした声。

店に入ってきた男を見て、千束が真っ先に反応した。

「あれ? 鈴木さんじゃない?」

「おや、千束ちゃん。お久しぶりです」

「ほんと久しぶりー!」

鈴木。

いつも掴みどころのない男だ。

軽い口調。

どこか胡散臭さすら感じさせる笑顔。

何を考えているのか、表情から読み取るのは難しい。

俺は横目で鈴木を一瞥する。

「…………」

鈴木も一瞬だけこちらを見た。

だが、互いに声はかけない。

まるで俺の存在など気にも留めていないように、鈴木は店内を見渡す。

そして――。

「ああ、ミズキちゃん」

「何よ?」

「今日もかわいいですねぇ」

「はいはい」

「どうです? そろそろ僕と結婚しません?」

いつもの調子だ。

普段ならミズキも適当にあしらうところだが――今日は違った。

「いやよ」

即答だった。

「あら」

「あんたみたいなおっさんと結婚なんて絶対イヤ」

「いやぁ、今日も手厳しい」

「それに――」

ミズキは一度、鈴木の顔を見る。

「あんた、信用できないしね」

そう言い残すと、ミズキは鈴木から離れていった。

「…………」

俺はその様子を横目で見ていた。

「ハハハ……」

鈴木が困ったように頭を掻く。

「振られちゃいましたねぇ」

「ご、ごめんね、鈴木さん!」

千束が慌ててフォローに入る。

「今日、ミズキちょっと機嫌悪いみたいだから!」

「いえいえ。気にしてませんよ」

そこへミカがやってくる。

「すまない。うちの店員が失礼なことを言った」

「いや、本当に大丈夫ですって」

「これはお詫びのコーヒーだ。もちろん代金はいらない」

ミカは鈴木の前にコーヒーを置く。

そして軽く頭を下げた。

「本当にすまない」

「いやいや、気にしてませんよ」

鈴木はいつもの笑顔を浮かべる。

そして、目の前のコーヒーを見ると――。

「でも、コーヒーはありがたくいただきます」

「ふふっ、そこは貰うんだ」

千束が笑う。

「せっかくですからねぇ」

鈴木は楽しそうにコーヒーへ口をつけた。

しばらくして――。

「すいませーん」

鈴木が手を上げる。

「はーい!」

千束が返事をする。

「お手洗い、借りてもいいですか?」

「いいよー!」

千束が店の奥を指差す。

「あっちだよ」

「ありがとうございます」

鈴木は立ち上がると、そのまま店の奥へ向かった。

「…………」

俺はその姿を横目で見送る。

そして、鈴木が店内から見えなくなったところでテーブルへ向かった。

「お皿、下げますね」

返事はない。

当然だ。

鈴木は席を外している。

俺はテーブルの上に置かれた皿を重ねる。

その時――。

一枚の折り畳まれた紙が目に入った。

「…………」

皿を取る動作に紛れ込ませ、その紙を拾う。

誰にも見られないよう、そのままポケットへ入れた。

何事もなかったかのように皿を持ち上げる。

「…………」

千束は気づいていない。

ミズキもこちらを見ていない。

ミカも何も言わない。

俺はそのまま厨房へ戻った。

皿を洗い終える。

その頃には、鈴木もすでに店を出ていた。

俺は手を拭くと、ミカへ声をかける。

「マスター」

「どうした?」

「少し休憩に入ってもいいですか?」

ミカはすぐには答えなかった。

一度、店内を見渡す。

相変わらず客は少ない。

「……分かった」

ミカが頷く。

「ただし、すぐ戻るように」

「了解です」

エプロンを外す。

すると――。

「また!?」

案の定、千束が反応した。

「…………」

「レン、さっき休憩したばっかりじゃん!」

千束は今度はミカへ向き直る。

「先生、贔屓だ!」

「千束」

「だってぇ!」

ミカは困ったように息を吐く。

「いいんだ」

「なんでー?」

「レンが忙しくなるのは午後からだからな。それまでは融通を利かせている」

「むぅ……」

納得していない顔だ。

俺はミカへ軽く頭を下げる。

「すいません。いつも」

「気にするな」

「…………」

次に千束を見る。

まだ不満そうに頬を膨らませている。

俺は千束の前まで歩く。

「千束」

「なに?」

「すぐ戻る」

そう言って、軽く頭を撫でる。

「…………」

先ほどまで文句を言っていた千束が静かになった。

「……うん」

短い返事。

それを確認して、俺は店を出た。

外へ出る。

店から少し離れ、人目のない場所まで歩いた。

そこで一人になる。

「…………」

やがてポケットへ手を入れる。

鈴木が残していった紙を取り出した。

折り畳まれた紙を開く。

そこには、一人の男の写真。

そして簡潔な情報が記されていた。

比山勇三――四十四歳。

テロに関与している可能性あり。

目標を確保せよ。

確保が困難な場合についても、別途指示が記されている。

さらに――。

後方支援部隊が待機。

必要であれば自由に使用して構わない。

最後には短く、

――Kより。

とだけ記されていた。

「…………」

写真の男を見つめる。

比山勇三。

四十四歳。

テロへの関与疑惑。

俺はその顔と情報を記憶する。

用済みになった紙は、その場に残らないよう処分した。

そして目を閉じる。

喫茶リコリコで働いている、朽木レン。

何者でもない存在。

あの店では――それでいい。

だが。

俺には、別の仕事がある。

ゆっくりと目を開く。

「……了解」

誰に聞かせるでもなく。

俺は、それだけを呟いた。

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