真嶋先生について行き、ペンションに着いた私達はスタッフによるお出迎えを受けました。無人島なので人が来られず、手入れができていないのではないかと不安になっていましたが、無用な心配だったようですね。
「部屋割りは決まっている。各自、確認しておくように。それでは自由行動を開始してくれ。昼食の時間までには戻ってくるように」
私の部屋は一階の一番手前の部屋ですか。この身体ですし、色々と配慮をしてくれたのかもしれません。私達のクラスは事前に真嶋先生が決めたようですが、他のクラスはこれから決めているのでしょうか。
部屋に入ると三つのベッドが私達を出迎えました。部屋割りを確認しましたが、私と神室さんしかいなかったはずです。三つあるということは私が認識できていないだけなのでしょうか。まぁ、忍者の可能性が高そうですが。
「海辺の生物リストですか」
部屋にある机の上にそのような物が置かれていました。危険な生物がいるかもしれないので、その注意喚起でしょう。パンフレットのような物なので、持って行っても問題なさそうですね。
「どうするの、明星? 自由行動って言っても海辺では遊べないでしょ?」
「そうですね。一応、車椅子に乗っていても海辺でできることはありますよ」
「もしかして、釣り?」
「正解です。釣り道具は何本か真嶋先生が持ってきていましたし、先生に言って借りてみるのも良いかもしれません」
真嶋先生を探すために部屋から出ると、水着に着替えている人達が大勢いました。皆さん、海で遊ぶつもりなのでしょう。真嶋先生はというと、リビングの椅子に座っています。仕事が終わってくつろいでいるのでしょうね。
「真嶋先生、釣り道具をお持ちでしたよね? 良ければ、貸して頂けませんか?」
「分かった。数は二つで良いか?」
「いえ、三つでお願いします」
いつの間にか背後に忍者がいました。まぁ、それはいつものことなので気にしても仕方ありませんが、彼女も釣りをする気なのですね。
「そうか、分かった。これが釣竿とその餌だ」
「いくら、ですか。てっきり、虫とかを想像していたのですが」
「虫だと触りたくない人もいるだろう。だから、俺はいくらにした。文句はあるまい」
俺は、ということは虫を選んだ教師もいるということですか。その人はよほど性格が悪いか、釣りに慣れているかのどちらかでしょうね。
「ところで、どの辺りで釣れば良いのでしょうか?」
「船が停泊した桟橋はどうだ? あそこなら明星も行きやすいだろう」
桟橋ですか。船も停泊しているでしょうし、迷惑にならないのであれば確かにそこが良いのかもしれませんね。
「あぁ、そうだ。船の心配ならしなくても良いぞ。近くで釣りをする許可なら取ってある」
「であれば、そこに行ってみますか」
「ところで、クーラーボックスはありませんか? なければ、バケツでも良いのですが」
「おっと、忘れてたよ。ちょっと待ってろ」
先生は席を外し、戻ってくるとクーラーボックスを持ってきていました。これでようやく準備完了ですね。全てにおいて完璧な私は釣りでも圧倒的な量を釣ってみせます。
◇
早速、桟橋に来てみたのですが、私達以外に釣りをしに来ている人はいませんね。まぁ、山頂や崖付近の人はここに来るまでかなり時間がかかると思いますが。
「ねぇ、せっかくだし勝負しない?」
「勝負ですか?」
「そう、誰が一番大きな魚を釣れるかって勝負」
「おや、誰が一番多く釣れるかではないのですか?」
「それやったら、忍者が圧勝するよ」
ただ、遊ぶよりも勝負をしたいということでしょうか。多く釣るよりも大きい魚を釣ることを目指す方がやりがいはありそうです。
「いいでしょう、その勝負受けて立ちます」
「よし、決まりね。忍者、あんたは強制参加よ。今日こそ、勝ってやる」
「たくさん釣れる私の方が有利だと思いますけどね。それじゃあ、始めましょうか」
話から察するとこの二人は何かと勝負をしているみたいですね。そして、いつも神室さんが負けていると。そんなことを考えていたら、二人とも釣りを始めてしまっています。私も始めなければ。
釣りといえば、忘れてはならないのが退屈な時間が付きものだということです。しかも、片手は釣竿を握らなければならないので、暇つぶしに本を読むこともできません。
「よし、来た!」
神室さんは早速、かかったようですね。釣竿が引いています。もしかしたら、かなりの大物かもしれません。
「よし、釣れ……た?」
「長靴ですね」
「言われなくても分かってる! 何で長靴なんかあんのよ!」
ハズレを引いてしまったようですね。まぁ、そんな時もあります。釣りとはそういう時間を楽しむことが重要なのですから。神室さんは真面目なのかゴミは持って帰るようです。
「おっと、私も来ました」
忍者の方もかかったようですね。これでまた長靴だったら面白いのですが、忍者のスキルは釣りにも活かすことができるようで、しっかりと魚を釣ることができました。
「これは……クロダイですね」
「何でよ!?」
クロダイといえば、刺身や煮付けなどにして食べると美味しいと言われている魚ですね。神室さんは何が不満なのでしょうか。
「クロダイって貝類とか甲殻類とかを食べるやつでしょ! 何で、いくらで釣れるのよ!?」
「卵なんてどの魚でも食べますよ。まぁ、何はともあれ私は一匹目です」
「くそ、絶対に一匹は釣ってやる! それも忍者よりも大きな魚を!」
神室さんもムキになっていますね。あんなに感情的な神室さんは初めて見たかもしれません。葛城君が見たら、とても驚くでしょうね。もしくは、知っているのでしょうか。そんなことを考えていると私の釣竿が引いているのが分かります。ここで忍者よりも大きい魚を釣ることができれば、私の勝ちは揺らぎないものになるでしょう。
「それ!」
「小さいわね」
「こんなに小さいとリリース対象でしょう」
小さすぎて何の魚か判断できません。仕方なく、リリースします。この勝負は忍者の勝ちですかね。もっとも、これで勝負が終わればの話ですけど。
「一応言っておくけど、釣りを終えるまでが勝負だから」
「分かっていますよ」
「盛り上がっているみたいだな」
綾小路君がいつの間にか桟橋で釣りをしていました。忍者を認識することのできるスキルがある人はそれなりに気配を隠すこともできるというわけですか。
「いつからここに?」
「明星が小さい魚を釣った時からだ」
つまり、つい先ほどということですか。その時には私は釣りに集中していましたから他の人が来ても気づかなかったと思います。
「俺がいることも忘れないでほしいな」
「えっと、どちら様でしょうか?」
気配が今までなかったということは忍者なのでしょうが、私が顔を知っている忍者ではありません。
「おや、山内君が来るなんて珍しいですね。内側から問題を作り出すのが得意な貴方が、どうしてここに?」
「おいおい、身内から邪魔者扱いとは悲しいね。食料を取ってきてクラスに貢献したいという俺の気持ちが分からないのか?」
「どうせ、それも嘘でしょう?」
「まぁな」
こんなに人を邪険に扱っている彼女の姿は初めて見ました。山内君という人は相当、嫌われているみたいですね。彼女の発言から山内君は嘘で塗り固められたような人みたいですし。
「俺のことを認識できない奴ばかりだから、他人と遊ぶこともできなくてね。仕方なく一人で遊べる釣りを選んだってわけだ」
「なら、ここじゃなくても良くないですか?」
「ここ以外に釣りのスポットを知らなくてね」
彼女はよほど山内君のことが嫌いなようでどこかに遠ざけたいようです。しかし、そんなことを気にもせず、山内君は堂々と釣りを開始しました。
「すまない、邪魔だったか?」
「いえ、綾小路君はここにいてもいいんです」
「そうだ、綾小路も参加しない? 誰が一番大きな魚が釣れるかってやつ」
「今までの記録は?」
「私の釣ったクロダイですね。大きさは三十センチほどでした」
いつの間にサイズを測っていたのでしょうか。サイズを測る道具も持ってきていないので、おそらく目測でしょう。
「綾小路、参加するなら必ず勝てる魚がいるということを教えておこう」
「そんな魚がいるのか」
「あぁ、アナゴやウツボは大きさでいえば、かなりあるからな」
「夜行性じゃないか」
魚にも動物と同じように夜行性のものが存在します。アナゴやウツボ、ついでにウナギは夜行性であるため、昼食までに釣り上げることはできないでしょう。
「それでも釣り上げてしまうのが、俺達だろう?」
「オレにはそんな技能はないが、忍者はそんなこともできるのか」
「綾小路君、間に受けなくていいですよ」
忍者に夜行性のものすら昼に釣り上げるスキルはないようです。いくら、気配を遮断できると言っても行動していない魚を釣り上げることは流石にできないみたいですね。
「馬鹿なこと言ってないで……って、竿引いてるよ、綾小路!」
「おぉ、本当だ。しかも、この引きは大きいぞ」
綾小路君が竿を引き、釣り上げた魚はとても大きなものでした。何という魚か持ってきた海辺の生物リストを見ると、同じような見た目の魚を発見します。
「この魚はスズキだそうです」
「スズキか。フライやムニエルなんかにして食うと美味い魚だって聞いたことがあるな」
「と言っても一匹だけじゃ、数人しか食えないな。俺みたいにもっと釣り上げないと」
「貴方はまだ、一匹も釣れていないでしょう」
「これから、釣る予定なんだよ」
そう言っている山内君の竿も引いていきます。彼は苦労することもなく釣り上げると、何の魚かの確認もせずにDクラスのクーラーボックスに入れました。
「山内君、良かったのですか? 何の魚か確認しなくても」
「あぁ、今回の勝負は大きさだけの勝負だからな。それにさっき綾小路が釣ったスズキよりは小さいから、それ以上のものを釣り上げないといけないんだよ」
「六十センチ以上はありましたからね。あのスズキは」
大きいとは思っていましたが、そんなにあったのですか。私達のクラスはクロダイ一匹しか釣れていませんからね。山内君の言う通り、もう少し釣り上げる必要がありそうです。
この後も私達は魚を釣ることができましたが、結局はスズキよりも大きい魚を釣ることはできず、優勝は綾小路君ということになりました。
◇
昼食の時間になったため、釣った魚を持ち帰るとペンションのスタッフの人達がその魚も加えた料理を出してくれました。特にクロダイは絶品でしたね。
再び自由時間になりましたが、釣りに行く気も起きなかったので、部屋で談笑することにしました。神室さんは自主トレがあるそうで、浜辺を走ってくるそうです。そのため、私と忍者の二人きりになってしまいました。
「聞きたいことがあります。先ほど釣り場にいたもう一人の忍者についてですが、よろしいでしょうか?」
「山内君のことですね。構いませんよ」
随分とあっさり情報をくれることを許可してくれましたね。それとも、忍者は情報を得たとしても問題ないくらいの技術はあるということでしょうか。
「彼のことを嫌っているみたいでしたが、彼が何か問題でも?」
「釣り場でも言いましたが、彼は内紛を起こすのが得意なんです。そのため、同じ忍者同士でも警戒すべき対象なんです、彼は」
「つまり、その気になれば山内君は私達の間でも内輪揉めを起こす可能性があるということですか」
「理解していただき、助かります」
しかし、それは警戒のしすぎなのだと思いますが。いくら、内紛が得意だからと言っても味方に内輪揉めを起こすほど愚かではないでしょうし。
「彼は自分が楽しめれば、それで良いという考えの人でして。それで味方側に内輪揉めを発生させたことだってあるのです」
「つまり、彼を警戒しておいて損はないということですね」
「そういうことです。実際にDクラスは彼の策略によって0ポイントまで落ちたらしいですから」
「Aクラスも陥れられる可能性があると。分かりました」
確かに、そのように聞くと危険人物に思えますね。彼がAクラスに入り込まない限り、大丈夫だとは思いますが、もしも入り込んだとしたら、その時には私達のクラスにいる忍者を頼るとしますか。
今回は普通のバカンスなので、皆はそれぞれ普通に遊んでいます。