一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第二十話 証拠隠滅

捜査本部に、金庫業者から報告が上がった。

 

「東央銀行の金庫についてです」

 

 担当刑事が資料を机の上へ置いた。

 

「固定部分の切断痕について、金庫業者から詳しい回答が来ました」

 

「固定部分?」

 

「はい。金庫そのものを切断したわけではありません。建物側へ固定していた接合部です」

 

 上司が写真を手に取る。

 

 切断された固定部。

 

 その断面は、妙に綺麗だった。

 

「……随分綺麗だな」

 

「業者もそこを気にしています」

 

「熱は?」

 

「ほとんどありません」

 

「焼け跡も?」

 

「ありません」

 

 刑事は別の写真を差し出した。

 

「バーナーやトーチのような熱を使った切断なら、普通は何らかの熱影響が残るそうです」

 

「回転ノコなんかは?」

 

「それとも違うそうです」

 

「じゃあ何で切った?」

 

「そこまでは分かりません」

 

「ウォーターカッターの可能性は?」

 

「候補には入るそうです。ただ、切断痕だけでは断定できないと」

 

「なるほど」

 

 上司は写真を机へ戻した。

 

「特殊な切断方法を使った可能性はある。ただ、それだけじゃ犯人には繋がらない」

 

「はい」

 

「その線は残しておけ」

 

「分かりました」

 

 捜査員は資料をまとめた。

 

 金庫の固定部を切断するという、かなり特殊な方法。

 

 しかし、それだけでは犯人を絞り込めない。

 

 捜査はまた一歩進んだようで、実際には大した手掛かりを得られないままだった。

 

    *

 

 その頃、東央銀行では別の問題が起きていた。

 

 事件後、建物全体の電源が何度か落ちている。

 

 そのたびにコージェネレーションが非常用発電へ切り替わる。

 

 最低限の営業は続けられる。

 

 だが、非常用発電だけでは通常時と同じ電力を好きなだけ使えるわけではない。

 

 窓口。

 

 通常業務。

 

 銀行のシステム。

 

 それらを維持するため、使用電力を制限する必要がある。

 

 その結果、空調まで十分に回せなくなっていた。

 

「暑い……」

 

 窓口の職員が汗を拭う。

 

「もう少し冷房、入れられないんですか?」

 

「今は電力を優先しないといけないので……」

 

「でも、お客様からも苦情が来てますよ」

 

「分かってます」

 

 設備担当者は頭を抱えていた。

 

 事件だけでも大変なのに、今度は設備まで不安定になった。

 

 上からも催促が来る。

 

 現場からも言われる。

 

 客からも苦情が出る。

 

「早く修理してください」

 

「業者には連絡しています」

 

「いつ直るんです?」

 

「確認します」

 

 設備担当者は電話を取った。

 

 相手は田村だった。

 

「田村さん、すみません」

 

『はい』

 

「電気設備の件なんですが、もうかなり厳しい状態です」

 

『そうですか』

 

「非常用発電で最低限の業務は維持できています。ただ、窓口も通常業務もシステムも落とせませんから、電力使用をかなり制限しています」

 

『なるほど』

 

「そのせいで空調までまともに使えません」

 

『それは困りますね』

 

「ええ。上からも早く修理するように言われています」

 

『分かりました』

 

「通常の稟議を待っている場合じゃないので、緊急修理でお願いできますか?」

 

『もちろんです』

 

「助かります」

 

『すぐ伺います』

 

 電話が切れた。

 

 設備担当者は、ようやく息を吐いた。

 

 銀行としては、もう一刻も早く直してほしい。

 

 それだけだった。

 

    *

 

 田村は東央銀行へ向かった。

 

 設備担当者に案内され、配電設備を確認する。

 

「これです」

 

「分かりました」

 

 田村は基盤を見る。

 

 そこには、事件前から仕込まれていた細工が残っていた。

 

 あの時は、まだ外から見ただけでは大きな異常には見えなかった。

 

 だが、その後。

 

 田村は何度も電源を落とした。

 

 復旧させる。

 

 また落とす。

 

 また復旧させる。

 

 その繰り返しによって、仕込んでおいた基盤へ負荷が積み重なっていった。

 

 そして、ついに限界を迎えた。

 

 接点周辺は黒く変色している。

 

 ショートによる損傷。

 

 設備担当者から見ても、不自然ではない。

 

「かなりやられてますね」

 

 田村が言った。

 

「やっぱり交換した方がいいですか?」

 

「はい。この状態なら交換した方がいいでしょう」

 

「原因は分かります?」

 

「繰り返しの電源投入で負荷が掛かった可能性があります」

 

「それなら、今までの停電が原因ということですか?」

 

「その可能性はありますね」

 

 田村は淡々と答える。

 

 銀行側にとって、それは十分納得できる説明だった。

 

 事件前から停電があった。

 

 事件後にも何度か停電した。

 

 その結果、基盤が故障した。

 

 何もおかしくない。

 

「交換できますか?」

 

「できます」

 

「お願いします」

 

 田村は作業に入った。

 

 古い基盤を取り外す。

 

 新しい基盤を取り付ける。

 

 そして設備を確認する。

 

 電源が入る。

 

 設備が正常に動く。

 

 問題はない。

 

「これで大丈夫です」

 

「助かりました」

 

 設備担当者は安堵した。

 

「古い基盤は?」

 

「廃棄でお願いします」

 

「分かりました」

 

 故障した基盤は、そのまま処分されることになった。

 

    *

 

 数日後。

 

 捜査本部。

 

「東央銀行の設備について追加報告があります」

 

「何だ?」

 

「事件後に発生していた停電について、銀行側へ改めて確認しました」

 

「それで?」

 

「複数回、停電が発生していたことは確認できました。ただ、その後に電気設備の修理が行われています」

 

「いつ?」

 

「事件から数日後です」

 

「何を修理した?」

 

「配電設備の基盤です」

 

 上司が顔を上げた。

 

「基盤?」

 

「はい。停電を繰り返した結果、基盤が損傷したとのことです」

 

「現物は?」

 

「ありません」

 

「……ない?」

 

「交換され、古いものは廃棄されています」

 

 上司は黙った。

 

「交換前の記録は?」

 

「そこも問題です」

 

「何だ?」

 

「設備側に残っていた異常履歴です。基盤を交換したことで、交換前の状態をそのまま確認できなくなっています」

 

「つまり?」

 

「事件後に何回停電したのか。どのタイミングで異常が発生したのか。設備側の記録だけでは、交換前の状態を完全には追えません」

 

 上司は眉を寄せた。

 

「基盤もない。記録も残っていない」

 

「はい」

 

「修理を急いだ理由は?」

 

「銀行側が営業を維持できなくなるほど困っていたからです。非常用発電では窓口やシステムを維持するのが精一杯で、空調まで十分に使えなかったそうです」

 

「それなら緊急修理になるか」

 

「はい」

 

 上司は報告書をめくる。

 

「修理した業者は?」

 

「田村という電気設備業者です」

 

「事件前から東央銀行に入っていた?」

 

「設備関係で仕事をしていたようです」

 

「分かった。その会社についても調べておけ」

 

「はい」

 

 捜査員が戻っていく。

 

 上司は一人、報告書を眺めた。

 

 事件後の停電。

 

 基盤の故障。

 

 緊急修理。

 

 基盤の交換。

 

 そして、記録の消失。

 

 ただし、それだけなら単なる設備故障として説明できる。

 

 しかも事件前から停電は発生していた。

 

 だからこそ、事件後の停電を犯行と結びつけるだけの材料はない。

 

    *

 

 同じ頃。

 

 東央銀行では、何事もなかったかのように通常営業が行われていた。

 

 窓口も動いている。

 

 システムも動いている。

 

 空調も戻った。

 

 銀行にとっては、それでよかった。

 

 壊れた設備が直った。

 

 営業に支障がなくなった。

 

 それ以上を気にする必要はない。

 

 そして、誰も知らない。

 

 あの基盤が単純に壊れたわけではないことを。

 

 事件前。

 

 田村はすでに、そこへ細工を施していた。

 

 事件後。

 

 田村は何度も電源を落とした。

 

 その繰り返しによって仕込まれた基盤へ負荷を掛け、最終的にショートさせた。

 

 そして、銀行が「故障した設備を修理してくれ」と田村へ依頼したことで、その基盤を自分の手で交換した。

 

 古い基盤は消えた。

 

 そこに残っていた異常の痕跡も消えた。

 

 設備側の記録も、交換前の状態を追えなくなった。

 

 事件当日の停電を偶然の設備トラブルに見せるために仕込まれたものが、最後まで役目を果たした。

 

 田村にとっては、それで十分だった。

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