時計塔の一室。かび臭い葉巻の煙が、午後の陽射しに薄く棚引いている。教壇に立つ長髪の男――ロード・エルメロイⅡ世は、不機嫌そうに眉根を寄せながら、教壇を指先でコツコツと叩いた。
「――では、諸君。もし君たちが聖杯戦争に巻き込まれ、生き残りたいと本気で願うなら、どのサーヴァントを召喚する?」
教室内がざわめく。ある者はアーサー王の名を挙げ、ある者はクー・フーリン、ある者はヘラクレス。神話の英雄たちの名が飛び交う中、Ⅱ世は深いため息をつき、葉巻の灰を落とした。
「愚かだな。そんなものを召喚して、君たちの魔術回路がもつと思っているのか? ヘラクレスを維持できる魔術師が、現代にどれだけいる? おそらく、召喚した瞬間に魔力を吸い尽くされて干からびて終わりだ」
教室が静まり返る。Ⅱ世はチョークを手に取り、黒板に大きく「従順な巨人」と書いた。
「このサーヴァントを召喚しろ。これが、君たちが生き残るための最適解だ」
生徒たちが戸惑いの表情を浮かべる。絵画や映画などでしか聞いたことのない名前だからだ。Ⅱ世はチョークを置き、指を三本立てた。
「利点は三つ――いや、四つだ。よく聞け」
彼は一本目の指を折る。
「第一に、彼は魔術の逸話も伝説の武器も持たない。故に、普段の維持に必要な魔力が極めて少ない。魔術師として未熟な者でも、彼を現界させ続けることができる。これは聖杯戦争において、見落とされがちだが決定的なアドバンテージだ」
二本目の指。
「第二に、知名度補正だ。彼を題材にした作品は世界中に溢れている。ハリウッド映画に舞台、絵画、極東のゲームでは美女にまでなっている。この知名度は、聖杯戦争の舞台がどこであれ、彼に安定した力をもたらす。神話の英雄が土地による補正の波に左右されるのとはわけが違う」
三本目の指。
「第三に、彼の本質――『従順さ』だ。伝説において、彼は奴隷でありながら主人を盗賊から守り抜いた。裏切りの心配は皆無。マスターを守ることに、一切の迷いを持たない。これはサーヴァントとの信頼関係が生死を分ける聖杯戦争において、計り知れない価値がある」
そこでⅡ世は言葉を切り、葉巻をくわえ直した。煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。教室の空気が張り詰める。
「そして第四の利点――これが最も重要だ」
彼は教壇に両手をつき、前のめりになる。
「亜種聖杯戦争において、実際に『従順な巨人』が召喚された記録がある。その戦いで彼は、宝具によって巨大化し、他のサーヴァントを一撃で薙ぎ払った。神話の英雄のような最上位サーヴァントには、純粋な戦闘力では劣るだろう。だが、彼の宝具は長時間の戦闘を可能にする。つまり――」
Ⅱ世は教壇を拳で叩いた。
「持久戦に持ち込めばいい。相手のマスターが魔力欠乏で倒れるまで、耐え抜けば勝てる。派手な宝具の撃ち合いなど必要ない。地味だが、これこそが実戦的な戦略だ。聖杯戦争は、英雄の格を競うコンテストではない。『生き残った者』が勝者なのだ」
教室は静寂に包まれていた。Ⅱ世はチョークを放り投げ、窓の外を見やる。
「無論、この戦略が通用しない相手もいる。神代の怪物や、規格外の魔力を持つマスターには、持久戦すらままならないだろう。だが、そんな相手に当たった時は――」
彼は振り返り、自嘲気味に笑った。
「素直に運が悪かったと諦めることだ。聖杯戦争とは、結局のところ、そういうものだ」
鐘の音が鳴り響く。講義の終わりを告げるその音に、生徒たちは慌ててノートを閉じ始める。Ⅱ世は葉巻をもみ消し、教壇を降りた。
「宿題だ。『従順な巨人』の伝説を調べ、彼の宝具の特性と、想定される戦術パターンをレポートにまとめて提出しろ。以上」
教室を後にし、廊下に出たところで、Ⅱ世は小さく呟いた。
「……もっとも、私自身は二度と聖杯戦争などに関わりたくないがな」
その背中に、かつて聖杯戦争を生き抜いた男の重みが滲んでいた。
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