一億七千万円の強盗   作:山門門山

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第二十六話 金の使い道

事務所の机の上に、札束が並んでいた。

 

 五人はそれを囲んだまま、しばらく何も言わなかった。

 

 事件から一年。

 

 夜中に浄化槽へ戻したコンクリートブロックを引き上げ、事務所へ運び込んだ。

 

 そして、固められていたコンクリートを壊した。

 

 中から出てきたものを一つずつ確認し、最後に現金を数え直す。

 

「……八億七千万」

 

 田村が言った。

 

「八億七千万だな」

 

 佐伯も確認する。

 

 五人は何度も数えた。

 

 間違いはない。

 

 現金だけで八億七千万。

 

 さらに、宝石類と証券がある。

 

「すげえな……」

 

 木村が札束を見ながら呟く。

 

「何度見ても現実味がねえ」

 

「俺もだ」

 

 水田が答える。

 

 目の前にある金額は、五人がこれまで仕事で扱ってきた金とは桁が違う。

 

 それでも、五人には最初から決めていたことがあった。

 

「八億五千万を五人で分ける」

 

 佐伯が言う。

 

「一億七千万ずつ」

 

 田村が頷いた。

 

「残り二千万は共同」

 

「宝石と証券も共同だな」

 

 柴崎が言った。

 

 五人は札束を分け始めた。

 

 一人ずつ、一億七千万。

 

 それぞれの前に同じ金額が積み上がっていく。

 

「……一億七千万」

 

 木村が自分の前の札束を見る。

 

「これ、どうすりゃいいんだ?」

 

「知らねえよ」

 

 田村が笑った。

 

「俺だって一億七千万なんて持ったことねえ」

 

「まあ、普通は持たないだろ」

 

 佐伯が苦笑する。

 

 五人はしばらく札束を眺めていた。

 

 だが、しばらくすると自然と話題は金の使い道へ移っていった。

 

「俺は工具買い替えたいな」

 

 田村が言う。

 

「仕事用のやつか?」

 

「そう。今使ってるやつもまだ使えるけど、いい工具を一式揃えてみたい」

 

「俺は車かな」

 

 水田が言った。

 

「給排水の仕事だと現場に持っていく物も多いし、仕事用の車をもう少し使いやすいのにしたい」

 

「俺は……」

 

 柴崎が考える。

 

「まあ、似たようなもんだな。ガス関係の道具を新しくして、仕事用の車も考える」

 

「結局みんな仕事の話になるな」

 

 佐伯が笑った。

 

「しょうがねえだろ」

 

 田村が答える。

 

「仕事以外で欲しいものって言われても、急には出てこねえよ」

 

 木村も頷いた。

 

「俺は機械だな」

 

「機械?」

 

「ミニユンボ」

 

 木村が言った。

 

「埋設配管掘る時に使えるだろ。今の会社で使うって意味じゃなくて、いつか自分で独立する時に持っておきたい」

 

 佐伯が木村を見る。

 

「独立するつもりなのか?」

 

「いつかはな」

 

 木村は自分の前の札束を見る。

 

「土木の仕事で独立するなら、ミニユンボくらいは自分で持ってたい。ダンプも欲しい」

 

「結構な話になってきたな」

 

「せっかく金があるんだ。新車で買っちゃおうか」

 

 木村が少し楽しそうに言った。

 

「ミニユンボとダンプ、新車で」

 

 すると佐伯が即座に口を挟んだ。

 

「新車で買ったら、それで下手したら一億は飛ぶぞ」

 

「……一億?」

 

 木村の顔から笑みが消えた。

 

「ミニユンボとダンプで?」

 

「車両の大きさや仕様によるけどな。仕事で使うものを揃えていけば、それくらいの金額になることはある」

 

 木村は自分の前にある一億七千万を見る。

 

「……一億」

 

「そう」

 

「残り七千万?」

 

「単純に考えればな」

 

「……」

 

 木村が黙った。

 

 田村が吹き出した。

 

「おい」

 

「なんだよ」

 

「今、一瞬で独立計画が吹き飛んだろ」

 

「吹き飛んでねえよ」

 

「顔に出てたぞ」

 

「出てねえって」

 

 水田も笑う。

 

「でも、佐伯の言う通りだな」

 

「何が?」

 

「機械を買えば終わりじゃない」

 

 水田が指を折る。

 

「置き場もいる。整備もいる。燃料もいる。仕事を取るなら車も必要だ」

 

「仕事が始まれば材料も必要になる」

 

 柴崎が続ける。

 

「人を雇えば給料も払わなきゃならない」

 

「税金もある」

 

 佐伯が言った。

 

「仕事がない時でも会社を維持する金はかかる」

 

 木村は黙って聞いていた。

 

「……そうか」

 

「何が?」

 

「いや」

 

 木村が札束を見る。

 

「必死こいて盗んで手にした一億七千万でも、会社一個作るとなったら微々たるもんなんだな」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 五人とも、それぞれ別々の会社に勤めている。

 

 普段は元請のゼネコンから仕事を受けた自分たちの所属会社から現場へ出る。

 

 だから会社を経営しているわけではない。

 

 仕事をする側から見ていれば、会社というものは現場を取ってきて、材料を手配して、給料を払ってくれる場所に見える。

 

 だが、自分で一から会社を作ることを考えれば、その裏にどれだけ金が必要なのかが少しずつ見えてくる。

 

「……社長ってすげえな」

 

 木村が呟いた。

 

「急にどうした」

 

「いや、本当に」

 

 木村は札束から目を離さなかった。

 

「俺ら、一億七千万持ってても会社作るのにこれだけ考えなきゃならないんだぞ」

 

「まあな」

 

 佐伯が頷く。

 

「それを毎年やってるわけだからな」

 

「仕事取って」

 

 水田が言う。

 

「人を雇って」

 

 柴崎が続ける。

 

「材料代払って」

 

 田村が続けた。

 

「車も機械も維持して」

 

 木村が言う。

 

「それで従業員に給料を払う」

 

 佐伯が締めた。

 

 五人は顔を見合わせた。

 

「……社長ってすげえな」

 

 今度は田村が言った。

 

「ああ」

 

 水田も頷く。

 

 その言葉には、いつもの軽口とは違うものがあった。

 

 五人が勤める会社は、それぞれ今も銀行との問題を抱えている。

 

 銀行から工事費用が支払われていない。

 

 裁判もまだ続いている。

 

 その影響で各社の資金繰りは厳しくなり、五人への給料も予定通りには支払われていない。

 

 それでも、五人は給料を受け取っていた。

 

 遅れながらも、各社の社長がなんとか支払っている。

 

「……そういや」

 

 田村が言った。

 

「俺んとこの社長も、今かなり大変なんだよな」

 

「うちもだ」

 

 佐伯が答える。

 

「銀行から金が入ってこないんだから、そりゃ楽なわけない」

 

「俺のところも遅れてる」

 

 柴崎が言った。

 

「でも、払ってくれてる」

 

 水田が静かに言う。

 

 誰も反論しなかった。

 

「当たり前だと思ってたけどな」

 

 田村が言う。

 

「給料が振り込まれること」

 

「俺も」

 

 木村が頷く。

 

「会社が苦しいって話は聞いてたけど、こうして自分で金の使い道考えてみると、金を回すのがどれだけ大変なのか少し分かるな」

 

 木村は一億七千万を見る。

 

「俺だったら無理だわ」

 

「俺も無理」

 

 水田が笑う。

 

「一億七千万あっても、会社作って何年も維持しろって言われたら自信ない」

 

「だから社長がすげえんだよ」

 

 佐伯が言った。

 

「今も裁判で大変なのに、遅れてでも俺らに給料を払ってる」

 

 田村が頷いた。

 

「ありがたいよな」

 

「ああ」

 

 柴崎も同意した。

 

「ほんとにな」

 

 五人は、しばらく黙っていた。

 

 目の前には、自分たちが一生手にすることがないと思っていたような金額がある。

 

 それでも、その金だけで会社を維持することが簡単ではないことを、今なら少し想像できる。

 

「……まあ」

 

 木村が頭を掻く。

 

「独立はもうちょっと考えるわ」

 

「賢明だな」

 

 佐伯が笑う。

 

「でもミニユンボは欲しい」

 

「まだ言ってるのかよ」

 

 全員が笑った。

 

 少し重くなっていた空気が緩む。

 

 木村も笑った。

 

「だって欲しいだろ。自分のミニユンボ」

 

「仕事好きだな、お前」

 

「お前らもだろ」

 

 反論できなかった。

 

 五人とも、結局は仕事の話をしている。

 

 大金を手にしても、考えることは工具や車、機械、現場のことだった。

 

 それは自分たちがこれまでやってきた仕事そのものだった。

 

「で」

 

 佐伯が机の端を見る。

 

「残りはどうする?」

 

 そこには、分配しなかった二千万円がある。

 

 その隣には宝石類と証券。

 

「二千万は共同でいいとして」

 

 田村が言った。

 

「問題はこっちだな」

 

 宝石を見る。

 

「宝石な」

 

 水田が苦笑する。

 

「俺、ダイヤモンドなんて工具でしか扱ったことないぞ」

 

「俺もだ」

 

 田村が言った。

 

「ドリルの刃先に使われてるとか、そのくらいしか知らん」

 

「でも、これが高いってことだけは分かる」

 

 柴崎が宝石を見る。

 

「そこが困るんだよ」

 

 佐伯が言った。

 

「価値があるのは分かる。でも、俺たちには縁がなさすぎる」

 

 誰も簡単に売ろうとは言わなかった。

 

 売るとしても、どうすればいいのか分からない。

 

 五人が普段扱っているのは建築資材、電気設備、給排水設備、ガス設備、土木資材や重機だ。

 

 宝石を扱う仕事をしている人間は一人もいない。

 

「証券はもっと分からん」

 

 木村が紙を見ながら言う。

 

「ただの紙にしか見えねえ」

 

「でも価値がある」

 

「それは分かる」

 

 木村は紙を机へ戻した。

 

「だから捨てることもできない」

 

「だな」

 

 田村が頷く。

 

 結局、二千万円と宝石と証券については、その場で結論を出せなかった。

 

 五人にとって、それらは金額ほど扱いやすいものではなかった。

 

 現金なら分けられる。

 

 だが、宝石と証券は違う。

 

 価値は分かる。

 

 しかし、自分たちにはその価値を安全に金へ変える術がない。

 

「とりあえず、これは共同で保管だな」

 

 佐伯が言った。

 

「それでいい」

 

 全員が頷いた。

 

 五人はそれぞれ一億七千万円を手元に置き、残った二千万円と宝石、証券をまとめた。

 

 そして、最後に木村がもう一度、自分の取り分を見る。

 

「……一億七千万」

 

「またかよ」

 

 田村が笑う。

 

「いや」

 

 木村も笑った。

 

「さっきまで大金だと思ってたけど、会社作るって考えたら全然足りねえんだなって」

 

「まあな」

 

 佐伯が答える。

 

「だから、今の会社を維持してる社長は大したもんだ」

 

 五人はそれぞれ、自分の所属会社の社長を思い浮かべた。

 

 銀行との裁判。

 

 工事代金の不払い。

 

 資金繰り。

 

 それでも会社を潰さず、仕事を続け、遅れながらも自分たちに給料を払っている。

 

「……社長ってすげえな」

 

 木村がもう一度言った。

 

「本当にな」

 

 田村が頷いた。

 

「ちゃんと感謝しないとな」

 

 水田が言った。

 

「まあ、今さら直接言うのも恥ずかしいけどな」

 

「俺は言わない」

 

 柴崎が即答する。

 

「絶対言わない」

 

「俺も」

 

 佐伯が笑った。

 

「でも、思っとくくらいはいいだろ」

 

「それならいい」

 

 五人は笑った。

 

 机の上には、大金と、扱いに困る宝石と証券。

 

 その光景を見ながら、五人はそれぞれ違うことを考えていた。

 

 金を手に入れた喜び。

 

 独立という夢。

 

 そして、今まで当たり前だと思っていた仕事と給料。

 

 少なくともその夜、五人の中では、自分たちを雇い続けている会社の社長に対する見方が少しだけ変わっていた。

 

 銀行から工事代金が払われず、裁判まで続いている。

 

 それでも、給料は遅れながらも支払われている。

 

 それがどれだけ大変なことなのか。

 

 五人は、自分たちの目の前に積まれた一億七千万円を見て、ようやく少しだけ理解した。

 

「……明日も仕事か」

 

 田村が言った。

 

「仕事だな」

 

 佐伯が答える。

 

「まあ、寝るか」

 

 木村が立ち上がる。

 

「その前に金隠せよ」

 

「分かってるよ」

 

 五人は再び札束を確認し、宝石と証券をまとめる。

 

 大金を手にした夜だった。

 

 だが、彼らが最後に話していたのは、金そのものよりも、自分たちが今まで働いてきた仕事と、それを支えてきた会社のことだった。

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