一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第二話それぞれの仕事

第二話 それぞれの仕事

 

 夜。

 

 佐伯の会社が所有する資材倉庫には、五人だけが集まっていた。

 

 シャッターは閉まっている。

 

 事務所の電気も最低限。

 

 机の上には、分厚いファイルが何冊も積まれていた。

 

 佐伯が、その中から一冊を取り出す。

 

 表紙には、

 

『東央銀行新本店 施工関連図書』

 

と書かれている。

 

「これ、まだ残ってたんだな」

 

 田村が言った。

 

「捨てる理由もねえからな」

 

 佐伯はファイルを机に置いた。

 

「建物関係はだいたい入ってる」

 

 水田が眉を上げる。

 

「だいたい?」

 

「俺の会社が持ってる範囲ならな」

 

 佐伯がファイルを開く。

 

「建築、構造、施工図、それから各業者から上がってきた資料」

 

 田村が覗き込む。

 

「警備は?」

 

「ない」

 

「監視カメラも?」

 

「ない」

 

「防犯設備も?」

 

「後施工だからな。別業者だ」

 

 佐伯は肩をすくめた。

 

「俺たちが建物を引き渡した後に入ってる」

 

「なるほど」

 

 田村が頷く。

 

「じゃあ、俺たちが持ってるのはそれぞれ自分の担当分だけってことか」

 

「そういうことだ」

 

 佐伯が五人を見る。

 

「だから持ってきたんだ」

 

 五人がそれぞれ資料を机に置く。

 

 田村は電気設備。

 

 水田は給排水。

 

 柴崎はガス設備。

 

 木村は土木。

 

 そして佐伯は建築と構造。

 

 五つの専門分野が、机の上に並んだ。

 

「……なんか昔の打ち合わせみたいだな」

 

 水田が笑った。

 

「内容を除けばな」

 

 木村が返す。

 

 

「まず建築」

 

 佐伯が図面を広げる。

 

「銀行の金庫区画について考える」

 

 建物の一階平面図。

 

 佐伯が指を滑らせる。

 

「俺は金庫と貸金庫は一階にあると思ってる」

 

「地下じゃないのか?」

 

 田村が聞く。

 

「この土地で地下に大重量物をまとめるのは、あまりやりたくない」

 

 佐伯は答える。

 

「地盤が悪いからな」

 

 木村が頷いた。

 

「俺もそう思う」

 

「それに床」

 

 佐伯が図面を叩く。

 

「この辺りは床の荷重もかなり考えてる」

 

「つまり?」

 

「銀行の金庫みたいな重量物を置くなら、ここが自然だ」

 

 木村が図面を覗き込む。

 

「施工時もそんな感じだったな」

 

「だろ?」

 

「地下を使うより一階にまとめる方が楽だった」

 

「だから一階だ」

 

 佐伯はそう結論づけた。

 

 しかし田村が言う。

 

「ただ、今もそのままとは限らないぞ」

 

「分かってる」

 

 佐伯は頷いた。

 

「完成してから何年も経ってるからな」

 

 

「じゃあ電気」

 

 田村が自分の資料を開いた。

 

 図面を広げる。

 

「俺のところはこれ」

 

「何が分かる?」

 

「俺らが施工した電気だけ」

 

 田村は即答した。

 

「後から入った警備設備とかは知らん」

 

「でも電源は?」

 

「当然分かる」

 

 田村は配線図を見る。

 

「この建物、普通の銀行より電気設備が大きい」

 

「それは……」

 

 佐伯が言う。

 

「コージェネだろ」

 

 柴崎が初めて口を挟んだ。

 

「そう」

 

 田村が頷く。

 

「非常時のバックアップ」

 

 柴崎がガス設備図を取り出す。

 

「こっちにもある」

 

 その図面には、ガス設備の一部として発電設備が記されている。

 

「この銀行、ガスで発電するコージェネレーションシステムを入れてる」

 

「非常用?」

 

「そうだ」

 

 柴崎は説明した。

 

「普段から設備として使うこともできるけど、停電なんかの非常時には予備電源として使えるようになってる」

 

 田村が続ける。

 

「電気が落ちても、全部が真っ暗になるわけじゃない」

 

「へえ」

 

 水田が図面を見る。

 

「これ、柴崎のところが入れたのか?」

 

「ガス配管と機械周りは俺ら」

 

 柴崎が答える。

 

「電気側は田村のところ」

 

「なるほど」

 

 佐伯は図面を見比べる。

 

「じゃあ、この建物は電気とガスが完全に別じゃない」

 

「そういうこと」

 

 田村が言う。

 

「俺たちが施工した時も結構面倒だった」

 

「俺はガス側でもっと面倒だったぞ」

 

 柴崎が笑う。

 

「発電機まで絡むと配管が増えるからな」

 

「お前、文句ばっか言ってたな」

 

「そりゃ言うだろ」

 

 柴崎は笑った。

 

「銀行なんだから止められない、止めるなって無茶ばっか言われたんだから」

 

 五人が笑う。

 

 ほんの一瞬。

 

 強盗の計画を忘れて、昔の現場の話をしていた。

 

 

 水田が給排水図を広げる。

 

「こっちは俺」

 

「何か分かる?」

 

「設備スペースの位置」

 

 水田は図面を指した。

 

「配管はここを通ってる」

 

「金庫区画との関係は?」

 

「近い」

 

「それだけ?」

 

「それ以上は知らん」

 

 水田が笑う。

 

「俺、水道屋だぞ?」

 

「今日それ何回目だよ」

 

 木村が呆れる。

 

「じゃあ俺は土木屋だ」

 

「お前は言わなくても分かる」

 

 木村が資料を広げた。

 

 地盤関係の資料。

 

 基礎。

 

 外構。

 

 施工記録。

 

「この土地、やっぱり嫌いだわ」

 

「今さら?」

 

「今さらだから言ってんだ」

 

 木村は図面を見た。

 

「施工中も思ったけど、地盤が良くない」

 

「でも設計通り建った」

 

「それはそうだ」

 

 木村は頷いた。

 

「俺たちは要求された仕事をやった。それだけだ」

 

 佐伯が黙って木村を見る。

 

 五人の間に、ほんの少しだけ重い空気が流れた。

 

 この銀行を巡る騒動の始まりは、まさにそこだった。

 

 

「で」

 

 田村が言った。

 

「警備は?」

 

 沈黙。

 

 誰も答えない。

 

「知らん」

 

 佐伯が言った。

 

「俺も」

 

 田村。

 

「俺も」

 

 水田。

 

「同じく」

 

 柴崎。

 

「俺が知るわけない」

 

 木村。

 

 五人が顔を見合わせる。

 

「……銀行強盗なのに、警備について誰も知らねえな」

 

 田村が言った。

 

「建物なら知ってる」

 

 佐伯。

 

「電気なら分かる」

 

 田村。

 

「水道なら分かる」

 

 水田。

 

「ガスなら任せろ」

 

 柴崎。

 

「土なら俺だ」

 

 木村。

 

「でも銀行は知らない」

 

 全員が黙った。

 

「……馬鹿だな、俺たち」

 

 水田が呟いた。

 

 

 翌日。

 

 五人は東央銀行へ向かった。

 

 もちろん普通の客として。

 

 完成から何年も経っている。

 

 建物の中には、五人が知らないものが増えていた。

 

 佐伯が柱を見る。

 

「ここ、変わったな」

 

 田村も天井を見る。

 

「照明も違う」

 

 水田。

 

「設備も増えてる」

 

 柴崎。

 

「ガス周りも変わってるかもしれん」

 

 木村。

 

「外から見た感じも変わったな」

 

 五人は顔を見合わせる。

 

 自分たちが作った建物。

 

 だが、今そこにあるのは、完成した日の建物ではない。

 

 銀行として何年も使われ続けた建物だ。

 

「俺たちが知ってるのは」

 

 佐伯が言った。

 

「完成した時までだ」

 

 田村が頷く。

 

「その後は知らない」

 

 

 その日の夜。

 

 再び倉庫。

 

 机の上には五人の図面が広がっていた。

 

 佐伯の建築図。

 

 田村の電気図。

 

 水田の給排水図。

 

 柴崎のガス設備図。

 

 木村の土木資料。

 

 そして、その中にコージェネレーションシステムの資料もあった。

 

 柴崎がそれを指差した。

 

「これだけは覚えてる」

 

「何を?」

 

「施工中、こいつのせいで何回現場止めたと思う?」

 

 田村が笑う。

 

「お前が配管間違えたからだろ」

 

「違う」

 

「違わねえよ」

 

「俺じゃねえ!」

 

 五人が笑った。

 

 しばらくして、佐伯が言った。

 

「……不思議だな」

 

「何が?」

 

「俺たち、銀行を建てた時は何も考えてなかった」

 

 図面を見る。

 

「ここに何が入るとか、誰が使うとか」

 

 田村が言う。

 

「仕事だからな」

 

「そうだ」

 

 佐伯は頷いた。

 

「仕事だった」

 

 しかし今は違う。

 

 この建物は、自分たちの人生を壊した場所でもある。

 

 そして、自分たちが人生を取り戻すために狙う場所でもある。

 

「八億五千万」

 

 佐伯が呟く。

 

 五人の視線が集まる。

 

「一人一億七千万」

 

 誰も笑わなかった。

 

 佐伯は図面を閉じる。

 

「まだ分からないことが多すぎる」

 

「じゃあ?」

 

 田村が聞く。

 

「調べる」

 

 佐伯が答えた。

 

「俺たちは建物のことしか知らない」

 

「なら、銀行のことを知る」

 

 柴崎が頷く。

 

「そういうことだ」

 

 机の上には、五人それぞれの仕事の痕跡が並んでいる。

 

 建築。

 

 電気。

 

 水道。

 

 ガス。

 

 土木。

 

 それぞれ別々の仕事だった。

 

 だが今は違う。

 

 五人の知識が一つの建物を形作っている。

 

 そして、その建物こそが――

 

 彼らの人生を奪った銀行だった。

 

 佐伯が最後に言った。

 

「次は、もっと近くで見るぞ」

 

 五人は黙って頷いた。

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