週末の夜。
五人は仕事を終えると、いつものように街へ出ていた。
酒を飲みに行くこと自体は、何も珍しいことではない。
五人とも以前から酒を飲んでいたし、キャバクラへ行くことも普通にあった。
ただ、その日はいつもと少し違った。
「なあ」
木村が歩きながら言った。
「今日は一番高いところ行ってみねえか?」
「一番高い?」
水田が聞き返す。
「この辺で一番高いって言われてる店」
「ああ、あそこか」
佐伯が頷いた。
「俺は行ったことないな」
「俺も」
田村も言う。
「普段の店で十分だからな」
「だから今日だよ」
木村が笑った。
「金もあるんだし、一回くらい行ってみようぜ」
五人は顔を見合わせた。
「まあ、一回くらいならいいか」
柴崎が言った。
「せっかく大金持ってんだからな」
その程度の気持ちだった。
五人はその店へ向かった。
街の中心部にある高級店は、普段通っている店とは明らかに雰囲気が違った。
入口からして落ち着いている。
内装も綺麗で、照明も派手すぎない。
店員の対応も丁寧だった。
「すげえな」
木村が店内を見回す。
「お前、田舎者みたいだぞ」
田村が笑う。
「うるせえ。こういうところ初めてなんだから見せろよ」
「キャバクラ自体は初めてじゃねえだろ」
「当たり前だろ」
木村が笑った。
「高級店が初めてなんだよ」
五人は席についた。
酒を注文する。
女の子が席につく。
「こんばんは」
「こんばんは」
五人は普段通り挨拶をした。
キャバクラでの会話にも慣れている。
特別緊張することもない。
ただ、やはり普段の店とは少し勝手が違った。
「今日は何のお仕事されてるんですか?」
「建築関係」
「私は電気」
「俺は水道」
「土木」
「ガス」
五人が順番に答える。
「へえ、みんな現場のお仕事なんですね」
「そうそう」
木村が話し始める。
「この前の現場でさ――」
仕事の話になる。
現場の話。
車の話。
工具の話。
最近買ったものの話。
五人にとってはいつもの話題だった。
女の子たちは普通に話を聞いてくれる。
笑ってもくれる。
店として何か問題があるわけではない。
酒も料理もいい。
接客も悪くない。
ただ、時間が経つにつれて五人は少しずつ気付いていった。
自分たちは、いつもの店ほど馬鹿みたいに騒いでいない。
木村がくだらないことを言っても、そこから五人だけで話が膨らむことは少ない。
田村が現場の話をしても、いつものように誰かが横から茶々を入れるような感じにならない。
それは当然だった。
ここは初めて来た店だ。
店員も女の子も、五人のことをよく知らない。
五人だって、相手のことを知らない。
だから会話はどうしても、その場限りのものになる。
「まあ、こういう店も悪くないな」
佐伯が言った。
「そうだな」
水田も頷いた。
五人はそれなりに楽しんだ。
だが、何となく落ち着かない。
やがて会計の時間になった。
店員が伝票を持ってくる。
五人が覗き込む。
「……」
「……」
「百二十万超えてるぞ」
水田が言った。
「百二十……」
佐伯が伝票を確認する。
「すげえな」
木村が笑う。
「本当にこの値段なんだな」
「だから高級店なんだろ」
田村が言う。
「払えるけどさ」
「そりゃ払える」
以前なら絶対に払えない金額だった。
だが今は違う。
五人にはそれだけの金がある。
だから、誰も会計を見て青ざめたりはしなかった。
ただ、店を出た後。
「……どうだった?」
木村が聞いた。
「普通に楽しかった」
田村が答える。
「俺も」
「悪くはない」
佐伯も言った。
少し歩いてから、水田が口を開いた。
「でもさ」
「ん?」
「百二十万払って、これか?」
木村が吹き出した。
「お前、言うなよ」
「だってそうだろ」
田村も笑う。
「まあ……分かる」
「だよな」
柴崎が頷いた。
「じゃあ、どうする?」
木村が聞く。
五人は顔を見合わせた。
「いつものところ行くか」
佐伯が言った。
「それだな」
五人は一斉に笑った。
向かったのは、普段から通っている馴染みのキャバクラだった。
高級店を出た後に見ると、店内は少し古く感じる。
照明も豪華ではない。
椅子も新しいわけではない。
それでも扉を開けた瞬間。
「あら、珍しいじゃない!」
聞き慣れた声が飛んできた。
「最近来なかったじゃない」
「仕事だよ」
木村が答える。
「ほんと?」
「ほんとだって」
「なんか今日、機嫌いいじゃない」
「分かる?」
「分かるわよ」
五人が笑う。
「何飲む?」
「いつもの」
「はいはい」
酒が運ばれてくる。
五人はグラスを合わせた。
「乾杯!」
今度は自然と声が大きくなった。
「で?」
女の子が聞く。
「最近何してたの?」
「車買った」
「え?」
「ハイエース」
「また仕事用?」
「そう」
「好きねえ」
「仕事しかしてねえからな」
木村が笑う。
「工具も買った」
「何買ったの?」
「色々」
「いくら?」
「三十万ちょっと」
「工具にそんな使うの?」
「使うんだよ」
「普通の人には分からないわね」
「俺らも他の仕事のことは分からん」
田村が言う。
「でも工具買う時はすげえ悩むぞ」
「そんなに?」
「十万くらいでも悩む」
「なのに今は?」
「金があるから買った」
「分かりやすいわね」
店内に笑い声が響く。
そこからは早かった。
昔の現場の話。
誰が失敗したか。
誰が仕事で怒られたか。
誰が酒を飲みすぎたか。
何度も聞いた話なのに、また笑う。
木村が話を盛れば、田村が横から訂正する。
佐伯が昔の話を持ち出せば、水田がさらに別の話を足す。
柴崎が黙って酒を飲みながら笑っている。
高級店とは、明らかに空気が違った。
五人が普段通りに騒げる。
くだらない話をしてもいい。
仕事の話をしてもいい。
馬鹿な話をしてもいい。
気を遣う必要がない。
その後、五人は馴染みのスナックへ向かった。
ここも、何度も来ている店だった。
「いらっしゃい」
「来たぞ」
「今日は五人揃ってるのね」
「そう」
「珍しいじゃない」
「ちょっと飲んできた」
「どこで?」
「高いところ」
「何それ」
木村が笑う。
「聞かない方がいい」
「また変なことしてるの?」
「今日は普通」
「普通の顔じゃないけど」
五人が笑う。
カウンターへ座り、酒を頼む。
また乾杯する。
「今日はどうだったの?」
ママが聞いた。
「高級店行ってきた」
「へえ」
「五人で百二十万超えた」
「……」
ママがしばらく黙った。
「何それ」
「俺らもよく分からん」
「そんなに使ってきたの?」
「使ってきた」
「で、なんでここにいるの?」
木村が笑った。
「こっちの方が楽しいから」
「馬鹿ねえ」
「そう言ってくれ」
酒が進む。
話も進む。
結局、五人はそこでも長い時間を過ごした。
キャバクラの会計。
スナックの会計。
二軒合わせても、二十五万円に届かなかった。
五人は伝票を見て笑った。
「さっきの店の五分の一くらいじゃねえか」
「しかも二軒で」
「すげえな」
「金額だけなら、こっちの方が圧倒的に安い」
佐伯が言った。
「でも」
田村が笑う。
「今日一番楽しかったのはこっちだな」
「俺も」
「俺もだ」
「異論なし」
五人は笑った。
店を出る。
夜はすっかり深くなっていた。
「高級店、もういいな」
木村が言う。
「一回行ったから十分」
田村が答えた。
「悪くはなかったけどな」
「そうなんだよ」
佐伯が言う。
「悪くないんだよ。でも俺らには、こっちの方が合ってる」
誰も反論しなかった。
五人にとって、金は確かに生活を変え始めていた。
欲しかった工具を買える。
車も買える。
以前なら諦めていたものも買える。
一晩で百二十万円以上使うことだってできる。
それでも、金額が楽しさを決めるわけではない。
五人が一番笑えたのは、結局いつもの店だった。
高級店一軒で百二十万円以上。
いつものキャバクラとスナックを合わせても二十五万円にも届かない。
それでも五人にとっては、後者の方がずっと楽しかった。
「来週もいつものところな」
木村が言った。
「当たり前だろ」
「高級店は?」
「もういい」
「即答かよ」
五人はまた笑った。
大金を手にしても、仕事道具を買う時には十万円程度で悩む。
車を買う時にも何度も考える。
高い店へ行けば、一晩で百万円以上使うこともできる。
けれど最後には、いつもの酒と、いつもの店と、いつもの仲間のところへ戻ってくる。
五人にとっては、それが一番気楽だった。