VRMMOが発展したこの世界で空前絶後の人気となったゲームが存在した。その名を【ソードアート・オンライン】……天才プログラマーの【茅場晶彦】が作ったとされる最高のゲーム
「姉ちゃんがあのまま眠ってくれているなら……」
自分の家族の昏睡を願う僕が異端な事は理解している。ただ……それでも願わずにはいられ無かった。何故なら……
あの日から僕達の日常は変わった。世間は待ちに待ったゲームの発売日に歓喜し、発売日には一万人を超えるプレイヤーがログインして……茅場晶彦に幽閉されたと報道があった。
「そしてそれをプレイしようとしてたのは……」
兄ちゃん……結城浩一郎が買い揃えていたセットだったけどそのタイミングで長期出張が入って触る事すら出来なかった。だけど……僕は一瞬だけ母さんが見せた安堵も僕は忘れない。
「それと今日も須郷さんの施設で学んで来るから。泊まり込みでも良いでしょ? どうせ姉ちゃんのお見舞いも兼ねられるんだから……」
「そうですね……では彰三さんに明日のお弁当を渡して本日の空弁当の回収をしておいてください。衛生面から洗っておいてください」
「僕も向こうで何か貰うから費用は出してよね?」
「あまり使い過ぎないでください」
そう言って数日分を想定された金銭と荷物を持って姉の眠る病室へと進んでいた。
◆◆◆
会社に到着して見知った顔に会えた。
「お疲れ様です須郷さん。父はどちらに?」
「これはこれは咲良君。お父上は書類の整理に執務室へ行かれてますよ?」
「ありがとうございます。良ければみなさんの作業の一貫にお使いください」
僕は差し入れのドリンクを作業中に人も含めたこのフロアの全員に配り、父さんの作業場に母さんからの届けものを渡す。
「……咲良か。手間をかけた。明日奈の様子でも見に来たか?」
「見に来た。ついでに生存者を助ける手段は少し興味がある」
実際この状態の人達を助けられる方法があるなら知りたい。でも同時に姉ちゃんだけは……目が覚めないで欲しい気持ちも強い。
◆◆◆
「ねぇ咲良……私って……」
姉ちゃん……結城明日奈はこの家の長女として母の京子から僕なら耐え難い圧力をかけられていた。そんな僕がこのように振る舞えるのは優秀な兄の保険という扱いだからだ。故に期待は兄と姉に分散され次男は比較的気楽に過ごしている。とはいえ厳格な母の価値観に触れれば僕だって無事では済まない。最低限家に恥じない格を求められ熟さないといけない事も多い。
「姉ちゃんは姉ちゃん。母さんの2週目じゃない。僕はそう思ってる」
「ありがとう咲良……貴方だけよ……私が本心で話せるのは……」
姉ちゃんが僕に弱音を打ち明ける度に僕は姉ちゃんを受け止めた。だけど母さんの苛烈さが増していくごとに姉ちゃんの弱音も増えた気がした。
「姉ちゃんがゲームに囚われてからは……そんな日常すらも変わったんだよな」
姉ちゃんとの記憶を想起して僕は寂しさを感じていた。
◆◆◆
それから月日は経ちSAO事件は終息した。だが同時に別の事件も発覚した。本来帰還する筈の人間の内の凡そ300人が未だに昏睡していたという事件だ。そしてこの該当者には姉ちゃんも含まれていた。
「どうして茅場晶彦は……違うのか。あの人は死んだと報道されている。一部のプレイヤーを幽閉し続ける必要はない」
『カルマ君〜今日はどうするの〜?』
「っと……そうだった。DM返さないと……」
そして僕自身もナーヴギアの後継機【アミュスフィア】を使って別のゲーム【ALO】をプレイしている。メッセージの発信者はリーファ……シルフでは有数の剣士だ。
『あの事件に家族が囚われていてしばらく潜れそうにない。しばらくゴメンねリーファちゃん』
……が、姉ちゃんをはじめとする何人ものプレイヤーが目を覚さない理由を知る為に奔走して最近ほログインすら出来ていない。
◆◆◆
悪夢の始まりは何時からだっただろう。長く報道されていた未覚醒者事件の犯人はまさかの父さんの会社【レクト】の内部にいた。そしてその正体は姉ちゃんの婚約者として母さんが話を進めようとした須郷さんだったから言葉にもならない。その事が発覚して姉ちゃんが母さんから距離を取り始めて母さんが不機嫌な日が増えた。
「ねぇ咲良……私あの学校から離れたくないの。あの学校……いえ、あの世界で私は大切な人を見つけた。私はその人と離れたくないよ」
「和人さん……だっけ? 僕は母さんが黙る結果さえ出せていればその人と一緒にいても良いと思うよ?」
姉ちゃんは目を覚ましてすぐにその人と再会した。和人さんに会う為にリハビリを必死に行い、幽閉された事で遅れた勉強に取り組んでいる。そのための専門学校に通いながら失われた日常を謳歌していた。だが姉ちゃんの精神は母さんとの件が良くない方向に向かって行くにつれて表情が暗い。和人さんに会うと嬉しそうなのに母さんが快く思わない。そんな板挟みな姉ちゃんの感情の矛先はいつしか僕に向いていた。
「ねぇ咲良……咲良は私を否定しないよね?」
確かめるように姉ちゃんは僕の頬を撫でる。空いた手は僕の腰へと回り抱きしめる為の挙動が始まる。
「…………否定しないよ」
また家族がバラバラになる事を恐れて僕もなし崩しで姉ちゃんの狂気を受け入れている。だけど姉ちゃんは気付いていない。姉ちゃんのその狂気は母さんと同質のモノた。アレだけ言い争いになってもその参考元が家族なのは皮肉なモノだ。
「咲良は良いわね……好きに振る舞える。会いたい相手に会っても怒られない。なのに私は……」
「そういう相手……いたっけ?」
「リーファちゃん……だったかしら? ゲームの世界で会ってるんでしょ?」
「リーファは……好き……なのかな?」
「ソレは咲良が恋を知らないから。きっとリーファちゃんは咲良が好きで、咲良もリーファちゃんが好き……じゃなきゃいけないの」
「姉ちゃん……落ち着けって」
僕は姉ちゃんを宥める。和人さんに会えない時の姉ちゃんが徐々に狂っていってると知りながら僕はその身を委ねている。僕自身もまた失う事に恐怖している。
「咲良だけだよ……家族で唯一本音で話せるのは……」
姉ちゃんの瞳には狂気が宿っている。
「だから……駄目。咲良まで何処かに行かないで……」
姉ちゃんの心が一層弱っている気がした。
「私は和人君に会いたいよ……」
それが姉ちゃんの本心なのはわかっている。
「…………今日も行っちゃうの?」
「約束……してるから……」
「そう……」
バリッ
「っ……」
姉ちゃんはそれだけ呟くと僕の意識は姉ちゃんの手に持つスタンガンに刈り取られた。
◆◆◆
「…………ここは……部屋だ。でも……あれ?」
自分の手元に違和感を感じた。手錠だ。
「咲良まで私を捨てたら……耐えられないの」
姉ちゃんの手にはアミュスフィアの端末が握られている。
「これは私が預かるわ」
「返してくれよ!」
「駄目よ。だって返したら私は1人になってしまうじゃない」
「ッ!」
僕は初めて家族を恨んだ。寂しさから暴走して束縛を初めて来た姉ちゃんの事も、その要因を作り上げた母さんの事も恨んだ。
「咲良は……私を……助けてくれるよね……?」
こんな事になるなら……姉ちゃんはゲームの中に囚われていた時の方が幸せだったのか……?
後にリーファが和人(キリト)の妹だと発覚するのは別の話です。