OFA7代目継承者 孫悟飯 作:一般DBファン
緑谷は未だに悟飯が残した忠告を理解できていなかった。
…そして今日、その忠告の意味を理解することとなる。
演習場『グラウンドγ』を取り巻く空気は、削り取られた建造物の粉塵と生徒たちの昂ぶる熱気によって、すでに沸点に達しようとしていた。
第一試合から第四試合までの激闘は、まさにA組とB組がこれまで培ってきた成長のぶつかり合いだった。
B組の不意を突くチームワークと能力の応用力に苦杯を舐めさせられた第一試合。
八百万の咄嗟の判断と拳藤の意地が激突した第二試合。
轟の放つ圧倒的な熱量と氷結が演習場を崩壊させた第三試合。
そして、完璧な自己変革とチームワークによって相手を秒殺し、圧倒的な力の差を見せつけた爆豪の第四試合。
スタンドで見守る生徒や教師たちの興奮が最高潮に達する中、アナウンスが響き渡る。
「さあさあ! これが本当のラストバトル! 合同訓練最終戦、第5試合スタートだ!!」
スタート地点に立った緑谷出久は、手首のグローブを締め直し、深く、深く息を吐き出した。
全身の血が静かに滾っていく感覚。だが、出久の胸の中心にあるのは、怒りでも焦りでもなく、静寂を湛えた青い炎のような決意だった。
その決意の根底にあるのは、昨夜見たあのあまりにも鮮明で異質な「夢」――ワン・フォー・オールの面影の空間で出会った、7代目継承者・孫悟飯の姿だった。
使い古された橙色の道着。失われた左袖。無数の修羅場を潜り抜けてきたことを物語る凄まじい傷痕。
ヒーローデータベースのどこにも記録が残っておらず、オールマイトの師である志村菜奈に力を繋いだという歴史の陰のヒーロー。
『驚かせてごめんよ。ボクは孫悟飯。君より少し前に、その力を預かっていた者だ』
あの日、あの空間で悟飯が見せたのは、底知れない強さと、どこまでも澄み渡った温もりだった。そして去り際、去っていく出久の背中に残された謎の言葉。
『感情が高ぶった時は気をつけなよ。最初に彼が顔を出した時はびっくりするかもしれないけれど……『心』で制御するんだ』
あの言葉はどういう意味だったのか。今朝、オールマイトに確かめたことで「孫悟飯」という男が確かに実在した人物であることは分かった。けれど、彼が告げた警告の本当の意味だけは、いくら思考を巡らせても解き明かせないでいた。
(悟飯さん……あなたが繋いでくれたこのワン・フォー・オールで、僕は絶対に立ち止まらない。仲間と一緒に、この最終戦を勝ってみせる……!)
「デクくん、準備はいい?」
お茶子が真剣な眼差しで声をかけてくる。横では三奈が準備運動で手首を回し、峰田が「おいらのモテ期はここからだ……! かっこいいところ見せてやる!」とぶつぶつ呟きながら葡萄の球を握りしめていた。
「うん! B組のメンバーは物間くん、柳さん、庄田くん、宍田くん……そして、ヒーロー科編入を目指す心操くん。相手の『洗脳』や『コピー』、強力な物理攻撃には警戒が必要だ。でも、僕たちの連携なら絶対に勝てる!」
出久の言葉に、三人が強く頷く。
対するB組陣営。
崩れかけた建造物の影で、物間寧人が大袈裟な手振りで髪をかき上げながら不敵に笑っていた。
「ハハハ! 最終試合かい! 注目度抜群、最高の舞台じゃないか! A組の『主役』様を叩き潰して、僕たちB組が本当の評価を手に入れるためのね!」
その横で、捕縛布を首に巻いた心操人使が、静かにペルソナコードのマスクを調整していた。目元に宿るのは、何としてでもヒーロー科へ這い上がってみせるという、泥臭くも鋭い執念だ。
――ブォォォォォンッ!!
訓練開始のサイレンが、冬の空気を引き裂くように鳴り響いた。
「行くぞみんな!!」
出久の合図と同時に、A組の4人が一斉に飛び出す。
『ワン・フォー・オール・フルカウル』を発動した出久の全身を、綺麗な緑色の稲妻が駆け巡る。踏み込んだ足線からアスファルトが炸裂し、出久は弾丸のようなスピードでパイロンの群れを通り抜けていった。
(まずは僕が囮になって前線を押し込む! 相手の配置を浮き彫りにさせて、お茶子ちゃんたちのサポートを活かすんだ!)
空中を跳躍し、高所の足場へと着地する出久。その瞬間、出久の直感が鋭い警鐘を鳴らした。
「甘いよ、緑谷!」
突如として頭上から降り注ぐ大量の瓦礫。B組・柳レイ子の『ポルターガイスト』と、庄田二連撃の『ツインインパクト』による高速の飛来物攻撃だ。
「甘いのはそっちだ!」
出久は空中で体を捻り、エアフォースの衝撃波を放って瓦礫を粉砕する。だが、その煙の向こうから、待ち構えていた男が姿を現した。
「やあやあ、緑谷! 素晴らしい動きだねえ!」
パイロンの上に優雅に着地したのは、物間寧人だった。その瞳には、出久の計算を狂わせるための陰湿で鋭い光が宿っている。
「さすがは主役! いつだって事件の中心にいて、特別な力でチヤホヤされる選ばれし人間だ!」
「……物間くん!」
出久は着地と同時に身構えた。心操がどこかに潜んでいる可能性がある。物間の言葉に反応して声を返せば、一瞬で『洗脳』の術中に落ちる。出久は口を固く結び、慎重に間合いを図ろうとした。
しかし、物間の煽りはそこで終わらなかった。物間が出久の性格、その真面目すぎるがゆえの「傷口」を正確に理解して放つ、毒針のような言葉。
「だがね! 君がどれだけヒーローぶろうと、君の存在そのものが周りを巻き込み、傷つけ続けている事実は消えない!
神野の事件……爆豪勝己がヴィラン連合にさらわれたあの夜! 元を正せば、君が無力で、君がそこにいたから起きた悲劇じゃないのかい!?」
「……っ!?」
出久の息が止まった。
頭では分かっていた。これは物間が得意とする誘導尋問だ。感情を揺さぶり、返答させ、陰に潜む心操の洗脳に繋げるための罠なのだと。
けれど――物間の言葉は、出久の心の奥底に眠る最大のトラウマを、容赦なく抉り出していた。
神野の夜。自分たちの目の前でさらわれていったかっちゃん。伸ばした手が届かなかった悔しさ。自分の無力さへの吐き気をもよおすほどの焦燥。
(ちがう……乗っちゃダメだ……! 物間くんの挑発に……!)
頭で理解しようとすればするほど、胸の奥で怒りと焦燥、そして過去の悔しさが黒い泥のように沸騰していく。
心拍数が跳ね上がり、呼吸が荒くなる。肺に取り込まれる酸素が熱を帯び、全身の血が激しく逆流していくような感覚。
「どうしたんだい主役様? 言い返せないのかな? 君のその余計なお節介が、誰かを追い詰めているというのに!」
「っ……!!」
出久の視界が赤く染まりかけた、その時だった。
――ズヂヂヂヂヂヂヂヂッ!!!!
出久の右腕に、今まで感じたことのない異質な「衝撃」が走った。
ワン・フォー・オールの柔らかい緑色の稲妻ではない。出久の右腕の皮膚を突き破るようにして、血管のように脈打つ「漆黒のエネルギー」が、爆発的な質量を持って外部へと噴き出したのだ。
「あぐっ……あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
絶叫が演習場に響き渡る。
痛みを遥かに超えた、腕全体が内側から破壊されるような圧倒的な圧力。出久の右腕から放たれた黒い帯は、意志を持った巨大な大蛇のように暴れ回り、周囲の建造物や鉄骨を一瞬で粉砕せしめた。
「な、なんだこれは!? 何が起きている!?」
煽っていた物間の顔から余裕が消え、あまりの異常事態に目を見開いて後方へと跳び退く。
「ガハッ……あ……止まれ……ッ! 止まってくれぇぇぇっ!!」
出久は左手で激しく暴走する右腕を必死に抑え込もうとした。だが、抑え込めるような力ではない。ワン・フォー・オールの中に蓄積されていた膨大なパワーが黒いエネルギーに乗って暴発し、出久自身の身体を引きずり回し、周囲の空間を破壊し尽くしていく。
(腕が……引きちぎれる……! 力が暴走している……!? どうして……どうしてこんな時に……!!)
視界が歪み、パニックと恐怖が出久の思考を塗り潰そうとしていた。
仲間を巻き込んでしまう。みんなを傷つけてしまう。その焦りが、さらに感情を乱し、黒い力をどこまでも肥大化させていく。
破壊の嵐が吹き荒れる中、お茶子が悲鳴のような声を上げて飛び込んでくるのが見えた。
「デクくん―――っ!!」
(ダメだお茶子ちゃん! 来ちゃダメだ!! 僕にも……この力が抑えられない……!!)
絶望の淵へと沈みかけ、意識が黒い奔流に呑まれそうになった、その極限の瞬間――。
激しい破壊音を突き破って、出久の脳裏に「あの声」が届いた。
『――感情が高ぶった時は気をつけなよ。』
(……っ!?)
『最初に彼が顔を出した時はびっくりするかもしれないけれど……『心』で制御するんだ。』
面影の空間で見た、橙色の道着を纏う男。
7代目継承者・孫悟飯が残した言葉が、出久のパニックに陥りかけた頭の中に雷鳴のごとく響き渡った。
(……悟飯さんの……言葉……!)
暴発する黒い波流の中で、出久の意識が急速に研ぎ澄まされていく。
身体を引き裂くような激痛と、周囲を破壊し尽くす破滅の力。だが、出久はもう腕を力任せに押さえつけるのをやめた。怒りや焦りで感情を殴りつけるのではない。呼吸を整え、沸騰した心を氷のように静まり返らせていく。
(力を……力でねじ伏せちゃダメだ……! 感情を乱すな……『心』を穏やかに保つんだ……!!)
「お茶子ちゃん……! 心操くん……!!」
大蛇のごとく荒れ狂う黒い帯の暴風の中、決死の覚悟で飛び込んできた麗日お茶子が、出久の身体にしがみついた。
「デクくんっ!!」
「僕を……!! 止めてくれぇぇぇっ!!」
出久の悲痛な叫びに応じたのは、物間の陰からペルソナコードのマスクを握りしめた心操人使だった。
「――緑谷!!」
心操の声が出久の耳に届く。その問いかけに、出久が「うん……!」と答えた瞬間、脳奥の全思考がピタリと停止した。
心操の『洗脳』。
意識が急速に遠のき、出久の身体から噴き出していた漆黒の帯が、まるで嘘のように霧散していく。
沈黙。そして――意識は暗闇の深淵へと落ちていった。
――面影の空間。
気がつくと、出久は静寂に包まれた謎の世界に立っていた。
上下も左右もない、薄暗い霧が漂う空間。出久はハッとして口を開こうとしたが、声が出ない。自分の顔に触れようとすると、口元から首元にかけて黒いモヤのようなものが固く巻きついており、一言も言葉を発することができない状態だった。
(声が……出ない……!?)
困惑し、焦る出久の目の前に、ずっしりとした足音が響いた。
霧を割って姿を現したのは、革ジャンにゴーグルを着用し、大きなバンダナを巻いた男だった。その鋭い眼光と豪快な佇まいは、一目でタダ者ではないと分かった。
『へっ、いい度胸だぜ、10代目!』
男が出久の肩をどんと叩く。声が出ずに目を見開く出久に対し、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
『驚くのも無理はねえ。俺はワン・フォー・オール5代目継承者――万縄大悟だ! さっきお前の腕からブッ飛んで暴れ回ったのは、俺の個性……『黒鞭』だよ!』
(5代目……! 万縄さん……!?)
声が出ない出久は、頭の中で必死にその名を反芻した。万縄は自分の腕を叩きながら、言葉を続ける。
『ワン・フォー・オールってのはな、中でずっと核が大きくなり続けてたんだ。因子が膨れ上がり、過去の継承者たちの『個性』が、今のお前の代になって一気に芽吹き始めたんだよ!
だがな小僧、さっきの出方は最悪だ。怒りや焦りの感情で力を引き出そうとすりゃ、個性ってのは暴走する。感情のタガを外して使っちゃいけねえ力なんだ。』
万縄は出久の胸を指差し、言葉を強めた。
『だが……お前は土壇場で持ち直した。土壇場で思い出して踏みとどまったろ。あの7代目の言っていたことを。』
(……っ!)
『あの7代目の野郎も……壮絶な生き様を潜り抜けてきた奴だからな。どれほど巨大な力だろうと、怒りに任せて振り回しちゃいけねえ……『心』で手綱をしっかり握るんだってことを、誰よりも分かってた男だ。
お前があいつの教えを思い出して心を平穏に保ったからこそ、暴走は止まったんだぜ。』
出久は口元のモヤを押さえながら、大きく頷いた。
万縄の言葉に背中を押されるようにして、世界が急速に光を帯び始める。
現実の世界へと意識が浮上しかけたその瞬間、万縄の隣、薄暗い靄の向こうに新たな影が滑り込んできた。
背中に大きく染め抜かれた『悟』の文字。
使い古された橙色の道着と、風に揺れる失われた左袖。
7代目継承者――孫悟飯だった。
悟飯は言葉を発しない。ただ、力強く腕を組み、万縄の隣でどこまでも穏やかな、そして確固たる信頼を込めた眼差しを出久に向けていた。
セリフなどなくても、その静かな頷きだけで十分だった。
『君ならできる』――そう語りかけてくるような温かい眼差しが出久の胸に突き刺さり、言葉以上の強い激励となって魂に満ち渡る。
万縄が『しっかりやれよ、10代目!』と不敵に笑い、悟飯が静かに微笑む。
二人に見送られるようにして、出久の意識は光の中へと溶けていった。
「――デクくん! デクくん!!」
お茶子の必死な呼びかけで、出久はハッと目を開けた。
「お茶子……ちゃん……。」
「よかった……! 意識が戻った……!」
抱きついていたお茶子が、安堵の涙を浮かべながら胸を撫で下ろす。
見上げれば、破壊された演習場グラウンドγの残骸。出久の右腕から溢れていた暴虐な黒い帯は完全に消え去っていた。だが、右手のひらには――ほんの微かに、先ほどとは違う「しなやかで温かい力」の残り香が刻まれていた。
「緑谷……大丈夫か?」
少し離れた場所から、心操が息を荒らしながら駆け寄ってくる。
出久はお茶子の手に支えられながらゆっくりと立ち上がった。全身に激しい疲労感が残っているものの、身体の隅々まで『ワン・フォー・オール・フルカウル』のエネルギーが再び正しく巡り始めているのを感じた。
「うん……! ありがとう、お茶子ちゃん、心操くん! 二人のおかげで、正気に戻れたよ!」
観覧席では、爆豪が腕を組んだまま鋭い眼光で出久を睨みつけ、オールマイトが胸に手を当てて深々と安堵の息を吐き出していた。
一方、B組陣営。
物間寧人は信じられないものを見る目で出久を凝視していた。
「な……なんだい今のは……!? 事故か!? それとも君の隠された力かい!?」
物間の動揺を他所に、出久は手首のグローブを固く締め直した。
(万縄さんの『黒鞭』……。ワン・フォー・オールの中で成長した、歴代の個性……! 今の僕にはまだ完璧に扱うことはできない。でも……!)
言葉はなくとも、去り際に見せてくれた悟飯の静かな眼差しが、出久の胸を熱く焦がしていた。
感情に呑まれるな。『心』を平穏に保ち、仲間と共に前へ進め。
「みんな……心配をかけてごめん!」
出久は振り返り、お茶子、三奈、峰田に向かって強く言い放った。
「試合を続けよう! 僕たちの連携で……勝利を掴むんだ!」
「おうよ!!」
三奈が拳を突き上げ、峰田が「デク、今度こそ見せ場を奪うなよ!」と叫ぶ。お茶子も力強く頷いた。
「行こう、デクくん!」
緑色の稲妻が、再び出久の全身を激しく駆け巡る。
突如として訪れた暴走の危機を乗り越え、より一層固い絆で結ばれたA組第5試合チーム。覚醒した新たな力の予兆と、歴代継承者たちの意志を胸に、出久は再び戦場へと駆け出したのであった。
今回は長めにしました。
あとAB合同訓練は最後以外はあまり原作と変わらないことに気付いてしまったのでカットしちゃいました。
うーん、私の相棒とこれを一緒に考えて書くのが楽しくてたくさん書けちゃってるな…。
…どうしよ。