一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第二十三話 視点

事件から数週間。

 

 東央銀行の支店長室では、重い空気が漂っていた。

 

「警察から新しい報告は?」

 

「ありません」

 

「資料は?」

 

「……まだ見つかっていません」

 

 支店長は黙って書類を閉じた。

 

 事件そのものについては、警察が継続して捜査している。

 

 だが、持ち去られた資料だけは戻ってこない。

 

 そのことが、支店上層部を苛立たせていた。

 

「引き続き、警察には協力してください」

 

「はい」

 

 担当者が部屋を出ていく。

 

 支店長は一人になり、机の上に残った書類へ目を落とした。

 

 現金だけなら、まだいい。

 

 問題は、金庫から一緒に消えた資料だった。

 

    *

 

 警察。

 

 捜査員が資料を机に並べていた。

 

「監視カメラは?」

 

「事件前後を中心に再確認しています。ただ、決定的な映像はありません」

 

「警備会社は?」

 

「警備員への聞き取りを終えています。異常が起きた時間帯についても確認しましたが、犯人に繋がるものはなし」

 

「金庫は?」

 

「金庫屋から報告が来ています」

 

 捜査員が報告書を開く。

 

 外側の金庫を固定していた接合部。

 

 そこには非常に綺麗な切断痕が残っている。

 

「熱による切断痕は?」

 

「確認されていません。バーナーなどを使った形跡は薄いです」

 

「工具は特定できそうか?」

 

「現状では難しいですね」

 

 別の捜査員がため息をつく。

 

「窓枠も調べましたが、施工業者からは『丁寧な仕事だが、技術的には特殊ではない』という話です」

 

「つまり?」

 

「腕のある人間ならできる。ただ、それだけでは犯人を絞れません」

 

 捜査員は椅子へ座った。

 

 監視カメラ。

 

 警備会社。

 

 金庫。

 

 窓枠。

 

 施工関係者。

 

 調べられるところは調べている。

 

 それでも、犯人へ繋がる線は見えない。

 

「……地道に続けるしかないな」

 

 そう言って、捜査員は次の資料を手に取った。

 

    *

 

 その頃。

 

 五人は事務所に集まっていた。

 

 机の上には、スキャンした資料を焼いたCDが五枚。

 

 その中央には原本が置かれている。

 

 全員がそれぞれ資料を読み込み、ようやく全体を照合できるところまで来ていた。

 

「まず、土地だな」

 

 佐伯が資料を広げた。

 

「建設計画の初期段階では、こっちが予定地だった」

 

 地図を指差す。

 

「駅にも近いし、道路も広い。地盤もこっちの方がいい」

 

 田村が別の資料を見る。

 

「じゃあ、なんで変えた?」

 

「議員だ」

 

 佐伯が答える。

 

「途中で地元議員から別の土地を紹介されてる」

 

 その土地は地元の有力地権者が所有していた。

 

 立地は良い。

 

 しかし、地盤には問題がある。

 

「地権者は自分の土地を売りたい」

 

 佐伯が続ける。

 

「議員には別の思惑がある。元々の予定地を別の開発案件へ回したい」

 

「で、銀行は?」

 

「議員との関係。行政との調整。地域開発。土地取得の便宜」

 

 佐伯は資料をめくった。

 

「三者それぞれに都合がいい」

 

「銀行も地盤が悪いことは知ってたんだよな?」

 

 木村が聞く。

 

「知ってる」

 

「なのに選んだ」

 

「そう」

 

 佐伯が次の資料を出した。

 

「そして、これ」

 

 二枚のボーリング資料が並んだ。

 

「日付が違う」

 

「数値も違う」

 

 木村が資料を見比べる。

 

「こっちなら地盤はかなり悪い」

 

「もう一方は?」

 

「かなり良く見える」

 

 建築担当が腕を組む。

 

「前提が変わるな」

 

「どのくらい?」

 

「基礎の深さ、大きさ。場合によっては工法そのもの」

 

 木村も頷いた。

 

「建物の荷重計算だって変わる。建物の重量をどこへ逃がすか決めるんだから、地盤の数字が違えば設計そのものが変わる」

 

 古いボーリング資料を見つめる。

 

「こっちが正しいなら、沈下してもおかしくない」

 

「水道も無関係じゃない」

 

 水田が言った。

 

「地盤が沈めば配管には無理が掛かる。俺らができるのは、せいぜい耐震管を使うとか、配管側で逃げを作るくらいだ。地盤そのものをどうにかする仕事じゃない」

 

 田村が頷く。

 

「つまり、建物側の問題も配管の問題も、地盤次第で説明がつく」

 

「そうなる」

 

 佐伯はさらに資料を並べた。

 

「そして、その地盤資料を使って設計が進む」

 

 建築担当が資料を見る。

 

「設計事務所は、施主から渡された資料を前提に設計する」

 

「設計事務所も知らなかった?」

 

「少なくとも、全員が共犯だったとは読めない」

 

 佐伯が別の資料を出した。

 

「むしろ一部では疑問を持ってる」

 

「でも施主が出した正式資料なら、それを使うしかない」

 

「そういうこと」

 

 次に出てきたのは、施工業者の選定資料だった。

 

「で、俺たちの会社」

 

 田村が見る。

 

「地権者から推薦されてる」

 

「大型銀行の支店工事なのに?」

 

「他の会社も候補に入ってる」

 

 佐伯が入札資料を広げた。

 

「でも最終的に受注したのはうち」

 

 木村が資料を見比べる。

 

「他社も参加してるのに、妙だな」

 

「結果として、うちが選ばれる流れになってる」

 

 五人は黙った。

 

 彼らは何も知らず、会社から割り振られた仕事として施工した。

 

 設計図に従い、それぞれの担当を施工した。

 

 そして完成後。

 

 銀行は建物の瑕疵を主張した。

 

 工事代金は支払われなくなった。

 

 修繕費や損害賠償まで請求され、会社の資金繰りは悪化した。

 

 その影響で、五人への給料の支払いまで滞っている。

 

 そして今も裁判は続いている。

 

「……これ」

 

 水田が呟いた。

 

「全部繋がってないか?」

 

 佐伯が答える。

 

「俺もそう思う」

 

 土地を変える。

 

 地盤の問題を知っている。

 

 地権者側から資料が出る。

 

 その資料を前提に設計する。

 

 地権者から施工業者を推薦する。

 

 そして完成後、施工側へ瑕疵責任を負わせる。

 

 田村が資料を一枚ずつ見ていく。

 

「これ、単なる施工トラブルじゃねえぞ」

 

 木村が続けた。

 

「最初から責任を被せる相手を決めてたんじゃないか?」

 

 佐伯が静かに頷く。

 

「銀行、地権者、議員」

 

 机の上に並んだ資料を見渡す。

 

「三者で最初から話ができてたと考えれば、全部説明できる」

 

 しばらく誰も喋らなかった。

 

 田村が一枚の資料を持ち上げる。

 

「……これが外に出たら、銀行は相当困るな」

 

「困るどころじゃないだろ」

 

 木村が言った。

 

「今の裁判で銀行が言ってること、その前提が崩れる」

 

「地盤資料も」

 

「土地を変えた経緯も」

 

「俺たちの会社が選ばれた流れも」

 

「全部残ってる」

 

 水田が資料を見つめる。

 

「銀行がこれを取り戻したがる理由、普通に分かるわ」

 

 田村がCDをケースへ戻す。

 

「そりゃ必死になるだろ」

 

 五人は互いの顔を見た。

 

 強盗の目的は金だった。

 

 この資料を狙ったわけではない。

 

 だが、偶然手に入れた資料は、自分たちが今まさに争っている裁判の根幹に繋がっていた。

 

 しかもそこに記されていたのは、単なる施工ミスではない。

 

 自分たちを責任の受け皿にするために、最初から組まれていた可能性のある計画だった。

 

「……まだ全部読み切ってない」

 

 佐伯が残った資料を見る。

 

「なら、続きだ」

 

 五人は再び資料へ向き直った。

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