白い少女はただ善く生きたい ――人々の瞳に映る少女は、ひとつではない―― 作:不明さん
棚から下ろした子供用の上着を、リヴィアは机の上へ広げた。袖口には少し擦れた跡があるが、穴は開いておらず、縫い目もまだしっかりしている。この程度なら、すぐに使えなくなるものではないだろう。
リヴィアは横に置いた紙へ目を落とし、上着の数と大きさを確かめて短く書き加えた。その隣には畳んだ寝具が積まれている。
以前は、こうした物を確認する時にも、何をどこまで見ればよいのか一つずつ教えてもらっていた。今では、数を確かめ、傷みを見て、すぐに使える物と直した方がよい物を分けるところまでは迷わない。
ただ、一枚だけ判断に迷う物が残っている。
リヴィアは薄い毛布を持ち上げる。端の一部が擦れており、今すぐ使えなくなるほどではない。このまま何度も洗えば、傷みが広がりそうに見える。
「ノエラ」
「なに?」
「これですが、今のうちに直しておいた方がいいと思いますか?」
ノエラは毛布を受け取り、擦れた部分を指で確かめた。
「そうだね。まだ使えるけど、今なら少し直すだけで済みそう」
「では、こちらへ分けておきます」
「うん」
リヴィアは毛布を補修する物の側へ重ね、確認を終えた。
自分で分かるところまでは進める。迷うところだけ、分かる人へ尋ねる。
そうやって仕事を進めることにも、いつの間にか慣れていた。
医師へ相談した後も身体に目立った変化はなく、日常生活で困るような不調もなかった。何かあればまた相談することにして、修道女になるための学びと実務を続けた。
マルタの教会へ通ううち、任される仕事も少しずつ増え、これまでの見習いや実務についても確認を受けた。年次の確認を二度経た今は、教会の記録上、十六歳相当として扱われる頃だった。
「リヴィア」
振り向くと、アドリアンは執務室へ続く扉のところに立っていた。
「これが終わったら、少し話をしてもいいですか?」
「分かりました」
リヴィアは机の上を見直した。残っているのは確認した物を元へ戻すことくらいだったので、ノエラと片づけを済ませて執務室へ向かった。
執務室では、アドリアンがいつもの机についていた。示された向かいの椅子へ座ると、アドリアンは机の上の何枚かの紙を整えた。
「修道女になるための学びも、実際の仕事も続けてきましたね」
「はい」
「そのうえでもう一度確認します。今も修道女になりたいと思っていますか?」
リヴィアは少しだけ姿勢を正した。
アドリアンが決めたから進むわけでも、マルタが修道女だからでも、ノエラが先に修道女になったからでもなかった。
困っている人がいれば、自分にできる範囲でもう一歩だけ近づいてみる。
その生き方を続けるなら、修道女の仕事は自分が進みたい方向と重なっていると思った。
「はい。なりたいです」
アドリアンはリヴィアを見て静かに頷き、机の上の紙へ手を伸ばした。
「分かりました。では、正式に進められるよう、私から推薦します」
「ありがとうございます」
「推薦の後は、南東大教会で必要な確認を受けることになります。これですべて決まるわけではありません。あなた自身の意思やこれまでしてきたことも確認されます」
「はい」
アドリアンは紙へ文字を書き始め、リヴィアは邪魔をしないよう黙って待った。紙の上を進んでいた筆が途中で一度止まり、少ししてまた動き始めた。
やがてアドリアンは最後まで書き終え、紙を確認して筆を置くと、そのまま少し長くリヴィアを見た。
「リヴィア」
「はい」
「あなたなら、自分にできることと、できないことを考えて動けるでしょう」
思っていなかった言葉に、リヴィアは一度目を瞬かせる。
アドリアンの視線が、一度だけ少し下へ向く。自分の身体を見たのだろうか。
できることと、できないこと。それにこの身体。
まだ心配されているらしい。確かに高い棚には届かず、重い物も一人では運べない。
そう考えたところで、幼い頃部屋へ入った蛾を外へ逃がそうとした時の失敗を思い出した。蛾一匹くらいなら自分で何とかできると思って小鉢と紙を用意し、低い椅子へ上ったものの、椅子を傾けて落ち、小鉢を割って手と膝を傷めた。
今になって思い返すと、ずいぶん危なっかしいことをしていたものだ。
リヴィアの口元に小さく笑みが浮かぶ。
「大丈夫ですよ、神父さま」
アドリアンの目がわずかに細くなる。
「何がですか?」
「今なら、届かないところへ無理に手を伸ばしたりしません」
「……そうですね」
「踏み台を使います。それでも無理なら、誰かに頼みます」
しばらく、アドリアンから返事はない。
まだ心配なのだろうか。
リヴィアはこれから行くことになる南東大教会を思い浮かべた。
「南東大教会なら、大きな教会ですし」
「ええ」
「普通の踏み台くらいはありますよね?」
少し間があった。
「おそらくは」
「なら、大丈夫です」
昔の自分なら、あと少しだけと無理をしていたかもしれない。同じことはしないと伝えるつもりで、リヴィアはもう一度笑った。
アドリアンはその顔を見てから、推薦書へ目を戻した。
「必要な準備を進めましょう」
「はい」
* * *
南東大教会へ向かう日、リヴィアはアドリアンと並んで大きな建物の中へ入った。地域の中心となる大教会だけあって、アドリアンの教会よりずっと広く、廊下には礼拝へ向かう者、書類を持って歩く者、聖職者らしい服装の者が行き交っている。
中へ入ると、リヴィアには普段よりずっと明るく見えた。自然と目を細める。人や建物全体が光っているわけではないが、礼拝に使われている場所の周囲や通路の一部には、淡い光がいくつも残っていた。
アドリアンの教会でも祈りの後に似た光を見ることはあるが、ここではその数が多い。長く繰り返されてきた祈りや儀式の魔力が残っているのかもしれない。何のための光かまでは分からないまま、リヴィアは目を細めてアドリアンの隣を歩いた。
受付の場所へ着くと、ちょうど担当の交代中だった。休憩に入るらしい前の担当者が、手元の紙とこの後の予定を次の担当者へ短く引き継いでいる。
リヴィアとアドリアンは少し待ってから名前と用件を確認され、アドリアンは持参した推薦書を担当者へ渡した。リヴィアも、現在暮らしている教会や修道女の仕事をどう学んできたか、今も自分の意思で修道女を望んでいるかなどを尋ねられた。
「はい。自分で希望しています」
担当者はその答えを書き留めた。知らないことなら分からないと答えればよく、自分のことなら自分で答えられる。難しい質問ではなかった。
いくつかの確認が終わると、交代後の担当者が手元の予定を確かめた。
「アドリアン司祭には、このあと推薦についてもう少し確認があります」
「分かりました」
担当者は、次にリヴィアへ向き直った。
「司教さまは本日、認定面談に対応されています。リヴィアさんは、このあと司教さまのところへお願いします」
「司教さまのところへ?」
「はい。司教さまからも修道女になる意思についての確認と挨拶があります。場所は管理区画にある司教の個室です」
続けて、司教室までの道順を説明された。
「私は一人で向かえばいいのですか?」
「はい。アドリアン司祭はこちらで確認が残っています。道が分からなくなった場合は、近くの者へ尋ねてください」
「分かりました」
これなら何をすればよいのかはっきりしている。
リヴィアはアドリアンを見る。
「では、行ってきます」
「ええ。道が分からなければ、無理に探さず聞いてください」
「はい」
推薦の話をした時に、自分が言ったこととよく似ている。
リヴィアは少しだけ笑い、教えられた方向へ足を向ける。
受付から離れるにつれて、礼拝に使われている場所の近くに重なっていた光は少しずつ遠のいていく。代わりに、ところどころの部屋や物に残る淡い光が目につくが、何に使われたものなのかは分からない。
やがて、管理区画へ続く曲がり角が見えてきた。この先に南東地区司教の個室があるはずだった。リヴィアは聞いた道順をもう一度確かめながら、その角へ向かった。