一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第十二話 疑われない男

第十二話 疑われない男

 

「……これじゃ、水田さんを疑う材料にならないな」

 

 警察官の一人が、金庫室の資料を眺めながら呟いた。

 

 現場には確かに水田がいた。

 

 金庫室にも入っている。

 

 しかし、それは犯行後だ。

 

 銀行側から正式に呼ばれ、漏水の修理をするためにやって来た。

 

 施工写真を持参し、修理部材まで用意している。

 

 何より、水田が作業していたこと自体を銀行員が証言できる。

 

「水田さんは、銀行から修理の要請を受けて来たんですよね?」

 

「はい」

 

 銀行員が答える。

 

「朝一番でこちらから連絡しました。漏水が酷かったので」

 

「その時点では、もう警察が来ていた?」

 

「ええ」

 

「なるほど……」

 

 警察官は腕を組んだ。

 

 水田が金庫室にいた。

 

 それ自体は事実だ。

 

 しかし、だからといって犯行と結びつけることはできない。

 

 むしろ状況としては逆だった。

 

 犯行が起きた後、銀行側から呼ばれて入っている。

 

 それなら現場にいること自体は何ら不自然ではない。

 

「それに水田さん、かなり協力的でしたよ」

 

 別の銀行員が言う。

 

「施工写真も自分から持ってきてくれましたし、修理に必要な部材もすぐ用意してくれました」

 

「……そうですか」

 

「水道工事の担当だったので、漏水原因も調べてくれています」

 

 警察官は資料を見る。

 

 そして一枚の施工写真を取り出した。

 

「問題の配管は、水田さん本人が施工したわけではない」

 

「はい」

 

「応援の職人?」

 

「そうです」

 

 警察官は写真と現在の配管を見比べた。

 

 施工時の写真には、接合部の状態が残っている。

 

 現在の破損状況とも一致している。

 

「これなら漏水の原因として説明がつく」

 

「施工不良の可能性があるわけですね」

 

「少なくとも、水田さんが後から何かしたと考える必要はない」

 

 警察官はそう言って資料を置いた。

 

 水田に疑いを向ける理由は、今のところない。

 

 むしろ捜査上重要なのは別の部分だった。

 

「窓から侵入した人間がいる」

 

「はい」

 

「そして、その人間は窓を綺麗に戻している」

 

「建築関係者でしょうか?」

 

「可能性はあります」

 

 警察官は答えた。

 

「ただ、施工関係者全員を疑うわけにもいかない」

 

 銀行員が頷く。

 

「では、どうするんです?」

 

「まず、当時の施工資料を確認します」

 

 

 その日の午後。

 

 銀行から当時の建築担当者へ連絡が入った。

 

「警察の方から事情を聞きたいそうです」

 

「私がですか?」

 

「はい。図面も持ってきてほしいとのことです」

 

「分かりました」

 

 男は会社から資料をまとめた。

 

 建物の平面図。

 

 施工時の資料。

 

 変更履歴。

 

 その他、保存されていた関連資料。

 

 それらを持って銀行へ向かった。

 

 

「こちらが当時の図面です」

 

 会議室の机に図面が広げられる。

 

「ありがとうございます」

 

 警察官が図面を確認する。

 

「この建物を担当されたんですか?」

 

「施工管理を担当していました」

 

「では、建物の構造については?」

 

「基本的なことなら分かります」

 

「金庫室の位置も?」

 

「もちろん」

 

「窓の位置も?」

 

「図面にあります」

 

 警察官は頷いた。

 

「今回、窓から侵入された可能性が高いと考えています」

 

「そうなんですか」

 

「こちらをご覧ください」

 

 窓の写真を見せる。

 

「……これは」

 

「コーキングが新しいと思いませんか?」

 

 男は写真を見つめた。

 

「確かに……」

 

「施工時のものですか?」

 

「いや、全部同じ時期に施工していますから、ここだけ新しいのは変ですね」

 

「では、誰かが後から触った可能性がある」

 

「そう考えるのが自然でしょうね」

 

 警察官は頷く。

 

「この建物に詳しい人間が犯人である可能性について、どう思いますか?」

 

「それだけでは何とも」

 

「建築関係者でなくても、図面を手に入れれば分かることもあります」

 

「そうですね」

 

 男は答える。

 

「それに、この建物は設備業者が何度も出入りしています。建築だけでなく、水道、電気、ガス、警備、いろんな業者がいますから」

 

「なるほど」

 

 警察官はメモを取った。

 

「当時の施工業者の一覧をいただけますか?」

 

「会社に残っていると思います」

 

「お願いします」

 

「分かりました」

 

 事情聴取は続く。

 

 だが、まだ犯人像は見えてこない。

 

 窓を扱える。

 

 建物の内部構造を知っている。

 

 金庫室の位置を把握している。

 

 しかし、その条件に当てはまる人間は多い。

 

 警察官は図面を見ながら、深く息を吐いた。

 

「……一から洗うしかないな」

 

 机の上には、建物の図面が広がっていた。

 

 その図面の中には、犯人たちが知っていた情報も含まれている。

 

 しかし今の警察には、それが誰に利用されたものなのか判断できない。

 

 そして水田は――。

 

 銀行から頼まれた修理を続けていた。

 

 犯行後に呼ばれた、ただの施工業者として。

 

 そのことが、結果的に彼を疑いの外側へ置いていた。

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