白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない――   作:不明さん

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第25話 遅い成長

 エルナから手紙が届いた頃から、季節はさらに何度か巡っていた。厳しかった寒さが和らぎ、朝の空気にも少しずつ柔らかさを感じる日が増えている。

 

 この時期になると、教会では子供たちの記録を一度見直す。生まれた日が分かっている子供なら記録を確かめればよいが、教会で保護される子供の中には正確な生年月日が分からない者もいる。そういう場合は、保護された時に考えられた年齢とそれから過ぎた年月をもとに、今は何歳くらいとして扱うかを確認する。

 

 そのうえで、勉強や将来の仕事について、次に何を始める時期なのかも見直すらしい。

 

 リヴィアも今年、十四歳前後として考えてよいだろうと言われていた。もちろん、本当に十四歳なのかは分からない。拾われた時の正確な月齢も誕生日も分からない。それでも、自分の年齢を考える目安は今までより少しはっきりした。

 

「リヴィア、その紙はこちらでいいですか?」

 

 声を掛けられて顔を上げると、ノエラが記録用の紙を一枚持って立っていた。

 

「はい。そちらは神父さまがあとで確認するそうです」

 

「分かりました」

 

 ノエラは紙を机の端へ重ねた。身につけているのは、もう見慣れ始めた修道服だった。

 

 最初にマルタ修道女の仕事を見学した頃、ノエラはまだ自分が修道女になるのかどうかも決めていなかった。それから何度もマルタのところへ通い、勉強を続け、仕事を見てできる範囲の手伝いをし、見習いとして教わることも増えていった。そうした時間を重ねたあと、ノエラは正式に修道女として認められた。

 

 本人が育ったこの教会で子供や住民を支える仕事をしたいと望んだこともあり、今はここを主な働く場所としている。

 

 最初の頃は、修道服姿のノエラを見るたびに少し不思議な気分になった。今ではそれも日常の一部になりつつある。

 

「そろそろロランも出る時間ですね」

 

 ノエラの言葉に礼拝堂の方を見ると、ちょうどロランが外套を手にしていた。

 

「今日も工房ですか?」

 

「うん」

 

 ロランが壁際に置いていた木箱を持ち上げると、角の一つが少し欠けていた。

 

「それは?」

 

「直せるか見てもらう。練習に使っていいって神父さまが」

 

「なるほど」

 

 ロランは今も同じ工房へ通っている。木の種類や寸法の取り方を覚えるだけだった頃より、任される作業は増えたらしい。まだ一人前の木工職人ではないが、木工を続けたいという意思は固まっており、今の学びを続けて正式な見習いへ移れる段階になれば、工房でも受け入れてもらえる話になっている。

 

「行ってくる」

 

「気をつけて」

 

「いってらっしゃい」

 

 ロランを見送ると、奥の部屋からミアが布の束を抱えて出てきた。

 

「ノエラ、これ、洗ったやつ」

 

「ありがとうございます。そこに置いてください」

 

「ここ?」

 

「はい」

 

 ミアは言われた場所へ布を置くと、周囲を一度見て、空になった籠を自分で持ち上げた。

 

「これ戻してくる」

 

「お願いします」

 

 ミアは早足で廊下へ向かったが、出る前に一度速度を落とした。

 

 その後ろから、掃除用の布をいくつも片手に抱えたテオも出てきた。一度に運ぼうとしたらしく、上に乗っていた一枚がずり落ちた。

 

「あ」

 

 テオは足元へ落ちた布を拾い、残りを見て少し考えると、半分を近くの台へ置いた。

 

「二回にする」

 

「その方がよさそうですね」

 

「うん」

 

 みんな、それぞれに変わっている。

 

 リヴィアはエルナの手紙を受け取ったあと、すぐに黒髪の子供たちを探し回ったり、何か大きなことを始めたりはしなかった。まだ、それを続けられる立場も力もない。

 

 けれど、困っている人へ以前より一歩深く関わるという自分が選んできた生き方と、マルタたち修道女の仕事には重なるところが多かった。だからリヴィアもその後、修道女を目指すことに決めた。今は勉強を続けながら見学へ行ったり、年齢に合わせて任せてもらえる簡単な仕事を教わったりしている。

 

 ノエラほど先へ進んではいない。それでも、見ているだけだった頃とは違う。今のリヴィアには、自分なりに進んでいる道がある。

 

「ミアも、そろそろですね」

 

 ノエラが戻ってきたミアを見ながら言った。

 

「何がですか?」

 

「将来の仕事を考え始める時期です」

 

「わたし?」

 

 ミアが自分を指差す。

 

「すぐに決めるわけではありませんよ。いろいろ見たり、話を聞いたりするところからです」

 

「ノエラもやったやつ?」

 

「そうです」

 

「何見ようかな」

 

 もう興味が次へ向いているらしい。リヴィアはその姿を見ながら、初めてこの教会へ来た頃のミアを思い出した。

 

 気になるものがあればすぐ近づき、分からないことがあれば何度も尋ねながら、新しい場所でどう暮らせばよいのかを一つずつ覚えている途中だった。

 

 そのミアがもう自分の将来について考え始める時期に入ったのだと思うと、改めて時間の経過を感じた。

 

 そうしてミアの成長を意識すると、数か月前初めて月経が来た日のこともふと浮かんだ。

 

 急に血が出たことで、ミアはかなり驚いていた。リヴィアには前世の知識があったから何が起きたのかは分かったが、知識として知っていることと、自分で経験したことは違う。必要なことを細かく説明できる自信まではなく、すぐにノエラを呼んだ。

 

 ノエラはミアを落ち着かせ、身体が育っていく中で起こることだと説明した。リヴィアも頼まれた物を用意し、ミアが落ち着くまでそばにいた。

 

 あの時に考えていたのはほとんどミアのことだけだった。怖がっているなら安心させたいし、必要な物があるなら持ってきたい。痛みがあるなら休んだ方がよいのだろうか。そんなことばかり考えていて、自分と比べようとはしなかった。

 

 その後、ミアは普段どおりの生活へ戻り、リヴィア自身にも痛みや体調の悪さはなく、食事も睡眠も変わらなかった。

 

 月経は来れば分かる。

 

 来なければ何も起こらない。

 

 何も起こらない日が続くだけなら、毎日の生活の中でわざわざ意識することもなかった。

 

 それに自分には正確な誕生日がなく、普段は年齢を強く意識する機会も少なかった。前に身体の成長が遅いと気づいた時も、小柄な家系なのかもしれない、もともとの体質なのかもしれないと考えていた。だから、ミアに月経が来た時も深くは考えなかった。

 

 自分は身体全体の成長が遅い。

 

 こちらもまだなのだろう。

 

 どこかでそう片づけていたらしい。

 

 けれど、今年の確認で改めて自分の年齢を意識し、今日ミアの進路の話を聞いたことで、数か月前の出来事まで一緒に思い出した。

 

 もちろん、始まる時期には個人差があるだろうし、ミア一人と比べただけで自分がおかしいとは決められない。だが、自分の場合はそれだけではなかった。

 

 背丈の伸びが遅い。

 

 身体つきも以前からほとんど変わっていない。

 

 そして月経も一度もない。

 

 今まで別々に考えていたことがそこで初めて一つに並んだ。

 

「リヴィア?」

 

 ノエラに呼ばれて顔を上げる。

 

「はい」

 

「どうしました?」

 

「少し、気になることがあって」

 

 リヴィアは周囲を見た。ミアは奥の部屋へ戻り、テオもいない。アドリアンは礼拝堂の方にいる。

 

「ノエラ。少し身体のことで聞いてもいいですか?」

 

「はい」

 

 リヴィアは一度、自分の手元を見る。

 

「私、まだ月経が一度もないんですけど」

 

「はい」

 

 ノエラは驚いた様子を見せず、少し考えるようにリヴィアを見た。

 

「ノエラは、知っていましたか?」

 

「来たとは聞いていなかったので、まだなのだろうとは思っていました」

 

「そうだったんですね」

 

「でも、リヴィアは身体も小さいですし、全体に成長がゆっくりなので、それと同じなのだと思っていました」

 

「私も、そう思っていました」

 

 少なくともつい先ほどまでは。

 

「ただ、この前の確認では、私は十四歳くらいと考えていいって言われましたよね」

 

「はい」

 

「それでも、まだなのは普通なんでしょうか」

 

 ノエラは少し考え込んだ。

 

「……そこまでは、私には分かりません」

 

「やっぱり分からないですよね」

 

「始まる時期が人によって違うことは知っています。でも、リヴィアくらいの年齢でまだ来ていないことまで、身体の成長がゆっくりなのと同じだと考えていいのかは、私には判断できません」

 

 その答えの方がリヴィアには安心できた。分からないのに、大丈夫だと言われるよりよい。

 

「身体の具合は悪くないんですよね?」

 

「はい。何も変わっていません」

 

「食事は?」

 

「いつもどおりです」

 

「疲れやすかったり、痛いところがあったりは?」

 

「ありません。眠れないこともないです」

 

「そうですか」

 

「今まで特に問題だとは思っていませんでした。ずっと普通に生活できていましたから」

 

「私もです」

 

 それに、月経が始まることを少し怖いと思っていた。前世では男だった。知識はあっても自分の身体で経験したことはなく、痛むこともあれば体調が悪くなることもある。そんな未知の変化がまだ起きていないことに、内心では安心していた部分もあった。

 

 まだ来なくてよかった。

 

 そう思って日常へ戻ることを繰り返すうちに、来ない期間そのものを考えなくなっていたのかもしれない。

 

「次にマルタ修道女に会う時、一緒に聞いてみませんか?」

 

 ノエラが言った。

 

「マルタ修道女に?」

 

「はい。私は自分の経験と教えてもらったことくらいしか分かりません。でも、マルタ修道女なら私よりずっと多くの女の子を見ていますから」

 

「そうですね」

 

「必要なら、お医者さまへ相談した方がいいかも聞けます」

 

「お願いします」

 

「はい。でも、その前に神父さまにも話しましょう」

 

「私もそう思います」

 

 身体について気になることがあれば話すと、以前アドリアンと約束していた。

 

     * * *

 

 夕方、ロランが工房から戻り、ミアとテオもその日の勉強を終えたあと、リヴィアはアドリアンへ声をかけた。

 

「神父さま。身体のことで少し相談があります」

 

 アドリアンが手を止める。

 

「何か具合が悪いのですか?」

 

「いいえ。今は何も困っていません」

 

 先にそう伝えると、アドリアンは続きを待った。

 

「今日、ノエラと話していて、少し気になったことがあって」

 

「ええ」

 

「ミアもそろそろ進路を考える時期だと聞いて、自分の年齢のことも改めて考えたんです」

 

「ええ」

 

 一度言葉を止める。

 

「それで、数か月前にミアに初めて月経が来たことも思い出して。私は、まだ一度もないんです」

 

 アドリアンはすぐには答えず、少し考えるように黙った。

 

「そうですか」

 

「神父さまは、気づいていましたか?」

 

「来たとは聞いていませんから、まだなのだろうとは考えていました。ただ、あなたは正確な年齢が分かりませんし、以前から身体の成長もゆっくりでした。食事や体調にも大きな問題がなかったので、それだけで問題だとは考えていませんでした」

 

「私もそう思っていました。でも、十四歳くらいだと改めて考えたら、少し気になって」

 

「月経だけですか?」

 

「いえ」

 

「背があまり伸びていないことは前にも話しました。でも、考えてみると、身体つきもあまり変わっていないんです」

 

「なるほど」

 

「一つずつなら体質なのかなと思っていたんですけど、全部まとめて考えたら、身体そのものの成長が遅いのかなって」

 

 アドリアンはすぐには答えなかった。

 

「その考え方なら、一度、詳しい人に相談しておいた方がよいでしょう」

 

「ノエラにも話しました。マルタ修道女に聞いてみようと言われました」

 

「ええ。それがよいと思います」

 

「必要なら、お医者さまにも聞いた方がいいでしょうか」

 

「まずマルタに相談しましょう。そのうえで、医師へ確認した方がよいとなれば診てもらいます」

 

「分かりました」

 

 病気だと決まったわけではない。今までと同じように、ただ成長が遅いだけなのかもしれない。

 

 それでも、以前とは少し違った。前に気にしていたのは背の低さだけだったが、今回は身体つきや月経まで含めて、一つの問題として考えるようになっていた。

 

 修道女を目指すこと自体には迷っていない。今気になっているのは、身体が年齢に応じて育っているのかどうかだった。

 

 分からないなら分かる人に聞けばいい。

 

 少し怖くはあるが、知らないままにしておくよりその方がよさそうだった。

 

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