フジキド・ケンジの朝は早い。フートンから起きると一杯の水を飲み、そのまま床の上でアグラを組む。
「スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァーッ…」
アグラを組んだままチャドー呼吸を続けるフジキドの額には汗が浮かんでいる。今日もまたマルノウチ抗争の夢で目が覚める。まだ外は暗く、時計の針は4時を示している。
隣のキダはまだ寝息を立てて眠っている。空気椅子の姿勢になり目を閉じる。フジキドのニューロン内でイマジナリーカラテが行われる!空気椅子とイマジナリーカラテ、常人であれば凄まじい消費カロリーと集中によりすぐに倒れるだろう。しかし、ニンジャであるフジキドはこの効率のよいトレーニングが可能なのである。
師であるドラゴン・ゲンドーソーのインストラクションをニューロンで繰り返す。フーリンカザン、チャドー、そしてカラテ。ニンジャの基礎にして極意。
イマジナリーカラテを始めてちょうど2時間15分、朝日が昇る。フジキドは姿勢を崩し、部屋の隅にあるチェストから合成肉の缶詰と乾パンを出してテーブル代わりのミカン箱に並べる。補給した甲斐あって食料は潤沢にある。
「ふぁああぁ…モリタさん今日も早いな…」寝ぼけ眼を擦るキダ。「おはようございます、キダ=サン」ミカン箱の前に正座で座るフジキド、朝ご飯を食べたら報告書を出しに行かなくてはならない。キダが手を洗い、座る。「おっ、いいセンスだ。朝からいいラインナップだ」手を合せ合掌、食事への敬意を払う。
「そういや、モリタさん。ゲンダーさんの調子はどうだった?」乾パンに肉を挟んでいるキダが聞く。「危篤ではなくなりましたが、まだ…」「そうか…」少し沈んだ顔でキダが乾パンを口に放り込む。
「報告書の提出…はまだ大丈夫か」「早めに出すに越したことはありませんよ」最後の乾パンを二つに割って食べて、朝食が終わる。「片づけは任してくれ、行ってきな」送り出したキダを尻目に、フジキドは報告書片手にD地区リーダー、ヤスモリのところへ向かう。
「シツレイします。ヤスモリ=サン、報告書を渡しに来ました」カーテンを開くと、ちょうどヤスモリは片手にドライバーを持ち、足のメンテナンスをしていた。「これは、シツレイしました…」「構わないですよ、そこの机に置いといてくれますか」片足を外したまま、体の動きだけで机に向かったヤスモリは報告書を見る。
一通り目を通すヤスモリ。「ふむ、分かりました。体調も問題なしと…」一息ついてフジキドに向き直す。「モリタさんの評判はよく聞きます。ですが、監視が付いていることはお忘れずに」前ほどではないがまだ警戒心を滲ませるヤスモリ。「分かっております。シツレイしました」部屋を出たフジキドの足は事務所へと向く。
事務所の手前で、不意に声をかけられた。「便利屋の…モリタさん…ですよね?」獣人が、くしゃくしゃになった紙をポケットから取り出し、手渡す。[仲間と一緒に社会貢献!] [給料歩合制] [衣食住完備!] [できることからやれる] [基本給15,000円から] 様々な謳い文句が書かれ、仕事場所の住所しか載っていない求人票だ。
「あの…アルバイトが飛んでしまいまして…ヘルプに来てもらえますか?」寝不足なのだろうか、目は腫れている。「お願いします!」涙を流し、ぐしゃぐしゃの顔で言う。近くに住んでいる住人が驚いて住居から顔を出す。「何だ!?どうした?」キダも驚いて顔を出している。「…分かった、やりましょう」異様な光景であったが、フジキドは了承した。
「肉体労働のアルバイトか。金入ったらパーッとやりてぇな」依頼を引き受けた二人は猫の獣人に連れられ、アルバイト場所へと向かった。「ここです」着いた場所は取り壊し中の廃墟であり、なかなか規模の大きい工事現場だった。従業員のためだろうか、仮設小屋が入口手前に設置してある。
「おい、ヤジマ!遅ぇぞ!」仮設小屋からヘルメットを被った、肥満体型のオートマタが喚きながら出てくる。どうやら雇い主のようだ。「すみません…代わりは見つけてきたので…」「チッ…」肥満のオートマタはフジキドたちにヘルメットを投げてよこした。
始業前の集合がかかる。集まった従業員の中にはコミュニティで見知った顔もいる。「はい、始業ー!この土地まっさらにしろ。手ぇ抜いたら休憩無しな!」午前8時、ジゴクめいた労働が始まった。現場でやることは、とにかくシンプルだ。廃墟を解体して土地を平らにするだけだ。
しかし、装備も現場も粗末そのものである。有り合わせの材質で組んだ足場は不安定であり、解体のための装備もヘルメットと業務用のハンマーと杭、必要な物は碌に揃っていない。「うわ!ととと…モリタさん、足場不安定過ぎないか?」「エエ、これはなかなか」フジキドはニンジャ体幹力によって安定はするが、常人では堪えるだろう。
廃墟の内部はさらに危険である。ひびの入った壁からはむき出しの鉄骨が伸びており、崩し間違えれば天井と共にサンドイッチにされるだろう。到底、ヘルメットでは防ぎきれない。現場は常に戦場のような緊張感が続いている。
10時を回るころキダが雇い主に近づく。「あのー、トイレ休憩って?」「ある訳ねぇだろ、さっさと戻れ」なんと狂気じみた職場だろうか!昼まで一切の休憩は無く、劣悪な環境に耐えきれない者の中にはズボンを下ろすこともなくその場で用を足している者も居る。その顔は、ゾンビーのようである。
ようやく昼を回り、休憩に入る。仮設小屋ではフジキドたち以外の従業員は焦った様子で急いで食べている。テーブルにあるバスケットから、ある者はカロリーバーを口に詰め込み、ある者はレトルト食品を未調理のまま中身を吸い込むように食べている。昼休憩が終わる。その時間なんと15分であった。
「なにも食えてないんだが!?」「グウッ…」取り遅れたフジキドとキダはなにも食えないまま午後の作業へと突入した。午後の作業も悲惨だ。破壊した壁のひびから天井の一部が落ちた。作業員の一人の足が挟まり、絶叫が響く。「アァーーーッ!グワーーーッ!!」
数人がかりで何とか出したが、立てない状態になっている。茶を啜っていた雇い主が歩いて寄って来る。「よし、続けろ。期限が近いんだ、早くしろ」しばらく見た後に、そう判断した。何たる非人道的な振舞いだろうか!?
おおブッダよ、寝ておられるのですか?このような行為が許されてしまっている。そうして迎えた終業は日がとっくに暮れた20時であった。「よーし!終業!」雇い主の下に一斉に集まる労働者たち、雇い主の手には茶封筒が握られている。
「おいお前ら、こんなのじゃ期限も守れない、借金も返せない。屑だな」一人ずつに日給の封筒を手渡していく雇い主、妙に封筒が薄い。「ほら、お前の分だ」フジキドに封筒が手渡される。中身を開けて見てみると、札が三枚。取り出すと、わずか3,000円しかなかった。
「おい!どういうことだよ!3,000って!」キダが雇い主に掴みかかる。従業員は慌てて腕や体を掴んで引き止める。「どういうことと言われても、こんな設備と食事を提供しているんだ。使用料は払ってもらわないと」小馬鹿にしたような笑みを浮かべる雇い主に、今にも殴りかかりそうなキダ。
「キダさん!やめましょう!」「抑えて!抑えてください!」「ここで騒いだら俺たちも終わりなんですよ!」「離せ!殴らないと気が済まない!」キダは複数人と取っ組み合いになっている。抑えている従業員は止めるので精一杯な様子だ。
「キダ=サン!帰りましょう」キダがフジキドを睨みつける。「どういうことだよ!モリタさん!あんたも!……ッ」フジキドは表情を変えずもう一度言った。「…帰りましょう。キダ=サン」少しだけ落ち着いたキダが組み合いから解放される。
数人の従業員とフジキドたちは帰路に就いた。泊まり込みのために残った従業員を見て。「クソッ!おかしいだろうが!なんだよ3,000って、他でも5,000は貰えるぞ!」酒の代わりに、みりんを呷っているキダ、フジキドは報告書を書いている。
「モリタさんも思わないのかよ!」「思います。ですが、あの感じ。今回の件は、裏があると思います」報告書を書きあげたフジキドが顔を上げて言う。「明らかにおかしいけどよ…」キダが酩酊気味に答える。「裏…裏か…資産はガッポリ、ブラックマーケットでやりたい放題、残った金は自分で使ってウッハウハとか!」完全に酔いが回ったキダは、やがて顔を赤くして眠った。
「その可能性は……洗っておきます」そう言うと、フジキドは書いた報告書をヤスモリのところに持って行った。
[報告書] イチロー・モリタ
(依頼により単発の解体作業アルバイトに参加。劣悪な条件の労働が要求され、コミュニティ内でも注意するべきだと考える。特に様々な理由をつけ、日給が安い面が見受けられる。当面の間、金の流れと雇い主を洗う。)
大分思ったより陰鬱としてきたなぁって思ってます。ジュケンセなのになに書いてんだか。
あと、書いていて、フジキドってお笑いで言うところの、ツッコミ役に回る感じだっけ?と思っています。だらしない作者で済まない。
ここまで読んで下さりありがとうございます。次回もよろしくお願いします。合掌!