第十一話 施工写真
金庫室から少し離れた設備スペース。
水田は持ってきた施工写真のファイルを開き、銀行員と警察官に囲まれながら配管を確認していた。
「ここですね」
水田が指差す。
天井裏へ続く給水配管。
その一部から水が漏れ、周辺の天井材まで濡れている。
「まず、現在の状態を写真に残します」
水田が言うと、同行していた警察官が頷いた。
「お願いします」
水田は配管の状態を確認する。
表面には水滴が残り、接合部の周辺には湿った跡が続いている。
「……なるほど」
「原因、分かりそうですか?」
銀行員が不安そうに聞く。
「写真と照らし合わせてみます」
水田は施工写真のファイルを開いた。
何年も前の工事写真。
配管を組んでいる途中のもの。
接合部を施工している写真。
完成後の確認写真。
ページを一枚ずつめくっていく。
「……ここか」
水田の指が止まった。
写真には、問題の配管が写っている。
「この部分ですね」
「分かるんですか?」
「はい」
水田は写真をじっと見る。
そして少し意外そうな顔をした。
「これ、私が施工した場所じゃないですね」
「え?」
銀行員が驚く。
「水田さんじゃないんですか?」
「当時、応援で入ってもらった職人が施工した箇所です」
水田は写真の端に写っている職人の姿を確認する。
「工事が重なっていた時期なので、一部を応援の職人にお願いしていたんでしょう」
警察官が聞く。
「それは記録に残っていますか?」
「工事写真にも写っていますし、施工体制の記録を確認すれば分かると思います」
「なるほど」
水田はさらに写真をめくった。
すると、別の写真で手が止まった。
「……ああ」
「何かありました?」
「ちょっと気になるところがあります」
水田は写真を警察官へ見せる。
「この接合部です」
写真には、施工途中の配管が写っている。
「少し融着部が大きいですね」
「融着部?」
「配管同士を接合した部分です」
水田は写真を指で示す。
「ここ、若干ですが材料が溶けすぎているように見えます」
警察官が写真を見る。
「それが原因なんですか?」
「可能性はあります」
水田は慎重に答えた。
「過剰に溶けている部分があると、内部の状態によっては流れに影響したり、接合部に負担がかかったりすることがあります」
実際の配管を確認する。
水田はしゃがみ込み、問題の箇所を改めて観察した。
「……写真と一致しますね」
「つまり?」
「施工時の接合状態に問題があった可能性があります」
銀行員が青ざめる。
「じゃあ、ずっと前から問題が?」
「そうとも限りません」
水田は首を振った。
「こういうものは、施工した直後に漏れるとは限らないんです。長期間問題なく使われていて、あとから弱い部分が表面化することもあります」
「なるほど……」
「今回の場合、写真を見る限り、接合部の状態が少し気になります」
水田はファイルを閉じた。
「なので、原因としては十分考えられます」
警察官が施工写真を覗き込む。
「この写真だけで、施工不良だと判断できますか?」
「断定はできません」
水田は即答した。
「実物の破損状況、配管の使用状況、施工当時の記録を全部確認する必要があります」
「なるほど」
警察官はメモを取った。
「ちなみに、この応援の職人さんは?」
「当時の資料を見れば分かると思います」
「連絡は取れますか?」
「会社に記録が残っているはずです」
水田は淡々と答える。
自分が施工した場所ではない。
その事実が、逆に少しだけ水田の心を軽くしていた。
少なくとも、施工上の問題について自分自身が直接責任を問われる可能性は低い。
「水田さん」
「はい?」
「この写真、コピーさせてもらっても?」
「もちろんです」
水田はファイルを差し出した。
「必要なものなら、会社にある資料も確認します」
「助かります」
警察官が写真を受け取る。
水田はその様子を眺めながら、ふと昨夜のことを思い出した。
自分たちが作った状況。
そして今、警察は別の原因を見つけようとしている。
だが、ここで余計なことを考えてはいけない。
「それと」
水田が言った。
「今回の漏水については、まず応急処置をした方がいいですね」
「お願いします」
「天井も落ちていますから、二次被害が出る前に止水して、濡れた部分を確認した方がいいです」
「分かりました」
水田は立ち上がった。
警察官が写真を確認している。
銀行員は修理の手配について電話を始めている。
誰も水田を疑っている様子はない。
むしろ、施工業者として協力してくれる人間として扱っている。
水田は静かに息を吐いた。
「……応援の職人か」
小さく呟く。
写真の中に写っている、当時の職人。
その人物が、今回の漏水の原因として調べられることになる。
だが水田には分かっていた。
この程度の施工不良なら、実際の現場でも十分起こり得る。
だからこそ――。
警察にとっても、納得できる説明になってしまう。
水田はファイルを閉じた。
そしていつもの現場と同じように、工具を取り出した。
「じゃあ、まず水を止めて、傷んだ部分を確認します」
銀行員が頷く。
「お願いします」
水田は配管へ向き直る。
その背中を、警察官がしばらく見つめていた。
だが、その視線に疑念があるのか。
それとも単純な確認なのか。
水田には分からなかった。
ただ一つ確かなことがある。
警察は今、窓から侵入した犯人を探している。
そして水田は、その建物の中で堂々と仕事をしている。
――それだけだった。