一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第二十五話 帰ってきた金

事件から、一年が経った。

 

 事件が起きた直後、警察は当然ながら大規模な捜査を始めた。

 

 現場の確認。

 

 周辺の聞き込み。

 

 監視カメラの映像。

 

 警備会社への照会。

 

 金庫の損壊状況。

 

 関係する施工業者への聞き取り。

 

 調べられるものは、一つずつ調べられていった。

 

 しかし、時間が経つにつれて新しい手掛かりは出なくなった。

 

 金庫の外側には、固定部分を切断された痕跡が残っていた。

 

 熱を使った切断とは考えにくい、綺麗な切断面。

 

 だが、それだけでは犯人が使った道具まで特定できない。

 

 窓枠についても同じだった。

 

 施工業者に確認したところ、確かに丁寧な施工ではある。

 

 しかし、特殊な技術というほどではない。

 

 腕のある人間なら再現できる。

 

 それだけだった。

 

 監視カメラにも決定的な映像はない。

 

 警備会社からも、犯人に繋がる情報は出てこない。

 

 そして一年。

 

 捜査は、完全に終わったわけではない。

 

 だが、新しい情報がなければ動きようもなかった。

 

「新しい線は?」

 

「今のところありません」

 

「周辺の映像も?」

 

「再確認しましたが、決定的なものはなしです」

 

「そうか」

 

 捜査員は資料を閉じた。

 

「何か出てきたら、その時に動こう」

 

 事件は未解決のまま、静かに時間の中へ埋もれていった。

 

    *

 

 東央銀行。

 

 こちらでも、一年という時間は大きかった。

 

 事件直後は、支店内でも緊張が続いていた。

 

 しかし警察から新しい情報はない。

 

 犯人から何かを要求されたわけでもない。

 

 外部へ何かが流出したという話もない。

 

 そのため、銀行内部では次第に一つの見方が強くなっていた。

 

「結局、あれは金目当ての強盗だったんでしょう」

 

 担当者が言った。

 

「そう考えるのが自然ですね」

 

「資料の価値を理解していなかった、と?」

 

「もし理解していたなら、何かしら動きがあるはずです」

 

 脅迫もない。

 

 情報の公開もない。

 

 銀行との接触もない。

 

 事件から一年経っても、何も起きていない。

 

「馬鹿な強盗だった、ということですか」

 

「そういうことでしょう」

 

 それは銀行にとって、都合のいい解釈だった。

 

 持ち去られたものについて、警察に何をどこまで説明するか。

 

 その判断も慎重だった。

 

 銀行として表に出したくないものまで、わざわざ詳細に説明する必要はない。

 

 特に、過去の土地取得や建設計画に関係する資料についてはそうだった。

 

「ただし」

 

 担当者が声を落とした。

 

「議員と地権者には、余計なことを知られないようにしてください」

 

「当然です」

 

 それだけは、一年経っても変わらなかった。

 

 事件そのものを大きくする必要はない。

 

 犯人が資料の価値を理解していないなら、なおさらだ。

 

 騒がなければいい。

 

 そうすれば、このまま何事もなかったように終わる。

 

 銀行側は、そう考えていた。

 

    *

 

 同じ頃。

 

 五人は、夜の闇の中にいた。

 

 街から少し離れた場所。

 

 古い浄化槽がある。

 

 以前、水田が更新工事を担当した場所だった。

 

 元々の浄化槽は、内部のものを抜いて清掃し、土と砕石を詰めていた。

 

 完全に臭いが消えるわけではなかった。

 

 長年染みついた臭いや、内部に残った微生物の影響はどうしても残る。

 

 特に夏場。

 

 蓋の周辺まで、かなり強い臭いがする。

 

 だからこそ、ここは一年経っても以前と大きく変わっていなかった。

 

「この下だ」

 

 佐伯が言った。

 

 五人は黙って作業を始めた。

 

 土を取り除く。

 

 砕石をどかす。

 

 その下に埋められていたものを探す。

 

 やがて。

 

「……あった」

 

 田村が声を上げた。

 

 土の下から、コンクリートの塊が姿を現した。

 

 事件後、五人が金と資料をまとめて固めたものだった。

 

 五人はそれを引き上げた。

 

「重っ……」

 

「文句言うな」

 

「分かってるよ」

 

 全員で運び出す。

 

 その後、浄化槽の中を元の状態へ戻していく。

 

 土。

 

 砕石。

 

 そして蓋。

 

 見た目には、以前とほとんど変わらない。

 

「これでいい」

 

 水田が確認する。

 

「元通りだ」

 

「じゃあ帰るぞ」

 

 五人はコンクリートの塊を車へ積み込んだ。

 

    *

 

 事務所に戻る。

 

 シャッターを閉める。

 

 コンクリートの塊を作業スペースへ運び込む。

 

「一年か」

 

 田村が塊を見た。

 

「長かったな」

 

「一年寝かせた金って考えると、すげえな」

 

「金を寝かせてたわけじゃねえだろ」

 

「細かいこと言うな」

 

 工具を使い、コンクリートを崩していく。

 

 少しずつ表面が割れる。

 

 やがて、中から包まれたものが姿を見せた。

 

「出た!」

 

 田村が叫んだ。

 

 金だった。

 

「おお……」

 

「ちゃんとあるな」

 

「数えるぞ」

 

 五人が机を囲む。

 

 束を一つずつ確認する。

 

 金額を読み上げる。

 

 記録する。

 

 そして、数えるたびに田村の顔が緩んでいく。

 

「やっぱ金っていいな」

 

「お前、さっきからそれしか言ってないぞ」

 

「だって金だぞ?」

 

「知ってる」

 

「一年ぶりだぞ?」

 

「それも知ってる」

 

 それでも田村は嬉しそうだった。

 

 会社の金が足りない。

 

 工事代金は支払われていない。

 

 その影響で給料の支払いまで滞っている。

 

 裁判も続いている。

 

 そんな状況だったからこそ、目の前の現金には格別の重みがあった。

 

「……全部ある」

 

 最後まで数え終えた佐伯が言った。

 

「よし」

 

 田村が拳を握る。

 

「よっしゃ!」

 

 五人の間に、ようやく明るい空気が戻った。

 

 しかし。

 

 机の上には、もう一つ残っている。

 

 資料だった。

 

 銀行から持ち出したもの。

 

 五人がこれまで読み込んできた、あの資料。

 

 田村がそれを見る。

 

「こっちはどうする?」

 

 佐伯が答えた。

 

「もう必要ない」

 

「保険として持っとくんじゃなかったか?」

 

「その話はした」

 

 佐伯は資料を見る。

 

「でも、今は状況が違う」

 

 一年経っている。

 

 警察の捜査は停滞している。

 

 銀行も、資料の価値を理解していない強盗だったと考えている。

 

 ならば、これを持ち続けること自体が五人にとってのリスクになる。

 

「事件に使った物の方が危ない」

 

 木村が言った。

 

「そうだな」

 

 五人が顔を見合わせる。

 

 問題は、資料そのものではなかった。

 

 それよりも、五人と事件を直接結びつける物証だった。

 

 事件当日に使った工具。

 

 犯行時の服。

 

 その他、現場に残っていれば五人を特定する可能性のあるもの。

 

 それらを残しておく理由はない。

 

「まとめよう」

 

 田村が言った。

 

 五人は保管していた物を一つずつ確認した。

 

 工具。

 

 衣服。

 

 事件当時に使用したもの。

 

 これらは一か所にまとめられた。

 

「これでいい」

 

「処分する」

 

 五人はそれらを処分することにした。

 

 資料についても、そのまま残すのではなく、事件と直接結びつく物として残らないよう処理することにした。

 

 そして最終的に、残った資料は廃棄物として処分されることになった。

 

 五人にとって、これで事件に直接繋がる物証はほとんどなくなる。

 

 だが、一つだけ。

 

 絶対に捨てないものがある。

 

 佐伯が封筒を取り出した。

 

「これは残す」

 

 中身を確認する。

 

 銀行の盗難保険に関する資料。

 

 それは、五人にとって最後の交渉材料だった。

 

「当然だ」

 

 田村が言う。

 

「これは保険だろ」

 

「そう」

 

 木村が頷く。

 

「処分する理由がない」

 

 誰も反対しなかった。

 

 金を数え終えた。

 

 事件に使った物も処分する。

 

 資料も手元からなくなった。

 

 そして最後に残ったのは。

 

 盗んだ金。

 

 そして、銀行の盗難保険に関する資料。

 

 五人はそれだけを手元に残した。

 

「……一年経ったんだな」

 

 水田が言った。

 

「ああ」

 

 田村が封筒を見ながら答える。

 

「警察も、銀行も、もう終わったと思ってるだろ」

 

「たぶんな」

 

 誰も、その考えを否定しなかった。

 

 警察は犯人を特定できていない。

 

 銀行は、犯人が資料の価値を理解していなかったと考えている。

 

 五人もまた、自分たちと事件を直接結びつける物を手放した。

 

 それでも。

 

 机の上には、二つだけ残っている。

 

 金。

 

 そして、銀行の保険。

 

 五人は、それを黙って見つめた。

 

 一年前とは違う。

 

 今度こそ、本当に自分たちの手元に残ったものだった。

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