夏休みの幕開け
夏休み。それは高育にとってはこの学校の厳しい試験からの一時的な解放を意味するものです。今の私達はその夏休みを迎えようとしていました。
「明日からのバカンスだが。明星、お前はどうするつもりだ?」
「私がここにいるのはデカグラマトンの調査のためです。当然、残りますよ」
「そうか」
当たり前じゃないですか。私は学生としての身分は得ていますが、仕事としてここに来ているんですから。任務を放棄してこの場所を離れるわけにはいかないのです。
「葛城、他人事じゃないよ。明星は部活動の関係でこの場所を離れられないって言ってるの。もしも、それが通ったら私達もバカンスに行けなくなる」
「そうなるのか。それは困ったことになったな」
葛城君も離れてはいけない理由を理解しているのでしょう。それにバカンスと言っても高育が用意したバカンスですよ。ただのバカンスのはずがないに決まっています。多分、サバイバルとかさせられるんでしょうね。ちょうど、無人島に行くみたいですし。
「明星、何とかならないのか?」
「そんなに行きたいのですか? 綾小路君はそんなことには興味がないのだと思っていました」
「そんな風に見えるか? 無人島へのバカンスは初めてだからな。ワクワクしている自分がいるんだ」
「それでしたら、バカンスに行きたい人には手を挙げていただきましょうか。その人達だけでも行けるように説得してみます」
そう言い終わると、私以外の全員が手を挙げました。葛城君や綾小路君はともかく、神室さんまでもが挙げるとは予想外でした。てっきり、仕事だから行きたくないのだとばかり思っていましたから。
「よぉ、邪魔するぜ」
「相変わらず、来るのが面倒な場所ね」
遅れて部室に入ってきたのは龍園君と堀北さんです。何故、この二人が部室を訪れているのかというと、二人とも先生方からの推薦で特異現象捜査部に入ることになったからです。確か、ケセドとの死闘が終わった二日後くらいでしたかね。
「良いところに来たな。お前達も明星を説得してくれ。じゃないとオレ達はバカンス行きが中止になってしまう」
「あ? どういうことだ?」
綾小路君が龍園君に説明をすると青筋を立てて私を睨みつけました。貴方もですか。てっきり、バカンスには行きたくない派だと思っていたのですがね。
「一応聞いておくが、お前はバカンスには行きたくねぇのか?」
「高育のバカンスですよ。バカンスと称して何か行われるに決まっています。そんな苦労しそうな行事は夏休みを消費してまでやりたくないですよ」
「あれ、知らないの? 軍が配属されてからはそういうのは無しになったんだよ。安全上の問題で」
無しになったということは今まで行われていたということですか。流石、高育。意地の悪いことですね。しかし、無しになったのならどうしてバカンスに行くのでしょうか。
「ちなみにバカンスに行く理由はその分の金が余るからだって」
「なるほど、そういうことでしたか」
「行く理由はできたか?」
「えぇ、行きたいという気持ちはとても湧いてきます。ですが、やはりここを離れるわけにはいきません。理由は先ほど、お伝えした通りです」
正直なところ、ただのバカンスであればボイコットせずに行きたいという気持ちがあります。ですが、私は仕事で来ている身。持ち場を勝手に離れるわけにはいきません。
「はぁ、分かった。仕事が理由で行けないというのなら、同じ理由で軍の訓練生である私と堀北が残るよ。他の人は交渉次第だけど行くことができるようにするから。これで良い?」
「ついでに言うなら明星の護衛である一之瀬達も行くことはできないな」
「えぇ!?」
「いたんですか。一之瀬さん……何ですかその格好は?」
一之瀬さんは半袖半ズボンに麦わら帽子を被り、さらに浮き輪までつけています。完全にバカンスを楽しむ気満々ですね。ちょっと、泣きそうにもなっています。
「行こうよ、明星さん! 二週間のバカンスだよ! せっかく、サマーな気分になっていたのに!」
「分かりました。教員と相談して行けそうだったら行きますよ。もし、許可が下りなかったら、諦めてください」
「うん、分かった!」
結論から言えば、許可はあっさりと下りました。私がいなくても預言者を追い払うことはできるのだとか。それに生徒としてバカンスを楽しんでもらいたいとのことです。本当に頼もしい限りですね。
◇
翌日。午前五時に私達がバスで東京湾に向かい、停泊してあった豪華客船に乗り込みました。このような船でクルージングとなれば、何十万もかかるでしょう。もっとも、私は払うことができる額ですが。
「確か、予定では最初の一週間は無人島に建てられているペンションで泊まり、その後の一週間は客船内での宿泊でしたよね?」
「うん、それで間違いないはずだよ」
「おや、今日は貴女でしたか? 自分のクラスは良いのですか?」
「大丈夫じゃないかな? リーダーは私ってことになっているけど、事実上のリーダーは神崎君だし。そもそも休みの日は私が護衛の担当だしね」
クラス別で行動する場合はどうするのでしょうか。いや、その時にはAクラスにいる忍者に任せるだけでしょうね。
「でも、高育だから何かしら試験を仕掛けてきそうではあるよね。無人島でのサバイバルが無しになったとしてもさ。そうなったら、クラス対抗戦になると思うし、山村さんに護衛を任せようかな?」
「それが良いと思います。それにしても流石は豪華客船。思いつく限りの豪華なものは何でも揃っていますね」
「しかも全部、無償なんて。本当に最高だよ」
正直なところ、豪華客船を甘く見ていました。確かに、来て正解だったかもしれません。無人島に泊まらず、豪華客船だけで二週間過ごしても良いくらいです。
「楽しんでいるようだな」
「えぇ、疑いが晴れるくらいには」
「それは良かった」
真嶋先生も教師としてこのようなイベントは生徒に楽しんでほしいのでしょう。だから、私が行く許可があっさりと下りたわけですし。
「軍が赴任する前のこの学校はやりたい放題だったからな。多少、改善したとはいえ任務を終えてこの学校を離れた後、また元に戻るかもしれん。そういう意味ではラッキーな世代だと言えるだろうな」
「軍の命令には逆らえないからということですか。逆に一番の問題であるAクラス特典は何故、変えられなかったのですか?」
「そこに関しては国の方針通りだったからだ。せめて、事前通知くらいはするべきだと思ったのだが、それをしないのも国の方針らしくてな。仕方なく、犯罪の片棒を担いでいるというわけさ」
真嶋先生は諦観しているかのように話していきます。おそらく、説得しても無駄だったのでしょう。預言者が出ても隠蔽した上で生徒を避難させないところですからね。軍も国の命令には逆らえないということですか。
『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義のある景色をご覧頂けるでしょう』
「おや、まるで地形を把握させるための言い方じゃないですか。先生、無人島でのサバイバルはないのではなかったのですか?」
「そのはず、なんだがな」
真嶋先生も困惑している様子からこのアナウンスは先生達が仕掛けたアナウンスではなさそうです。サバイバルはないとしてもこの島で試験はあるということなのでしょうか。それも先生達が仕掛けたものではない試験が。
「少々、確認してくる。明星は展望デッキで景色を楽しんでいると良い」
真嶋先生はそう言った後、この場からいなくなりました。展望デッキに向かうと島が見えてきたところだったようで、周囲が騒がしくなります。そのまま桟橋に停泊することはなく、島を一周し始めました。
島にはいくつかのペンションがあり、私達はそこに泊まるようです。では何故、地形の確認をさせたのでしょうか。どうやら、ただの無人島での生活ではなさそうですね。
「明星も来たか。どうだ、島の様子は」
「今のところ、ペンションがある以外には普通の無人島のように思います。ですが、先程のアナウンスは先生の予想外だったようで何かを確認しに行っていました」
「つまり、船員が勝手にやっていることというわけか。まぁ、今までは無人島でのサバイバルだったわけだからな。船員がそう勘違いを起こしたとしても仕方あるまい」
「だと良いのですが」
軍が赴任してきたのは数年前になります。その時からいる船員であれば、無人島でのサバイバルがバカンスに変更されたことくらい知っているはずですが。
「気休めだとしても思ってねぇことを言うな」
「気休め?」
「あぁ、これが船員が勝手にやっていないことくらいお前も分かっているんじゃないのか?」
「まぁ、流石にな」
龍園君の言葉に葛城君は肯定します。ですが、だとしたら上からの命令だとしか考えられません。それも先生を通さずにできる存在となるとかなり限られてきますね。
「バカンスのついでに試験があると良いんだがな。それもクラスポイントが多くもらえるタイプの」
「あくまでバカンスは楽しむつもりなんですね」
「当然だろ。折角のバカンスだ。楽しまなくてどうする」
それにしても試験ですか。まぁ、先生を見ている限り、何か予想外のことがあるということは確かでしょうね。
『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒の皆さんは三十分後、全員ジャージに着替え、荷物を忘れずに持ってデッキに集合して下さい』
「あ? ジャージだと? まるでサバイバルをするみてぇだな」
「そうなると、私は生きていけるかどうかが不安です」
「縁起でもないな」
実際、無人島のような場所では車椅子の私は満足に移動することができないでしょう。山の中であれば尚のこと。まぁ、命令に逆らっても仕方ないですし、部屋に戻って着替えてきますか。
◇
船を降りた私達はクラス毎に整列するように言われます。先生達を見ると、ハイキングでもするかのような格好をしている人もいるので、山を登ることは確定なのでしょうね。サバイバルではなくても動きづらくて困ったことになりました。
『これより、ペンションでのバカンスを行う。だが、その前にいくつか注意事項がある。心して聞くように』
メガホンを持った真嶋先生が注意事項を読み上げていきます。注意事項の内容はよくあるもので、話を真面目に聞いている生徒もいれば聞いていない生徒もちらほらといますね。
『次にペンションの場所はクラス毎に区切られている。海辺の近くの標高が低いところが一つ、山の中腹にあるところが一つ、山頂にあるところが一つ、崖の付近にあるところが一つ。どこも危険な場所であることには変わりないので、注意して遊ぶように』
私としては海辺の近くにあるペンションが良いですね。標高が低いということは私が安全に行き来できるということですし。
『ちなみに、車椅子で生活している明星ヒマリがいる以上、Aクラスは行き来しやすい海辺の近くのペンションと決まっている。すまないが、我慢をしてほしい』
「決まっているってことは他のクラスは決まっていないのですか?」
『そのことは今から説明する。これから、クラス内で話し合って、どこのペンションが良いのか決めてもらう。そして、クラスの代表者が発表し、被った場合にはじゃんけんで決めてもらうことになる』
出来るだけ楽しめるようにするためでしょうが、私のクラスは私がいる都合上、話し合うことができません。なので、我慢してくれということなのでしょう。まさか、ペンションが汚いわけでもないでしょうし。
『決まっているAクラスには申し訳ないが、他のクラスが決まるまでここで待っていてもらいたい』
ズレて行動するわけにもいきませんからね。それに別のクラスに遊びに行くとしたら、どのクラスがどこにいるのかは把握しておかなければなりません。
『それでは、話し合いを始めてもらおう』
各クラスが話し合いを始めたところで、Aクラスのところに真嶋先生がやってきました。何か話でもあるのでしょうか。
「他のクラスが場所を決めている間、皆に話さなければならないことがある。海辺の近くにあるペンションについてだ」
「明星がいる以上、安全のためにもそこにしたのは正解なのでは?」
「いや、そういうことではない。苦手な者も多いかもしれないが、海辺にいる虫が出やすいのでその注意事項について話しておこうと思ってな」
先生の話を聞いた一部の生徒はギョッとしていましたが、その他の人は仕方がないとして諦めています。先生が話し終えた後、それぞれのクラスも話し終えたようで代表者が出てきました。
「どこにするかは決まったようだな。それではDクラスから発表してもらいたい」
「はい、Dクラスは山頂にあるペンションを希望します」
「Cクラスも山頂を希望する」
「Bクラスは山の中腹を希望します」
見事に崖の付近を避けましたね。まぁ、崖と言われると危ない場所であるというイメージがありますから、仕方がありませんが。
「それでは、DクラスとCクラスはじゃんけんを行ってもらう。負けた方が崖の付近にあるペンションになるだろう」
「おいおい、運動が苦手な奴も多いんだから山頂はやめとけって」
「そちらこそ、運動が得意なんだから安全そうな場所は譲ってくれると助かるな」
じゃんけん前に煽りあっています。おそらく、本人達は本気で言っていないでしょう。どちらが負けてもあまり文句は出ないと思います。
「「最初はグー! じゃんけん、ぽん!」」
結果はすぐに決まりました。CクラスがグーでDクラスがチョキを出したので、Cクラスの勝利です。
「それでは、Aクラスが海辺、Bクラスが中腹、Cクラスが山頂、Dクラスが崖付近に決まった。言いたいこともあるだろうが、文句は言わないように」
勝ったCクラスは賞賛の声が聞こえてきますが、負けたDクラスからは不満の声は聞こえてきません。正直、どこでも良かったように感じます。
「それでは各自、移動を開始してもらおう」
Aクラスはそう言った真嶋先生について行きます。海辺にあると言われてもペンションがどこにあるのかは分かりませんから。
今回は試験内容を原作と変えようと思います。サバイバル試験を軍が認めるはずがないと思ったので。