アカギ〜実力至上主義の教室に舞い降りた天才〜   作:GC

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第59話「場代」

商談が流れること自体は、珍しくねぇ。

 

値が合わなけりゃ流れる。流れたら次を探す。そういうもんだ。

 

 

 

 

 

今日のは違った。

 

俺が出した条件は、こっちが損をする側の条件だった。情報を先に渡す。金も点も要求しない。恩だけ残して、請求は後回し。買う側にとっては一方的に得な話で、断る理由がどこにも無え。

 

恩ってのは、首にかける縄の別名だ。

 

赤木は断った。

 

タダのもんに、値はつかねえ。

 

それだけ言って、あとは黙ってこっちを見ていた。黙られると、こっちが勝手に喋る。喋った分だけ手の内が減る。分かっていて喋った。

 

フェンスから二十歩ほど歩いて、足を止めた。

 

「ねえ」

 

物陰から伊吹が出てきた。離れて見ていろと言っておいたから、そうしていたんだろう。

 

「どうだったの」

 

「あ?断られた」

 

「……は?」

 

「タダでくれてやると言った。要らねえとよ」

 

伊吹の眉が寄った。こいつは分かりやすい。分からねえ時は分からねえ顔をする。

 

「意味が分かんない」

 

「だろうな」

 

「あんた、あいつのこと買いかぶってない?」

 

「クックック、そうかもしれねぇな」

 

そう返したら、それ以上は突っ込んでこなかった。石崎なら五回は訊いてくる。訊かねえところが、こいつの使い道だ。

 

「明日は」

 

「見てろ。見たままを喋れ。意味をつけるな」

 

「……いつもそうしてる」

 

「それでいい」

 

伊吹が行った後で、もう一度だけ考えた。

 

今日、赤木の顔を動かしたのは俺の札じゃねえ。伊吹が見たままを喋った一言だ。

 

堀北が坂柳の方角だけ見ない。

 

伊吹はそこまで言っていない。こいつが言ったのは「こっちを向かない」までで、「坂柳の方角だけ」と切ったのは赤木本人だという。

 

自分で口に出した一言が、一日で俺の手元に届いていた。

 

届いたことに、あいつは今日気づいた。

 

 

 

 

 

 

寮へは戻らず、校舎の裏を回った。

 

歩くのは考えるためじゃねえ。座っていると、都合のいい結論で手を打ちたくなる。

 

この半年、俺が一番長く値踏みしてきた相手は、坂柳でも葛城でもねえ。

 

最初は六月だ。

 

Dクラスの誰かが十万を出したという話を掴んで、二週間張った。金の出所を握れば、Dの首を握ったのと同じだ。実際、握った。

 

握った時には、その首に値が無くなっていた。

 

赤木は、俺の教室に一人で入ってきて、自分から答えを置いた。出したのは俺だ、と。

 

本当かどうかは締め上げりゃいい話だった。教室には石崎もいたし、こっちの人数の方が多い。吐かせて終わりにできた。

 

結果、できなかった。

 

この教室に十人いる、とあいつは言った。一発殴れば、あんたは十人に弱みを配ることになる、と。

 

安いかどうかはあんたが決めりゃいい、とも言った。

 

計算した。計算した結果、殴らない方が安かった。それだけの話だ。

 

それだけの話なのに、あいつの名前だけは帳面から消してねえ。

 

取り損ねた分は、利息をつけて回収する。俺はそういう商売をしてきた。

 

釣り上げた魚が、痩せてただけだ。

 

そう言われて、俺は笑った。腹を立てる前に笑っていた。

 

値の消えたものを、消える前の値段で買わせる。買った側は、買った後で自分が何を買ったのか知る。

 

俺の手口だ。

 

先にやられた分は、二度目で取り返す。二度目が無え相手なら、作る。

 

 

 

 

 

八月、島で同じ形を返した。

 

拠点から物が減っていることに、赤木は自力で気づいた。だから先に言ってやった。無いというのも売り物になる、と。

 

あんたに教わった、とも言った。

 

教えた覚えはねえ、という顔をしていた。

 

実際、教える気なんぞ無かったんだろう。あいつは手の内を隠さない。隠さずに勝つから、後から真似ができる。真似ができるってことは、いつか抜けるってことだ。

 

あの時、Aとの裏取引まで言い当てられた。

 

東だ、と言われた。Aクラスか、とも。

 

否定する意味が無かったから認めた。見返りの中身だけは只じゃねえと言って伏せたが、伏せたところであいつは欲しがりもしなかった。

 

欲しがらねえ相手からは、何も毟れねえ。

 

毟れねえ相手に対して、俺が持っている手は一つしかねえ。

 

潰す。

 

六月に一度やって、勘定が合わなかった。合わなかったのは、獲り方を間違えたからだ。

 

金でも点でも、あいつは痛まねえ。

 

なら、痛む場所を探すまでの話だ。

 

 

 

 

 

船の上でも一度やり合っている。

 

優待者の法則をあいつが持っていて、俺が受け取った。値は払っていない。借りにしとくぜ、と言って預かった格好だ。条件は一つ、子の組には手を出すな。

 

出さなかった。出す理由が無かった。

 

受け取った紙に法則を当てはめりゃ、子の組の優待者が誰かは、その場で出る。

 

赤木自身だ。

 

自分を的にしたまま、的の場所を俺に渡していた。渡した相手に、自分を探すなと条件を付けた。

 

理由は下船の朝に本人から聞いた。Dが一人勝ちすりゃ残り三クラスから恨みを買う、恨みの次は詮索だ、だからあんたを使った、と。

 

筋は通っている。通りすぎてやがる。

 

人間は、あそこまで自分を安く置けねえ。置けるとしたら、最初から惜しくねえ奴だ。

 

惜しくねえ奴は、何を賭けても痛まねえ。

 

厄介なのは、そこだ。

 

 

 

 

 

同じ朝に、一度だけ正面から訊いた。

 

てめえ、金にも点にも興味ねえ癖に、なんでそこまで踏み込む。

 

返ってきたのは一行だった。

 

賭ける価値があるかどうか、それだけだ。

 

つまらねえ答えだと思った。今も思っている。

 

思っているのに、あれ以来ずっと引っかかっている。

 

この学校の連中は、全員同じ勘定で動いている。増やすか、減らさないか。俺もその一人だ。百を毟られるのが嫌だから、くだらねえ行事に顔を出す。

 

赤木の勘定には、その軸が無い。

 

怖がるべきところで、一切怖がらねえ。

 

褒めちゃいねえ。値踏みだ。

 

値がついた相手は、いつか卓に引きずり出す。それだけの話だ。

 

 

 

 

 

一番引っ張り出したくねえのは、夏の終わりだ。

 

あいつが俺を呼び出して、調べさせていた件を打ち切ると言った。その上で、見物料を払えと言ってきた。

 

何を払えばいい、と訊いた。

 

言葉の意味は分かった。分かった上で、俺は払えるものを並べた。

 

掻き集めた点の額と、方々に回してある貸しの名前をいくつか。必要なら、まだ出せた。惜しいと思ったことは一度も無え。

 

並べてから、向こうに言われた。

 

全部よそから借りてきた札だ、あんた自身の持ち物は一つも混じっちゃいねえ、と。

 

その通りだった。惜しくねえものを出すのは、支払いとは言わねえ。

 

足りねえな、と言われた。

 

一人だけ安全圏から見物なんて、つまんねぇ勝負すんじゃねぇよ。

 

――降参だ降参。

 

そう言って、俺が降りた。

 

自分の口で降りたのは、この学校であの一回だけだ。

 

 

 

 

 

今日、俺は同じことをやった。

 

葛城に人をやって、何も出なかった。あの男は島の一件から、坂柳の下で紙を配る側に回っている。俺は来るもの拒まずで乗っただけだが、乗った結果、こっちの耳が一つ死んだ。笑い話だ。

 

坂柳は坂柳で、島の頃から赤木の名前を気にしていた。いずれあの二人はやり合うだろうと踏んでいたし、潰し合ってくれりゃ儲けもんだと思っていた。

 

思っていた頃の方が、まだ勘定が単純だった。

 

Aは静かだ。伊吹の報告以外に引っかかるものが無い。

 

だから買いに行った。タダで渡す。恩だけ残す。請求は後回し。

 

断られた。

 

俺が出そうとしたのは、また減っても痛まねえ札だ。夏と一文字も違わねえ。

 

だからあいつは座らねえ。座らねえ相手の首は、獲れねえ。

 

 

 

 

 

雨は降らなかった。予報が外れて、朝から乾いた風が吹いていた。

 

その朝、石崎が教室で喚いていた。

 

「龍園さん、聞きました? Bのクラス、朝練やってるらしいっすよ」

 

「そうかよ」

 

「うちもやります?」

 

「やりたきゃやれ」

 

「え、いや、龍園さんが出ねえと意味ねえっつうか」

 

「意味なら、出なくてもある」

 

石崎が首を捻っている。

 

「あの、龍園さん。最近Dのことまた調べさせてるって聞いたんすけど。……なんかあったんすか」

 

「あ?聞いてどうすんだ」

 

「いや、手伝えることあんならと思って」

 

真っ直ぐな顔で言ってくる。こいつは嘘をつかねえ。使えるかどうかの前に、まずそこがある。

 

だからこそ、こいつの首を積んでも、それは俺の首じゃねえ。

 

「要らねえよ」

 

「……はい」

 

素直に引き下がった背中を見送った。

 

使い減りしねえ駒は、使い時を選ばねえで済む。

 

 

 

 

 

昼、Aクラスの教室の前で待った。

 

呼び出せば構えられる。構えた坂柳と話しても面白くもねえ。

 

杖の音が近づいて、止まった。

 

「あら。龍園くん」

 

「よう」

 

「白組の方が、何かご用ですか」

 

「近くを通っただけだ」

 

「Aクラスの前を」

 

「通ることもあるだろ」

 

坂柳は笑った。笑ったまま、こっちの目から視線を外さねえ。

 

「一つ訊く。Dの誰かと話したか」

 

「たくさんの方とお話ししますけれど」

 

「鈴音だ」

 

杖の頭に指が乗った。乗っただけで、顔は動かねえ。

 

「体育祭の打ち合わせで、何度か」

 

「そうかよ」

 

それ以上は訊かなかった。訊いても出てこねえ。

 

出てこねえこと自体が、答えの半分だ。Dに用があるなら平田を通せば済む。あの男は誰にでも公平に時間を使う。使わずに鈴音を選んだってことは、平田じゃ足りねえ種類の用だったってことだ。

 

鎌をかけることにした。外れたら外れたで、外れ方が見られる。

 

 

 

「てめえ、赤木を使う気だろ」

 

坂柳の指が、杖の頭で止まった。

 

一秒あったかどうかだ。止まった、というより、それまで指が動いていたことに気づかされた。

 

外れちゃいねえ。少なくとも、外れた人間の止まり方じゃねえ。

 

「……どうして、そう思われるのです」

 

「訊いてんのは俺だ」

 

「あら」

 

「クックック、一つ忠告しといてやる。俺も同じことをやったからだ」

 

 

 

 

 

夏の終わりの話をした。中身は伏せた。あいつに何かをやらせようとして、対価を積もうとして、断られたとだけ言った。

 

「足りねえ、と言われた」

 

「何が足りなかったのでしょう」

 

「俺だ」

 

坂柳は黙っていた。

 

「点でも人でも時間でも、いくらでも出せた。出しても足りねえと言われた。理由は言われなかったが、後から勘定が合った。減っても俺が痛まねえものを、いくら積んでも支払いにはならねえ」

 

「……なるほど」

 

「で、てめえはどうだ。赤木に、何を懸けさせる気だ」

 

坂柳は、少しの間こっちを見ていた。

 

それから、ふふ、と笑った。

 

「龍園くん。あなたは今、二つのことを同時になさっていますね」

 

「あ?」

 

「忠告を装って、私が赤木くんに何をさせようとしているかを測っておいでです。……お答えすると思われましたか」

 

「はっ、思っちゃいねえな」

 

「でしょうね」

 

杖の先が、床を一度叩いた。

 

「では、言い当ててごらんになりますか」

 

乗ってきやがった。

 

この女は、隠すより当てさせる方を選ぶ。当てさせた分だけ、こっちがどこまで見えているかが向こうに渡る。分かっていて乗る。

 

「そうだな、あいつには何も懸けさせねえ。負けても痛まねえ形にして、席だけ用意してある。どうせお前の考えてることなんてそんなところだろうが」

 

坂柳は何も言わなかった。

 

否定もしなかった。

 

「そいつが地雷だ」

 

「……地雷、ですか」

 

「俺が避けた方の穴に、てめえは自分は落ちたんだ」

 

 

 

 

 

杖の音が一度鳴った。

 

「懸からない形にしてさしあげれば、相手は安心して座ります。……それの何がいけないのでしょう」

 

「普通の相手ならな」

 

普通じゃねえ相手には、逆に働く。

 

何も懸からねえ勝負を、あいつは勝負と呼ばねえ。座らせたつもりで、座らせていねえ。座らねえ相手を無理に座らせりゃ、条件を決める権利はそのうち座った側に移る。

 

そこまでは言わなかった。言えばそこだけ直してくる。直された仕掛けを見るのは面白くねえ。

 

「取引の中身は知らねえ。訊く気もねえ」

 

「でしたら、何をおっしゃりに来たのです」

 

「てめえのやり方が、俺と同じだからだ」

 

坂柳の眉が、わずかに動いた。

 

「自分は痛まねえ場所に立って、駒を動かして、結果だけ受け取る。効率はいい。俺もずっとそれでやってきた」

 

「否定はいたしません」

 

「否定しろとは言ってねえ。ただ、その立ち方はあいつにだけは通じねえ。通じねえどころか、一番やっちゃならねえ立ち方だ」

 

「……」

 

「安全圏から見てる奴は、いつか引きずり出される」

 

言ってから、口の端が上がった。俺は降りたんじゃねえ。順番を待ってるだけだ。

 

「ご忠告として、承っておきます」

 

坂柳は杖を突いて歩き出し、二歩ほどで止まった。

 

「龍園くん。一つ伺っても」

 

「なんだ」

 

「あなたは、どうしてそれを私にお話しになるのです。私が躓けば、あなたには得があるはずですのに」

 

いい質問だった。

 

「クックック、てめえに潰されちまったら、俺の番が回ってこねえだろうが」

 

残りの半分は、てめえには関係のねえ話だ。

 

「ふふ。……わかりました。では、私からも一つ」

 

杖の頭に、指が戻っていた。

 

「もし本当にあなたのおっしゃる通りになったなら、その時は、あなたも同じ場所に呼ばれます。ふふ、避けたのではなく、順番が後だっただけかもしれませんよ」

 

杖の音が遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

放課後、伊吹が報告に来た。

 

「今日も同じ。堀北、坂柳の方を見ない」

 

「他には」

 

「Dの平田が名簿持ってうろうろしてた。あと、赤木が生徒会の方を見てた」

 

手が止まった。

 

「生徒会」

 

「天幕のとこ。三年が何人かいたでしょ。そのうちの一人をしばらく見てた。背の高いのが一人、座りもしないで立ってた」

 

「誰だ」

 

「知らないわよ。三年の顔なんて覚えてない」

 

「伊吹」

 

「何」

 

「明日から、三年を見ろ。生徒会の腕章をつけてる奴だけでいい」

 

「……あたし、Dを見てろって言われてたんだけど」

 

「気が変わった」

 

伊吹は不服そうな顔をしたが、それ以上は言わずに出ていった。

 

赤木が、三年を見ていた。

 

誰かは分からねえ。

 

分からねえなら、同じものを見ればいい。同じ札を持てば、同じ形が見える。

 

見えた時に、先に張れるのはこっちだ。

 

坂柳が鈴音に何か言っている。鈴音の様子がおかしい。赤木が何か抱えている。赤木が三年を見ている。

 

札は四枚ある。並べても、まだ一つの形にならねえ。

 

Aが動いて、Dが黙って、その間でうちは一つも毟られていない。

 

悪くねえ。

 

卓が荒れるのを待って、荒れ切った後で手を出す。……俺のやり方だ。

 

 

 

 

 

窓の外が暗くなるまで、教室に残っていた。

 

順番が後だっただけかもしれませんよ。

 

言い返さなかった。

 

順番が後だってことは、こっちには時間があるってことだ。

 

――クックック。

 

先に座った奴から、先に削られる。

 

削り終わった卓に、最後に座る。

 

出すのは、減って痛む方だ。

 

――赤木の首は、俺が獲る。

決着をつけてほしいのはどれ?

  • 坂柳との再戦
  • 龍園との貸借
  • 綾小路との関係
  • 堀北との距離感
  • 櫛田との停戦
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