第十三話 疑いの矛先
警察の捜査は、少しずつ施工関係者へと広がっていった。
最初は設計事務所。
次に建物全体の施工を請け負った建築会社。
そして、その下に入った専門工事会社へ。
今回の銀行は総工費二十五億円近い大型案件だった。
当然、一社だけで完成させたわけではない。
建築。
電気。
給排水。
ガス。
土木。
それぞれ別の会社が担当し、その会社からさらに職人や協力会社が現場へ入っていた。
警察からすれば、調べる相手は膨大だった。
だが、犯人が建物の構造をある程度理解していたことだけは分かっている。
侵入された窓。
金庫室。
設備。
そして、犯行後に発生した大量の漏水。
単なる偶然とは考えにくい。
そこで警察は、建物の施工に関わった人間を一人ずつ調べることにした。
⸻
最初に呼ばれたのは建築会社だった。
現場責任者や施工管理担当者から話を聞き、工事中の資料を確認する。
「当時の建築担当者に話を聞きたい」
そうして呼ばれたのが、佐伯だった。
「この銀行の建設工事を担当されていた?」
「ええ」
「施工時の図面については?」
「会社に保存されています」
「建物の構造は把握していますか?」
「建築担当ですから、大枠なら」
佐伯はそう答えた。
「では、金庫室の位置は?」
その質問に、佐伯は少し考えた。
「大まかな場所なら分かりますよ」
「正確な位置は?」
「そこまでは知りません」
警察官が顔を上げる。
「分からない?」
「ええ」
佐伯は図面を指差した。
「俺たちが建てたのは建物そのものです。金庫や貸金庫の設備まで全部うちが担当したわけじゃありません」
「では、最終的な金庫の設置位置は?」
「金庫屋か警備会社じゃないですかね」
佐伯は肩をすくめた。
「建物として、この辺りにそういう設備が入るってことは知ってます。でも最終的にどこへ何を設置したのかまでは、俺の担当じゃないです」
「警備設備についても?」
「別ですね。後施工ですから」
警察官は記録を取った。
建物の構造を知っている。
しかし、金庫の詳細までは知らない。
その事実は、警察にとって重要だった。
「事件後、この銀行へ入ったことは?」
「ありません」
「事件当日は?」
「会社の記録を確認してください」
「分かりました」
佐伯は持参した工程関係の資料を提出した。
警察官がページをめくる。
その時期、佐伯は複数の現場を掛け持ちしていた。
「かなり忙しいですね」
「でしょう?」
佐伯が苦笑した。
「この時期に銀行強盗なんかやってる暇があるように見えます?」
「……」
「この工程表見てくださいよ」
佐伯が指で工程表を叩く。
「このスケジュールで仕事してんの。間に合うわけねぇだろ」
「落ち着いてください」
「俺は落ち着いてますよ」
佐伯は不満そうに腕を組む。
「現場終わったあとも仕事が残ってるんです。持ち帰りでやってましたよ」
警察官は資料を確認する。
佐伯については、会社の記録などを照合する必要はある。
しかし少なくとも、金庫の正確な位置を知っていたとは限らない。
警察は次の人間へ捜査を進めた。
⸻
次に呼ばれたのは電気工事会社。
担当者の田村電司が事情聴取を受けた。
「銀行には以前から出入りしていましたか?」
「仕事なら」
「施工後も?」
「点検や修理がありますから」
「建物の内部について、どの程度ご存じです?」
「電気設備なら分かります」
「金庫室は?」
「さあ」
田村は首を傾げた。
「建物の図面を見れば大体の位置は分かるでしょうけど、俺が金庫を設置したわけじゃありませんから」
「電気設備との関係は?」
「必要なところに電源を持っていっただけです」
田村も施工記録を提出した。
警察はそれを確認し、事件当日の行動についても質問する。
「その日は?」
「仕事です」
「どこで?」
「記録があります」
田村は淡々と答えた。
警察は会社側にも確認を取ることにした。
⸻
三人目は土木工事を担当した木村。
「この銀行の敷地造成を?」
「ええ」
「地盤については詳しい?」
「土木ですからね」
木村は笑った。
「ただし建物の中のことは知りませんよ」
「金庫室については?」
「知りません」
「敷地の下に何があるかは?」
「施工した範囲なら分かります」
木村もまた、当時の資料を提出した。
しかし事件当日の行動についても、特に決定的なものは出なかった。
⸻
そして、水田。
警察官は資料を確認する。
「水田さんは、事件直前にこの銀行へ入っていますね?」
「はい」
「地盤沈下による緊急修理」
「そうです」
「給水管が折れた?」
「地盤が沈んだんです」
水田は持参した資料を机の上へ並べた。
「これが当時の資料です」
施工記録。
工事写真。
そしてボーリング資料。
警察官が資料をめくっていく。
「かなりありますね」
「工事の記録ですから」
水田は苦笑する。
「計算上は問題ないはずなんですよね」
「それでも沈下した?」
「現実には」
水田は肩をすくめた。
「地盤が沈下して、配管が折れた。それで緊急修理ですよ」
「施工に問題があった可能性は?」
「こちらとしては必要な施工をしています」
水田は淡々と答える。
「ただ、それでも現実に地盤が沈下して配管が折れた」
少し間を置いてから、ぼそりと続けた。
「挙げ句の果てには、銀行さんから訴えられてるんですがね」
警察官が顔を上げる。
「銀行から訴えられている?」
「ええ」
「施工上の問題を?」
「そういう話です」
水田は苦笑した。
「こっちは地盤の問題だと言ってるんですけどね」
警察官は資料を閉じた。
事件直前の銀行への立ち入り。
金庫室付近の給水設備。
そして、事件後の漏水。
水田は確かに目立つ。
だが、その立ち入りには明確な理由がある。
銀行から呼ばれた。
緊急修理だった。
施工写真も残っている。
しかも現在、その工事を巡って銀行と揉めている。
だからといって、犯人だとは言えない。
⸻
最後に柴崎。
「ガス設備の担当ですね?」
「はい」
「事件前に、この銀行へ?」
「点検です」
「複数人で?」
「ええ」
警察官が資料を見た。
「人数が多いですね」
柴崎は頭を掻いた。
「ああ……それには事情がありまして」
「どんな事情です?」
「人手不足ですよ」
柴崎はため息をつく。
「他所の現場で外国人を雇ってたんですけどね」
「その人たちを、この現場でも?」
「はい」
柴崎は苦笑した。
「あんまりにも仕事しないもんだから頭にきまして」
「それで?」
「ここの現場でも使ったんですよ」
「その後は?」
「次の日から連絡来なくなりました」
「……」
「消えちゃったんですよ」
柴崎は本当に困ったような顔をした。
「こっちだって困りましたよ。急に来なくなるんですから」
「身元については?」
「会社に記録があると思います」
「確認できますか?」
「もちろん」
柴崎も資料の提出に応じた。
⸻
こうして五人への事情聴取は終わった。
五人は同じ会社の社員ではない。
それぞれ別の会社に所属している。
建築。
電気。
土木。
水道。
ガス。
専門分野も違う。
だから警察は、それぞれの会社へ確認を取らなければならない。
そして、捜査官の間では二人の名前が残った。
水田。
そして、柴崎。
水田は事件直前に緊急修理で入っている。
柴崎はその少し前に複数人で点検している。
どちらも建物に入った理由は正当だった。
だからこそ、簡単には切れない。
警察官は二人の資料を並べた。
「偶然……なのか?」
まだ答えは出ない。
しかし、事件の直前に建物へ入っていた二人として、その名前は確実に捜査資料へ残った。
そして五人のうち、建物の大枠を知る佐伯ですら、金庫の最終配置は知らなかった。
ならば犯人は、いったいどこから金庫の情報を得たのか。
捜査は、次の段階へ進もうとしていた。