当時の友人達が「大切な仲間を見つけた」「仲間の大切さを理解した」みたいな作品を書いてきた中で、唯一「こんな仲間なんぞいらん」という内容で提出して少しウケた作品です。
銅の剣が、一角ウサギの喉を貫いた。
手に返り血のぬくもりを感じながら、剣を引き抜く為にその身体を蹴りつける。
喉に穴を開けられた一角ウサギは倒れたまま痙攣していたが、しばらくしてそのまま息絶えた。
「わ……悪い。助かったよ」
傍で尻餅をついている男に一瞥をくれると、俺は血を振り払って剣を鞘に納めた。
こんな事が、もう何度目だったか数えるのも面倒になった。
ルイーダの女将の仲介で、俺はある男のパーティーに加わり、その男たちと共にふたつの依頼をこなした。
リーダーは戦士を気取っている四十前くらいの男だが、身の軽さと手先の器用さから鑑みれば、どう考えても盗賊向きだ。だいたい戦士にとって最も重要である度胸が無い。そのくせ危ない事が好きで、無茶な事をひたすら自分でやりたがる。いざやってみると腰が引けて何も出来やしないのに。
今日だって草むらから、ひょいと飛び出してきた一角ウサギ程度に驚いて尻餅をつくという致命的な失態を晒している。
俺がいなかったら、あの角で貫かれていたかもしれない。
もう一人の仲間は、長身で瓜実顔の三十近い美男で、盗賊を気取っていた。盗賊と言っても義賊のつもりのようだが、それ以前に盗賊と呼べるような事を全くしていない。しかも身の軽さや手先の器用さは無く、ただ女を口説く事だけが上手かった。話を聞く限り、盗賊という闇臭いイメージがカッコイイからという理由で盗賊になったらしい。どう見ても遊び人がお似合いだったが、それは言わなかった。
残る一人は、魔法使い歴四十年と嘯く白髭の老人だった。このパーティーで唯一まともといえばまともな人間だったが、魔法使い歴四十年と語るくせに使える呪文はスクルトとリレミトだけ。攻撃呪文はメラすら使えない。とはいえ、このパーティーが未だ大事もなく存続できているのは、この老人のスクルトとリレミトのおかげだった。今日の一角ウサギの件も、この老人のスクルトが間に合っていれば何とかなっただろう。洞窟から一気に地上へ帰還できるリレミトの存在も大きかった。しかし魔法使いのわりに意識は守りに偏っており、魔法使いよりは僧侶の方が合っているのではないかと思ったが、これもやはり言わなかった。大体僧侶なんて柄か、こいつ。
「どうしたんだい。浮かない顔してさ」
依頼達成祝いと称してテーブルを囲う三人と離れ、俺はカウンターに座っていた。
目の前には、ジョッキ一杯の酒と女将の困ったような顔があった。どちらも注文した覚えはない。ジョッキと女将の顔を交互に見た。
「それは私からのおごりさ。その代わりと言っちゃなんだが……」
女将はカウンターを回って俺の隣の席に座り、幸の薄そうな笑みを浮かべ、俺の横から覗き込むように凝視した。
女に熱っぽい視線で見つめられているのなら、むず痒いが悪い気はしない。
しかし女将の目は違う。
確かに俺の顔を見ているのだが、まるでその奥底に眠る心根までを見つめようとしている気がした。
「あんた、腐ってるね」
女将は出し抜けに、そんなことを言った。
「そうか」
俺は、そう一言だけつぶやいた。返事をしたわけじゃない。
「その酒だけどさ……」
「なんだ」
「やっぱり私が飲んで良いかい?」
「好きにしたら良い。そもそも注文した覚えはない」
「そうかい、ならいただきまーす」
女将は嬉しそうにジョッキを手に持ち、口をつけた。そしてジョッキの角度を徐々に上げていく。
ごくんごくんと、女将の細い喉が唸っていた。
ジョッキの底が天井を向いたとき、喉の唸りが止まった。一息だった。
「いやー、やっぱ酒は一気に限るわ。酒が喉を通る爽快感と言ったら無いね!」
実に嬉しそうに語り、そして「おかわり」と、店の者に告げた。
その酒代は誰が持つのかまでは考えない事にした。自分が持つのなら関係ないの一点張りで行くしかない。
「それでさ……あんた」
女将の一気飲みが五回目を数えたとき、眠そうな据わった目を向け、俺を指差して言った。
「あんた腐ってるね……と言っても性根とかの話じゃあない。満たされない現状に苛立ってるって意味さ」
「だからなんだ」
「私ぁ……この酒場で色々な戦士を、そりゃあ見てきたもんさ。あの有名なオルテガだって、始めはここに登録していた冒険者だったんだ」
勇者オルテガの名前を出され、俺は女将の話に耳を傾ける。追加で大ジョッキと器一杯のナッツを注文した。
女将は酒の勢いに乗ったのか、オルテガの生誕から酒場への初登録、そしてアリアハンの王に見出されて王家に仕え、世界各国を渡り歩いた話をした。
酒場は皆女将の話に聞き入り、オルテガが海で大王イカを倒し、ポルトガの大商人を救った話で盛り上がれば、オルテガの母が亡くなった時の話でしんみりとした。
気が付けば、飲んだ酒はジョッキ四杯になっており、すでに食べ尽くしたナッツの他、裂きイカやクッキーも食べていた。
「……あんた商売上手だな」
オルテガの話が終わって客も引けた頃、隣のカウンターに突っ伏し、うなじを見せている女将に、そう声をかけた。
敗北感のたっぷり込められた声だったからか、寝た振りをしていた女将は何事もないような顔をして起きた。ジョッキは十杯を越えていたはずだ。
「ダテにこの酒場を二十年以上やってないよ」
女将は四十過ぎの女とは思えない子供のような笑みを浮かべた。
ずいぶんと金を使わされた。最初の一気飲みも、他の客に酒をアピールするための先行投資か、今日の客はいつも以上に酔いつぶれた者が多い。
俺の仲間達もまた女将の話に聞き入り、酒と英雄譚に酔いながら、心地よい眠りについている。
「どうだい、少しはスッキリしたかい少年」
「俺は二十歳だ」
「あたしにしてみりゃあ、二十歳なんてまだまだ少年さね」
隣を見ると、相変わらず子供みたいな屈託の無い笑みがあった。酒臭かったが。
「あんた……相当な腕を持っているね。でも身体を壊している。それで、その腕が振るえないんだろう?」
ハッと女将を見た。しかしそこに子供の笑みは無く、老練な盗賊を思わせる鋭い眼差しに俺は射止められていた。
「……なぜ分かった」
「はんっ、このルイーダさまをバカにしちゃあいけないね。今まで色々な戦士を見てきたって言っただろう?」
そう言って、女将は横に酒臭い小さなため息を吐いた。
「その中には、夢を追って破れた者、才はあったのに身体を壊した者……色々いたさ。あたしはそれを全部見て来たんだ。そのくらい、歩き方や姿勢、動作のバランスの取り方、それに食べている物を普段から見ていれば分かるさ」
俺は急いで自分の食べたものを確認した。軽めの夕飯の他には酒とつまみ程度。今日は、たまたま飲みすぎているのは女将にも分かるだろう。そこからどうやって自分の身体の状態を把握したのか全く分からなかった。
「ふふん、人は色々なところから色々な事が分かるものさ。まあ、あんたにも分かりやすい部分を言えば……あんた、身体がデカいくせに少食。しかも食べるのが遅い。そして大ジョッキとは言え、四杯程度でふらつく。そんなヤワな身体じゃないだろう、この身体は。あんたの身体は、もっと大雑把なんだよ。それが何やら腫れ物に触るようなデリケートな反応を見せている……って事は、その質を変えるような大きな変異が身体にあったってことさ。そういう奴は、だいたい身体を壊している奴が多いんだ……」
女将の言葉全てに反論の余地が無かった。
「どうだい、あんたの悩みをこのルイーダさんに話しちゃみないかい?」
この人になら話しても良いと思った。俺は悩みを全部ぶちまけた。
「そうかい……まあ、分かる気はするよ。アリアハンは他の大陸に比べればモンスターも弱いし、わりと平和だからね」
身体が思うように動かないという悩み以上に、このアリアハンに充満する生ぬるさが嫌だった。誰も何も目指していない。目の前の事を片付け、小金を手に入れて酒を飲む……その程度しか考えていない。
今の自分の仲間もそう。依頼を受け、それを解決する事が目的ではなく、それが終わった後に入る金で飲む事が目的なのだ。
腕を磨いているわけでもなく、何か目的があるわけでもなく、ただ漫然とその場その場の気分で、その日その日を生きているだけ。
仲間達との冒険は、あまりにも難度が低くて全く実にならない。退屈で死にそうだった。これならまだ自分ひとりでリハビリをしていた方がマシだ。しかし日々の糧を得る為には、誰かしらとパーティーを組んだ方が有利ではあったし、その中で依頼をこなして行くのが妥当な選択だった。
自分はアリアハンというぬるま湯の中で、外にも出れず、故郷にも帰れず、何も成せないままこの地で果てていくのかと思うと、焦りだけが湧いてきた。
「あんたの気持ちは分かる。でも、仲間達を軽蔑しないでやってくれないかい? 彼らはあんたみたいに強くないし、向うべき目標も無いかも知れない。でもそれは悪いことではないだろう? それに今は何も無くても、いずれ何かが変わるかも知れない。それは誰にも分からないんだ。今この場この時の仲間の姿だけを見て、その人間を全て分かった気になっちゃあ駄目だ。人なんてモノはね、人との出会いが自分に何かをもたらすものさ。あんたも、そのお師匠さんとやらに出会ったから、そんな風に言えるまでになったんだろう?」
女将の言葉が胸に突き刺さった。
その胸苦しさを冷やそうと口につけたジョッキを傾けたが、喉に何も流れてこない。追加を頼んだ。
「彼らは、そういう出会いが無かったのさ。彼らの若い頃を知っているけど、彼らだって最初は夢を追っていたんだ。でも夢を追い続けるだけの力が、残念ながら無かった。あまりにも夢が漠然とし過ぎていたんだろうね。夢が追えなくなって彼らは生き方に迷っているのさ。その時からずっと、今までね。そういう夢に現実味を帯びさせるような人間との出会いがある人間なんて、そんなにいない。そういう意味では、あんたは運が良かった。出会いの無かった運の悪さを、悪い事のように思わないでやってくれ。彼らだって本当は、あんたのように未来を一途に信じたいんだ。でも人間、目指すべき目標が己の中に生じなければ、そうそう頑張れないものさ」
「目標は作るものではなく産まれるもの……」
女将の話を聞いて、かつて師に教わった言葉を思い出した。ジョッキの取っ手を掴む手に、少し力が入る。
「その通りだよ。子供みたいなもんだ。繋ぐべき命が次の世代に有るのと無いのとでは、そりゃあ生き方も変わってくるだろうさね。嫌なことがあっても大変なことがあっても、実はそれが自分を支えている事にいつか気付く。それが無かったり、失ってしまったりしたら、そりゃあ皆迷っちまうさ」
俺は酔いつぶれてテーブルに突っ伏す三人の仲間を振り返った。酒のせいか英雄譚のせいか、醜態をさらした時とは違い、どこか良い顔をしているように見えた。
「あたしも若い頃に子供を亡くしてね。やけ酒呷ってたら妙に精悍な男がやってきてさ……何をするのかと思ったら、酒で勝負して自分が勝ったら言う事を聞けってね。何事かと思ったさ。あたしは酒で誰にも負けたことが無かった。樽ひとつくらいなら空ける自信があってね、勝負に乗ったんだが……相手が悪かった」
「どんな相手だ」
目を戻して女将を見ると、話の展開とは裏腹に、なんだか嬉しそうな顔をしていた。
「あたしが店で一番大きな両手で抱えるほどの器で酒を飲み干してやったのさ。もう勝ちだと思った。でも……ふふふ。その男、どうしたと思う?」
酒のせいなのか女将の顔が赤く、目が垂れ下がっている。妙に初々しい表情だった。
「その器で二杯飲んだのか?」
「ふふふ……そんな小さいことじゃなかったよ。何を血迷ったか、店の奥から開けてない酒樽を担いで来てね……ふふっ、蓋を叩き割って開けたと思ったら、樽ごと持って飲み干しやがったのさ。おかしいったら無かったね。後にも先にも、酒で負けたのはあの時だけだ」
「その男は?」
「さあてね……世界を救いに行くとか言って出て行ったきりさ。噂では火山に落ちたとかいわれてるけどね」
勇者オルテガの話だということはすぐに分かった。そう思うと、気になることがひとつあった。
「女将、その男は勝負に勝って、どんな事を言ったんだ」
「んん……ちょうどここに主を亡くした酒場があるから継げってね。そしてあんたみたいな腐ってる奴に出会いを繋げてやれって……ったく、そう言ったっきりどっか行っひまって、自分はひっとも来やしない。おあけに次に合った時は、結婚して子供までいやがう始末。幸せそうな面しやがって、このやらうっ」
女将が酔ってきたようだった。どうやら後から酔いが回ってくるタイプらしい。
思えば女将の話につられて自分も随分と飲んでいた。
アリアハンの生活はひどく退屈だった。平穏に浸ったぬるま湯のような土地柄は、自分を腐らせ、苛立たせていた。
しかしそれは、そんな土地柄の人間が悪いわけではなく、ただ各々の目指す場所の相違が生み出したすれ違いに過ぎない。
「おおう……これあでんせつの剣じゃらいか……」
何やら幸せそうな夢を見て眠りこける仲間達がいた。
俺は彼らを軽蔑していたのかも知れない……いや、しているんだと思う。
「……うひょおう……ぴちぴちぎゃるじゃあ……」
確かにこいつらと俺は相容れない。しかしそれはどちらが正しくてどちらが間違っているという事とは違うのだという事は分かった。
俺が明確な目標を持って腕を磨いているから偉いわけでもなく、仲間達が目標を見失って研鑽を忘れたからといって、それは人間という生き物のごく一部分の話でしかない。
「くふふ、ボクにかかれあ、どんら扉だってあけちゃうろおおう……」
真っ赤な顔をして、テーブルに眠りこける仲間がいた。
酷く情けなくて、酷く能天気で、酷く忌々しい仲間達だった。
「今まで軽蔑していた事は謝る。そしてこれからする事も、どうか許して欲しい」
俺は眠りこける三人の胸倉をつかみ、順番に一発ずつ殴り飛ばした。
テーブルを巻き込み、派手な音を立てたが、酒が深かったせいか三人とも起きなかった。
「すまない」
そう言ってきびすを返すと、酔い潰れた女将を起こそうとしていたバーテンに、俺はパーティーからの離脱を申請した。
悔いは全くと言っていいほど無かった。
一年後。
俺は女将の繋いだ出会いによって、ようやくアリアハンから出られる事になったのだが……それはまた別の話だ。
-了-