【完結】アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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各位とアカギの関係も煮詰まってきましたね。私は龍園とアカギの関係性がお気に入りです。





第58話「通り牌」

棒倒しは、男しか出ない。

 

 

 

俺は守る側に回された。丸太の根元に張りつく係だ。攻める連中が来るのを、その場で待っていればいい。

 

「赤木くんは動かないでね。位置を守ってくれるのが一番助かるから」

 

平田はそう言って、手元の紙に何か書き込んだ。種目と位置は坂柳の案で決まっているが、その中の攻守はクラスで割る。

 

縄でも、丸太でも、俺は同じ場所に置かれるらしい。

 

不満は無い。動かない役は、動かない分だけ周りが見える。

 

棒倒しは男子だけなので、女子が綱引きに回っている間に場所を使う。本番で登ってくるのはBとCだが、練習では味方同士で攻守を分けるしかない。

 

Aとは向こう半分で別に組んでいた。その列の端で、葛城が紙を持って立っている。

 

日陰に坂柳の姿は無かった。昨日はあそこに座って、名前の並びだけを見ていた。

 

攻める側が走ってくる。誰が先頭で、どこが薄いかは、走り出す前から見えていた。

 

見えていても、動けない。動けば根元が空く。

 

一度目は、来た連中を押し返した。二度目は半分まで入られて、須藤が横から潰した。三度目で崩された。

 

三度目に崩したのは、右から回り込んできた三人だ。そっちが薄いことは、二度目の途中から分かっていた。

 

分かっていて、そこへ行けない役を割り振られている。

 

坂柳が組んだ紙の上では、俺はそういう駒だった。

 

「赤木、お前突っ立ってるだけじゃねえか!」

 

「そういう役だ」

 

「もうちょいちゃんとやれよ!」

 

池が笑いながら砂を払っている。膝から血が出ていたが、拭こうともしなかった。

 

「なあ赤木、明日は俺も守りやらせてくんね?」

 

「平田に言え」

 

「言ったけど、お前は攻めの方が向いてるってさ。あれ絶対、遠回しに使えねえって言われてんだろ」

 

「守りは、動かねえのが仕事だ。あんたには向かねえ」

 

「なんでだよ」

 

「動くからだ」

 

「動くだろ普通!」

 

動く人間は、動く場所に置けばいい。

 

そこだけは、坂柳の組んだ案と食い違っていなかった。

 

 

 

 

 

列が捌ける途中で、綾小路とすれ違った。

 

真ん中あたりに組んでいた男だ。手を抜きもせず、前にも出ず、誰の記憶にも残らない位置に一日いた。

 

向こうが先に口を開いた。

 

「よく保ったな。三度目まで」

 

「崩れてんだよ、三度目で」

 

「そうだな」

 

見ていたなら、分かっているはずだった。

 

 

 

「見極めてえんじゃなかったのか」

 

俺は訊いた。

 

「今も見ている」

 

「丸太の根元で突っ立ってるだけの男を、一日眺めてか。ご苦労なこった」

 

「立っているだけの男が、一日で三度、崩れ方を変えた。お前がそれを選んでいるのか、周りが勝手にそうなっているのかは、まだ分からない。分からないから、見ている」

 

長え。

 

こいつは、黙っているか、こういう喋り方をするかのどっちかだ。

 

「買いかぶりだ」

 

「そうかもしれない」

 

綾小路は、それ以上は言わずに列の方へ歩いていった。

 

見られていた、ということではない。数えられていた、ということだ。

 

 

 

 

 

本部の天幕の下に、腕章をつけた上級生が三人いた。生徒会だ。

 

進行の紙を持って、時計を見ながら何か書き込んでいる。その一番端に、堀北の兄がいた。

 

椅子には座らず、立ったまま紙を見ている。話しかけてきた下級生に、顔も上げずに二言だけ返して終わりにしていた。

 

一度だけ、こっちを見た。

 

見て、止まった。

 

一秒あったかどうかだ。それから紙に目を戻して、隣の二年に次の進行を指示した。

 

四か月前の夜を思い出す。

 

寮の裏だった。妹の手首を掴んでいた手が止まって、それが離れて、次にこっちの襟を掴んだ。片手だった。軽々と持ち上げられて、爪先が浮いた。

 

しばらくそうしていた。

 

離す時に、一言だけ寄越した。

 

つまらん男だ。

 

それから妹の名を呼んで、上のクラスに上がりたかったら死に物狂いで足掻け、と言い残して行った。

 

一年の校庭に、三年の生徒会長が立っている。自分の学年の練習もあるはずだった。それを外してまで、ここで紙を見ている。

 

行事の運営に生徒会が噛んでいるとは、平田から聞いていた。割り振りも段取りも、全部あの部屋で決まるらしい。

 

だとしても、最上段に名前を置いた人間が、下の学年の練習に自分で立つ必要はねえ。

 

天幕の下で、誰かがあの男に紙を差し出した。受け取って、目を通して、一言だけ返した。

 

その一言の間に、もう一度だけ、こっちの方に目が動いた。

 

つまらないなら、忘れる。

 

忘れていない人間の、目の止め方だった。

 

 

 

二学期に入ってから一度だけ、向こうから声をかけてきた、あのつまらない会話を。

 

 

 

 

 

練習の終わりに、平田がクラスを集めた。

 

「今週の合同練習は明日で終わりだよ。来週は各クラスで仕上げだね」

 

紙を読み上げていく。時間、場所、持ち物。

 

「堀北さん、他に何かある?」

 

振られて、堀北が前に出た。

 

「……特には。遅れる人が出ないようにして」

 

それだけ言って、下がった。

 

前なら、ここでもう二言か三言あった。誰がどこで手を抜けば全部が崩れるか、訊かれてもいないことまで並べて、半分は煙たがられて、それでも言う女だった。

 

言わなかった。

 

池も山内も、何も起きていない顔で解散していく。

 

平田だけが、少し長く堀北の方を見ていた。

 

解散した後、その平田が紙を抱えたまま寄ってきた。

 

「赤木くん、ちょっといい? 棒倒しのことなんだけど」

 

「なんだ」

 

「守りって、何人で組むのが正解なんだろう。多くすれば固くなるけど、その分、攻めが減るよね」

 

「固くしても崩れる時は崩れる」

 

「うん……」

 

「どこを先に捨てるか決めとけ。そっちの方が要る」

 

平田が顔を上げた。

 

「捨てる?」

 

「全部を同じ厚さで守ろうとすりゃ、全部薄くなる。端はくれてやって、根元に寄せた方が保つ。当日に決めようとしても、誰も捨てられねえ」

 

「……そうか」

 

紙に何か書き込んでいた。書きながら、少し笑った。

 

「赤木くん、そういうの詳しいんだね」

 

「詳しかねえよ」

 

崩れるのを前提に置くのは、詳しいかどうかの話じゃない。

 

崩れない前提で組む人間が多すぎるだけだ。

 

 

 

 

 

寮へ戻る道で、龍園に会った。

 

前と同じフェンスのところだった。制服のままで、練習に出た様子はどこにも無い。

 

「よう、赤木」

 

「またあんたか」

 

「伊吹が妙なことを言ってたんでな」

 

龍園は、フェンスに背中を預けたまま動かない。

 

「あいつに俺のことを訊いたそうじゃねえか」

 

「訊いた」

 

「何でだ」

 

「練習で見なかった。それだけだ」

 

「それだけで、わざわざ訊くか」

 

蓋を開けずに、水のボトルを指で回した。

 

龍園は、片方の口の端を上げた。

 

「まあいい。出てねえのは本当だ。俺が出たところで縄が一本増えるわけでもねえ」

 

「点は引かれねえのか」

 

「本番に出りゃそれで済む。練習の頭数を数えてる暇な奴が、どこにいる」

 

「で、何の用だ」

 

「その伊吹がな、もう一つ言ってた」

 

龍園が、フェンスから背中を離した。

 

 

 

「堀北が坂柳の方角だけ見ねえ、とよ」

 

足の裏で、砂の粒が鳴った。

 

伊吹が言ったのは、堀北がこっちを向かないというところまでだ。

 

坂柳の方角だけ、と切ったのは俺だ。

 

あの場で、あの女に向かって、自分の口から言っている。

 

それが昨日の今日で、この男の手の中にある。

 

「ククッ。どうした」

 

「いや」

 

「顔が変わったぜ、今」

 

変わったんだろう。

 

自分で切って、自分で渡した牌が、一巡して戻ってきた。渡した時には何とも思っていない牌だった。

 

「伊吹は、そこまで見ちゃいねえだろ」

 

「見てねえよ。あいつは見たままを喋っただけだ」

 

龍園は、それ以上そこを追わなかった。

 

「Aは静かだ」

 

「そうかい」

 

「葛城のとこに人をやった。何も出ねえ。……もっとも、あの男は島の一件から蚊帳の外だ。今更聞くだけ無駄だったがな」

 

そう言って、鼻を鳴らした。

 

「何も掴めちゃいねえ。だから来た」

 

「Aが静かなだけで、あんたはここまで来るのか」

 

「静かな時に毟られんのが一番腹が立つんでな」

 

そこは分かる理屈だった。

 

「一つ訊くぜ。当日、体育祭の場で何か起きると思うか」

 

「知らねえよ」

 

「思うか、と訊いてる」

 

しばらく考えて、答えた。

 

「起きるなら、体育祭の場じゃねえ」

 

龍園の目が、ほんの少しだけ動いた。

 

「ほう」

 

「勝った負けたで点が動く場所だ。そこで動かしても、誰にでも見える。見えるもんで人は縛れねえ」

 

「……なるほどな」

 

それきり、この男はその筋を追わなかった。

 

「俺が知ってると思ったか」

 

「思っちゃいねえ。ただ、お前は何か抱えてる顔をしてる」

 

「顔で分かるのか」

 

「分かるさ。抱えてる奴は、訊かれた時に間が空く。今お前は二回空けた」

 

数えていたらしい。

 

「一つ提案だ」

 

龍園が、指を一本立てた。

 

「今は、俺もお前も持ってねえ。だが、先に何か掴んだ方が、もう片方に渡す。値は後で決める」

 

「後で決める、ってのはどういう意味だ」

 

「欲しくなった時に、こっちが吹っかけるって意味だ」

 

正直な男だった。

 

 

 

「断る」

 

 

 

「あ?」

 

「いらねえ」

 

龍園の眉が、わずかに動いた。

 

「タダで先渡ししてやろうってんだぜ」

 

「タダのもんに、値はつかねえ」

 

龍園の目が、一度だけ細くなった。

 

それきり、何も言わずにこっちを見ていた。

 

やがて、喉の奥で笑い出した。

 

「クハハ。……お前、それ6月に自分がやったことだぞ」

 

言われて、思い出した。

 

値打ちの消えた札を、この男に言い値で買わせたのは俺だ。同じ手を、同じ場所で、向きだけ変えて出してきている。

 

「だから断ってんだろうが」

 

「なるほどな」

 

龍園はフェンスを離れた。

 

二歩ばかり歩いて、それから振り返らずに言った。

 

「白組が勝つかもしれねえぜ」

 

「根拠は」

 

「一之瀬だ。あの女のところは、誰も途中で抜けねえ。速えも遅えも関係なく、最後まで全員が引いてる」

 

「あんたは、それを見てるのか」

 

「見るだけだ。口は出さねえ」

 

そこで一度、肩越しにこっちを見た。

 

「お前んとこは、どうだ」

 

答えなかった。

 

龍園は、それだけで足りたらしい。歩いていった。

 

五歩ほど行ったところで、足を止めずに言った。

 

「言っとくが、俺はお前が何をやらかそうが構わねえ」

 

「そうかよ」

 

「ただ、うちに火の粉が来る形でやるなら、先に言え。その時は値を訊く」

 

返事はしなかった。

 

この男は、返事が要る時には立ち止まる。立ち止まらなかったということは、要らなかったということだ。

 

 

 

 

 

昇降口で、堀北と一緒になった。

 

「明日、雨みたいね」

 

「そうか」

 

「練習が流れたら、当日ぶっつけになるわ。棒倒しの形だけでも決めておいた方がいいと思うのだけれど」

 

「平田に言え」

 

「言ったわ。あなたにも言っておこうと思っただけ」

 

事務の話だった。

 

最後まで、事務の話だった。言いかけて止まりもしなかったし、こっちの顔を確かめもしなかった。

 

「じゃあ」

 

「ああ」

 

そのまま、先に出ていった。

 

昨日は、寮への道で足を止めて、口を開いて、閉じた。

 

今日も開かない。

 

 

 

 

 

寮の前で、須藤に会った。

 

「おう赤木。合同の練習、明日で終わりだってよ」

 

「聞いてる」

 

「池のやつ、さっきお前に突っ立ってるだけとか言ってたけど、あれ半分嫉妬だからな。あいつ、守り任されてえんだよ」

 

「やらせりゃいい」

 

「無理だろ。あいつ動いちまうもん」

 

須藤は笑って、それから思い出したように言った。

 

「そういやお前、堀北と喧嘩でもしてんの」

 

足が止まった。

 

「なんでだ」

 

「いや、なんか最近、二人とも変だしよ。飯の時も全然喋んねえじゃん」

 

「してねえよ」

 

「ならいいけどよ。……お前ら、たまにそういう感じになるよな」

 

そう言って、階段を上がっていった。

 

たまにそういう感じになる、というのは、この男なりの言い方だった。

 

 

 

 

 

その夜、櫛田の部屋は三十分で終わった。

 

「今日はここまで。明日、朝早いから」

 

当日の役割がどうとか、女子の集合がどうとか、この女は行事のたびに一番忙しくなる。

 

問題集を閉じる手が早かった。閉じてから、こっちを見ずに言った。

 

「体育祭、どこに入ってるんだっけ」

 

「出るのは全部だ。どこに入ってるかは、向こうが決めてる」

 

「……そうだったね」

 

知っていて訊いた、という間があった。

 

「堀北のことは、今日は訊かねえのか」

 

こっちから言った。

 

櫛田の手が、問題集の角で止まった。

 

「訊いたって、答えないでしょ」

 

「昨日は何度も訊いた」

 

「昨日はね」

 

それきり、この女は問題集を鞄に入れた。入れる音だけが、やけに丁寧だった。

 

昨日はあれだけ訊いて、今日は一度も訊かない。

 

一晩で、何かが変わったらしい。

 

何が変わったのかは言わないし、こっちも訊かない。

 

「もう行って。片付かないから」

 

背中を押されて、部屋を出た。

 

 

 

 

 

部屋の電気をつけずに、鞄を床に置いた。

 

昨日、自分の口から切った札が、もう戻ってきている。

 

切った時には、何とも思っていない牌だった。

 

意味は、拾った奴が後からつける。

 

こっちが何を賭けているかは、こっちが決める。だが、こっちが何を漏らしたかは、こっちには決められねえ。

 

――上等だ。

 

そういう卓の方が、よほど面白い。

決着をつけてほしいのはどれ?

  • 坂柳との再戦
  • 龍園との貸借
  • 綾小路との関係
  • 堀北との距離感
  • 櫛田との停戦
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