前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
《アーク・ロズベル》は、ようやく狙った方向へ曲がれるようになった。
本星軌道港の外縁。
民間船の航路から離れた試験宙域で、《アーク》の鈍重な船体がゆっくりと旋回していく。
以前なら、右へ向こうとして一度左へ流れ、遅れて姿勢制御スラスターが噴き、船体を揺らしながら修正していた。
今日は違う。
白い外骨格を継ぎ足した灰色の巨体が、不格好ながらも狙った軌道をなぞった。
『第六姿勢制御スラスター、応答正常』
ノアの報告に続き、機関管制席から声が上がる。
「噴射出力、安定。冷却系も規定範囲内です」
「通常加速」
「了解。通常加速へ移行します」
艦尾の主推進器群から青白い光が伸びた。
加速は緩い。
第一艦隊の艦なら、とっくに試験区画の端まで到達しているだろう。
だが、《アーク》の船体は傾かなかった。
艦首は予定された方角を向いたまま、軌道港から静かに距離を取っていく。
「減速」
「通常減速へ移行」
推進光が弱まり、船体各部の姿勢制御スラスターが短く噴いた。
《アーク》は指定された停止位置をわずかに越えたものの、修正噴射一度で戻った。
『通常航行試験、終了』
『姿勢誤差、許容範囲内』
『第六姿勢制御スラスターを含む姿勢制御系統に、重大な異常なし』
「止まれたな」
「そこを成果のように言わないでください」
隣に立つセラは、端末から目を上げなかった。
「止まれない船よりはいい」
「つい先日までの本艦ですね」
『通常航行能力、復旧と判定します』
艦橋の空気が緩んだ。
機関担当の兵が息を吐き、操舵士が椅子の背へ体重を預ける。
艦内の整備班からも、作業回線を通じて小さな歓声が届いた。
焼けた配管を交換し、古い制御器を調整し、第六スラスターの周囲へ何度も潜り込んだ連中だ。
歓声くらい上げてもいい。
ただし、セラは端末を閉じなかった。
「通常航行は可能です。ただし、戦闘加速は禁止します」
「補助炉もか」
「試作一号は封鎖しました。再起動させません」
「主砲は?」
「それも禁止です」
俺はセラを見た。
「砲身は直したはずだが」
「砲身だけで撃つ兵器ではありません」
艦橋正面に、《アーク》の構造図が表示された。
艦首から中央区画へ伸びる主砲。その支持構造は、船体を前後に貫く主骨格へ直接つながっている。
そこへ第一艦隊旗艦から移した白い外骨格が加わっていた。
リーネの顔が、構造図の端へ小さく映る。船体監視区画から回線をつないでいるらしい。
「外骨格の固定位置も、船体の重量配分も変わっているわ」
図上の数か所が赤く光った。
「発射時の負荷が、以前と同じ経路を通るとは限らない。計算はできるけれど、実測値が足りないの」
「撃てば測れるか」
「禁止です」
「禁止です」
セラとリーネの声が重なった。
『本艦も反対します』
「三対一らしい」
「多数決の問題ではありません」
セラは主砲の項目へ赤い封鎖表示を重ねた。
戦闘加速も使えない。試作炉も封鎖。主砲まで禁止。
歩けるようにはなったが、走ることも杖を振ることも許されていないらしい。
『領主府より通信を受信』
青白い箱舟型の投影が明滅する。
『緊急戦略会議への参加命令です。領主府会議室との暗号回線が指定されています』
「ここから出ろという話ではないらしいな」
「航行試験の直後です。むしろ、戻ってくるなという意味かもしれません」
港へ戻り、連絡艇へ乗り換え、地上へ降りる手間が省ける。
政治のために船を降りるより、よほどいい。
「リーネは?」
「わたしは外骨格を見ているわ」
構造図の端で、リーネが片手を上げた。
「政治の話をしている間に、最終調整をしておくわ」
「助かります」
セラの返事は早かった。
「ノア、回線をつなげ」
『暗号会議回線へ接続します』
正面の構造図が消えた。
代わりに、大きな画面が五つ開く。
中央には兄上。
その隣には、細い眼鏡をかけたルシアン・ヴェイルが座っている。
ほかの画面には、領主府の作戦担当官、港湾担当官、第一艦隊司令官代行のクレイン大佐が映っていた。
「遅いぞ、レオン」
「《アーク》を止めていた」
「何?」
「航行試験だ」
兄上は不快そうに眉を寄せた。
「その程度の報告は、あとでよい」
「止まれないまま会議へ出るよりはいいだろう?」
「もう結構だ」
兄上が手を振る。
ルシアンが画面越しに一礼した。
「お忙しいところ、申し訳ありません。ですが、ロズベル領の治安維持に関わる重要な協議です」
会議画面の中央へ、複数の文書が表示された。
交易路警備計画。
本星港警備強化案。
第一艦隊修復支援。
緊急治安協定。
最後の文書だけ、すでに署名欄まで用意されている。
「まず、第一艦隊の状況をご報告します」
クレイン大佐が口を開いた。
「旗艦は主推進器および艦尾冷却設備を開放し、軌道港修理区画にて作業中です。短期間での航行復帰は困難です」
「司令官は?」
「生命に別状はありません。ただし、艦隊勤務への復帰は早くても半年先と診断されています」
「おまえが指揮を執ればいい」
兄上が言った。
「現在も司令官代行として残存艦の統制は行っています。ただ、私の軽巡にあるのは指揮補助設備です。旗艦のような艦隊司令機能はありません」
「旗艦以外は大した損害を受けていないのだろう? なら、何とかなるはずだ」
「旗艦を除く八隻は、条件付きで作戦行動可能です」
「条件?」
「各艦の冷却、索敵、兵装の一部に制限があります。詳細は各艦長から――」
「出撃できるかどうかを聞いている」
「出撃は可能です」
兄上は満足そうにうなずいた。
何が壊れているかより、書類に出撃可能と書けるかの方が大事らしい。
「第一艦隊司令官が復帰するまで、残存艦を無理に動かす必要はございません」
ルシアンが穏やかな声で言った。
「旗艦を失い、指揮系統も暫定の状態で艦隊戦を行えば、さらなる損害を招きます」
「では、海賊が戻ってきたらどうするんだ?」
「そのための共同治安支援です」
文書の内容が切り替わる。
外部警備艦による交易路巡回。
本星港への臨時寄港と補給。
第一艦隊および《アーク》への技術監査。
「ロズベル領軍を否定するものではありません。一時的に生じた治安上の空白を、外部の力で補うだけです」
セラが手元の端末で協定書を開き、すぐに眉を寄せた。
「この監査範囲、本星港の軍用区画全体になっています」
「事故原因が港湾設備にある可能性も否定できませんので」
「《アーク》の改造記録も対象です」
「第一艦隊旗艦へ転用された技術との比較が必要になります」
言っていることは正しい。
だから面倒だった。
修理に必要な部品は決まっていないのに、艦の中へ入る人間だけは決まっている。
「ずいぶん準備がいいな」
「危機への備えは、早いほどよいものです」
ルシアンの表情は動かなかった。
「外部の武装艦を、私の港へ入れろというのか」
兄上の声には、不快感がにじんでいる。
「領主閣下の許可を受けた共同治安部隊です」
「名前を変えても、他人の艦だ」
「もちろん、ロズベル領軍だけで治安を回復できるのであれば、この協定は必要ございません」
ルシアンはそれ以上勧めなかった。
返事を急かしもしない。
兄上が自分で署名するのを待っている。
その時だった。
『警告。外周監視網より緊急情報』
ノアの声と同時に、会議画面の中央へ赤い表示が割り込んだ。
領主府の作戦担当官が端末へ身を乗り出す。
「未登録武装船を確認! 数、複数!」
星図が開く。
本星から離れた第三交易路外縁に、赤い光点が次々と現れた。
『前回の海賊船団と一致する通信妨害波を検出』
ノアが領主府の報告へ独自の解析結果を重ねる。
『複数艦の推進反応が、第三交易路戦の記録と一致します』
「一致率は?」
『推定七十二パーセント』
作戦担当官が別の情報を表示する。
「商船三隻が航路上で停止。複数の救難信号を受信しています」
「第一艦隊が逃がした連中か」
兄上が言い、すぐに表情を歪めた。
「……取り逃がした敵主力だ」
「敵船団は、通常の離脱方向へ向かっていません」
星図上に予測進路が伸びる。
その先にあるのは、ロズベル本星だった。
「現状の進路を維持した場合、本星外周警戒圏へ到達します」
誰もすぐには口を開かなかった。
「共同治安支援の受諾を急ぐべきです」
ルシアンが言った。
「外部警備艦であれば、すぐに出動できます」
「どこからだ」
「近隣航路で待機しております」
「もう来ているのか?」
「支援要請に備えております」
飯を頼む前から、空いた皿を下げる者が隣に立っている。
親切なのかもしれない。
俺は、そういう親切をあまり信用しない。
「必要ない」
兄上が言い切った。
外部の艦に本星を守らせたと知られることが、よほど気に入らないらしい。
「レオン。第二艦隊司令官として、直ちに迎撃へ向かえ」
「二隻でか」
「海賊には一度勝っているだろう」
「本星側にいる第二艦隊艦艇は、《アーク》とフリゲート一隻だけです」
セラが画面へ向かって答えた。
「《アーク》は修理を終えたと聞いた」
「通常航行が可能になっただけです。戦闘加速も、主砲も使えません」
ルシアンがわずかに首を傾げる。
「それでは、迎撃戦力として不足しているのでは?」
「出ることはできるが……」
俺は星図を見る。
赤い光点は、ゆっくりと本星へ近づいている。
「だが、二隻では敵を囲めん。逃げる船にも追いつけない」
兄上が声を荒げた。
「逃がすつもりか!」
「逃がさないために、足の速い船が要ると言っている」
「外部警備艦であれば、高速迎撃にも対応できます」
ルシアンの言葉に、兄上の顔が険しくなった。
外部艦を入れれば、ロズベル領軍では本星を守れないと認めることになる。
《アーク》だけを出せば、失敗した時の責任は兄上にも及ぶ。
第一艦隊には動ける艦があり、クレイン大佐も司令官代行として残存艦をまとめている。
兄上はしばらく黙り、第一艦隊の一覧を呼び出した。
「第一艦隊司令官は、負傷からの回復と旗艦損傷事故の調査に専念させる」
クレイン大佐が顔を上げる。兄上はさらに指示を出した。
「第一艦隊旗艦を除く残存八隻を、今回の海賊迎撃作戦に限り、第二艦隊司令部の作戦指揮下へ置く」
「領主閣下、それは――」
「艦籍、人事、恒常的な所属は第一艦隊のままだ。作戦終了後、指揮権は返還する」
兄上は俺を見た。
「第一艦隊の優秀な艦艇を、お前に使わせてやる。これで戦力不足とは言わせん」
「旗艦以外は動けるのか?」
「第二艦隊の鉄屑よりは、はるかにな」
クレイン大佐が、わずかに視線を伏せた。
「全八隻、条件付きで作戦行動可能です」
「条件は?」
「各艦に個別の制限があります。詳細は、艦長から報告させます」
「分かった。書類ではなく、壊れている場所を報告させろ」
クレイン大佐が一瞬だけ黙った。
「承知しました」
会議画面へ、領主権限による指揮権移管の承認表示が出る。
『領主権限による臨時作戦指揮権の移管を確認』
ノアの声と同時に、星図上の表示が変わった。
本星軌道上に散らばっていた六つの白い光点が、第二艦隊と同じ青へ変わる。
軽巡洋艦二隻。
駆逐艦四隻。
個別の警戒区域に留まっていた艦が、一つの指揮系統へつながった。
『第一艦隊揚陸艦および補給工作艦は、軌道港に係留中』
「八隻すべてを出せ」
兄上が言った。
「必要なら出す」
「何?」
「迎撃に要らない船まで連れていけば、守る船が増えるだけだ」
揚陸艦に海賊を追わせても仕方がない。
壊れた艦を直す補給工作艦まで最前列へ出せば、帰りに困る。
実物を見てから決めればいい。
「ノア、全艦を作戦回線へ」
『第一艦隊残存艦との暗号回線を接続します』
通信窓が順番に開いた。
〈臨時作戦指揮命令を受領〉
〈作戦回線への接続を確認〉
〈出撃準備へ移行します〉
先任の軽巡洋艦からだけ、返答が遅れた。
数秒後、通信画面に制服姿の男が映る。第一艦隊司令官代行のクレイン大佐だ。
〈臨時作戦指揮命令を確認しました〉
言葉は正しい。
だが、ふてくされた顔をしていた。俺の下に付くのがよほど屈辱なのだろう。
〈一点、確認を求めます〉
「何だ」
〈今回の作戦旗艦は、本当に《アーク・ロズベル》なのですか〉
「俺が指揮するなら、そうなるだろう」
男は短く息を止めた。
〈……了解しました〉
納得した声ではなかった。
その直後、星図上の敵進路が赤く更新された。
「敵船団、進路を変更!」
領主府の作戦担当官が声を上げる。
「新たな推定進路、ロズベル本星です!」
通信画面の中で兄上が何かを言いかけたが、俺は会議回線を副表示へ移した。
「兄上。あとの話は帰ってからだ」
「勝手に切るな、レオン!」
「海賊が待っている」
セラが俺の隣へ戻る。
「司令、主砲は禁止ですからね」
「分かっている」
『記録しました』
「信用がないな」
「実績があります」
それは否定しにくい。
「全艦、出撃準備」
星図の端で、六つの青い光点が動き始めた。
白く整った第一艦隊の軽巡洋艦と駆逐艦が、それぞれの軌道警戒区域を離れる。
ばらばらだった六隻が、本星軌道上を横切り、《アーク》の周囲へ集まりつつあった。
その先では、海賊を示す赤い光点が本星へ向かっていた。