白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない――   作:不明さん

26 / 39
第26話 今はこのまま

 身体のことを相談すると決めてから、リヴィアはノエラと一緒にマルタの教会を訪れた。ここへはこれまでにも何度も来て、修道女の仕事を見せてもらったり、子供の世話を手伝ったり、分からないことを教えてもらったりしている。

 

 けれど今日は、いつもとは少し用事が違う。

 

「マルタ修道女。少し相談したいことがあるんです」

 

 ノエラがそう切り出すと、マルタは手元の布を置いた。

 

「相談ですか?」

 

「はい。リヴィアのことで」

 

 ノエラの答えに、マルタの視線がリヴィアへ向いた。

 

「具合が悪いのですか?」

 

「今、具合が悪いわけではありません」

 

 リヴィアは首を横に振った。朝の食事もいつもどおりだったし、ここまで歩いてきても特に疲れてはいない。

 

「身体の成長のことで少し気になることがあって」

 

「成長?」

 

「はい」

 

 ノエラやアドリアンへ話した時より、何を伝えればよいかはもう分かっていた。

 

「今年の確認で、私は十四歳前後として扱うことになりました」

 

「そうですね」

 

「でも、背はあまり伸びていません。それに、身体つきもあまり変わっていないと思います」

 

 マルタは口を挟まずに聞いている。

 

「あと、月経も、まだ一度もありません」

 

 そこまで言うと、マルタは少し考えるようにリヴィアを見た。

 

「いつから気になっていたのですか?」

 

「背が伸びていないことは前から気づいていました。でも、小柄な人もいると思っていたので、それだけなら体質なのかもしれないと」

 

「月経のことは?」

 

「少し前にミアに初めて来ました」

 

 隣のノエラも小さく頷いた。

 

「あの時はミアが驚いていたので、そちらのことしか考えていませんでした。でも、自分の年齢を改めて考えたら、背だけじゃないのかなと思って」

 

 背丈だけなら小柄な体質だと思えたが、身体つきもほとんど変わらず、月経もないとなると、それだけでは判断できなかった。

 

 マルタは少し考えてから尋ねた。

 

「食事や睡眠は普段通りですか?」

 

「はい」

 

「痛みが続いたり、前よりひどく疲れやすくなったりは?」

 

「それもありません」

 

「そうですか。身体が小さいことで、生活の中で不便なことはあります?」

 

「あります」

 

「重い物を一人で持つのは難しいです」

 

「ええ」

 

「高い棚もそのままだと届かないので、踏み台を使います」

 

 教会の中にもリヴィアには届かない場所がいくつもあり、無理に腕を伸ばしても届かない物には踏み台を使う。それでも危なければ、アドリアンやノエラに頼んでいた。

 

「ほかには?」

 

「……年下に見られることはあります」

 

 それも困ると言えば困るが、それ以上は思いつかなかった。

 

「そのくらいだと思います」

 

「不便なことはあるけれど、具合が悪くてできないことが増えているわけではないのですね」

 

「はい」

 

 その言い方なら、しっくりくる。身体が小さいせいで不便なことはあるが、以前できていたことができなくなったわけでも、痛いわけでも苦しいわけでもなかった。

 

「月経が来ていないことは不安ですか?」

 

「……身体に問題があるなら心配です」

 

「それ以外は?」

 

「……それ以外なら、今のところ困ってはいません」

 

 少し迷ってから続ける。

 

「むしろ、健康に問題がないなら、その……少し安心するところもあります」

 

「安心?」

 

「知らないことなので。始まったら、どうなるのか少し身構えていたところはあります」

 

 前世の話をしなくても、これなら嘘ではない。

 

 マルタはわずかに口元を緩めた。

 

「面倒なことが増えるのは確かですね」

 

「やっぱりそうなんですね」

 

「人によりますけれどね。何も変わらないわけではありません」

 

 それなら、今のところなくて困っていないという考えもそれほど変ではないらしい。

 

「ただ」

 

 マルタの声が少しだけ真面目になる。

 

「来ていない方が楽だと思うことと、身体がきちんと育っているかどうかは別に考えた方がいいでしょう」

 

「はい」

 

「成長が遅い子もいますし、月経が始まる時期にも違いはあります。でも、リヴィアは背丈だけではなく、身体全体の変化がゆっくりなのですよね」

 

「そうだと思います」

 

「でしたら、私から大丈夫とは言えません」

 

 病気だと言われたわけではないが、健康のことなら確認しておいた方がよさそうだった。

 

「お医者さまに診てもらった方がいいですか?」

 

「ええ。一度は」

 

「今の話を聞く限り、急いでどうにかしなければならない具合の悪さがあるようには見えません。でも、私は医師ではありませんから」

 

「そうですね」

 

「医師に診てもらって、急いで対処する必要がないと分かれば、それが一番でしょう?」

 

「はい」

 

 ここまで来て、医師に聞かずに終わらせる理由もなかった。

 

     * * *

 

 数日後、リヴィアはアドリアンとともに医師を訪れ、診察室の椅子へ座った。アドリアンはその横に立ち、医師はまず彼へ視線を向けた。

 

「正確な生年月日は分からないのですね」

 

「はい。保護した時の状態とそれからの経過年数を基準にしています。今年は十四歳前後として扱っています」

 

「出生記録は?」

 

「ありません」

 

 医師は手元へ何かを書き留め、それからリヴィアへ視線を向けた。

 

「昔から小柄でしたか?」

 

「はい。ただ、もっと小さい頃は今ほど周りとの差はなかったと思います」

 

「いつ頃から差が目立つようになったか分かりますか?」

 

「……はっきりとは分かりません。少しずつです」

 

 年下だったミアに目線の高さを追い越された時。以前から着ていた服がほとんどそのまま着られた時。そうした一つ一つで気づいただけで、ある日突然伸びなくなったわけではない。

 

「食事や食欲、睡眠に問題は?」

 

「ありません」

 

「前より疲れやすくなったり、どこかが痛んだりは?」

 

「ありません」

 

「月経は、一度も?」

 

「はい」

 

 その後、医師は背丈や体格、顔色などを確かめながら、いくつか質問を続けた。

 

 診察が終わると、医師は記録を見返してから口を開いた。

 

「少なくとも、今の診察では、急いで処置が必要な異常は見当たりません」

 

「そうですか」

 

 リヴィアは小さく息を吐き、隣のアドリアンも医師を見たまま少し表情を緩めたように見えた。

 

「では、大丈夫なんでしょうか」

 

 確認すると、医師は首を少し傾けた。

 

「そこまでは言い切れません」

 

 リヴィアは目を瞬く。

 

「成長が遅い体質なのか、ほかに理由があるのか、今のところは判断できません」

 

「分からないんですね」

 

「ええ。ただ、今のあなたには、食事が取れない、眠れない、強い痛みがある、生活できないほど疲れる、といった不調はない」

 

「はい」

 

「身体が小さいこと以外で生活上困っていることもほとんどないのですね」

 

「そうです」

 

「でしたら、今すぐ何かを治療するというより、しばらく身体の変化を見ていくのがよいでしょう」

 

「もっと食べた方がいいですか?」

 

 以前試したことを思い出して尋ねた。

 

「今はどのくらい食べていますか?」

 

「お腹がいっぱいになるまでです」

 

「無理に増やしたことは?」

 

「一度だけあります。でも、苦しくなったのでやめました」

 

「でしたら、それでいいですよ」

 

 医師はあっさり答えた。

 

「食事を抜いたり、空腹を我慢したりしているわけではないなら、苦しくなるまで食べる必要はありません」

 

「分かりました」

 

 それについては以前アドリアンと話した時と同じで、無理に食べても苦しいだけなら続けなくてよかったらしい。

 

「ほかに何かした方がいいことはありますか?」

 

「普段通り生活してください」

 

「普段通り?」

 

「ええ。急に強い痛みが出たり、極端に疲れやすくなったり、食べられなくなったり、これまでと違う変化があればまた相談してください。身体の成長についても、時間を置いて確認しましょう」

 

 特別な薬も食事の変更もなく、今まで通りでよいらしい。

 

「あの」

 

「はい」

 

「月経が来ていないことも今すぐ何か悪いことが起きるわけではないんですか?」

 

 そこだけは確認しておきたかった。

 

 医師は少し考えてから答えた。

 

「今の時点でほかに不調がないなら、それだけですぐ危険だとは考えません。ただ、今後も身体の変化がないようなら、また診せてください」

 

「はい」

 

 少なくとも、月経が来ていないことだけを今から強く心配する必要はなさそうだった。

 

「ありがとうございます」

 

 リヴィアが頭を下げると、医師は頷いた。

 

     * * *

 

 教会へ戻った翌日、リヴィアはいつものように机の上を片づけていた。

 

 今日は修道女になるために教わっていることを少し読み直すつもりだった。

 

 棚へ目を向けると、目的の冊子は上の段に置いてあった。手を伸ばしたが、届かない。

 

「……やっぱり届きませんね」

 

 誰に言うでもなく呟き、壁際の踏み台を持ってきた。床が安定していることを確かめて上へ乗ると、今度は手が届く。冊子を取ってゆっくり下り、踏み台を元へ戻してから机へ戻った。

 

 身体が小さいせいでこうしてひと手間かかることはあるし、重い荷物も一人では運べない。そうした不便は以前から変わらないが、それで普段の生活ができなくなったわけではなかった。

 

 少なくとも今は、急いで対処しなければならない異常は見つからなかった。月経も、今すぐ対処が必要な状態でないなら、来ていないこと自体には困っておらず、むしろ知らない変化がまだ来ていないことに少し安心している。この先どうなるかは分からないが、何か変わればまた相談すればいい。

 

 リヴィアは冊子を開いた。身体のことが分からないからといって、修道女になりたいと思った理由まで変わったわけではなかった。

 

 困っている人にできる範囲でもう一歩近づくこと。

 

 そのために学びたいと思ったことも変わっていない。

 

 リヴィアは頁をめくった。今日覚えることは、まだいくつもあった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。