綾小路 side
夕暮れ時。そう言ってもおかしくない時刻にオレ達は特別棟にやってきていた。本当は放課後になってすぐの時間帯でも良かったのだが、援軍が来れない可能性を考慮して審議が終わるこの時刻になったのだ。
「本当に相手は来るの? こんな時間よ」
「来なかったら、今日は帰るしかないな」
葛城のいうことも一理ある。ただでさえ、この特別棟は暑いのに防護服まで着ているから汗が止まらない。正直な話、長居する気はなかった。
「念のため、二人は別の部屋で待機していてくれ。ターゲットに見つかったら面倒だ」
「分かった」
「上手くやってね」
今回の作戦はオレの行動に全てがかかっている。そのためにAクラスと協力してある作業を行った。当然、学校の許可は出ている。というよりも学校の許可なしにできるものではない。
程なくしてターゲットがやって来る。かなり蒸し暑いはずだが、全く汗をかいていない。やはり、人間に擬態しているだけで本質的には機械なんだな。
「櫛田さんはどこ?」
「悪いな、櫛田は来ない。オレが彼女に頼んで無理矢理メールさせたからな」
そう言うとケセドの表情が強張る。おそらく、ケセドはオレが防護服を着ていることを踏まえて決着をつけるために呼び出したのだと考えているはずだ。それ自体は間違ってはいない。オレが一人ではないことを除けばだが。
「その声、綾小路君でしょ。防護服を着ているみたいだけど、それだけの装備で私に勝つつもり?」
「勝つための策がオレにはあるからな。それよりも聞きたいことがある。何故、須藤を罠に嵌めた?」
「あぁ、あれのこと? 何でって言われてもね。あえて言うなら、面白そうだと思ったからかな」
「面白そうだと?」
こいつらにそんな感情があったのかということの驚きの方が先にくる。てっきり、機械的に計画していたことなのだとばかり思っていたからだ。
「あの計画自体はね、Cクラスの計画を乗っ取ったものなんだ。元々、Cクラスは須藤君を呼び出して何かするつもりみたいだったらしいんだよね」
それを知ったのは偶然と言ったところか。そうじゃなかったら、誰が犯人か分かりやすいような犯行はしないだろうからな。もっとも、自分の正体が発覚するとは思っていなかっただろうが。
「本当はあの三人を殺しても良かったんだけど、須藤君がやったことにする必要があったからね。あえて、トドメは刺さなかったんだ」
「トドメを刺さなかったんじゃなくて刺せなかったの間違いだろ。オレ達が現場に予想よりも早く到着して、その迎撃をしなくちゃいけなかったからな」
「まぁ、それもあるね」
トドメは刺した方が良かったに決まっている。今でこそ昏睡状態だが、誰がやったのかは本人に聞けば分かってしまう。須藤に罪を着せたいならそれだけは避けたかったはずだ。
「それで? 聞きたいことっていうのはそれだけ? 他に隠れている人もいるみたいだけど二人だけって。流石に私を甘く見過ぎじゃないかな」
「流石に気づいていたか」
隠れているのが無駄だと悟った二人は教室から出てくる。一人はいつでも撃てるように構えており、もう一人は周囲を警戒している。ケセドは一対一ではなく、機械兵やドローンを召喚して戦う。周囲を警戒してしまうのはおかしな話ではない。
「御託はお終いにして、そろそろ始めようか」
ケセドは擬態を解き、全身が白い格好になる。本来の機械の姿にならないのはこの校舎では大きさが足りないためだろう。自分自身が動けないため、かもしれないが。
「じゃあ、まずは私のところまで辿り着いてみせて」
そう言うと、ケセドは窓から飛び降りる。ここは三階。普通の人であれば無事で済むはずがないが、ケセドはオカルト。何の怪我もなく、無事に着地する。
「囲まれたぞ!?」
いつの間にかケセドの呼び出した機械兵にオレ達は囲まれていた。オレ達と話している時にはまだ擬態状態だったということは、あの一瞬で機械兵を生産したことになる。
「綾小路と葛城は後ろからくる敵を頼んでも良い? 私は前から来る敵をやるから」
「一人で大丈夫なのか?」
「私を誰だと思っているの?」
そう言うと、神室は目の前にいる機械兵を赤子の手をひねるかのように薙ぎ倒していく。この数相手ではいくら軍人とはいえ無茶だろうと思ったが、どうやらいらない心配だったようだ。
「どうやら、後ろは神室に任せても問題なさそうだな」
迫り来る機械兵の頭を銃で破壊しながら、葛城がそう言う。正直な話、オレはまだ傷が完全に治りきってはいないので、銃の反動で傷が開く恐れがある。そのため、あまり無茶な攻撃はできない。葛城がいてくれて助かったと言ったところだろうか。
「思っていたよりも機械兵の数が多いな」
「それだけ、本気ってことなんだろう」
機械兵を一体破壊するのはそこまで苦労することではない。基本的に頭を打ち抜けば良いほどに銃の威力が強いためだ。数が多いのは外で随時、生産できるためであろう。だが、やはり暑さには勝てそうにない。この戦場では水分補給をする余裕もないだろうし、熱中症で倒れてしまうのが最悪の結果だ。
「終わったよ」
「早いな」
どうやら、神室はオレ達が数の多さと暑さに苦戦している間に終わらせていたようだ。そのまま、オレ達の前に出ると目の前にいる敵を一掃してしまった。
「瞬きをする間に終わらせているとは、流石だな」
「暑さは大丈夫なのか?」
「昔、暑熱順化トレーニングを行ったから大丈夫。私のことを見ている暇があったら目の前の敵に集中しなさい。そうしていたら、私が来る前に終わらせられたはずよ」
「面目ない」
暑熱順化トレーニングとは防火衣を着用した状態で行う有酸素運動などであり、本格的な暑さが来る前に暑さに慣れておくことである。消防士がよくやっていることだ。預言者と戦うためにはそういうことも必要になるとは勉強になる。
「綾小路ってさ、私よりも強いでしょ」
「何を言っているんだ?」
「惚けなくてもいいよ。怪我をした状態で葛城並みには動けるんだから万全であれば私よりも動けるんじゃないかなって思っただけ。私よりも強い先生にスカウトされたみたいだし」
そうか、茶柱先生は神室よりも強いのか。つまり、戦闘ではオレよりも強い可能性があるということになるな。万全のオレが神室よりも強いことを前提にした上ではあるが。
「三階は終わったし、二階に移動しようか」
「一つだけ疑問に思ったのだが、相手はオレ達が三階にいるってことが分かっているはずだよな。何故、三階に来る足音がしない?」
「それは外に出れば分かることよ。もしかしたら、相手にとってのアクシデントがあったのかもね」
これに関しては援軍が外に到着してケセドと戦っているため、こちらに対応することができないと考える方が自然だろう。だからこそ、この時刻にしたわけだし。
◇
堀北鈴音 side
明星さんからメールを受け取った私は急いで自分の部屋に戻り、装備を整えてから特別棟に向かった。
「遅いぞ、堀北」
「すみません。今、どういう状況ですか?」
「ケセドはまだ、特別棟にいるよ。私達は万が一、外に出てきた時のためにこうして見張っている。明星からの作戦にも書いてあっただろう」
「知らされたのが、ついさっきなもので」
「Dクラスには作戦を伝えないと言っていたが、堀北にも伝えていないとはな。かなり徹底しているのか、うっかりしていただけか」
多分だけど、私が特異現象捜査部に入部していないことが関係しているのだと思う。綾小路君には話しているわけだし。私も入部しておけば慌てずに済むのかしら。
「堀北、お前は特異現象捜査部に入れ。これは命令だ。私が面倒を見れるのはおそらく、夏頃までだからな」
「夏頃までとは?」
「理事長に言われてな。私はお前達の担任を夏頃までにしかできそうにない」
「普通、来年度までじゃないんですか?」
「私もそう思ったのだが、詳しい話は夏休みに入ってから言われるそうだ。前線をしばらく離れろという意味なのか、それとも私のやった行為に対する罰か」
茶柱先生のやった行為とは実力至上主義を謳うこの学校でテスト範囲の変更を伝えず、多くの生徒を退学にしようとしていたことでしょうね。正直な話、オカルトのいるこの学校ではその判断が間違っているとは思えない。とはいえ、教員としてはやってはならないことであったことも事実。理事長はこのことについて責任を取らせるつもりなのでしょう。
「おそらく、私はクビになる。だから、お前の居場所は作っておけ」
「分かりました。軍をクビになるわけじゃないんですよね?」
「流石に軍の人事権まで握ってはいないだろうからな。とはいえ、しばらく昇進は難しいだろうが、運命だと思って受け止めるさ」
茶柱先生が辞めた後、私の上官は誰になるのだろうか。そんなことを考えていると特別棟の窓から誰かが飛び降りた。その人物をよく見ればヘイローがついており、無傷であることが分かる。
「行くぞ、堀北」
その言葉と同時に私達はケセドに突撃していた。急に接近してくる私達に驚いたのか、一瞬だけケセドは固まっていたが、すぐに気を取り直すとある兵器を召喚した。
「あれは、ゴリアテ!」
ゴリアテとは超大型の機械兵であり、人が搭乗することもできる。ケセドはそれに乗り込むとビーム砲を発射し、爆発を起こす。
「流石、キヴォトス。あんなものもあるなんてね。何とかするのは難しそうだけど、やるしかないか」
爆発やビームを防ぎ切るほどの耐久性は防護服にはない。そのため、できるだけダメージを喰らわないようにしたいのだけど、その前にどうやって倒せば良いのかしら。
「安心しろ、堀北。こんなこともあろうかと我々はある兵器を持ち出している」
「ある兵器?」
「こんな狭いところだから戦車は無理だったが、これを持ってくることはできた」
茶柱先生の視線の先を見るとそこにはロケットランチャーを持つ人の姿があった。確かにロケットランチャーさえあれば、あの装甲を貫くことはできると思う。勿論、当たればだけれど。
「よく持ってこれましたね。あれは申請が必要な物ですのに」
「事前に作戦は言われていた。いつもは預言者が出るタイミングが分からないから申請する時間がなかったが、今回はあったのでな。それに、緊急事態だから申請も数時間で終わる」
「いつも事前に申請しておくことはできないのですか?」
「いつ使うかまで書かないと使わせてくれないんだ。戦車は申請なしでも使わせてくれるのにな」
確かにロケットランチャーよりも危険な戦車が申請が必要ない理由が分からない。それともこのロケットランチャーは戦車よりも危険だということなのかしら。
「発射準備完了しました!」
「よし、撃て!」
「させない!!」
あのロケットランチャーが当たれば、ゴリアテは崩壊する。そのことを直感で分かったのか、ケセドがビーム砲を撃つ準備を始めた。とはいえ、それも少し遅いのだけど。そのように油断していた時、ロケットランチャーの弾と何かがぶつかり、ゴリアテに当たる前に弾は爆発。そして、ビーム砲がロケットランチャーの持ち主に放たれる。
「避けろ!!」
その言葉と共にその人は走って回避するが、代わりにロケットランチャーと弾を爆発により失ってしまう。これでゴリアテを倒す手段は無くなってしまった。キヴォトスでも用いられたというあの方法を除いて。
「それにしても、さっきのは一体?」
「どうやら、敵はゴリアテ一体じゃないらしい」
茶柱先生の視線の先には特別棟から出てくる機械兵とドローンがあった。機械兵の銃であの弾を防げるとは思えない。となると飛ぶことのできるドローンがあの弾にぶつかったことになる。特別棟の方は綾小路君達がいるから大丈夫だろうと油断していたわ。
「やむを得ん。機械兵の対処に部隊を送るか」
「しかし、私達の部隊だってそこまでいるわけではありませんよ」
「安心しろ。何かあった時のために待機させていた部隊がある」
茶柱先生は無線を取り出して、誰かに連絡を取り始める。やむを得ないと言ったのはなるべく、使いたくなかったからでしょう。使ってしまったら、後がないから。
「こちら茶柱。特別棟から出てきた機械兵をそちらの部隊で対処していただきたい」
『こちら坂上。了解しました』
『後で何か奢ってくれよ』
「約束しよう」
最初の声はともかく、二つ目の声は聞いたことがある。確か審議にCクラスとして出席していた龍園って人だったわよね。私が審議に出席するまで知らなかったということは少なくとも訓練生ではないはず。そして、私が覚えることができているということは忍者でもない。つまり、綾小路君と同様にスカウトでもされたのかしら。
そんなことを考えていると、坂上という人の部隊だと思われる人達が特別棟の四階からロープを使って降りてくる。そんなところに隠れていたのね。よくケセドに気づかれなかったものだわ。まぁ、機械兵はあの人達に任せて私達はゴリアテに集中しましょう。それに先ほどから見ていてゴリアテの弱点らしきものにも気づけたわ。
次回で決着をつけられると思います。