しゅっ、しゅっ、しゅっ、と軽快な音と共に白い兎が色姫の周りを縦横無尽に疾っている。
─冗談じゃないはやすぎる
色姫の自慢の一つは目が良いことだ。遠くのものがよく見えるというよりも、動いているものを捉えられるという動体視力が凄いのだ。
虫だってトカゲだって猫だってそれを活かして簡単に捕まえられたので近所の子供たちの中ではヒーローだった。
兎が疾る。
右に左に前に後ろに上に跳んだかと思えば次の瞬間には股抜きをかましてくれやがる。
目で追うことはできるのだ。
しかしそれだけ。
何かしようとする前に兎はもうそこにはいなくなってしまっている。
─あっ
兎が色姫の顔と同じ高さまで跳んだ。と思えば軽く顔面を蹴り付けられた。
「ふゆぎゃっ」
本当に軽い力だった。蹴られたというには痛み、衝撃が足りない。押されたとも言うことができない優しさだった。
しかしそれでも色姫がバランスを崩すには充分。
色姫はどてんと尻餅を付いた。
「いった〜ッ」
─お尻が四つに割れたかも
そんな色姫の様子を見て下手人である兎はムフンとドヤ顔。兎の顔でも表情がわかるのだから、相当なドヤ顔だ。
「あっははっははは」
その場に響く笑い声は、気持ちの良いものだった。色姫の醜態を笑っている筈なのに悪意のようなモノが全く込められていない。
「笑わないでください、ハルオさん」
しかし悪意が込められていなかろうが笑われ続けるのは面白くない。キッとハルオを睨むが───余り効果はないだろう。
「どうっすか? 俺のウサギちゃん疾いでしょ」
散々色姫のことを翻弄してくれやがった兎は勿論ただの兎ではない。
黒谷ハルオのツガイ、兎と亀の片割れのウサギちゃんである。
神であり、ごりっごりの戦闘タイプのツガイである左右様でさえ翻弄できるその素早さを持つツガイである。
「げぇでででぇ」
「あ、もう止めてあげてカメちゃん」
ちなみに片割れのカメチャンはケテケテの相手をしていた。勿論結果はお察し。
ケテケテはカメちゃんの重さを課す能力によって地面に縫い付けられている。開戦一秒足らずで勝敗は決まっていた。
「ケケケェ〜」「テテテェ……」
「おぉよしよし、痛かったね」
ようやく重さをから解放されたテテとケケは色姫に抱きつく。色姫はそれを撫でてやりながらハルオ達に言った。
「ウザキちゃん、疾すぎます。目では見えてたけど何にもできませんでした」
─いや、見えてたのすごっ
─普通見えないわよ
色姫の発言に内心ビビるハルオとウザキちゃんだがそれを表には出さない。
今回の可愛いがりにはきっちりと意味があるのだ。その意図のためにも、固すぎなくてもかまわないが空気を緩めすぎてもいけないのだ。
「ツガイって凄いんっす」
人間とは全く違う道理で生きている存在。
ツガイ使い。読んで字の如くツガイを使う者。そう呼ばれる存在たちがどれだけの絶妙なバランスで成り立っているのかは計り知れない。たまたま人間と対話ができて、たまたま心を通わせることができている。
ツガイはこの世界にいていない者たちなのだ。
「ツガイって怖いんだよ」
色姫は特別だ。今はまだ形になっていないが、その身には確かに何かがある。
土壇場で一歩踏み出することができる色姫は、誰もが持っているが引き出せない確かに特別な何かを持っている。
テケテケも特別だ。人間からツガイになったであろう少女。何やら過去の因果を再現する能力もある。
しかしまだ特別なだけだ。
身近な例を上げれば影森ゴンゾウ。
ただの特別を潰す圧倒的な暴力とはあの存在のことだろう。老いた今であろうと現代のツガイ使いの中で最強と囁かれる強者。
身近な例を上げればアサ。
特別の中の特別。望んで手に入れた力ではないだろう。だがそんなことは関係なくアサの持つ解の力は理不尽そのもの。
身近にいるだけで二人。そういう規格外がいる。
そしていつそういう野生の規格外に遭遇するかわからないのがツガイの世界。
ハルオは馬鹿だ。難しいことは全然分からない。
それでも分かることはある。
色姫はケテケテを送ってやりたい。そのためには深くツガイの世界に踏み込まなければならない。
そうなれば危険など直ぐそこにある隣人の様なものになってしまう。
ハルオは止めない。どうせ他人だから、そんな人情に欠けたことを思っている訳ではない。
色姫は男だ。女の子みたいだが男だ。
ハルオは男だ。馬鹿だが男だ。
男には、やらなければならないことがある。一生の内にやり遂げるなければならないことがある。
色姫にとってケテケテを送ってやることがそれなのだと、分かってしまったのだ。
ならばせめて教えてやろう。前に進むだけでは絶対に止められてしまうのだと。
「だからツガイ使いと会った時はなるべく逃げろよ」
「はい」
─絶対必要なら戦うな……
口では素直だが目はまだ逃げる奴の目をしていない。
だがそれでも良い。
容易く無力化されてしまうことを知っただろう。襲撃の時は運が良かったことを知っただろう。
自分が無力なことを知っているとそうでないとで生存率は大きく変わる。
─色姫はいい奴だ
ハルオはいい奴にはあんまり辛い目にあって欲しくなかったのだ。
「さて、慣れないことやったから腹減った。皆んなで飯食べようぜ」
「はい、ご馳走になります」
「テテテ」「ケケケ」
何だかんだ、弟分ができたみたいで少し嬉しいハルオだった。
キャラクターを掴みきれない〜。
感想くれぇ。