前世が大魔道士だった俺、宇宙戦艦を魔改造して銀河を成り上がる 〜退役寸前のゴミ艦隊ですが、魔法で動かせば最強です〜 作:オカノヒカル
翌朝。
俺の大きな杖は、一度撃っただけで曲がっていた。
「曲がってません」
艦首主砲区画で俺がそう言うと、セラが即座に否定した。
「砲身そのものは規定範囲内です。問題は支持軸です。発射時の荷重で基準位置からずれています」
「似たようなものじゃないか」
「全然違います」
灰色の主砲支持骨格には、何本もの計測器が取りつけられていた。
その脇では、第一艦隊の補給工作艦から借りた作業機械が、変形した固定部材を外している。
昨日、海賊の指揮艦を撃ち抜いた一発。
あれでクレインたちは助かった。
代わりに、主砲支持軸と外骨格固定部がずれたらしい。
「右側の外骨格固定部も、わずかに内側へ寄っています」
少し離れた場所で、リーネが船体図を見ていた。
声はいつも通り穏やかだ。
「主砲から来た力が、こちらへ多く流れたみたいね。骨そのものは折れていませんから、位置を戻して荷重の逃がし方を変えれば大丈夫です」
「直るのか」
「ええ。直りますわ」
さらりと言って、リーネは図面を拡大した。
「ただ、同じ撃ち方をすれば、たぶん同じところが傷みます」
「なら、撃ち方も直せばいい」
「そうなりますね」
その隣でセラがため息をついた。
「司令の場合、それを本当にやるから怖いんですよ」
『補足。前回発射時、主砲支持軸の変位は継続運用許容値を超過しました』
ノアの青白い箱舟型投影が、主砲の上に浮かぶ。
『同条件での再射撃は推奨しません』
「撃てないのか?」
『現状では禁止です』
「禁止か」
「禁止です」
セラまで重ねてきた。
仕方がない。
杖は、折れてから直すより、折れないように使った方が長持ちする。
前世では何本か壊してから覚えた。
俺は主砲を支える骨格へ手を置いた。
金属の向こうを流れているものを探る。
海賊の指揮艦を撃ち抜いた時は、エーテルを放つことばかり考えていた。
砲口へ力を集める。
それ自体は間違っていない。
だが、力は撃った後にも残る。
前へ出た分だけ、後ろへ返ってくる。
その返り道が細ければ、そこから壊れる。
「ここだな」
指先で支持骨格の表面をなぞる。
薄い黄金色の線が伸びた。
一本だった術式を途中で分ける。
さらに外骨格へ。
中央主骨格へ。
一か所へ戻らないよう、流れを分けていく。
リーネが無言で表示を追った。
セラは俺の手元と配管図を交互に見る。
「……主砲の出力を下げるんじゃないんですね」
「必要なだけ出す」
「そこは譲らないんですね」
「届かない杖には意味がないだろう」
リーネが少し笑った。
「では、その大きな杖を折らない骨組みは、こちらで考えますね」
役割が決まれば早かった。
リーネが外骨格と支持軸の負荷経路を引き直す。
セラが冷却配管と制御弁を交換する。
ノアが先日の発射記録から、どこがどれだけ動いたかを拾い出す。
補給工作艦では、変形した固定具の代替品が削り出されていく。
俺は、その間を流れる術式を直した。
こういう仕事は好きだ。
**
主砲の修理には時間がかかる。
待っているだけでは暇なので、別の炉を作ることにした。
「どうしてそうなるんですか?」
「暇だったからだ」
「暇ではありません。司令官には司令官の仕事があります」
『未処理決裁、十三件』
「あとでやる」
『記録しました』
「記録する余裕があるならノアがやってくれ」
『決裁には司令官の認証が必要』
「あとでやるよ」
作業台の中央には、小さな星脈結晶が置かれている。
試作一号に使ったものとは別の、まだ濁っていない結晶片だ。
試作一号は封鎖したままにしてある。
あれは力を出した。
三秒間だけとはいえ、《アーク》の姿勢制御を助けた。
問題は、そのあとだった。
止めたはずなのに止まらなかった。
術式の中へ力が残り、右舷側のスラスターだけが弱く噴き続けた。
あの時の《アーク》は、本人の意思とは関係なく左へ曲がろうとする馬のようだった。
「一号機の問題は、出力じゃない」
セラが作業台の反対側に立つ。
「止められないことです」
「ああ」
「今回はそこを最優先にします」
俺も同意した。
昔の魔道具にも似たものがあった。
火を出す石。
水を湧かせる壺。
灯り続けるランプ。
術者本人が横にいるなら、流れがおかしくなっても、その場で足りないところを補えばいい。
《アーク》の主炉も、俺が一度術式を通せば動く。
だが、あれはどうにも特殊らしい。
普通の機械では、同じようにはいかなかった。
今度作るのは、それとは違う。
俺が起動のたびに流れを整えなくても、決められた手順で動き、異常があれば自分で止まる炉だ。
「取り込む」
「変える」
「流す」
「出しすぎない」
「おかしくなったら止める」
口にしながら、結晶の周囲へ細い術式を引いていく。
セラが眉を寄せた。
「最後だけ急に雑になりました」
「意味は通じるだろう」
「設計図へ“おかしくなったら止める”とは書けません」
『代替表現を提案。異常検出時自動遮断』
「それでいい」
ノアの方が話が早かった。
「司令、そこはもう少し悩んでください」
リーネは少し離れた場所から、仮設炉の支持台を見ている。
「重さは問題ありません。ただ、振動を船体へ直接渡すのは避けたいわね。ここを少し浮かせましょうか」
「浮かせる?」
「支持材を挟むという意味です」
「なるほど」
セラが配管を引く。
俺が術式を刻む。
ノアが監視する。
リーネが支持台を組む。
試作一号より小さな炉が、作業台の上に組み上がっていった。
術式は増えている。
力を取り込む術式。
星脈結晶で荷電プラズマへ変える術式。
流す場所を限定する術式。
一定以上の出力を出さない術式。
温度が上がりすぎた時に吸入を閉じる術式。
停止命令を受けたら、残った流れを逃がす術式。
だが今度は違う。
俺がその場で流れを整えなくても、起動し、決めた出力を保ち、命令どおり止まらなければならない。
そこまでできなければ、第二艦隊のほかの船へは載せられない。
**
最初の試験は、失敗した。
『停止命令受領』
仮設配管の先で、旧式の姿勢制御スラスターが噴射を止める。
――はずだった。
青白いプラズマが、まだ細く伸びている。
「遮断!」
セラが手動弁を閉じた。
噴射が消える。
『停止命令から完全停止まで、一・四秒』
ノアが報告する。
作業区画に、なんともいえない沈黙が落ちた。
「前よりは……早いな」
「前よりは、です」
セラが俺を見る。
「司令。艦の姿勢制御で一・四秒は長いです」
「そうか?」
「はい」
セラはすぐに試験記録を開き、停止直前の数値を追い始めた。
「遮断弁は正常でした。温度も設定範囲内。出力上限にも触れていません」
『固定術式の停止条件、成立を確認』
「なら、どうして残ったんです?」
俺も結晶を見た。
流れはほとんど消えている。
だが、止まる直前だけ少し太くなっていた。
「熱くなってから止めているからじゃないか」
「はい?」
「熱いかどうかしか見ていない」
俺は術式の一部を指した。
「熱くなり始めているかは見ていないな」
セラの手が止まった。
すぐに端末を操作する。
「ノア。停止直前の温度変化率を出して」
『表示します』
数値が並ぶ。
セラの目つきが変わった。
「……上昇率が跳ねてる」
『肯定。絶対温度は設定値以下。ただし直前〇・六秒間の上昇率は通常値の四・八倍』
「だから遮断条件に引っかからなかった」
リーネが表示をのぞき込む。
「熱くなったかではなく、熱くなりそうかを見るのね」
「ああ。たぶん、それでいい」
ノアの箱舟が淡く明滅した。
『予測値を停止条件へ含めることを提案』
「やってくれ」
「待ってください」
セラが俺を見る。
「今度は私も確認します」
「信用がないな」
「一号機で船を曲げた人に言われたくありません」
もっともだった。
**
二度目の試験。
今度は、俺は作業台から離れた。
星脈結晶には触れない。
術式にも触れない。
「起動」
『汎用小型星脈炉・試作二号、起動試験開始』
金色の線が灯った。
星の海から、薄い流れが寄ってくる。
星脈結晶を通り、荷電プラズマへ変わる。
仮設配管へ。
旧式スラスターへ。
青白い噴射が伸びた。
『出力、設定範囲内』
「冷却正常」
「支持台、変位なし」
セラとリーネが続ける。
俺は手を出さない。
炉はそのまま動いている。
少し妙な感じがした。
魔法を操る杖というより、決められた術式を自分で回し続ける魔道具に近い。
俺が流れを足す必要もない。
偏ったところを直す必要もない。
決めた量を、決めた場所へ流し続けている。
セラが言う。
「補正用の制御回線を切って」
『確認。外部補正回線を切断します』
ノアの表示から一本の線が消えた。
それでも出力は変わらない。
『設定出力を維持』
「温度は?」
『上昇なし。流量変動、許容範囲内』
「……本当に自分で保っていますね」
セラはしばらく数値を見ていた。
「停止」
黄金の術式が順番に暗くなった。
吸入。
変換。
流路。
最後に残留分が逃がされる。
スラスターの噴射が消えた。
今度はすぐだった。
誰も動かない。
『完全停止を確認』
『残留エーテル反応、許容範囲内』
セラがゆっくり息を吐いた。
「起動から停止まで、司令は一度も触っていませんね」
「ああ」
「途中の補正も」
「していない」
セラは試験記録を最初から確認した。
起動。
設定出力への到達。
定常運転。
外部補正の切断。
停止命令。
残留した流れの排出。
全部、決めておいた術式が処理している。
「……これなら完璧です」
セラが顔を上げた。
「司令が横についていなくても、乗員が起動して、使って、止められる」
それなら、意味は大きい。
『正式仮登録を実施します』
「名前は?」
『汎用小型星脈炉・試作二号』
「そのままだな」
『用途を正確に示しています』
「ノアらしい」
『評価として受領します』
セラが椅子へ腰を下ろした。
「これなら……他の艦にも載せられる」
俺も第二艦隊の艦艇一覧を見る。
古い軽巡洋艦。
フリゲート。
補給工作艦。
調査艦。
どれも《アーク》ほど大きくはない。
それぞれ仕事も違う。
「全部、同じ速さにはならないぞ」
「それでいいんです」
セラは即答した。
「軽巡は指揮と救難。フリゲートは警戒。補給工作艦は工作機械を止めないこと。調査艦は観測機器の出力を安定させる。それぞれ必要なところが違います」
リーネもうなずく。
「同じ炉を積んでも、同じ船にはなりませんね。骨も重さも違いますもの」
「なら、一隻ずつ合わせればいい」
それなら分かりやすい。
古い杖も、握り方は一本ずつ違う。
全部同じ形に削ればいいというものではない。
「問題はありますけどね」
セラが指を折る。
「星脈結晶の在庫。各艦ごとの配管設計。冷却能力。安全試験。交換部品。それと――」
「まだあるのか」
「一番大きいのがあります」
俺を見る。
「この術式を刻めるの、いまのところ司令だけです」
「そうだったな」
『量産には術式刻印工程の標準化、および品質検査手順の確立が必要』
「刻む道具も必要か」
量産までには、まだ作るものがある。
「一隻ずつやろう」
「はい」
セラは笑った。
「それなら、たぶん間に合います」
**
午後には、《アーク》の修理も一段落した。
試作二号の実証機は分解せず、そのまま艦内へ残した。
艦首姿勢制御系への補助流路だけを正式な試験設備として組み直す。
まだ他艦へ配れる段階ではない。
だが、せっかく動く炉を棚へ戻す理由もなかった。
『戦闘加速試験、開始可能』
艦橋へ戻ると、ノアが告げた。
「主砲は?」
『発射は禁止したままです。先に戦闘加速時の支持軸変位を確認します』
「分かった」
セラも艦橋へ戻っている。
リーネは外骨格側の監視席だ。
「試作二号、艦首姿勢制御へ補助接続。出力は試験上限までです」
『設定済み』
「主推進器、段階上昇」
『了解』
低い振動が足元から伝わる。
旧式の主推進器が順番に立ち上がる。
以前なら、この数秒で出力差が出た。
船体がわずかに振られ、艦首軸線がずれる。
そこを試作二号が埋めた。
『姿勢制御補助開始』
黄金色を混ぜたプラズマが、艦首側のスラスターから短く噴く。
主画面の照準軸は動かない。
「外骨格荷重、どう?」
セラが通信を開く。
「許容範囲です」
リーネの声が返る。
「主骨格への偏りも前より小さいですね。このままなら問題ありません」
『戦闘加速出力へ到達』
《アーク》が前へ出る。
艦首軸線はずれない。
以前より補正噴射も少なかった。
『戦闘加速試験終了』
出力が落ちる。
『艦首支持構造、異常なし』
「冷却系も正常です」
『判定。《アーク・ロズベル》の戦闘加速を条件付きで再許可します』
「主砲は?」
セラがこちらを見た。何か言いたげな顔でもある。
『主砲支持軸修正、冷却系修復、外骨格補正を確認』
『安全出力での一回射撃を許可可能』
「一回か?」
「一回です」
セラが強く言う。
『発射後、冷却、支持軸自動点検、砲身再調整に約五時間を必要とします』
「五時間待てば、また撃てるのか」
「点検結果が正常なら、です」
『緊急時、五時間以内の再射撃も理論上は可能』
セラがノアを見た。
「ノア」
『ただし主砲支持軸および艦首骨格を再度損傷する危険が高く、推奨しません』
「推奨ではありません。禁止です」
「撃てないわけではないんだな」
「禁止です」
『禁止事項として登録します』
二人とも頑固だった。
まあいい。
一発あれば、大抵のものには足りる。
**
試験を終えたところで、別の仕事を思い出した。
「ノア。ステーション17のハイゼンとグレッグにつないでくれ」
『接続します』
しばらくして、二人の姿が主画面へ出た。
「司令。何かありましたか」
先に答えたのはハイゼンだった。
「そっちの人と荷物を減らす」
「本星へ戻すんですか」
「ああ。共同治安艦隊の後続が来る前に済ませたい」
ノアが航路図を開いた。
『現在の予測では、ステーション17から本星への帰還が先行可能です』
「向こうが先に来たら面倒だからな」
俺は保管対象を表示させた。
「星脈結晶の主要試料。炉の試験記録。古い施設の解析データ。それと、持ち出せる測定機器」
「技術者は?」
「必要な者は戻せ。グレッグ、お前たちはその護衛だ」
「了解しました」
「ハイゼンは軽巡で戻れ。補給工作艦も連れてこい。人と荷物を積むには、その方が早い」
「残すのは?」
「フリゲート一隻と調査艦。ステーション17を空にはするな」
ハイゼンが短くうなずいた。
「了解しました。すぐに分けます」
「急いでくれ。ただし、荷物より人を優先しろ」
「承知しました」
通信を切る。
セラが横で俺を見ていた。
「何だ」
「いえ」
少し迷ってから言う。
「司令も、あの四隻が気になっているんですね」
「あれだけ綺麗に生存者を消されればな」
それでも登録上は友軍で、兄上はその行動を追認している。
面倒な相手だった。
『追加報告』
ノアの声が割り込む。
『共同治安艦隊後続艦群の到着予測を再計算』
「今度は何だ」
『先行する一部艦艇で加速を確認』
航路図上の予測線が、わずかに縮んだ。
『本星到達予測、前回計算より早まっています』
セラの表情が硬くなる。
「急いだ方がよさそうですね」
「ああ」
後続艦の到着予測は早まった。
こちらも準備を急いだ方がいい。
**
星系連合に属する有力自治国家、《ヴァルティア星間公国》。
その有力公爵家の一つ、エルディン家当主――コンラート・エルディンは、古い紙の感触を好んでいた。
文字の一部は欠け、意味の通らない比喩も多い。
その中で、二行だけは何度読んでも同じだった。
――灰の石は、星の海を流れる見えぬ潮を導く。
――その炉は飢えを知らず、星路を閉ざす闇を越える。
長い間、伝説として分類されていた文章だ。
コンラート自身も、少し前までは同じ評価だった。
「《アーク・ロズベル》の燃料消費記録は?」
「推定の域を出ません。ただ、通常の旧式戦艦としては説明できない航続と出力が確認されています」
「Fランク結晶は」
「ステーション17周辺で搬送記録があります。量と用途は不明です」
コンラートは文書から目を上げた。
「レオン・ロズベルは?」
「海賊戦で艦隊指揮を執っています。共同治安艦隊先遣隊との接触後も、《アーク》を保持」
「そうか」
コンラートは古文書と報告を並べて見直した。
古文書にある灰の石。
ステーション17から搬送されたFランク結晶。
燃料収支の合わない旧式戦艦。
「彼は、この技術を理解していると思うか」
「判断できません」
「それでいい」
コンラートは端末上のレオン・ロズベルの記録を開く。
以前の評価は低かった。
地方の三男。
ガレスを動かす上で障害になるなら、処理しても構わない程度の存在。
評価欄には「排除」とある。
コンラートはそれを削除した。
代わりに、新しい指示を入力する。
――生存確保。